2014 Volume 31 Issue 1 Pages 55-58
甲状腺乳頭癌の多くは予後良好であるが,周囲臓器浸潤例などは高危険度とされている。浸潤臓器の中でも,反回神経は最も頻度の高い浸潤部位である。今回われわれは甲状腺乳頭癌のうち原発巣が反回神経に浸潤していた49例について検討した。10年の粗生存率および疾患特異的生存率は,それぞれ69.0%,86.1%であった。初診時遠隔転移,反回神経以外の他臓器への浸潤(神経を含む複数臓器への浸潤)が予後と有意に相関していた。複数臓器への浸潤例では,初診時遠隔転移を認めなくても,術後遠隔転移出現率が高く,甲状腺全摘術+術後放射性ヨード治療の適応と考えられた。一方,反回神経単独への浸潤例については,予後が比較的良好である可能性もあり,甲状腺全摘術+術後放射性ヨード治療の適応とするかどうかは,今後のさらなる検討が必要であると考えた。
甲状腺乳頭癌の多くは予後良好であり,10年の疾患特異的生存率が90%以上であることは一般的によく知られているが,予後不良症例も少なからず存在する。これまでにも乳頭癌(分化癌)の予後因子についての検討がされており,腺外浸潤は危険因子であることが報告されている[1~3]。反回神経は比較的頻度の高い浸潤部位である。今回われわれは,大阪赤十字病院耳鼻咽喉科・頭頸部外科で初回治療を行った甲状腺乳頭癌症例のうち,原発巣が反回神経に浸潤していた症例の成績を検討した。
1995年1月から2011年4月までに当科で初回手術を施行した甲状腺乳頭癌324例のうち,原発巣が反回神経に浸潤していた49例を対象とした。腫瘍が反回神経に癒着していたが,鋭的剝離で神経鞘を温存できた症例は除外した。低分化成分を有する乳頭癌については,低分化癌として除外した。TNMはUICC第7版に基づき分類した。結果については平均±標準偏差で表し,生存率はKaplan-Meier法で算出し,統計学的解析はLog-rank testを用いて行い,危険率0.05未満を有意差ありと判定した。再発形式については,原発巣再発(T),頸部リンパ節再発(N),遠隔転移(M)に分けて記載した。
年齢は66.3±11.0歳,性別は男性10例,女性39例であった。T分類は全例T4a,N分類はN0が18例,N1aが10例,N1bが21例,M分類はM0が46例,M1が3例であった。23例(46.9%)で術前声帯麻痺を認め,また26例(53.1%)で反回神経以外の他臓器への浸潤(反回神経を含む複数臓器への浸潤)を認めた。甲状腺全摘術が施行されたのは37例(75.5%)で,経過観察期間は7.3±4.5年であった。反回神経以外の浸潤臓器については,気管,食道,喉頭の順で頻度が高かった(表1)。
浸潤臓器の詳細
術前声帯麻痺を認めた23例については,全例で術中反回神経を合併切除した。そのうち2例で胸骨舌骨筋と頸神経ワナを用いた神経筋移植を行い,5例で二期的に甲状軟骨形成術を行った。
術前声帯麻痺を認めなかった26例については,12例で鋭的剝離により神経束を温存(部分的温存も含める。),14例で合併切除した。合併切除した14例のうち,1例で即時神経吻合を,3例で二期的に甲状軟骨形成術を行った。
3.最終転帰49例の最終転帰は,原病死が8例(16.3%),担癌他病死が2例(4.1%),担癌生存が8例(16.3%),非担癌他病死が3例(6.1%),非担癌生存が28例(57.1%)であった。原病死8例の再発形式の内訳は,T+N+M 1例,T+M 1例,N+M 2例,M 4例であった。死亡までの術後経過年数は5.0±4.8年(0.8年~13.7年)であった。最終転帰が担癌状態であった18例(原病死例を含む)の再発形式の内訳は,T+N+M 1例,T+M 1例,N+M 4例,N 1例,M 11例であった。
4.粗生存率と疾患特異的生存率(図1)粗生存率と疾患特異的生存率(n=49)
粗生存率は5年83.7%,10年69.0%,15年49.1%であった。疾患特異的生存率は5年86.1%,10年86.1%,15年61.2%であった。
5.因子別の疾患特異的生存率(表2)疾患特異的生存率に関連する因子
年齢,性別,病理組織学的外側区域リンパ節転移,初診時遠隔転移,術前声帯麻痺,反回神経を含む複数臓器への浸潤,甲状腺全摘施行のうち,疾患特異的生存率に有意差を認めたものは,初診時遠隔転移と反回神経を含む複数臓器への浸潤であった。特に,反回神経のみへの浸潤例23例は原病死した症例はなく,予後は良好であった。
6.反回神経単独浸潤例と複数臓器浸潤例の比較 (図2-4)反回神経単独浸潤例(n=22)
複数臓器浸潤例(n=24)
