2013 Volume 30 Issue 3 Pages 237-241
症例は58歳,男性。近医にて頸部エコーを施行された際に,甲状腺左葉に1.5cm大の腫瘍が見つかり,精査のために当科に紹介された。甲状腺左葉に1.6×1.0cmの腫瘍を触知し,超音波検査で辺縁整,内部不均一な腫瘍が確認できた。穿刺吸引細胞診にて,濾胞性腫瘍と診断された。6カ月後の超音波検査で増大を認めたので,手術を勧め,甲状腺左葉切除術とⅠ~Ⅳ群リンパ節郭清術を施行した。術後の病理検査で髄様癌,4個のリンパ節転移と診断された。RET遺伝子検索を行うと,エクソン14にコドン804GTG(Valine)がATG(Methionin)にmissense変異していた。家族性髄様癌と診断して,残存甲状腺全摘術+左右のⅤ~Ⅶ群リンパ節郭清術を追加した。左右Ⅴリンパ節に転移を認めた。家族の検索では実弟と息子2名に同じ遺伝子変異を認めた。家族歴がなくても,髄様癌症例はRET遺伝子検索が必要と思われた。
甲状腺髄様癌は散発性と遺伝性に分類される。遺伝性には多内分泌腺腫瘍症2A型・2B型と家族性髄様癌の3亜型があり,いずれもRET遺伝子の生殖系変異により発生することがわかってきた[1]。今回,RET遺伝子検査により家族性髄様癌と診断しえた症例を経験したので報告する。
患 者:59歳,男性。
主 訴:頸部腫瘤。
家族歴:特記すべきことはない。
既往歴:特記すべきことはない。
現病歴:近医にて逆流性食道炎の治療中に,頸部エコーを施行されたところ,甲状腺左葉に1.5cm大の腫瘍が発見された。精査のため,2010年3月に当科に紹介された。
初診時現症:甲状腺左葉に1.6×1.0cmの表面平滑,可動性良好な弾性硬の腫瘤を触知した。頸部リンパ節は触知しなかった。
頸部超音波検査:甲状腺左葉に1.6×1.1cmの辺縁整,内部エコーが不均一な腫瘍像を認めた(図1)。それ以外に腫瘍は認めなかった。
超音波像
左葉に内部不均一な腫瘍像を認める。
甲状腺シンチグラム:99mTcおよび201Tlシンチグラムでは異常所見は認めなかった。
穿刺吸引細胞診:クラスⅡで,濾胞性腫瘍と診断された。
細胞診では良性であったが,超音波画像上,悪性も否定できないために手術を勧めたが,拒否されたために経過観察することにした。6カ月後の超音波検査で,腫瘍の増大を認めたために手術を勧めたところ,同意が得られた。
手 術:濾胞性腫瘍(濾胞癌か濾胞腺腫)の診断のもとに,2011年2月に甲状腺左葉切除とⅠ~Ⅳ群リンパ節郭清術を施行した。
病理所見:腫瘍は甲状腺中部に存在し,1.9×1.4×1.3cmであった(図2)。組織学的には腫瘍は好酸性の胞体を有する多角性の細胞が島状に配列する構造を示し,細胞間質にはアミロイドの沈着を認めた(図3)。腫瘍細胞はカルシトニン,CEA,chromograninA,synaptophysinが陽性であった。以上より髄様癌と診断した。リンパ節転移は10個認めた。
肉眼所見
左葉に比較的境界明瞭な充実性腫瘍を認める。
病理組織像(200倍)
左:HE染色,右:Dylon染色(偏光フィルター観察)
好酸性の胞体を有する多角性の細胞が島状に配列し,細胞間質にはアミロイドの沈着を認める。
髄様癌と判明したので術後であったが,血液中のカルシトニンとCEAを測定したところ,カルシトニン188pg/ml,CEA10.1ng/mlと,まだ高値であった。このため,転移の検索のために,131I-MIBGシンチグラムを施行したが,異常所見は認めなかった。
RET遺伝子検索:散発性か遺伝性かの鑑別のために,本人および家族の同意を得て,RET遺伝子の検索を行った。エクソン(exon)10,11の検索で変異を認めなかったので,エクソン13,14,15まで検索を拡げた。エクソン14にコドン(codon)804GTG(Valine)がATG(Methionin)にmissense変異していた(図4)。
RET遺伝子解析
Exon14codon804にGTG(valine)からATG(methionin)へのmissense変異を認める。
再手術:家族性髄様癌と判明したので,一旦退院後の同年3月末に残存甲状腺全摘と両側Ⅴ~Ⅶリンパ節郭清術を施行した。
病理所見:残存甲状腺に癌の遺残は認めなかったが,右Ⅴ群リンパ節に1個,左Ⅴ群リンパ節に3個転移を認めた。
