Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Pediatric papillary thyroid carcinoma, solid / solid-follicular variant
Tetsuo KondoTadao NakazawaRyohei Katoh
Author information
JOURNAL FREE ACCESS FULL-TEXT HTML

2013 Volume 30 Issue 4 Pages 276-280

Details
抄録

乳頭癌充実型は充実性構造を呈して増殖する乳頭癌の一亜型で,成人発生の甲状腺癌に比べて小児の甲状腺癌でその頻度が高いことが知られている。特にチェルノブイリ原子力発電事故後に周辺地域で増加した小児甲状腺癌ではこの充実亜型の割合が高いことが報告され,放射線被爆との関連がこれまで論議されてきた。また乳頭癌充実型にはret/PTC3変異が高いことも知られており,遺伝子異常の点からも通常型乳頭癌とは異なる特徴を持っている。福島原子力発電事故よって本邦でも小児甲状腺癌への関心が高まっているが,本稿では乳頭癌充実型/充実濾胞型の病理学的特徴,低分化癌との異同,チェルノブイリ原子力発電事故との関連,本邦における乳頭癌充実型,遺伝子背景について概説する。

1.はじめに

小児の甲状腺癌は稀な疾患だが,組織型に関しては成人と同じく乳頭癌papillary carcinomaの頻度が高い。小児の乳頭癌では通常型(図1)に加えて,びまん硬化型 diffuse sclerosing variant(図2),篩型 cribriform variant(図3),充実型/充実濾胞型 solid/solid-follicular variant(図4)など特徴的な亜型がみられる(表1)。1986年に起きたチェルノブイリ原子力発電事故後では周辺地域に小児甲状腺癌が急増したが,乳頭癌充実亜型が最も多い組織亜型であった。本邦においても2011年3月11日の東日本大震災によって東京電力福島第一原子力発電所事故が発生し福島県を中心に広範囲な被爆が起きたため,小児甲状腺癌の増加に対する不安が高まっている。しかし小児の乳頭癌充実型/充実濾胞型は現行の第6版甲状腺癌取扱い規約[]では定義されていない組織亜型であり,その組織所見や臨床病理学的特徴については十分に理解されていないと思われる。また同じく濾胞上皮の充実性増殖を特徴とする甲状腺低分化癌poorly differentiated carcinomaとの異同についてはいくつかの議論が残っている。

図1.

通常型乳頭癌

分岐を有した乳頭状構造からなる乳頭癌。

図2.

びまん硬化型乳頭癌

リンパ球浸潤,リンパ濾胞の形成,線維化を背景に扁平上皮化生,砂粒小体の目立つ腫瘍胞巣はリンパ洞内に広がる。

図3.

篩型乳頭癌

コロイドを欠いた篩状,乳頭状,桑実状(モルラ)化生からなる乳頭癌。モルラの部分では核内にビオチンが蓄積し核が淡明化している。

図4.

充実型乳頭癌

濾胞構造がなく腫瘍性濾胞上皮が充実性に増殖している。

表1.

小児・若年者にみられる甲状腺乳頭癌の亜型

2.小児乳頭癌充実型/充実濾胞型の臨床病理学的特徴

乳頭癌充実亜型は成人にも発生するが,特に放射線被爆が関連した小児発生の甲状腺癌で頻度がより高いことが報告されてきた。1986年4月26日にソビエト連邦(現ウクライナ共和国 Ukraine)でチェルノブイリ原子力発電事故が発生し,周辺地域には広範囲に放射性物質の汚染をもたらした。そして原発事故4年後からウクライナと隣国べラルーシ共和国 Belarusで小児甲状腺癌が急増した。これは放射性ヨードの内部被爆が主な原因とされている。原発事故によって周辺地域の土壌が放射性ヨードで汚染し,その地域の牧草,野菜を食べた乳牛,母親の汚染ミルクを小児が摂取することで甲状腺に放射性ヨードが蓄積し甲状腺癌が発生したと考えられている。このときに増加した甲状腺癌はほとんどが乳頭癌であり,その中で頻度の高い組織亜型が充実型であった[]。

当初,この亜型は放射線被爆を原因とする甲状腺乳頭癌の特徴として注目されたが,現在では被爆以外の地理的条件・食生活などが形態学的特徴をもたらす要因と考えられている。チェルノブイリ周辺地域に発生した小児甲状腺癌ではチェルノブイリ原発事故に関連する被爆症例と非被爆症例の比較で乳頭癌の組織像には差異がみられず,また被爆に関連のない小児甲状腺癌ではヨード摂取量が乳頭状構造と相関していたことなどからチェルノブイリ周辺地域の低ヨード摂取状況が乳頭癌の充実構造形成に関与すると推測されている[,]。チェルノブイリ原発事故関連の小児甲状腺癌では充実型を含めて生命予後は極めてよく,非被爆の散発性の小児甲状腺癌と差がないことも報告されている[,]。

