2013 Volume 30 Issue 3 Pages 179-181
甲状腺未分化癌に対する標準的化学療法は未だ確立していないが,全身療法が必要であることは論を俟たない。アンスラサイクリン系,プラチナ系化学療法剤を中心に化学療法が行われてきたが結果は芳しくない。わが国ではEAPあるいはEP療法が事実上の甲状腺未分化癌に対する標準化学療法となっていたが,副作用が強く,生存率向上のデータもない。1990年代後半から臨床使用されるようになったタキサン系薬剤は副作用が少なく,外来での使用が可能でQOL向上にも役立つ。Weekly Paclitaxelの奏効例では長期生存例もあり,旧来の薬剤からタキサン系薬剤へのシフトがみられる。しかし奏効率はなお30%程度であり,血管増生阻害剤,分子標的薬などの新しい機序の薬剤の登場が待たれる。稀少疾患であり症例蓄積のために多施設参加の甲状腺未分化癌コンソーシアムの役割もますます重要となるであろう。
甲状腺未分化癌コンソーシアム(ATCCJ)の最新のデータベース(ATCCJ-DB)によると甲状腺未分化癌(ATC)患者の65%に遠隔転移がみられる。したがって,ATCに何らかの全身療法が望まれることは論を俟たない。実際,ATCCJ-DBに登録された症例では化学療法を受けた患者の生存期間は有意に化学療法を受けなかった患者より長い(図1)。治療不能な進行例は緩和ケアに移るためSelection biasがかかっていることを勘案しても,化学療法はATC治療の有力な選択肢であることは否定できない事実であろう。ここでは抗癌剤化学療法を中心にATCに対する全身療法について概説する。
化学療法施行群と非施行群の比較
ATCに対する標準化学療法は現在に至ってもなお確立しているわけではない。
1970年代以降,doxorubicin(ADM)とcisplatin(CDDP)を中心に化学療法がATC治療に試みられてきた。1980年にShimaokaはADMとADM+CDDPの比較試験を行い二剤併用のほうが奏効率は高いが,いずれも生存率の向上はみられなかったことを報告している[1]。その後,etoposide,carboplatin,methotrexate,doxorubicin,bleomycin,vincristineといった薬剤が単剤あるいは多剤併用で試されているが標準化学療法の確立には至らなかった。1987年のAhujaらの報告ではADM単剤の奏効率は22.1%でCDDPの上乗せ効果はなかったとしている[2]。
一方,わが国では1990年代に肺癌治療のレジメンから転用されたEAP療法(etoposide+ADM+CDDP)がATCに対し高い奏効率を示すとの報告されるようになった。しかしEAP療法は血液毒性が非常に強いため,このレジメンからADMを除いたEP療法(etoposide+CDDP)にのちに置き換えられていく。筒井らによるとEAPおよびEP療法のATCに対する奏効率は69.0%とされ,事実上ATCに対するわが国の標準治療の地位を占めるようになった[3]。しかしながら,このEP,EAP療法は国際的な報告がほとんどなく,日本国外では一般的な治療とはなっていない。
1990年代後半にタキサン系といわれる新しい化学療法剤が登場した。タキサン系薬剤は細胞の微小管のβ-tubulinサブユニットに結合し安定化させることで細胞分裂を阻害する。ADMなどのアンスラサイクリン系薬剤が細胞分裂時のDNAに入り込んで細胞分裂を阻害するのとは大きく作用機序が異なる。タキサン系の主な薬剤はPaclitaxel(Taxol®)とDocetaxel(Taxotere®)の2つである。
2000年にAinらはPaclitaxelの96時間連続投与で奏効率53%という報告を行った。投与量は225mg/m2で3週間毎に投与されたが[4],96時間の持続投与というのはPaclitaxelの投与法としては現在では一般的ではない。
タキサン系の薬剤は従来の化学療法剤のように一度にできるだけ多く投与するのではなく,一回の投与量を減らし,休薬期間を短くし頻回に投与するといった投与法ができることが特徴であるが,頻回投与の場合,副作用が少なく入院せずに外来で投与できることはATC患者のQOL向上に非常に有益であろう。われわれは乳癌のレジメンから転用したWeekly Paclitaxel,80mg/m2の投与法で完全奏効(CR)例1例を含む奏効率33%とStage ⅣB患者での生存期間の延長を報告した[5]。
ATCCJ-DBの解析でもStage ⅣB患者ではWeekly Paclitaxel投与群で化学療法非施行群に比し有意に生存期間の延長がみられるが(図2),Stage ⅣA,ⅣCでは生存期間の延長は認められなかった。EP療法も同様の結果であったが,生存率ではPaclitaxelが上回っている。Stage ⅣA,ⅣCでは症例数が少ないため有意差が出ないことが考えられる。ATCは症例が限られており症例数の蓄積が必要である。これらの結果を受け,現在ATCCJ主導でWeekly Paclitaxelの認容性につき多施設共同で臨床試験(アタックJ)を行っている。事前登録すればどの施設でも参加可能なオープンな試験であり,結果が待たれる。
Stage ⅣB患者におけるWeekly Paclitaxel施行群,EP施行群との比較
Docetaxelについては,Kawadaらが奏効率14%と報告し,この治療が認容できるとしている[6]。またPaclitaxel+CDDPのレジメンを行っている施設もある[7]。
いずれにせよ,タキサン系薬剤の登場でATCの化学療法は変化を迎えた。ただ,現時点で新たに試験中の化学療法剤はなく,今後は化学療法剤以外の薬剤による全身治療へのシフトが予想される。
そこでここからは化学療法剤以外のATC全身療法に関わる薬剤について簡単に述べる。
血管作用薬であるCombretastatin A4(CA4P)はとくに腫瘍内部の血管に作用するとされるが,2002年,その第Ⅰ相臨床試験でATC患者に投与された際,CR例があったため俄に注目を浴びることとなった[8]。しかしその後の追試験ではこうした著効例はみられないようである。CA4PのprodrugであるFosbretabulinの第Ⅱ相臨床試験では安定(SD)例はみられたがCRや部分奏効(PR)例はみられなかった[9]。
Sorafenib(ネクサバール®)は肝癌,腎癌で使用されているチロシンキナーゼ阻害剤である。これまでの臨床試験では奏効例はなかったが,最近の報告では奏効率10%と報告されている[10]。肺癌で使用されているGefitinib(イレッサ®)は5例での使用では奏効例はなかったとされている[11]。消化管間質腫瘍に使用されるImatinib(グリベック®)で奏効率25%との報告がある[12]。また,Lenvatinibは甲状腺癌に対しオーファンドラッグの指定を受け,現在臨床試験が行われている。
今後,新たな分子標的薬が続々と登場することが予想されるが,単剤での使用となるか,分子標的薬と相性のよい化学療法剤との併用がより効果があるかなど課題は多く,稀少疾患であるATCにおいて効果的に症例を重ね検証していくことが重要である。こうした中で,ATCCJの役割はますます重要となっていくだろう。