2013 Volume 30 Issue 3 Pages 216-220
症例は56歳の女性。人間ドックの頸部超音波検査で甲状腺右葉に21×17×12mm大の被膜を伴う充実性腫瘍を指摘され,精査目的に当科紹介となった。穿刺吸引細胞診では,好酸性物質を入れ,核が偏在した印環細胞様の腫瘍細胞を認め印環細胞型甲状腺濾胞腫瘍を疑った。画像上,腫瘍の境界が一部不明瞭のため濾胞癌が否定できず甲状腺亜全摘切除術を施行した。病理組織検査では,腫瘍は多結節状で,被膜を有し,コロイドを入れた濾胞構造とともに印環細胞型の腫瘍細胞の増生を認めた。細胞質内の好酸性物質はサイログロブリン染色陽性,核はTTF-1陽性であり原発性腫瘍と診断した。明らかな血管浸潤の所見はなかったものの,腫瘍細胞の被膜浸潤を示唆する所見を認めた。以上の所見から印環細胞型甲状腺微少浸潤型濾胞癌と診断し,現在経過観察中である。本疾患は非常に稀であり,文献的考察を加えて報告する。
印環細胞型を呈する甲状腺濾胞腫瘍は非常に稀で,症例報告がされているのみである。今回われわれは,非常に稀な印環細胞を呈する甲状腺微少浸潤型濾胞癌の1例を経験したため,若干の文献的考察を加えて報告する。
患 者:56歳,女性。
主 訴:なし。
既往歴:子宮内膜症,高血圧症。
家族歴:特記事項なし。
現病歴:人間ドック頸動脈超音波検査にて甲状腺右葉に20mm大の結節性病変を指摘され,精査目的に当科に紹介となった。
血液検査所見:甲状腺ホルモン,サイログロブリン値は正常範囲内であった。
頸部超音波検査:甲状腺右葉に21×17×12mm大のacoustic shadowを伴う充実性腫瘤を認めた(図1a)。腫瘤の境界は一部不明瞭であった。その他,両葉に2~4mm大の境界明瞭な複数のhypoechoic noduleを認めた。
a:頸部超音波検査:一部境界が不明瞭(矢頭)な被膜を有した充実性腫瘍を認めた(矢印)。
b:MRI検査(T2強調像,冠状断):高信号と低信号の混在した腫瘍で境界が一部不明瞭であった(矢頭)。
c:核の偏在した印環細胞様の腫瘍細胞を認めた(矢印)(HE染色×40)。
頸部MRI検査:甲状腺右葉にはT2強調像で高信号域と低信号域が混在した16mm大の腫瘤を認めた。明らかな血管浸潤の所見はなかった。腫瘍の境界が一部不明瞭な部分が認められた(図1b)。
PET-CT検査:甲状腺右葉の腫瘍に一致してSUV max6.0の強い集積を認めた。明らかな遠隔転移の所見はなかった。
穿刺吸引細胞診:細胞質内に好酸性物質を入れ核が偏在した印環細胞様の腫瘍細胞が多数出現していた(図1c)。
以上の所見から,腺腫様甲状腺腫に合併した印環細胞型甲状腺濾胞性腫瘍と診断した。画像所見上,濾胞癌の可能性が否定できず,甲状腺亜全切除術を施行した。
摘出標本:腫瘤は右甲状腺上中部に位置していた。割面は最大径19×15mm大,多結節状で被膜を有し,黄白色部分や褐色調部分,乳白色部分などが混在していた(図2)。
a:摘出標本:腫瘤は右甲状腺上中部に位置していた。
b:腫瘍割面:割面は最大径19×15mm大,多結節状で被膜を有し,黄白色部分や褐色調部分,乳白色部分などが混在していた。
病理組織所見:腫瘍の中心部にはコレステリン結晶を伴った壊死物質が認められた。壊死物質内や被膜内に石灰化がみられた。腫瘍細胞はコロイドを入れた濾胞を形成する部分と,核の偏在した印環細胞様の細胞が索状に増生する部分が移行,混在していた。印環細胞様の腫瘍細胞の好酸性物質はAlcian-Blue染色陽性,PAS染色陽性であった。さらに,同物質はサイログロブリン染色陽性,腫瘍細胞の核はTTF-1染色に陽性であった。明らかな血管浸潤の所見はなかったが,被膜浸潤の所見を認めた。また,この印環細胞様の細胞は腫瘍の約2/3を占めていた。なお,乳頭癌を示唆する所見はなかった(図3,4)。
a:ルーペ像(HE染色)
b:被膜内の石灰化(HE染色×20)
c:印環細胞型の腫瘍細胞(HE染色×40)
d:Alcian-Blue染色陽性(×40)
a:Alcian-Blue-PAS染色でPAS染色陽性(×40)
b:腫瘍の被膜浸潤(EVG染色×1.25)
矢印:腫瘍の本来の被膜
矢頭:腫瘍の浸潤により二次的に形成された被膜
c:TTF-1染色陽性(×40)