チェルノブイリ周辺地域以外の小児乳頭癌においても充実性構造はしばしば観察される。HarachとWilliamsは英国の15歳未満の小児甲状腺癌を解析し,充実性構造と濾胞構造が混在する乳頭癌を小児甲状腺癌の1つのカテゴリーであるとして小児型 childhood typeと名付けた[]。彼らの報告では英国の小児乳頭癌の33%(16/48症例)がこの小児型に相当している。組織学的な特徴としては通常型と異なって乳頭状構造がほとんどなく,被膜を欠いた広汎な浸潤性増殖を示すこと,核内細胞質封入体はみられるが通常型と比べて核溝が乏しいことなどが挙げられている。この小児型は充実濾胞型 solid-follicular variant(図5,6)とも呼ばれ,チェルノブイリ原発事故関連の小児乳頭癌充実型と同義もしくはオーバーラップした乳頭癌のサブタイプとされている[]。

図5.

充実濾胞型乳頭癌

充実性構造が主体であるが,一部にコロイドを貯めた濾胞構造も混在する。

図6.

充実濾胞型乳頭癌

線維血管性隔壁に境界された充実性構造の内部にコロイドを貯めた濾胞構造が目立つ。

本邦の小児乳頭癌の検討では充実性構造からのみからなる純粋な充実型はほとんどなく,充実構造を含む乳頭癌のほとんどで濾胞構造の混在がみられる。チェルノブイリ関連の小児甲状腺癌では純粋な充実型がより多いとされるが,これもヨード摂取量の違い,放射線被爆に加えて検討症例の年齢の差異が影響している可能性がある(本邦に10歳未満の症例がほとんどない)。

表2はチェルノブイリ原発事故周辺地域,英国,日本の小児・若年者乳頭癌の組織亜型をまとめている[]。ウクライナ,ベラルーシでは70%以上の症例が充実濾胞型であるのに対し,本邦では小児・若年者の乳頭癌(20歳未満:9歳~19歳)の19%(6/31症例)が充実濾胞型であった。また本邦では通常型の頻度が65%(20/31症例)と高いが,逆にチェルノブイリ原発事故周辺地域では20%台と低くなっている。通常型,充実濾胞型とも英国ではチェルノブイリ原発事故周辺地域と日本の中間的な値を示している。

表2.

小児・若年者乳頭癌の組織亜型の国別比較

3.小児乳頭癌充実型/充実濾胞型の病理所見

WHO分類2004年においてはじめて乳頭癌充実型が1つの亜型として記載されている[10]。充実型では腫瘍性濾胞上皮が主に充実性構造solid patternを呈して増殖し,腫瘍細胞の核には核溝,すりガラス状核,核内細胞質封入体がみられる。充実性構造が基本だが,索状構造trabecular pattern,島状構造insular patternからなるものも含まれる。WHO分類のテキストに記載はないが散発性の小児乳頭癌では充実性構造にしばしば濾胞構造が混在し,本邦では充実濾胞型の表現が妥当な症例が多い[]。充実型/充実濾胞型では核分裂像は乏しく,腫瘍内に凝固壊死をみることはない。逆に核分裂像が目立ち,壊死を伴うならば低分化癌との鑑別を行う必要がある。

4.小児乳頭癌充実型/充実濾胞型の細胞所見

穿刺吸引細胞診では核所見によって悪性・乳頭癌の診断は可能である。また充実性構造を反映する細胞所見が観察されることもある(図7)。ただし日常診療上の中で充実型/充実濾胞型の亜型推測までは難しいと思われる。

図7.

充実性乳頭癌の細胞診所見。

パパニコロウ染色。乳頭状構造,濾胞構造はみられず,異型濾胞上皮が厚く不規則に重積する。

5.小児乳頭癌充実型/充実濾胞型と低分化癌との異同について

乳頭癌充実型には成人発生と小児発生のものがある。しかし低分化癌トリノ提案[11]で議論されるような成人の充実型とチェルノブイリ原発事故後に関心が高まった小児の充実型(もしくは充実濾胞型)とは用語が同じではあるが年齢や患者背景だけでなく,診断カテゴリーが成立した経緯も異なるため,区別すべきである。

本邦の甲状腺癌取扱い規約には亜型としての乳頭癌充実型はない[12]。1983年に本邦のSakamotoらが充実性構造,索状構造,硬性浸潤scirrhousのいずれかの増殖パターンがみられる濾胞上皮由来甲状腺癌を低分化癌と定義し,通常の分化型甲状腺よりも予後が不良であることを示した。以降,本邦の規約では充実成分からなる乳頭癌を“低分化型乳頭癌”もしくは“低分化癌”と分類する立場をとっている。従って本稿で述べている小児の乳頭癌充実型/充実濾胞型も規約上では低分化型乳頭癌/低分化癌の診断となりうる。しかし小児の乳頭癌充実型/充実濾胞型は予後が極めてよいことが報告されており,分化型と未分化癌の中間に位置する予後不良な甲状腺癌を前提としている本邦の“低分化型乳頭癌”とは異なるものである。今後のさらなる研究とコンセンサスを得ることが必要だが,混乱を避けるためにも小児例に関してはWHO分類に準じて“充実型”もしくはHarachとWilliamsが提唱している“小児型/充実濾胞型”の用語を用いて分けておくことを著者らは推奨する。

