2013 Volume 30 Issue 3 Pages 188-192
ハーモニックFOCUSは甲状腺手術を念頭に開発された超音波凝固切開装置である。先端部が小型で繊細な操作が可能であるため,術中,ほとんどの切開操作に使用できる。術者は,大部分の結紮操作から解放され,ドライな術野で手術が実施できる。結果として,FOCUSを使用すると,手術時間は短縮し術中出血量は減少する。本稿ではバセドウ病甲状腺全摘術を例に挙げて,われわれの実施している手術の工夫と要点について具体的に解説する。
われわれはFOCUSの能力を最大限発揮するために,FOCUSを持ち替えない一連の操作を心がけている。また,FOCUSを少し捻り,ブレード先端で組織にかかる緊張をコントロールしながら凝固切開(twist-cut)している。ハーモニックFOCUSは,これからの甲状腺手術に欠かせない手術デバイスとして,大きく普及していくであろう。
手術の低侵襲化は時代の要請であり,甲状腺領域においても小切開創での手術が主流となっている。小血管が多く易出血性の甲状腺手術を狭い術野で合併症なく遂行するには,無血野を保つことが望ましい。これに大きな力を発揮するのが超音波凝固切開装置であり,もっとも代表的な製品がハーモニック®(ジョンソン・エンド・ジョンソン株式会社)である。組織を凝固しながら切開する手術器具で,側方への熱拡散が少ないのが特徴である。甲状腺手術における有用性は,比較的早くから注目されており,ハーモニックに関する臨床系英文論文(約500編)の10%を甲状腺領域が占めている。
一方,本邦においてハーモニックは内視鏡手術のデバイスと捉えられていたため,オープンの甲状腺手術を実施している施設で注目されることは少なかった。このようななか,2009年8月に通常甲状腺手術を念頭に開発されたハーモニックFOCUS(図1,以下FOCUS)が発売され,多くの頭頸部・甲状腺外科医が使用するようになった。さらに2010年4月の診療報酬改訂により「甲状腺悪性腫瘍手術」に超音波凝固加算が認められたため,普及が加速している。
ハーモニックFOCUS
当科では,甲状腺手術にFOCUSを積極的に使用してきた。本稿では,その使用成績を報告すると共に,われわれの行っている手術の工夫と要点について具体的に述べる。
ハーモニックは,超音波振動による機械的エネルギーで組織の凝固と切開とを同時に行う装置だが,その原理はナイフを小刻みに動かしてステーキを切るイメージにたとえられる。すなわち,アクティブブレードの毎秒55,500回の振動と最大65μmの振幅により発生する摩擦熱が組織の蛋白質を粘着力のあるコアギュラムに変性させて血管やリンパ管などの管腔をシーリングし,同時に組織を機械的に切断する。摩擦熱は50~100℃,蛋白凝固は63℃で開始するため,電気エネルギーにより150~400℃に上昇する電気メスと比較すると,低温で凝固するので側方への熱損傷が少ない。径5mmまでの血管の切開凝固能を持つので,甲状腺手術のほとんどの血管に使用できる。
ハーモニックは電気エネルギーを発生するジェネレーター,これを超音波振動に変換するトランスデューサーを内蔵したハンドピース,ブレード(FOCUS)の3つの装置で構成される。FOCUSは両開きで小児用ケリー鉗子に近い形状であり,先端のアクティブブレードは弧状で細長い。FOCUS最大の特徴は,器具を交換することなく一連の操作で組織の剝離・凝固・切開ができることである。最近,ジェネレーターが第三世代に進化し(GEN11),エンシールも使用可能となった。
われわれはFOCUSの能力を最大限発揮するために,以下の2点を心がけている。すなわち,①FOCUSを持ち替えない一連の操作を行う,②FOCUSを少し捻り,ブレード先端で組織にかかる緊張をコントロールしながら凝固切開を行う(Twist-cutテクニック,図2)ことである。
Twist-cutテクニック
FOCUSで剝離した組織をそのまま凝固しながら切開するという連続操作により,止血だけでなく器具の交換が不要となるため,総体的に手術時間が短縮する[1]。したがって,術者が剝離して鉗子を通した組織の間を助手がFOCUSで切開するような使用法は効率的でないうえ,組織に過度の緊張がかかりシーリングが不十分になりやすいと考えている。連続操作の例外は神経周辺で使用する場合である。組織への熱拡散(≦2mm)だけでなく,凝固切開後の組織収縮の影響も考慮して,5mmの安全マージンをとるようにしており,とりわけ反回神経周辺では,FOCUS使用にはこだわっていない。
FOCUSでストレスなく組織を切開できるのは,アクティブブレードの「溝がある範囲」(図3)である。FOCUSで組織を把持したのち少し捻ることによって,切りたい部分がここにかかるようにすると共に,組織の緊張を調節する。この際,FOCUSを寝かせるようにすると,ブレードから組織がずれにくく,先端部での切り残しがなくなる。
アクティブブレード
われわれはジェネレーターの出力レベルを(MIN:3,MAX:5)に設定し,MAXによる切開を基本としている。但し,名前のついている血管に対しては,十分なシーリング能力を得るためにMIN出力を用い,アクティベート中は組織の緊張を解き,自然に切断されるのを待つように心がけている。
バセドウ病甲状腺全摘術を例に挙げて,当科で行っているFOCUSを使用した手術を示す。断りのない限り,MAXで切開している。
1)甲状腺へのアプローチ:皮弁作成以後の剝離・切開にFOCUSを使用する。
