2014 Volume 31 Issue 1 Pages 19-23
背景:われわれの施設における甲状腺手術時術後副甲状腺機能低下症の頻度を検討し,副甲状腺の取り扱いについて考察した。
対象,方法:平成20年から24年まで,明和病院において行った248例の甲状腺手術例中,全摘(超亜全摘)術は63例,葉切除術は185例であった。全摘(超亜全摘)術の内訳は,分化癌:36例(乳頭癌35例,瀘胞癌1例),腺腫(多発):3例,バセドウ病:19例(全摘:9例,超亜全摘:10例),橋本病:5例である。手術は原則,分化癌は全摘か葉切除,バセドウ病,橋本病,腺腫は全摘,超亜全摘術を行っている。この全摘(超亜全摘)術について,術後副甲状腺機能低下症の頻度を検討した。副甲状腺の取り扱いについては,疾患の如何に関わらず,上副甲状腺については可及的に温存,下副甲状腺については,可及的同定,摘出筋肉内移植をした。一過性は,1~2カ月後にi-PTHが回復カルシウム剤,ビタミンD3の投与をやめた症例,永久性はそれ以後も投与を続けた症例と定義した。われわれのテタニーの標準対処は,カルチコール2A+生食100ml/1時間点滴,経口的としてアスパラCa8錠(分4),ビタミンD3(2μg)投与である。
結果:葉切除185例の副甲状腺機能低下合併症はなかった。
全摘(超亜全摘)術は63例の甲状腺術後,副甲状腺機能低下合併症は11例(17%),内訳は一過性9例(14%),永久性2例(3%)であった。
分化癌36例中,副甲状腺機能低下合併症は9例(25%),内訳は一過性7例(19%),永久性2例(6%)であった。バセドウ病19例中,一過性副甲状腺機能低下1例(5%)で亜全摘(超亜全摘)の症例であった。橋本病 全摘5例中一過性副甲状腺機能低下1例(20%)であった。強いテタニー,全身けいれんを伴う症例は2例あり,バセドウ病とやせた甲状腺癌の全摘症例であった。
結論:1.一般病院における甲状腺術後,副甲状腺機能低下症の頻度を報告した。
2.副甲状腺の同定と筋肉内移植は永久性副甲状腺機能低下症を避けるためには妥当な方法と思われた。
甲状腺専門病院,大学病院では,甲状腺全摘術後の副甲状腺の取り扱い,術中迅速病理や術中PTH測定など,病理,検査科との連携の充実している病院での術後副甲状腺機能低下症の頻度は,甲状腺術後副甲状腺機能低下症の頻度は一過性:7~50%,永久性:0.8~4.7%と報告されている[1~16]。今回われわれの病院は,甲状腺専門病院,大学病院以外で,必ずしも手術時の連携が完全でない一般病院における甲状腺手術後副甲状腺機能低下症の頻度を検討し,欧米施設や文献の報告も合わせて,副甲状腺の取り扱いについて考察した。
平成20年から24年まで,明和病院において,行った248例の甲状腺手術例中,全摘術(含む超亜全摘術)は63例,葉切除術は185例であった。全摘術(含む超亜全摘術)63例の平均年齢は51歳(18歳~75歳),性別は,男性:女性が7例:56例であった。疾患別内訳は,分化癌42例(乳頭癌41例,瀘胞癌1例),良性結節(多発)5例,バセドウ病10例,橋本病6例であった。術式は,全摘のみ:22例,全摘+リンパ節郭清:41例(気管周囲郭清のみ30例,側方郭清追加11例)であった。
われわれの施設で行った全摘術(含む超亜全摘術)について,術後副甲状腺機能低下症の頻度を術式別,疾患別に検討し,さらに欧米施設,文献と比較検討した。
われわれの,手術方針については,分化癌は,全摘または葉切除術+リンパ節郭清,バセドウ病,橋本病,良性結節(多発)は,全摘または超亜全摘術,とした。