6.小児乳頭癌充実型/充実濾胞型の遺伝子異常

甲状腺乳頭癌では遺伝子異常の多くがMAPKシグナル経路に集中しており,RET遺伝子再構成,BRAF点突然変異(BRAFV600E),NTRK遺伝子再構成は乳頭癌にみられる遺伝子異常である[13]。RAS点突然変異は濾胞型乳頭癌と濾胞性腫瘍に認められる。高分化型甲状腺癌から低分化癌,未分化癌のプログレッションにはβカテニン(CTNNB1)やp53(TP53)の変異が関与すると考えられているが(図8),RET遺伝子再構成やNTRK遺伝子再構成は低分化癌,未分化癌で見つかっておらず,これらを有する乳頭癌ではプログレッションが起きにくいと推定される。乳頭癌全体の70~80%の症例でRET遺伝子再構成,BRAF変異,RAS変異のいずれかがみられるが,これらMAPKシグナル経路にある遺伝子異常は原則的に重複していない[13]。

図8.

甲状腺乳頭癌のプログレッションと遺伝子異常

小児・若年者の乳頭癌で最も頻度が高いのはRET遺伝子再構成である。RET遺伝子再構成では3ʼ末端側にチロシンキナーゼであるRET遺伝子と5ʼ末端側に様々な遺伝子が癒合したキメラ遺伝子(RET/PTCと呼ばれる)が形成される。現在15種類以上のRET/PTCが報告されているが,実際に甲状腺乳頭癌で認められるRET遺伝子再構成の90%以上がinv(10)(q11.2;q21)によるRET/PTC1(CCDC6-RET)またはinv(10)(q11.2;q10)によるRET/PTC3(NCOA4-RET)の2つである。RET/PTC1は通常型乳頭癌にみられる遺伝子異常で,日本人成人の乳頭癌では約25%にRET/PTC1が見つかる[]。またRET遺伝子再構成は放射線被爆後の小児甲状腺癌との関連が示唆され,特にRET/PTC3はチェルノブイリ原発後の小児甲状腺癌で高頻度に報告された。RET/PTCの種類によって増殖パターンも異なりRET/PTC1陽性乳頭癌では乳頭状構造を示す通常型の頻度が多く,RET/PTC3陽性乳頭癌では充実型/充実濾胞型の頻度が高い[14]。

表3はチェルノブイリ原発事故周辺地域と日本における小児・若年者乳頭癌の組織亜型とRET/PTCの関係を表している。本邦の小児・若年甲状腺癌でもRET/PTCが認められるが,欧米諸国の報告と同様に本邦でも通常型ではRET/PTC1の頻度が高く(35%,7/20症例),充実濾胞型ではRET/PTC3の頻度が高い(35%,2/6症例)。組織亜型に関してチェルノブイリ原発事故周辺地域では充実型/充実濾胞型が多く,日本では乳頭状構造が優勢な通常型が多いことは既に述べたが,通常型だけで比較してみると日本とベラルーシ・ウクライナでRET/PTC1陽性率が33~45%と大きな差がなく,また充実濾胞型におけるRET/PTC3の頻度も33~50%の範囲にある。これはヨード摂取量などの地理的要因,放射線被爆の有無などによって乳頭癌の増殖パターンは変わるとしても,増殖パターンが同じであれば被爆の有無,ヨード摂取量の違いに関わらず同じ遺伝子異常のパターンを持っていると考えることができる。

表3.

小児・若年者乳頭癌の組織亜型とRET遺伝子再構成

7.おわりに

2011年3月11日の東日本大震災に続き発生した東京電力福島第一原子力発電所事故によって住民への放射線被爆が発生し,また周辺地域の土壌,河川,海洋が放射性物質により汚染された。本邦でも被爆した小児・若年者に甲状腺癌のリスクが高まる懸念があり,福島県では事故当時18歳未満の小児・若年者に対して超音波検査による甲状腺のスクリーニングが行われている。福島原発事故と甲状腺癌の結論がでるのはまだ先のことと思われるが,福島原発事故後の小児甲状腺癌を正しく,適切に評価するには乳頭癌充実型/充実濾胞型を含めた小児甲状腺癌の特徴の理解と病理診断に対するコンセンサスが必要であろう。

【文 献】
 

この記事はクリエイティブ・コモンズ [表示 - 非営利 4.0 国際]ライセンスの下に提供されています。
https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
feedback
Top