術後経過:反回神経麻痺,テタニーなどの合併症もなく,4月中旬に退院した。初回手術から2年2カ月後の現在,T4製剤150μgを投与中であるが,CEA6.2ng/ml,カルシトニン81pg/mlとやや高値であるが,臨床的に再発は認めていない。他院で行われた家族の検索では実弟(56歳)と30歳の長男と24歳の次男に同様の遺伝子変異を認めたが,現在髄様癌の発生は認めていない。副甲状腺病変の検索を行ったが,intact-PTHは42pg/mlで正常で,99mTc-MIBIシンチグラムでも集積は認めなかった。褐色細胞腫の検索を行ったが,血中アドレナリン0.08ng/ml,ノルアドレナリン0.50ng/ml,ドーパミン0.03ng/ml,尿中(蓄尿)アドレナリン8.3μg,ノルアドレナリン58.8μg,ドーパミン288.0μgと正常範囲内で,131I-MIBGシンチグラムでも集積は認めなかった。
甲状腺髄様癌は甲状腺傍濾胞細胞(C細胞)由来の癌で,カルシトニンやCEAなどを分泌する。C細胞は甲状腺上部と中部に多く存在するため,髄様癌もこの部に発生することが多く,散発性では単発であるが,遺伝性では多発する。カルシトニン,CEAを測定すれば診断は容易であるが,甲状腺腫瘍の全例にカルシトニン,CEAを測定するわけにはいかない。このため,触診や画像などにて髄様癌の疑いをもつ必要がある。触診上は特徴的な所見はないといわれる[2]。超音波検査では辺縁平滑で,浸潤所見の乏しい腫瘍像を呈し,密集した粗大石灰化像を伴いやすい[2]。乳頭癌と似た所見を呈することも多く,遺伝性では両葉に腫瘤を認めることが多い[3]。われわれは症例の超音波像を見直してみたが,粗大石灰化も多発腫瘤も認めなかった。穿刺吸引細胞診では細胞質は多形性でよく染色され,核は大小不同で,クロマチンが粗顆粒状に増量し,不均一に分布するといわれるが[4],一般的に特徴的な所見に乏しい。背景にアミロイドが存在すれば髄様癌が強く疑われるため注意が必要である。われわれは病理医と症例の穿刺吸引細胞診を見直してみたが,髄様癌と診断するのは難しかった。われわれの症例のように濾胞性腫瘍と診断されたり,また,乳頭癌と診断されたりすることがあるため,荒居らは悪性腫瘍が疑われる症例にはCEAを測定することを勧めている[5]。なお,乳頭癌と診断されるのは髄様癌でも核内封入体を認めることがあるためといわれる[6]。Giemsa染色で細胞質内に分泌顆粒を認め,免疫組織学的にCEAやカルシトニンが染色されれば診断は確定するが[3],全例に行うわけにはいかない。髄様癌と診断するには,髄様癌ではないかと絶えず疑いの眼でもって超音波像や穿刺吸引細胞診をみるとともに,細胞診で典型的でない濾胞性細胞をみた場合は本症を疑い,血中カルシトニンの測定を行うことが必要であると思われた。
髄様癌は甲状腺癌の1~2%を占める比較的稀な腫瘍であるが,術前に診断をつけておくことは勿論であるが,散発性か遺伝性かを区別しておく必要がある[1]。遺伝性は多発するため,全摘が必要なためである。臨床的に散発性と思われても10~15%は遺伝性といわれる[7]。
遺伝性には多内分泌腺腫瘍症(MEN)2A型,2B型と家族性甲状腺髄様癌(FMTC)の3亜型がある。FMTCは髄様癌のみが家系内にみられ,他の徴候を認めない[8]。
1993年にRET遺伝子が遺伝性髄様癌の原因遺伝子であることが判明してから,RET遺伝子検索により遺伝性か散発性かを鑑別することが可能になった。遺伝性の場合は95%以上に変異が証明でき,変異部位と臨床病型との相関が明らかにされている[9]。
MEN2Aはエクソン10,11(コドン609,611,618,620,630,634),MEN2Bはエクソン16(コドン918)に変異を認め,FMTCではエクソン10,11(コドン609,611,618,620,630,634)のほかにエクソン13,14,15(コドン768,804,891)に変異を認める[8]。従って,遺伝子診断では10,11,13~16の6個のエクソンを検索する必要がある[8]。欧米のガイドラインによれば,RET遺伝子の変異部位により,髄様癌を3つのリスクグループ,つまりリスク1(コドン609,768,804,891),リスク2(コドン611,618,620,634),リスク3(コドン918)に分類して,リスクに応じて甲状腺全摘の時期を考慮すべきであるとしている[10]。つまり,リスク1はFMTCと一部のMEN2Aが属し,悪性度は比較的穏やかで,全摘の時期については統一したコンセンサスはなく,5歳から10歳までに全摘すればよいという意見やカルシトニン誘発刺激試験で異常値が得られた場合に全摘を勧める意見がある[10]。われわれの症例はコドン804の変異でレベル1に属した。
