Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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A case of intrathyroidal epithelial thymoma/carcinoma showing thymus-like differentiation (ITET/CASTLE)
Masahiro ShibataYatsuka HibiKimio OgawaYoshimi ShimizuChikara KagawaKatsumi Iwase
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2013 Volume 30 Issue 3 Pages 232-236

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抄録

胸腺様分化を示す癌(以下,ITET/CASTLE)は,甲状腺癌において稀な組織型で,術前診断が困難なことが多い。しかし,腫瘍の局在や細胞診所見よりITET/CASTLEを術前に鑑別の1つとして考慮することは可能である。今回,術前診断が困難であったITET/CASTLEの1例を経験した。文献的考察を加えて報告する。

症例は64歳男性。頸部腫瘤を自覚し,当院へ紹介受診となる。頸部超音波検査にて,甲状腺右葉下極から尾側方向へ進展する4.2×4.6×2.9cmの腫瘤を認めた。穿刺吸引細胞診では,乳頭癌・濾胞性腫瘍とは異なる悪性細胞を認めた。FDG-PET/CTにて同部位に集積を認めたが,他の部位に悪性腫瘍を疑う集積はみられなかった。甲状腺右葉切除・頸部リンパ節郭清術を施行。右内頸静脈・右反回神経・食道筋層への浸潤を認めたため合併切除を行った。病理標本では異型上皮細胞が島状・索状に増生しており,厚い結合組織で分画されていた。CD5免疫組織染色で陽性を呈し,ITET/CASTLEと診断した。

はじめに

甲状腺に発生する悪性腫瘍としては,乳頭癌が最も多く,他に濾胞癌・髄様癌・未分化癌・悪性リンパ腫が一般的に知られている。胸腺様分化を示す癌(Intrathyroidal epithelial thymoma/Carcinoma showing thymus-like differentiation:以下ITET/CASTLE)は,遺残した甲状腺内胸腺に由来するとされている悪性腫瘍で,非常に稀な組織型である。今回,術前の細胞診では診断が困難で,最終病理検査にてITET/CASTLEと診断された症例を経験したので報告する。

症 例

症 例:64歳男性。

主 訴:右頸部腫瘤。

既往歴:胸膜炎(約30年前)。

家族歴:甲状腺疾患の家族歴なし。

嗜 好:喫煙20本/日,飲酒 ビール500ml/日。

現病歴:当院受診の2カ月前に右頸部腫瘤を自覚。1カ月前に前医を受診。頸部CT・超音波検査にて,右葉下極から尾側方向へ進展する4.2×4.6×2.9cm大の低エコー腫瘤を認め,精査目的にて当院紹介受診となる。

受診時現症:右胸鎖関節の頭側に約4cmの可動性不良な硬い腫瘤を触知。頸部リンパ節は触知しなかった。

血液検査(括弧内は基準値):末梢血液検査は異常を認めず,甲状腺機能は正常範囲で,サイログロブリンは10.4ng/ml(32.7以下)であった。Intact-PTH 116.7pg/ml(15.0~68.3)と上昇していたが,Caは9.4mg/dl(8.7~10.3)であった。

頸部超音波検査:甲状腺右葉下極から縦隔へ進展する4.2×4.6×2.9cm大の楕円形・境界不明瞭・内部は低エコーで不均一な充実性腫瘤を認めた(図1)。

図1.

頸部超音波検査:甲状腺右葉下極から尾側へ進展する4.2×4.6×2.9cm大の楕円形・境界不明瞭・内部は低エコーで不均一な充実性腫瘤を認める。

穿刺吸引細胞診:異型上皮細胞を多数認め,“悪性”の結果であった。細胞集塊は平面的な配列で,重積性は乏しい。クロマチンの増量・核小体肥大は認めるが,スリガラス様核や核溝所見・コロイドは明らかでなく,乳頭癌・濾胞性腫瘍の像とは異なり,転移性腫瘍や副甲状腺癌の鑑別が必要と報告を得た(図2)。

図2.