d:サイログロブリン染色陽性(×40)
以上から,印環細胞型微少浸潤型濾胞癌と診断した。
臨床経過:術後経過良好で第4病日に退院した。術後5カ月現在,外来で経過観察中である。
印環細胞型を呈する甲状腺腫瘍は非常に稀で,詳細な発生頻度は不明である。Mochizukiら[1]が報告したreviewでは15例の印環細胞型甲状腺腫瘍のうち,3例がcarcinoma,10例がadenoma,2例がhyperplastic goiterであった。このように印環細胞を呈する甲状腺腫瘍ではadenomaの症例が多く,carcinomaの症例は非常に稀である。医学中央雑誌にて1983年から2011年までの間で「甲状腺」,「印環細胞」をキーワードに検索すると,甲状腺に発生した印環細胞型腫瘍は3件のみであった[2~4]。
印環細胞型濾胞腫瘍に特徴的な画像所見はなく,本症例では,穿刺吸引細胞診にて濾胞腫瘍と診断した。超音波・MRI検査で腫瘍の境界が一部不明瞭であり,濾胞癌の疑いとして手術を施行した。
また稀ではあるが,印環細胞型を呈する腫瘍の場合には,転移性甲状腺腫瘍の可能性もあり[5],甲状腺以外に原発がないかを精査することも臨床上重要である。Nakhjavaniら[6]やShimaokaら[7]の報告によると,転移性甲状腺腫瘍の原発としては腎や肺,消化管や乳腺が多いとされている。本症例では,健診時に上部・下部消化管内視鏡検査を施行しており悪性腫瘍は認めなかった。また,術前にPET-CT検査を施行し,甲状腺以外に異常な集積像は認めず転移性甲状腺腫瘍は否定的と考えた。
Wheeler[5]らは,免疫組織学的にサイログロブリン染色とTTF-1染色がいずれも陽性であれば原発性,陰性であれば転移性腫瘍であると報告している。本症例において,上記の染色はいずれも陽性であり,原発性の腫瘍であることが病理組織学的にも証明された。
病理組織検査では腫瘍の中心にコレステリン結晶を伴った壊死物質を認め,これを囲むように膠原線維を主体とした被膜形成が認められた。同部位に石灰化が認められ,超音波検査でacoustic shadowを認めた部分と思われた。
EVG染色(図4b)でみると,病変の一部に腫瘍の被膜浸潤および再被包化がみられ,本症例は微小浸潤型濾胞癌と診断した。また一部で,再被包化が不明瞭な部分があり,術前の超音波検査やMRI検査で腫瘍の境界が不明瞭に描出された部分と思われた。
諸家らの報告では,印環細胞様の腫瘍細胞内の好酸性物質はPAS染色,Alcian-Blue染色,mucicarmine染色が陽性であり粘液の存在が示唆されている。本症例ではmucicarmine染色は行っていないが,PAS染色,Alcian-Blue染色が陽性であった。粘液が存在する仮説として,いくつかの可能性が考えられている。すなわち第一は,甲状腺の発生過程における甲状舌管や唾液腺組織などの遺残組織に由来するもの[8],第二に,腫瘍細胞のサイログロブリンの代謝過程に何らかの変調が生じて,結果的に粘液としての組織化学的性質を帯びるとするもの[9],第三に,濾胞上皮は内胚葉由来の細胞であり,同じ内胚葉由来である胃や気管などの粘膜上皮へ化生が生じたとするもの[10]である。本症例では,甲状腺内に唾液腺組織は認めず,また,胃や気管粘膜上皮に化生した所見は認めなかった。さらに,腫瘍の細胞質はサイログロブリン染色に強い陽性所見を示すことから,上記の第二の仮説が有力と考えられる。
Mochizukiら[1]の電子顕微鏡による詳細な検討では,腫瘍細胞内に腫大した粗面小胞体が確認され,この腫大した粗面小胞体あるいはゴルジ装置の機能障害によりサイログロブリンの分解産物が細胞質内に蓄積して,核が辺縁に圧排され,その結果として印環細胞が形成されると推測している。しかし,印環細胞が形成される詳細な発生機序に関しては未だに不明な部分が多い。本症例は,臨床的には微小浸潤型濾胞癌に準じた今後の加療が必要であるが,印環細胞を呈する病理組織学的な機序の解明に関しては症例の蓄積が必要である。
非常に稀な印環細胞を呈する微少浸潤型濾胞癌の1例を経験したので文献的考察を加えて報告した。今後,再発や転移がないか注意深い経過観察が必要である。
本論文の要旨は,第45回日本甲状腺外科学会学術集会において発表した。