また,甲状腺手術時の副甲状腺については,疾患の如何に関わらず,上副甲状腺:可及的に温存,下副甲状腺:可及的同定,摘出筋肉内移植をしている。術中迅速病理での副甲状腺確認は通常していないが,必要に応じて施行することはある。副甲状腺機能低下症の定義は,一過性は,2カ月以内にPTHが回復,カルシウム剤,ビタミンD3の投与をやめた症例,永久性は,2カ月後以降も投与を続けた症例,とした。
術後副甲状腺機能低下症(術式別)
葉切除185例は,全例,術後副甲状腺機能低下症はなかった。
全摘術(含む超亜全摘術)63例中,術後副甲状腺機能低下症をきたしたのは13例(21%),内訳は,一過性,11例(17%),永久性,2例(3%)であった。
2:術後副甲状腺機能低下症(疾患別)(表2)術後副甲状腺機能低下症(疾患別)
分化癌42例中,術後副甲状腺機能低下症をきたしたのは10例(25%),内訳は,一過性:8例(20%),永久性:2例(5%)であった。
バセドウ病10例中術後副甲状腺機能低下症をきたしたのは2例(20%)で,いずれも一過性であった。
橋本病6例中術後副甲状腺機能低下症をきたしたのは1例(17%)で,いずれも一過性であった。
良性結節5例中術後副甲状腺機能低下症をきたしたのはなかった。
3:強いテタニー様症状,全身けいれんを伴う症例2例1)症例1 バセドウ病術後の患者
患者は25歳女性。主訴は頸部腫瘤である。現病歴は,バセドウ病にて治療中,メルカゾールにてアレルギー症状あったため,手術適応とした。
検査所見ではT3優位型をしめし,TRAb高値であった。また腫瘍を合併していた。
甲状腺全摘術施行した。術後経過では,テタニー症状,一過性嗄声を合併するも,保存的に軽快した。
2)症例2 やせた甲状腺癌患者
患者は40歳女性。主訴は頸部腫瘤である。
現症は,身長157cm,体重42Kgのやせた体格で神経質であった。
甲状腺乳頭癌の診断で,甲状腺全摘術+リンパ節郭清を施行した。
術後経過では,過呼吸症候群によるテタニー様症状きたしたが,精神安定剤で軽快した。この時の,血中カルシウム値,iPTHは正常であった。
4:欧米の施設,文献での術後副甲状腺機能低下症の頻度欧米の施設では,副甲状腺4腺温存が基本であるが,術後副甲状腺機能低下症の頻度はわれわれとほぼ同じであった(表3)。また,文献では,甲状腺術後副甲状腺機能低下症の頻度は一過性:7~50%,永久性:0.8~4.7%であった(表4)。
欧米の方針と合併症
合併症(文献)
術後副甲状腺機能低下症の定義については,論文によっても,各施設でも定義はいろいろあると思われる[10,17]。例えば,それぞれの施設の事情(複数の医師で外来をみている,内科医師にみてもらっている,骨粗鬆症を合併している,患者の居住地が遠いなど)の影響も否定できない。われわれの施設では術後2週,1カ月,2カ月と血中カルシウム値(Ca),リン値(P),副甲状腺ホルモン値(iPTH)測定し,副甲状腺機能を評価している。iPTHは外注のため後日連絡している。1人の外科医師によって決め,フォローされているので可能である。他の施設では,複数の医師や内科の医師によってまちまちのところでは,定義が困難であると思われる。また,骨粗鬆症など患者自身の都合で内服している症例では評価が困難である。米国では,期間を6カ月としている[10,16]。また,Ca,VitamnDの別々に評価,Ca単独では,一過性,VitamnD併用では永久性と定義している[10]。
術中副甲状腺を機能温存させる手技については,われわれは,上副甲状腺可及的温存,下副甲状腺可及的同定移植を原則としている。上副甲状腺については,甲状腺被膜すれすれに切離し,副甲状腺を後外側に残すやり方で温存,この際,下甲状腺動脈を末梢側で処理している。
