2014 Volume 31 Issue 1 Pages 44-47
泌尿器科における癌登録は,「膀胱癌取扱い規約」の刊行を契機に大学病院および関連病院の協力のもと国立がんセンターが事務局となり1983年に全国の膀胱癌患者の登録調査が開始された。1981年症例の集計結果が編集・製本され1985年に「全国膀胱癌患者登録調査報告第1号」が発行された。その後毎年膀胱癌患者の登録が実施され,2001年からは前立腺癌の登録も開始された。
その後,膀胱癌,前立腺癌の登録を日本泌尿器科学会の会員が所属する全ての医療機関で行い,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌についても登録を推進することを目的に,2002年に日本泌尿器科学会「がん登録推進委員会」が発足し,膀胱癌,前立腺癌,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌の登録を行ってきた。最近の登録では対象施設の20~30%,専門医基幹教育施設の30~35%が登録している。今後,日本泌尿器科学会では専門医制度との連携も視野にNational Clinical Database(NCD)への参加が検討されており,NCDによる癌登録についても検討の予定である。
今回,日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌の特集「がん登録の歴史・現状・将来展望」の原稿の執筆にあたり,日本泌尿器科学会がん登録推進委員会委員長としての立場で依頼をいただいたものと認識しているが,委員長就任は平成25年4月からであり,泌尿器科の癌登録の全てを完全に把握できている訳ではない。認識が不十分な点や,内容に食い違いなどがあるかもしれないことをはじめにお断りする。
泌尿器科における癌登録については,1980年台初頭より大学病院および関連病院の協力のもと,国立がんセンターが事務局として実務を担当し全国の膀胱癌患者の登録調査が開始された。その後,1980年台後半に単発的な前立腺癌の癌登録が行われた。2000年になり前立腺癌の癌登録も開始された。2002年に日本泌尿器科学会にがん登録推進委員会が発足し,膀胱癌および前立腺癌の登録を継続するとともに,他の泌尿器癌の登録も開始された。
本稿では,泌尿器科における癌登録の歴史,現状,今後の展望について概説する。
(1)膀胱癌
泌尿器科における癌登録については,1980年に当時の泌尿器科診療において最も症例数の多い悪性腫瘍である膀胱癌に対して「膀胱癌取扱い規約」[1]が刊行され,これを契機に「全国膀胱癌患者登録調査」が開始された。1982年頃に大学病院および関連病院の協力のもと,国立がんセンターが事務局となり実務を担当し,1983年に全国の膀胱癌患者の登録調査が開始された。1981年の症例が登録され,1984年に集計結果が小冊子としてまとめられた。1984年には1982年の症例が登録された。1985年4月には1981年症例の集計結果が編集・製本され,「全国膀胱癌患者登録調査報告第1号」が発行された。その後,毎年1年分の膀胱癌患者の登録が実施され,調査報告書は日本泌尿器科学会総会の評議員会において配布すると共に,参加登録施設に送付された。2002年4月には「全国膀胱癌患者登録調査報告第17号(1998年症例)」が発行された。
1991年4月には「全国膀胱癌患者登録調査報告 昭和57年~昭和62年症例のまとめ」が発行された。1993年には1982年の症例について予後調査を実施し,1994年4月に「全国膀胱癌患者生存率調査報告(1982年症例)」が発行された。1997年より調査用紙からフロッピーディスクによる登録に移行した(調査用紙による登録を併用)。その後,2001年11月には「膀胱癌取扱い規約 第3版」の発行に伴い,改訂版プログラム(CD)が付録として添付された。
(2)前立腺癌
膀胱癌の登録を継続していく中で,前立腺癌の登録も行われた。1986年には厚生省の班研究に協力する形で前立腺癌登録が行われ,成果は「本邦における前立腺癌の治療動向:最近5年間における9施設の統計」として報告された[2]。
2001年には「前立腺癌取扱い規約 第3版」[3]の発行に伴い,前立腺癌登録のプログラム(CD)が作成され,添付された。2001年5月には前立腺癌2000年症例の登録が実施された。2005年に日本泌尿器科学会の英文誌であるInternational Journal of Urologyに掲載された[4]。
