2013 Volume 30 Issue 1 Pages 72-76
甲状腺左葉に髄様癌,両葉に乳頭癌を同時性に認めた症例を経験したので報告する。症例は73歳女性。2012年3月左側頸部腫瘤を主訴に前医を受診し,CEA,カルシトニン高値,穿刺吸引細胞診で髄様癌が疑われたため精査加療目的に当院を紹介受診した。当院で穿刺吸引細胞診を追加し,最終的に髄様癌と乳頭癌の併発と診断された。RET遺伝学的検査では変異は認めず,髄様癌は散発性と診断した。甲状腺亜全摘術を行い,中央区域,両側外側区域リンパ節を郭清した。左葉の腫瘤は免疫染色上カルシトニン,CEA陽性を示す髄様癌で,両葉に微小乳頭癌を併発していた。リンパ節には髄様癌,乳頭癌それぞれの転移を認めた。髄様癌と乳頭癌は発生学的に起源が異なるため,同一患者に同時性に両者を認めることが知られているが,ここではその発生機序の考察も含め報告する。
甲状腺乳頭癌は甲状腺癌全体の約85%を占め濾胞上皮細胞に由来し,甲状腺髄様癌は約1%と少なく傍濾胞上皮細胞(C細胞)に由来する[1]。発生学的に異なる両者を同時性に認めることは稀である[2]。今回われわれは乳頭癌と髄様癌を同時性に認めた,いわゆるcollision tumorの1例を経験したので報告する。
患 者:73歳女性。
主 訴:左頸部腫瘤。
既往歴:高血圧,糖尿病,狭心症,陳旧性脳梗塞,大腸癌術後(詳細不明)。
家族歴:姉に甲状腺癌の既往あるが詳細不明。
現病歴:2012年3月左側頸部の腫瘤を触知し前医を受診した。CEA 123.5ng/ml,カルシトニン600pg/ml以上と高値で,穿刺吸引細胞診(Fine Needle Aspiration,以下FNA)で髄様癌が疑われたため,精査加療目的に当院を紹介受診した。
来院時血液検査所見:腫瘍マーカーはCEA 175ng/ml,カルシトニン2,100pg/mlと上昇していた。甲状腺機能FT3 4.0pg/ml,FT4 1.4ng/dl,TSH 0.21μIU/ml,抗サイログロブリン抗体97IU/ml,抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体3.0IU/ml以下,サイログロブリン27.4pg/ml。
頸部超音波検査所見(図1):甲状腺両葉に10mm前後径の形状不整,境界不明瞭,内部エコーは低く均一で,牡丹雪状の石灰化を伴う腫瘤を認めた。両側頸部に粗大高エコー像を伴う低エコー結節を認めておりリンパ節転移が疑われた。
頸部超音波像とシェーマ。甲状腺両葉に結節を認め,左葉からのFNAで髄様癌が疑われ,両側頸部には粗大高エコーを伴う低エコー結節を多数認めリンパ節転移が疑われた。
FNA所見:右葉の結節は乳頭癌,左葉の結節は髄様癌,右側頸部リンパ節は乳頭癌転移,左側頸部リンパ節は髄様癌転移であった。
遺伝学的検査:遺伝カウンセリングの後,RET遺伝学的検査を行い,エクソン8,10,11,13~16に変異は認めなかった。
以上より甲状腺乳頭癌と髄様癌を同時性に認めた甲状腺癌と診断した。遺伝学的検査の結果から髄様癌は散発性と診断し,右葉上極を残す甲状腺亜全摘術および中央区域・両側外側区域リンパ節郭清術(D3b)を施行した。
病理組織学所見:右葉の腫瘍細胞は乳頭状構造を示し,畳重核,すりガラス状核,核溝の所見があり,核内細胞質封入体を認め(図2),免疫染色ではサイログロブリン染色陽性,カルシトニン染色陰性であり乳頭癌と診断した。左葉の2個の結節は腫瘍細胞の髄様増殖,アミロイド物質の塊状沈着を認め,乳頭構造や濾胞構造を認めず(図3a),免疫染色にてサイログロブリン染色陰性,カルシトニン染色陽性(図3b)であり髄様癌と診断した。その他左葉に髄様癌の多発腺内転移を,両葉に乳頭癌の多発腺内転移を認めた。リンパ節の乳頭癌転移は右側に5個,左側に1個,髄様癌転移は5個全てが左側にあり,甲状腺内の原発巣の側性(laterality)と相関性を認めた。最終診断は乳頭癌(T1b(m)N1bM0 Stage ⅣA),髄様癌(T1b(m)N1bM0 StageⅣA)であった(図4)。
右葉内の癌腫の病理組織像。(HE染色×10):乳頭状構造,核溝,核内細胞質封入体を認め,乳頭癌と診断した。
左葉内の癌腫の病理組織像。a(HE染色×10):乳頭状構造や濾胞構造を認めず,癌細胞は胞巣状に集塊を成す小円形細胞であり,間質にアミロイド物質の塊状沈着を認める。b(カルシトニン免疫染色×10):カルシトニン陽性であり髄様癌と診断した。