2)上極の処理:上甲状腺動静脈は血管径が5mm以下ならMINにて凝固切離し,追加の結紮は行っていない。凝固に伴い組織が収縮するため,予め上喉頭神経外枝を十分頭側に剝離する。動静脈は周囲の組織と共に凝固することや,FOCUSを寝かせてブレードの「溝がある範囲」から先端部へ血管がずれ落ちないようにすることに留意している。
3)下極の処理:反回神経の確認・剝離には小児用ケリーを使用している。下甲状腺静脈は下極の脂肪織と共にMINで切離する。下副甲状腺を同定したら,外側に脂肪織と共に落とすように温存する(図4,Capsular dissection)。
Capsular dissection
図の上側が頭側(以下同様),矢印は右下副甲状腺
4)甲状腺周囲の処理:中甲状腺静脈はもっとも注意すべき血管である。MINで凝固切離できるが,周囲の脂肪織が少ない時には,必ず結紮している。
5)反回神経の剝離:小児用ケリーで神経上面の組織をすくい,それを鑷子で把持挙上してからFOCUSのティッシュパッドを入れて切離する。パッドが神経に触れないように予め十分に剝離しておく。鑷子やFOCUSによって,組織にかかる緊張を調整できるので,あくまで術者が切開している。
6)上副甲状腺の温存(図5):副甲状腺周囲を鑷子で把持し,甲状腺実質側を切離して被膜と共に温存する。FOCUSのコンパクトな先端部がもっとも威力を発揮する操作である。
上副甲状腺の温存
a.右上副甲状腺,b.右下副甲状腺,c.右反回神経
7)気管前面からの剝離(図6):鑷子で反回神経外側の組織を牽引して,神経とFOCUSとのマージンをとる。通常ベリー靱帯の処理にはFOCUSを使用していない。
気管前面からの剝離
a.気管,b.右反回神経
8)腺葉切除:Maxで出血なく切離できるが,バセドウ病ではMINモードを使用している。
バセドウ病手術におけるFOCUSの有用性を検討した。2005年4月から2013年3月までの8年間に当科でバセドウ病甲状腺全摘または準全摘を施行した患者は122例であり,前半の4年間は通常の結紮手術(C群),後半の4年間はFOCUSを使用した手術(F群)を一貫して実施した(表1)。C群(51例)とF群(71例)とを,甲状腺切除重量・手術時間・術中出血量・甲状腺重量当たりの出血量について比較した(表2)。平均切除重量はC群:113g,F群:120gで有意差はなかった。平均手術時間はC群:169分,F群140分であり,F群の方が短かった(p=0.0003)。平均出血量はC群:237ml,F群:114mlであり,F群の方が少なかった(p=0.007)。甲状腺重量当たり出血量の平均値はC群2.5ml/g,F群0.8ml/gとF群が少なかった(p<0.0001)。術後出血による再手術,永続性副甲状腺機能低下を各1例ずつ認め,いずれもC群であった。
対象
結果
バセドウ病(準)全摘術に際してFOCUSを使用することにより,合併症を増やすことなく,およそ手術時間は30分短縮(20%短縮)し,出血量は半分に減少した。
甲状腺手術におけるFOCUSの有用性についてはいくつかの報告があるが,共通しているのは,通常の結紮手術と比較して,手術時間が短縮[1~9],術中出血量は減少した[1~3]というものである。いずれもFOCUS使用により合併症の増加はなかったという。他に,術後のドレーン排液量の減少[4,5]や一過性副甲状腺機能低下症の発生頻度の減少[4,6,7],入院期間の短縮[4,7],また医療コスト(手術時間の減少に伴う手術室の有効活用[8],合併症の減少による間接的削減[4])の軽減を示した報告もみられる。実際にFOCUSを使用してみると,器具を交換しない・途切れのない手術操作と共に,出血のないドライな術野を保持できることを実感する。良好な視野のもと,各段階の手術操作が効率的となり,結果として手術時間の有意な短縮に繋がるのであろう。
ハーモニックによる脈管のシーリングには,ある程度の経験が必要である。凝固と切開のどちらを優先させるのかを判断し,それに応じて組織への張力のかけ方をコントロールするのである。静脈は血管壁が薄いため,動脈と比較して十分なコアギュラムができず,これに切開時の張力が加わると,シーリングが不十分になり破綻をきたす場合がある。とくに頸部郭清時の内頸静脈に流入する血管(中甲状腺静脈など)の処理は,同時に凝固される組織がないため,ハーモニックは使用せずに結紮している。同様に,胸管を単独で処理する場合も,経験的に必ず結紮するようにしている。
ハーモニックの熱拡散による反回神経損傷はもっとも注意すべき合併症である。Leeらはイヌの反回神経への影響を声帯の観察と組織学的所見に従って検討し,アクティブブレードから3mmの安全幅が必要であると述べている[10]。Pogorelićらはハーモニックの動作時間を分割すると有意に熱損傷が減少するため,5秒以内の連続動作と休止を推奨している[11]。われわれは神経周辺の処理に際しては,5mmのマージンをとると共に,5秒以内の動作に留めるように心がけている。また,アクティブブレードの残存熱は患者だけでなく,手術スタッフの熱傷のリスクとなるため,適宜生食ガーゼなどで冷却している。
FOCUSを使用した手術では,大部分の結紮操作から解放され,出血のない術野を保つことが可能である。結果として,手術時間は短縮し術中出血量は減少する。ハーモニックFOCUSは,これからの甲状腺手術に欠かせない手術デバイスとして,大きく普及していくと思われる。