2)日本泌尿器科学会がん登録推進委員会発足前後の経緯日本泌尿器科学会では,従来,大学病院とその関連病院で行われていた膀胱癌,前立腺癌の登録を,広く日本泌尿器科学会の会員が所属する全ての医療機関で行われるようにするとともに,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌についても登録を推進することを目的に,2002年に「がん登録推進委員会」が発足した。
発足時の会員へのアンケート調査結果では,回答者の多数が全国泌尿器癌登録が必要であり参加するという結果であった。そして,膀胱癌,前立腺癌,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌の登録に大多数の施設が参加することを前提として,登録プログラムの作成,登録の流れ,必要経費・人員などが試算され,従来の癌登録を継承する形で膀胱癌,前立腺癌の登録が開始された。
個人情報保護法および厚生労働省・文部科学省の「疫学研究に関する倫理指針」に従い個人情報の保護対応を行った。また,倫理委員会の承認が必要となるため,泌尿器癌登録の計画書「全国泌尿器癌登録 研究計画書」を作成し,日本泌尿器科学会倫理委員会の承認を得,各施設においても倫理委員会に申請し承認を得た上で登録を施行することとした。
登録データは集計・解析した上で論文化し学会誌に公表するとともに,すでに登録されたデータの利用についても検討された。
3)泌尿器癌登録の位置づけ発足初期には,専門医教育施設に癌登録を義務づけ,専門医教育施設の認定・更新の審査に「癌登録」を追加することが検討されたが,見送られた。
4)がん登録推進委員会発足前後からの癌登録の実績がん登録推進委員会は2002年に発足したが,実際の癌登録は従来の膀胱癌登録,前立腺癌登録が継続された。癌登録は「個人情報の保護に関する法律」,「疫学研究に関する倫理指針」に従って適切に行われなければならないため,改正の際には研究計画書の変更・修正なども必要となる。その中で,膀胱癌,前立腺癌に加えて,精巣腫瘍,腎盂尿管癌,腎癌の登録も行われてきた。「疫学研究に関する倫理指針」への対応のため,一時的に登録が中断したが,その後は,3~5年毎に,膀胱癌,前立腺癌,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌の登録を行ってきた(表1)。予後に関する解析も行うため3~5年経過した症例が登録された。
がん登録推進委員会発足前後からの泌尿器癌登録の実績
(1)膀胱癌
膀胱癌については,表1のように2002年(1999年症例),2003年(2000年症例),2004年(2001年症例)と癌登録が行われた。登録症例数はそれぞれ1,138例(72施設),2,309例(152施設),2,678例(181施設)で,解析結果は2006年に日本泌尿器科学会誌にsupplementとして掲載された[5]。これらのデータについては,膀胱癌ワーキンググループにより二次解析が行われ,詳細な解析結果は2009年,2010年に3編の論文としてInternational Journal of Urologyに掲載された[6~8]。
その後,「疫学研究に関する倫理指針」に対応のために一時登録が中断され,2008年に再開され,2002年の症例が登録された。集計された登録結果は2013年に日本泌尿器科学会誌にsupplementとして掲載された[9]。
(2)前立腺癌
前立腺癌の登録は,2001年に2000年の症例4,565例が173施設から登録され,結果は前述したように2005年にInternational Journal of Urologyに掲載された[4]。その後,2002年(2001年症例),2003年(2002年症例),2004年(2003年症例)にも前向き研究として登録されたが,公表はされていない。その後,2009年に2004年の症例が登録された。239施設から11,414例が登録され,2011年にInternational Journal of Urologyに掲載された[10]。
(3)腎盂尿管癌
腎盂尿管癌は2003年に2000年の症例が,2004年に2001年の症例が登録されたが,詳細なデータの解析が不可能となり公表されていない。2010年に2005年の症例1,538例の症例が348施設から登録された。一次解析の結果は,International Journal of Urologyに掲載の予定である。