穿刺吸引細胞診(400倍):異型上皮細胞を多数認め,細胞集塊は平面的な配列で,重積性は乏しい。スリガラス様核や核溝所見・コロイドは明らかでない。

頸部・胸腹部造影CT:甲状腺右葉から胸骨柄の背側にかけて不均一に濃染する腫瘤を認めた(図3a)。右内頸静脈の輪郭が不明瞭になっており,右総頸動脈・鎖骨下動脈の輪郭は保たれていた。周囲に腫大したリンパ節は認めなかった。他臓器に,悪性腫瘍を疑う所見はみられなかった。

図3.

a:頸部造影CT:甲状腺右葉から胸骨柄の背側にかけて不均一に濃染する腫瘤を認める。

b:FDG-PET/CT:甲状腺右葉にSUVmax 11.63の集積を認める。

FDG-PET/CT:転移性腫瘍の鑑別として,原発巣検索のためFDG-PET/CTを施行した。甲状腺右葉にSUVmax 11.63の集積を認めた(図3b)が,他部位への悪性腫瘍を疑う集積はみられなかった。

以上の検査より,1.乳頭癌・濾胞癌以外の甲状腺悪性腫瘍,2.高Ca血症を伴わない副甲状腺癌,3.他臓器癌の転移病変,の可能性が考えられた。診断・治療を目的とし手術を施行,術中迅速病理診断を行ったうえで術式を決定することとした。

手術所見:頸部襟状切開にて,右葉腫瘍へ到達し,腫瘍の一部を迅速診断へ提出したところ,「乳頭癌・濾胞癌とは異なる浸潤性悪性腫瘍」と回答を得た。甲状腺分化癌とは異なる組織型と考えられたため,甲状腺右葉切除・頸部リンパ節郭清術(D2a郭清)を行う方針とした。腫瘍は可動性が乏しく,尾側は鎖骨背側まで進展していたため,Killian変法による胸骨切開を追加し,さらに右第1肋骨を胸骨付着部で切離し右鎖骨を授動した。腫瘍は右内頸静脈・右反回神経への浸潤を認めたため合併切除を行った。胸部上部食道では約1cmの範囲で腫瘍が浸潤していたため筋層を一部切除した。(手術時間6時間40分,出血量1,152ml)

病理組織検査:甲状腺右葉下極から尾側に4.2×3.5cmの充実性腫瘍を認めた(図4)。腫瘍細胞は,明瞭な核小体と類円形から短紡錘形の核を持ち,島状・索状に増生しており厚い結合織で分画されていた。腫瘍は,正常甲状腺組織と接していた(図5)。免疫染色では,T細胞マーカーであるCD5が弱陽性を示した(図6b)。以上よりITET/CASTLEと診断した。脈管侵襲・神経周囲浸潤を認めた。右Ⅲ・右Ⅳ・右Ⅴa・右Ⅵリンパ節に転移は認めなかった。

図4.

標本写真:甲状腺右葉下極から尾側へ進展する4.2×3.5cmの充実性腫瘍を認める。

図5.

HE染色(40倍):腫瘍細胞は,明瞭な核小体と類円形から短紡錘形の核を持ち,島状・索状に増生しており厚い結合織で分画されている。腫瘍は,正常甲状腺組織と接している。

図6.

a:HE染色(400倍)

b:CD5免疫染色(400倍):T細胞マーカーであるCD5が弱陽性を示した。

術後経過:術後,嗄声を認めたものの経過は良好で,術後第14病日に退院した。甲状腺機能低下・副甲状腺機能低下は認めていない。術後10カ月現在,無再発生存中である。

考 察

ITET/CASTLEは,1985年にMiyauchiらが,甲状腺扁平上皮癌に類似した組織像を呈しながらも予後良好な一群を甲状腺内胸腺腫(ITET)として報告したのが最初である[]。1998年には胸腺癌で陽性となるCD5が,ITET/CASTLEでも陽性であることが報告され[],現在では甲状腺内に遺残する胸腺組織から発生したものと考えられている[]。そのため甲状腺下極に発生し,境界明瞭な腫瘤を形成し,その発育・進展は緩徐である[]。本症例でも腫瘍は甲状腺下極から縦隔へ進展するような形で存在していた。

