抄録
甲状腺未分化癌(ATC)に対する近年の化学療法や放射線療法の進歩により,集学的治療の一環としての手術療法の位置づけが変わってきている。本邦におけるATCに対する手術療法の詳細な検討は高い評価を受けており,これらを基にした甲状腺未分化癌コンソーシアム(ATCCJ)による多数例の全国集計結果によって,未解決のATCに対する手術治療の意義を明確化できる可能性が示されてきている。本稿では,ATCに対する手術治療の①目的,②適応,③タイミング,④切除範囲について最新の知見を基に解説した。周術期管理や手術デバイスなど直接手術に関連する事項だけではなく,画像診断,手術以外の治療手段,予後予測の進歩により,今後も手術療法の位置づけはさらに変化すると考えられ,現時点では個々の症例で手術療法の目的や適応理由を明確にしつつ症例集積を行って,客観的評価を繰り返し行うことが重要であると考えられた。
はじめに
Langらは1990~2005年の文献を検索した結果から,手術療法は集学的治療の重要な要素の一つであるが,手術治療の目的,手術適応,他の治療法と組み合わせる際の手術のタイミング,手術で切除する範囲については議論が多く明確な評価がなされていないとしている[1]。一方近年では,化学療法[2,3](本特集の化学療法の項参照)や放射線療法,さらにはこれらを合わせた放射線化学療法[4~6]の進歩が顕著であり,手術にこれらの治療を組み合わせた集学的治療により手術可能な症例が増加したり,予後を改善したりする効果が見込めるとされ,手術療法の位置づけが変わってきている[7]。これまでも本邦におけるATCに対する手術療法の詳細な検討は高い評価を受けており,これらの検討を基にした甲状腺未分化癌コンソーシアム(ATCCJ)による多数例の全国集計結果によって,未解決のATCに対する手術治療の意義を明確化できる可能性が示されてきている。本稿では,ATCに対する手術治療①目的,②適応,③タイミング,④切除範囲,⑤今後の展望について最新の知見を基に解説する。
手術治療の目的
1970年代まではATCに対する手術の役割は,生検や気道の確保に限定されていた。また,Mayoクリニックでの1949~1999年の50年間にわたる134例の集積[8]や,他の多数例の集計[9,10]からも根治切除だけではATCの予後を有意に延長することはできないとされ,これら20世紀後半の手術成績を基に,ATCの高い再発率や短い予後から考えると手術は可及的低侵襲にすべきとされてきた[11~13]。
一方で,根治手術例の予後が良いことが経験され[14,15],統計学的な解析でも手術の根治性が独立した予後因子であると報告[16,17]されて,ATCの手術療法において根治手術の有用性が明らかとなってきた。とくに,分化型癌に合併している偶発ATCでは,手術治療成績は良好であり,組織学的根治を目的とした積極的手術の対象となる[18]。さらには,周囲臓器進展を伴う症例でも,根治手術が達成できた例の予後は,腫瘍が甲状腺内にとどまる例に匹敵し,逆に姑息手術以下に終わった場合の生存率は遠隔転移例と同等であると報告され[19],ATCでの肉眼的根治を目的とした拡大手術の有意性を示している。
Kobayashiら[14],McIverら[8]がすでに指摘していた様に,最近の検討でも手術に引き続き外照射を行うと予後が良い[18,20,21]と報告され,現在では切除可能ATC症例に対しては化学療法,放射線療法を含めた積極的な治療を行うことによって予後の延長と局所コントロールが得られると考えられている[22]。このように近年では根治目的にとらわれず,集学的治療の効果を増強・延長する目的での手術も容認されている。
さらに,遠隔転移の存在に関わらず最大限の切除に続いて放射線化学療法を追加することが予後向上につながるとした検討があり[23],ATCCJの集計結果でも遠隔転移を伴ったATC症例においても手術施行例の予後が有意に良好であった[24]。このような検討はすべて手術が可能であった選択された症例での結果であり,多くのバイアスが存在するため判断には注意を要するが,手術の目的を明確にすれば,進行症例に対しても手術療法による生命予後延長効果が認められることも事実である。
手術適応
手術を適応するにあたっては,周囲臓器への進展度,高頻度にみられ対処法の存在しない遠隔転移の可能性に加えて,腫瘍の生物学的悪性度,患者の全身状態などを総合的に考慮しなければならない[1]。周囲臓器への進展度,遠隔転移の診断には,全身CT,PETや内視鏡検査などを駆使する必要がある[7]。
腫瘍が甲状腺内に限局する症例には手術療法が最も良い適応となるが,頻度は低い。