病理組織所見よりみた腫瘍分布のシェーマ。数値はmm。
術後は一過性副甲状腺機能低下症をきたしたが,ビタミンD製剤内服により改善し術後7病日で退院となった。術後5カ月の腫瘍マーカーはCEA 4.8pg/ml,カルシトニン95ng/mlと著明に低下したが,髄様癌に関しては生化学的根治は得られていない。
甲状腺乳頭癌は甲状腺濾胞上皮細胞に由来し,髄様癌は甲状腺傍濾胞細胞であるC細胞に由来する。C細胞は胎生時に神経堤が第四鰓囊へ遊走したultimobranchial bodyから発生したもので両者の起源は全く異なるものである[3]。
乳頭癌と髄様癌の併発はLambergらによって初めて報告され[4],以後本邦での症例報告は本症例を含め9例と少なく[5~12](表1),海外でも約70例と報告された症例はまだ少ない。一方で髄様癌患者における乳頭癌併発率は13.8~19.0%と比較的多いことがわかる[13,14]。1945~2005年の当院における併発率は10.5%(11/105)であり他家の報告と近い。腺腫様甲状腺腫の乳頭癌併発率3~7%[13,15]やバセドウ病の乳頭癌併発率3~5%[13,16,17]と比較すると明らかに頻度が高い。
乳頭癌と髄様癌を併発した本邦報告9例
これまでの報告を参考にすると,乳頭癌と髄様癌の併発症例は濾胞上皮細胞由来成分とC細胞由来成分がそれぞれ離れて分化する腫瘍(Collision tumor)と2つの成分が混在する腫瘍(Mixed tumor)の2つに大別されている[18]。また発生学的に異なる乳頭癌と髄様癌を併発する原因として①Stem cell説;同一幹細胞から濾胞細胞,傍濾胞細胞両者の系統の分化を示す[4],②Divergent differentiation説;ultimobranchial bodyや細胞充実巣の遺残物から濾胞細胞,傍濾胞細胞の系統が発生する)[19,20],③Field effect説;甲状腺の一定範囲に発癌刺激が加わり別々の甲状腺癌に癌化する[21],④Hostage説;髄様癌が正常濾胞を取り込み,何らかの栄養因子により取り囲まれた濾胞細胞が乳頭癌に変化する[22,23],⑤Collision説;別々の場所に各々の癌が偶発的に発生する[24]など,いくつかの仮説がある。
本邦の併発症例の特徴をみると女性に多く,頸部腫瘤触知で発見されることが多い。また術前に穿刺吸引細胞診で乳頭癌と髄様癌のいずれかの診断はつくものの,術前に併発と診断されることは少なく,ほとんどが術後に偶発癌として診断されている。治療は両葉に病変が存在することが多いため全摘術や亜全摘術を選択する傾向がみられた。発症形式は全例Collision tumorで,リンパ節転移は比較的多く,乳頭癌と髄様癌の両者が個別に存在するものもあれば,1種類のみ,または両者が混在する例もある。再発は少なく,予後は比較的良好である。海外の報告では遠隔転移は縦隔に認めることが多く,その他肺,肝,骨に認めていた。
近年同様の症例に対する遺伝子異常が報告されており,乳頭癌と髄様癌の両者の発生にRET遺伝子の体細胞変異が関与しているとする報告[25]がある一方,散発性髄様癌の半数はRET変異を認めず,RBやTP53などの癌抑制遺伝子異常が髄様癌発生に関与しているという報告[26]や,RET遺伝子とBRAF遺伝子がcollision tumorの発生に関与しているという報告[27]があるが,髄様癌と乳頭癌が同時に発生することに関する共通の遺伝子異常はまだ明らかにはされていない。
本症例はRET変異を認めず,散発性髄様癌に併発した乳頭癌であった。散発性髄様癌であり,術前は単発の乳頭癌であったため,副甲状腺機能温存も考慮して亜全摘術を選択した。術後CEAは正常化したが,カルシトニンは低下したものの正常化はしておらず,注意深い経過観察が必要である。病理組織診断よりCollision tumorであったが,これらの癌が共通の遺伝子変異をきたし併発したものか,各々が独立して偶然混在したかの判断は現時点では困難である。
髄様癌と乳頭癌を同時性に認めた甲状腺癌の1手術例を報告した。比較的稀な症例であるが,甲状腺専門病院では同様の症例は日常診療で遭遇する機会が少なくない。両者を併発した症例を検討し成因について今後検討する必要がある。
本論文の要旨は第95回大分県内分泌同好会(2012年6月,大分)において発表した。