ITET/CASTLEに対する細胞診所見としてHirokawaらは,(1)細胞採取量が多い,(2)乳頭状・濾胞状配列を形成しない大型細胞集塊,(3)円形・紡錘形細胞で核小体が目立ち細胞境界は明瞭,(4)少数の角化を示す異型細胞や細胞質内小腺腔を有する異型細胞の出現,(5)背景にリンパ球を認める,ことを特徴としている。しかし,ITET/CASTLEの頻度が甲状腺悪性腫瘍の0.075%と非常に低いことや,低分化癌や未分化癌・扁平上皮癌でも大型の異型細胞を多く認めるため,術前細胞診でITET/CASTLEと断定することは困難である[]。第38回日本甲状腺外科研究会のアンケート調査で25例のITET/CASTLEが検討され,Itoらにより報告された。それによると,25例中20例に穿刺吸引細胞診が施行され,ITET/CASTLEの診断が術前に得られたのは1例であった[]。本症例でも細胞診での診断は困難であった。しかし,「乳頭状・濾胞状配列を形成しない異型上皮細胞を多数認めた」という細胞所見に,「甲状腺下極から縦隔方向へ進展する」という腫瘍の局在を加味すればITET/CASTLEを少なくとも鑑別の1つに挙げて手術へ望むことが可能であったと思われた。

治療は,外科的切除が第一選択である。Itoらの報告では,25例全例に手術が施行され,術式の内訳は全摘6例,亜全摘9例,葉切除8例,葉部分切除2例であった[]。本症例では,術前細胞診と術中迅速病理診断にて乳頭癌・濾胞癌といった分化癌は否定的であったため,全摘を行う意義は乏しいと考え,右葉切除と周囲のリンパ節郭清術を施行した。Piacentiniらは,過去の文献と合わせて19例中10例に局所再発・局所リンパ節再発・遠隔転移がみられており,ITET/CASTLEに対して甲状腺全摘・頸部リンパ節郭清術を施行すべきとしている[]。しかし,局所再発症例の中には腫瘍核出術も含まれており,すべての症例に全摘をするべきかについてはさらなる検討が必要であろう。ITET/CASTLEは,その進行が緩徐ではあるものの周囲への浸潤傾向は比較的強い。Itoらの報告では,25例中,反回神経:12例・気管:9例・食道:4例・筋肉:2例・内頸静脈:3例・総頸動脈:2例に浸潤を認めている[]。本症例でも,右反回神経・右内頸静脈・食道筋層への浸潤を認め合併切除を施行した。

組織学的には,腫瘍細胞は島状構造を示し,間質は緻密な結合組織よりなる。腫瘍全体にリンパ球,形質細胞浸潤が観察される。免疫組織学的には,胸腺癌と同様にCD5が陽性となることが特徴である[]。Kakudoらによると,ITET/CASTLEは核異型・核分裂像が乏しく,細胞増殖能の指標となるMIB-1 labeling indexが通常20%未満であることや,CD5陽性となることが甲状腺扁平上皮癌と鑑別する上で重要である[]。

予後について,本邦の症例集積では術後5年生存率90%,10年生存率82%であり[],その鑑別が問題となる低分化癌・未分化癌・扁平上皮癌と比べると予後良好である。病変を切除できれば長期生存が見込めるため,術前の細胞所見と腫瘍の局在からITET/CASTLEを鑑別の1つとして考え,完全切除を前提として手術に臨むことが肝要である。

おわりに

術前診断が困難であったITET/CASTLEの1例を経験した。ITET/CASTLEは甲状腺下極に発生する。細胞診での診断が困難であっても,腫瘍の局在と細胞所見から本組織型を鑑別の1つに挙げ,外科的切除に臨むべきである。

【文 献】
 

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