コドン804の変異は欧米では12例,本邦では3例の報告があり[1,11,12],valine残基がleucin残基へ変異するものと,valine残基がmethionin残基へ変異する2種類が報告されている[1,13]。われわれの症例のように,valineからmethioninへの変異[V804M]例の家族性髄様癌をFattorusoらは2家族を3世代に渡り観察し報告している[14]。カルシトニンの上昇(ペンタガストリンによる誘発刺激試験を含めて)を認めた場合に手術を行っていたが,Family1では4名に髄様癌が発症していた。その内訳は75歳の祖母(発端者),39歳の息子,44歳の娘,17歳の孫(男)であった。発端者は超音波検査で小結節が両葉に多発していた。祖母,息子,娘の髄様癌は多発性で,孫には微少髄様癌とC細胞の過形成が瀰漫性にみられた。Family2では4名に髄様癌が発症していた。その内訳は70歳の祖母(発端者),43歳の長女,42歳の次女,16歳の孫娘であった。発端者は両葉に結節が多発していた。また,Feldmanらも2家族を報告している[15]。同じくカルシトニン値の上昇により手術を行っていたが,Family1の発端者である55歳の女性は触診上は瀰漫性腫大であったが,超音波検査では両葉に結節が多発していた。発端者のほかに9名が手術されたが,そのうち髄様癌は4名で,年齢は32~63歳,平均48.2歳であった。5名はC細胞の過形成のみで,年齢は24~34歳,平均28.4歳であった。Family2の発端者は甲状腺腫大を主訴に来院した56歳女性で,橋本病に髄様癌が合併しており,癌は両葉に存在した。この発端者のほかに8名が手術を受けていた。髄様癌は7名で,年齢は31~65歳,平均47.0歳であった。C細胞の過形成のみは1名(39歳)であった。FattorusoらやFeldmanらの報告にあるように,カルシトニン値の上昇(誘発刺激試験を含めて)時に手術を行った場合,C細胞の過形成のみの症例も多いが,若年で発症していた症例があることは注目すべき点である。また,LecubeらはV804M遺伝子変異をもった1家族を4世代に渡り53名を検索して,26名にV804M遺伝子異常を見出した[16]。4名がホモ接合体を有し,22名がヘテロ接合体を有していた。ヘテロの22名のうち20名でペンタガストリンの刺激試験を行ったところ,全例がカルシトニンは正常範囲内であった。ホモ接合体の4名のうち3名に甲状腺全摘を行ったところ,1名(発端者,15歳女児)には髄様癌が発見されたが,1名(10歳女児)には髄様癌も過形成も認めず,1名(30歳女性)は過形成のみであったと報告し,ヘテロでは発症しないのではないかと述べている[16]。
家族性髄様癌は臨床的に散発性と診断されることが多いといわれるが[17~19],これは報告例がまだ少なく,この疾患が一般的に知られていないこと,褐色細胞腫や副甲状腺機能亢進症を合併しないこと,若年者の発症もあるが,一般に高齢になって発症する症例が多いことが原因といわれる[19]。
術前に的確な検査で髄様癌と診断できれば,散発性か遺伝性かはRET遺伝子検索によって確定できるために,散発性と思われても本症例のように本人が初発と考えられる場合もあり,家族歴がなくても髄様癌症例の全例に,RET遺伝子検査を行うことが必要と思われた。
遺伝性の髄様癌と診断されれば,腫瘍の占拠部位や大きさに関わらず甲状腺全摘および両側頸部リンパ節郭清術が標準術式となるため,術式の選択を誤らないためには術前に遺伝性の髄様癌との診断が的確に行われる必要があった。
頻度は少ないが,細胞診や超音波像を髄様癌ではないかという絶えず疑いの眼をもってみなければならない1例であった。
RET遺伝子検査により家族性甲状腺髄様癌と診断しえた1例を経験したので報告した。