(4)精巣腫瘍
精巣腫瘍については,2009年に2005年の症例が,2010年に2008年の症例が登録された。2005年の症例は233施設から448例が登録され,2008年の症例は358施設から774例が登録された。一次解析の結果は,腎盂尿管癌同様International Journal of Urologyに掲載の予定である。
(5)腎癌
腎癌については,2013年に2007年の症例が登録された。約330施設から3,600例以上の症例が登録され,今後データの解析を行う予定である。
現在,日本泌尿器科学会における癌登録としては,膀胱癌,前立腺癌,腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌の登録が行われている。予後に関する調査も行うために,3~6年が経過した症例が登録されている。膀胱癌の最終登録は,2002年の症例が2008年に登録された。前立腺癌は2004年の症例が2009年に登録された。腎盂尿管癌は2005年の症例が2010年に登録された。精巣腫瘍は2005年の症例が2009年に,2008年の症例が2010年に登録された。腎癌は2007年の症例が2013年に登録された。これらデータの一次解析結果は,前述したように,膀胱癌,前立腺癌については公表されている。腎盂尿管癌は印刷中,精巣腫瘍は掲載準備中である。腎癌については,登録が終了し,解析中である。
腎盂尿管癌,精巣腫瘍,腎癌の登録については,まだ公表されていない段階であるが,施設登録状況は対象施設の20~30%が登録し,日本泌尿器科学会専門医教育施設の基幹教育施設の30~35%が登録した。また,施設毎の症例登録においては,施設によって必ずしも100%の症例が登録されていないことが推測される。癌の発生動向や予後など正確な実態を明らかにするためには,全例登録に近づけたいところであるが,現在のところは達成できていない。
また,癌登録の目標として,調査項目をできるだけ少なくして全例登録を目指すのか,それとも臨床研究として詳細な解析が可能な多項目のデータの集積を目指すのか,明確にはできていない。癌の発生動向の調査であれば項目を少なくして全例登録とする必要がある。一方,治療法や予後を含む詳細な解析のためには多数の項目にわたる登録の必要があり全例登録は困難となるため,施設を限定した多施設共同研究が妥当である。いずれにしても各施設および事務局において多大な労力と経費が必要である。従って目標を明確にして登録方法を設定する必要がある。
前述のような問題点がある中で,現在進行中の癌登録を継続しながら,今後の癌登録の方向性について検討する必要がある。今後の癌登録の方向性としては,3つの方向性があると個人的には考えている。1)最小限の登録項目で全例登録を目指す。2)限られた施設において詳細なデータを集積する。3)詳細なデータを全施設で全例登録する。癌の疫学調査から治療法や予後を含めた詳細な解析が可能な3)の登録を毎年行うことがベストであるが,膨大な労力と経費が必要になるため,費用対効果を考えると泌尿器科単独で実施することは困難である。2)に関しては,泌尿器科学会が事業として行うよりは,多施設共同研究として実施するのが妥当である。従って,学会主導の癌登録としては,1)の最小限の項目で全施設において全例登録するのが妥当と考える。
外科関連学会においては,専門医制度と連携したデータベース事業として「一般社団法人National Clinical Database(NCD)」が立ち上げられた。専門医制度に連携して手術症例の全例登録が義務づけられている。この膨大なデータベースを解析することにより,現状の把握だけではなく,治療成績の向上,外科系医師の適正配置などの検討にも応用可能と考えられ,その成果が公表されている。日本泌尿器科学会においては,今後の専門医制度との連携も考慮してNCDへの参加が検討されている。そして,このNCDのシステムを利用することにより癌登録が可能となる。専門医制度との連携も考慮した上で,手術症例の登録だけでなく癌登録についても利用を検討する必要がある。
以上,泌尿器科における癌登録の歴史,現状,問題点,今後の展望について概説した。現在,専門医制度の改革が進行中であり,泌尿器科学会においてもNCDへの参加,臨床症例の多数を含む泌尿器癌の癌登録の専門医制度における位置づけなど検討する必要がある。今後の検討課題である。