2013 Volume 30 Issue 3 Pages 212-215
甲状腺未分化癌は,きわめて悪性度の高い疾患で,病状の急速な悪化により多くは診断後半年以内に不幸な転帰をとる。標準的治療法はなく探索的な集学的治療が行われているが,これまで科学的なエビデンスはない。最近タキサン系の抗癌剤を用いた治療法の有効性を示す報告が散見されており,われわれの施設では頭頸部癌に使用されている化学(放射線)療法を参考として治療している。一部の症例では集学的治療の局所コントロールに対する有用性が示唆されたものの,化学療法単独での効果は確認できなかった。現在,全国規模の医師主導多施設共同研究が行われている(UMIN ID 000008574)が,稀少な難治性の甲状腺未分化癌治療を発展させるためには,このプロジェクトのように各施設が連携し集学的治療,臨床試験,緩和医療を適切に提供するための準備が重要であると考えられた。
甲状腺癌のうち未分化癌は,頻度こそ低いもののきわめて悪性度の高い疾患で,局所進展,遠隔転移などによる病状の急速な悪化により多くは診断後半年以内に不幸な転帰をとる。手術・放射線・抗癌剤を用いた集学的治療が行われるが,標準的治療法はなく,探索的な治療が担当医の経験や個々の症例の状態に合わせて行われている。治療に抵抗性を示すことが多く,甲状腺腫瘍診療ガイドラインにおいても治療の科学的なエビデンスを示すことのできない疾患とされ,緩和医療の介入が勧められている[1]。
最近タキサン系の抗癌剤を用いた治療法の有効性を示す報告が散見されており[2~4],今後の検証が期待されている。われわれも頭頸部癌に使用されている投与法を参考に,ドセタキセル(Doc)を用いた治療を行ってきた。その結果を振り返り,今後の方向性を展望した。
2002~2012年までに当施設で経験した,組織学的に甲状腺未分化癌と診断された症例は30例(表1)。これらについてretrospectiveに診療録を精査した。
当施設で経験した甲状腺未分化癌症例(2002~2012年)
Docが使用された症例は12例(表1)みられたが,これらのうち計画的に1コース以上の投与が可能であった症例は9例であった(表2)。男性7例,女性2例,60~78歳,中央値70歳。未分化癌として初発したもの6例,過去に分化癌ないし低分化癌として治療されたあとに未分化転化再発したもの3例であった。2例では診断時に肺転移を認めた。全例周囲進展陽性であり(T4b以上),姑息手術が5例に施行されていた。2例ではEP療法[5]に耐性を示した後の治療としてDocが選択されていた。3例ではDocによる化学療法が単独で行われていた。6例ではFujiiらの方法[6]にならって放射線の効果増強を目的として,週1回10mg/m2が放射線療法と併用(化学放射線療法:CRT)して投与されていた。CRT終了後,2例は遠隔転移の悪化で追加の抗癌治療は行われなかった。他の4例では毎週~3週毎にDocの投与が追加されていた。
放射線化学療法としてドセタキセルが投与された,あるいは1コース以上のドセタキセルが投与可能であった症例
CRTは,2例で局所の完全寛解が得られ,部分奏効も3例にみられ,奏効率は83.3%であった。残りの1例でも病変の悪化はなく,臨床的効果は100%に認められた。CRT後に化学療法を追加した4例では局所のコントロールとともに86,320,483,1,901日の比較的長期にわたる生存が得られており,手術,CRT後の全身補助療法としてのDocの有用性が示唆される結果であった(図1)。一方で,化学療法単独例での奏効例はなく,遠隔転移病巣に対する抗腫瘍効果も認められなかった。
70歳,女性の頸部CT。腫瘍の最大径は5.2cmで周囲臓器への進展を伴う(A)。放射線化学療法後99日目(B),全身化学療法を追加している。病巣は縮小しており128日目に最大径1.2cmまで縮小した(77%縮小)が,174日目に再増大を認めた(C)。気管浸潤(D矢印)のために気管切開を要し,腫瘍からの出血により320日目に原病死した。
甲状腺未分化癌のうち限局型のstage Ⅳ Aと分類される症例では比較的予後が見込めるものの,周囲臓器に進展していたり(stage Ⅳ B),遠隔転移をきたしていたり(stage Ⅳ C)する場合には,根治手術を期待することはできず,放射線外照射や化学療法を組み合わせた集学的治療が適応される。様々な方法が試みられているものの,標準的治療として確立されたものはなく,試行錯誤が続いている。
これまで未分化癌に対して行われてきた化学療法の報告からは,明らかな効果が確認されたものは少ない。過去には,シスプラチンやドキソルビシンを中心とした薬剤が投与されているが,効果を証明することはできていない[1]。本邦で行われた未分化癌に対する化学療法について甲状腺未分化癌コンソーシアム(ATCCJ)で集計した結果[7]が最近報告された。それによると,EP療法[5],DC療法[8],wPTX[4],wDocが比較的多く行われていた。化学療法施行例で生存期間が長い傾向にあったものの,抗癌剤の効果か,他の因子の関与であるかはこのretrospectiveな解析からは判断できなかった[9,10]。
これらのうちでも,Higashiyamaらが示したweekly Paclitaxelによる化学療法は,対照がhistorical controlではあるが,唯一生存延長を認めた方法である[4]。現在,ATCCJではこの結果をもとに全国規模の医師主導多施設共同研究を行っており,この方法が標準治療としての忍容性と抗腫瘍効果を持つのかについて検討されている[11]。2013年4月末で21施設登録,36例の登録が行われている(UMIN ID 000008574;2012年7月30日登録)。2014年3月までに登録が終了し,2015年には解析結果が報告される予定である。
当施設の経験からは,Doc単独投与での抗腫瘍効果を示す症例はなかったが,放射線療法や手術と組み合わせた集学的治療を行った症例で長期の生存例が認められた。とくに,放射線化学療法での局所コントロールは良好であり,気道狭窄や通過障害を回避できた。同様に,Tennvall[12],Besicら[13]もCRTの有用性を示しており,現時点では手術不能あるいは,局所の腫瘍遺残例に対して最も優れた対処方法と考えられる。この結果を踏まえ,前述の臨床試験でも放射線外照射の併用を容認している。
未分化癌症例は稀少であり,単施設で系統的に症例を集積し検討することは非常に困難である。しかも進行は早く,十分な準備がなければ積極的な抗癌治療を行うことも難しい。これまでのように個々の経験や知識から場当たり的な治療を繰り返していては新たな知見は得られず,標準的治療を確立することはおろか,行われた治療の正当性を示すことすらできない。したがって,多施設が連携した臨床試験などにより十分に準備された状態で最も推奨される治療を行い,貴重な経験を集積し,新たな可能性を生み出す努力をすることがわれわれの使命であろうと考える。基礎研究から新規治療薬の開発,治療効果の予測因子の探索が進められている。一方で,臨床的には逐次緩和医療を適切に提供する必要があり,そのためのQOLを中心とする患者状態の確実な評価法の確立や細やかな支持療法の研究がきわめて重要である。
一部の未分化癌症例では,手術と組み合わせた集学的治療の局所コントロールに対する有用性が示唆されたが,結果は満足できるものではなく,今後,集学的治療,臨床試験,緩和医療を適切に提供するための多施設連携による基礎的臨床的研究が重要であると考えられた。
本論文の要旨は,第113回日本外科学会総会において発表した。本研究の一部は科学研究費補助金(#25461992)の支援を受けている。