下副甲状腺については可及的同定,移植を方針としている。しかし同定困難,あるいはない時にあえて探すことはしていない。通常はしていないが,必要な場合迅速標本で副甲状腺を同定することも可能である。
悪性甲状腺腫全摘例と良性腫瘍全摘例での副甲状腺機能低下症の発症頻度の違いについては,悪性甲状腺腫では,気管周囲リンパ節郭清をルーチンに行っている施設が多く郭清を伴うほうが副甲状腺機能低下症の合併症頻度は高い[1,3,11,12,17]。今回の症例ではNが少ないため有意差は出なかったが,郭清を伴うほうが副甲状腺機能低下症の合併症頻度は高い傾向があった。
甲状腺全摘時肉眼的に副甲状腺を確認した場合の副甲状腺を移植するかしないかのコンセプトついては,色調が悪くなっても上副甲状腺は基本的に温存,下副甲状腺は,郭清を伴う時(悪性の場合)基本的には可及的同定,移植を方針としている。欧米では,悪性であっても,明らかな転移がなければ,気管周囲のリンパ節郭清をやらない症例がある。この時は,4腺温存を方針としている(表3)。
バセドウ病における副甲状腺機能低下症は外科的要因だけでなく,代謝性要因(骨飢餓)も加わるため,その発症メカニズムはより複雑である。外科的要因をいかに防ぐか[6,7,17],代謝性要因をいかに見極め対処することができるかについては,まず,副甲状腺の温存に細心の注意を払う。バセドウ病の場合リンパ節の郭清が必要ではなく,脂肪を含め甲状腺より剝離温存を心がけている。具体的には,上甲状腺動脈,下甲状腺動脈の末梢処理,副甲状腺残存,色調確認,摘出組織での摘出副甲状腺の確認と必要時(残存副甲状腺の色調不良など)自家移植である。また,原則,術後予防的カルシウム剤の投与は行わないが,代謝性要因のあるバセドウ病については,症例により予防的投与も必要と考える。
術後副甲状腺機能低下症(主に永久性)に対する外来投薬の仕方(投与薬剤,処方量,通院間隔,検査内容など)については,われわれは,術後の副甲状腺の機能評価はCa,Pの値最も重視している。受診前日の昼よりCa剤を中止,翌日Ca値が正常であればCa剤中止,iPTHが10以下であればビタミンD3の投与を持続する。術後2カ月目のiPTHが10未満の時は,カルシウム剤(乳酸カルシウム8g/日),活性型ビタミンD3(アルファロール2μg)を継続投与,通院間隔3カ月で行い,検査内容は血中Ca,P,iPTHである。
術後副甲状腺機能低下症の予測因子として,術中iPTHの測定は有意義と思われるが[18],一般病院では導入しにくいと思われる。
1.副甲状腺機能低下症の頻度は,リンパ節郭清が影響していると思われる分化癌に高い傾向があったが,有意差には至らなかった。
2.骨代謝の亢進が想定されるバセドウ病については,2例(20%),また,橋本病は1例(17%)であった。
3.永久性副甲状腺機能低下症は2例(3%)で分化癌症例であった。
4.術後の強いテタニー様症状,全身けいれんを伴う症例は2例あり,バセドウ病とやせた甲状腺癌の全摘症例であった。後者はパニックによる過呼吸との鑑別が必要と考えた。
1.欧米の施設では,副甲状腺4腺温存が基本であるが,術後副甲状腺機能低下症の頻度はわれわれとほぼ同じであった(表3)。
2.また,文献では,甲状腺術後副甲状腺機能低下症の頻度は一過性:7~50%,永久性:0.8~4.7%であった(表4)。
3.文献では,術後副甲状腺機能低下症の予測に術中PTH測定が有効であった。
1.一般病院における甲状腺術後,副甲状腺機能低下症の頻度を報告した。
2.副甲状腺の同定と筋肉内移植は永久性副甲状腺機能低下症を避けるためには妥当な方法と思われた。