隣接臓器に浸潤している多くのATC症例に対して,ガイドラインでは「減量手術や拡大手術が予後の改善につながるという根拠はなく,術後のQOLを考えて方針を立てる」ことを勧めている[22]。しかし最近の検討では,拡大根治切除例で良好な予後が示され,化学療法,放射線治療や遠隔転移診断技術の向上により拡大手術の意義が変化している[7]。ATCCJでの集計症例のうち喉頭,気管,血管などの周囲重要臓器の切除を伴う23例の超拡大手術例を検討したところ1年の疾患特異的生存率は33%で,より侵襲度の低い拡大手術例と同等の結果であり,姑息手術・非手術より良好な結果であった。予後因子などで症例を選べば,経験豊富な外科医による超拡大手術の適応がある[25]と考えられる。
手術適応の判断には十分な画像診断からTNM分類を用いてstage ⅣA,B,およびCに分類することが重要である。治療方針の決定に役立つ[19]だけでなく,大まかな予後を知ることができる[24,26](本特集の予後因子の項参照)。また,ATCの予後因子の簡便な評価法(PI:Prognostic Index)[27]は,ATCCJの多数例の集計結果からも有用であることが示され[24],Oritaらが報告しているように,PIをProspectiveに治療方針決定に適応することで,予後が改善できる可能性がある[28]ことから手術適応の決定に有意義な腫瘍の生物学的悪性度を推測できるツールであると考えられる。これらの情報を基に,術後の状態や追加治療の予定などを含めて患者・家族と面談して手術適応を判断することが肝要である。場合によっては緩和医療の介入を早期から行う(本特集緩和医療の項参照)。
他の治療法と組み合わせる際の手術のタイミング
根治手術が可能な症例(stage ⅣA)に対しては,手術を先行し,術後療法を考慮する。
甲状腺被膜を超えた進展を示す症例(stage ⅣB)については手術に先行した術前化学療法[3],化学放射線療法の有用性を示す報告[4,5]があり,有望な治療法であると考えられる。一方で,これらの治療法の奏効率,忍容性や有害事象の発生率についてのデータは不足しており,現時点では一般臨床ではなく臨床試験として行う必要がある。また,化学・放射線療法が奏効した場合どのタイミングで手術に踏み切るかについても明らかにはなっておらず,集学的治療の効果を最大限に生かすための今後の検討課題である。
遠隔転移を有する症例への手術は,全身に対する姑息的,集学的治療の一部として行われるため,他の治療法適応の妨げとならないような配慮が必要である。
手術で切除する範囲
甲状腺被膜内に限局したATCに対する手術は,十分な切除マージンを取った手術が必要であるが,一方で,必ずしも甲状腺全摘を必要とはしない。データはないが高頻度に経験される局所再発に対する局所コントロールの意味からも中心領域と患側外側領域のリンパ節郭清(D2a+対側Ⅲ以上)は必要と考えられる。
拡大手術適応の意義については,前述したように診断技術や補助療法の進歩によって近年変化しつつある。一般に総頸動脈より外側への進展を示さない場合には根治的切除可能なことが多く,一方で椎前筋膜,総頸動脈ないし縦隔血管以遠に浸潤する例では手術不能であることが多く予後不良とされている[7,29]が,重要血管の吻合を要するような手術は一般には適応とならない。拡大根治術が可能な場合気管切開に至る可能性は高く[25],術後のQOL低下は否めないため,術前画像診断での詳細な検索,予後評価を行った上での十分なインフォームドコンセントを得ることを前提とすれば,皮下軟部組織,喉頭,気管,食道,あるいは反回神経などの合併切除[7,25,29]は考慮しても良いと思われる。
いわゆるdebulking surgery(減量手術)が予後にどのように影響するかは明らかな報告はないが,術後のQOLの低下を極力避ける程度の減量手術は意義があるとする報告が多く[15],とくに,最大限の切除に続いて放射線化学療法を追加することが予後向上につながる可能性が報告されている[23]。今後新規抗癌剤や分子標的治療などで遠隔転移を制御できることが可能であれば,さらに適応が変化すると考えられる。一方で,呼吸困難のない症例での予防的気管切開は,予後改善効果が明らかでないばかりか,QOLを低下させ,感染などの合併症から放射線療法や化学療法の開始を遅らせることがしばしばあるため,推奨されない[1,22]。まとめを表1に示した。
おわりに
ATCに対する手術療法の意義は,麻酔・周術期管理や手術デバイスの進歩など直接手術に関連する事項だけではなく,画像診断技術の進歩,各種治療手段の開発,予後予測のためのエビデンスの蓄積とともに変化し,独立した治療から集学的治療の一環としての重要な位置づけとなっている。今後の進歩により手術療法の位置づけはさらに変化すると考えられ,個々の症例で手術の目的,適応,他の治療法と組み合わせる際のタイミング,切除範囲を明確にしつつ症例集積を行い,客観的な評価を繰り返し行うことが重要であると考えられる。
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