術後遠隔転移出現率
初診時遠隔転移を認めた3例を除く46例について,反回神経単独への浸潤例22例と反回神経を含む複数臓器への浸潤例24例に分けて再発,最終転帰について検討した。
反回神経単独浸潤22例中,5例で再発を認めた。最終転帰が担癌状態であったものは22例中1例のみ(4.5%)であり,再発形式はN+Mであった。なお全摘を施行されなかった4例は,経過観察期間が短いものの(4.2±0.5年)再発を認めていない(図2)。
複数臓器への浸潤24例については,15例で再発を認めた。最終転帰が担癌状態であったものは,24例中14例(58.3%)であり,再発形式の内訳はT+N+M 1例,N+M 3例,N 1例,M 9例であった(図3)。
担癌状態のほとんどで遠隔転移を認めたことから,術後の遠隔転移出現について検討すると,複数臓器への浸潤例で統計学的有意差をもって遠隔転移の出現率が高かった(図4)。
甲状腺乳頭癌の多くは予後良好であるが,中には高危険度とされているものもあり,これまでにも危険因子に基づくリスク分類の報告がなされている[1~3]。多くのリスク分類で,腺外浸潤は危険因子とされている。腺外浸潤の程度として,甲状腺癌取扱い規約第6版では腺外浸潤をEx0,Ex1,Ex2に分類している[4]。Itoらは1,167例の甲状腺乳頭癌の無再発生存について検討したところ,Ex2とEx1,Ex2とEx0の間でのみ統計学的有意差を認めたため,Ex2が危険因子であることを報告している[5]。今回,Ex2の中でも頻度が高い,原発巣の反回神経浸潤症例を対象とした。
反回神経浸潤例において,当科での神経への術中対応は,術前に声帯麻痺を認める症例については神経を切断する。術前に声帯麻痺を認めない症例については鋭的剝離によりまずは可能な限り神経温存を試みている。神経を温存した場合に,顕微鏡レベルでの腫瘍の残存の可能性は否定できないという考え方もあるが,温存例と切除例で生命予後に差はないという報告もあり[6,7],術後のQOLも考慮して反回神経を温存すべきであると考える。
原発巣の反回神経浸潤の生命予後について,本検討において生命予後と有意な相関を認めたものは,初診時遠隔転移と反回神経を含む複数臓器への浸潤であった。初診時遠隔転移を認めない症例について,複数臓器への浸潤の有無が生命予後にどのように影響するかさらに検討を行った。
複数臓器浸潤例では担癌状態率が高く,図4で示したとおり,最終的に約70%の症例で術後遠隔転移の出現を認めた。よって複数臓器浸潤例は高危険度として全摘+術後放射性ヨード治療が望ましいと考えた。複数臓器浸潤例の予後が悪いことはこれまでにも報告されている。Itoらは,腫瘍浸潤のため反回神経を切断した甲状腺乳頭癌を対象に多変量解析を行った結果,複数臓器浸潤以外にも3cm以上のリンパ節転移,節外浸潤,高齢(55歳以上)で有意差をもって原病死の割合が高かったと報告している[8]。また,反回神経浸潤の有無に限らず,甲状腺乳頭癌周囲組織浸潤症例の検討において,浸潤臓器数が2臓器以上の場合は有意に生存率が低下したとの報告もある[9]。
反回神経単独浸潤例は原病死した症例を認めず,予後が良好な傾向であった。これまでにも反回神経単独浸潤例について言及した報告は散見される。Hotomiらは,反回神経単独浸潤例182例について,術前に声帯麻痺を認めない症例の10年疾患特異的生存率と10年無再発生存率はともに100%と良好であったが,術前に声帯麻痺を認めた症例の10年疾患特異的生存率は89.5%,10年無再発生存率は50%とやや不良であったと報告している[10]。また,反回神経浸潤単独例はEx0またはEx1例と比較して有意差をもって再発率が高かったという報告もあり[5],本検討で反回神経単独浸潤例の予後が良好であると断言するには至らず,今後のさらなる症例の蓄積と経過観察による検討が必要であると考えられた。
甲状腺乳頭癌のうち原発巣が反回神経に浸潤していた49例について検討した。10年疾患特異的生存率は86.1%であった。初診時遠隔転移,反回神経以外の他臓器への浸潤(神経を含む複数臓器への浸潤)が予後と有意に相関していた。複数臓器への浸潤例では,初診時遠隔転移を認めなくても,術後遠隔転移出現率が高く,甲状腺全摘術+術後放射性ヨード治療の適応と考えられた。一方,反回神経単独への浸潤例について甲状腺全摘術+術後放射性ヨード治療の適応とするかどうかは,今後のさらなる症例数の蓄積と経過観察による検討が必要であると考えた。
本論文の要旨は第46回日本甲状腺外科学会学術集会(2013年9月27日,名古屋)にて発表した。