2014 Volume 31 Issue 2 Pages 134-138
巨大甲状腺腫の呼吸困難のため受診し,気管狭窄による窒息で死亡した剖検例を経験したので報告する。臨床的には巨大甲状腺腫と臨床経過から甲状腺原発未分化癌や悪性リンパ腫が鑑別診断として挙げられたが,患者が慢性甲状腺炎で治療を受けていたことから特に悪性リンパ腫が疑われた。剖検にて左舌根部,左頸部リンパ節,気管傍リンパ節,甲状腺,気管を巻き込み,気管粘膜,食道粘膜に浸潤する15×8cmの充実性腫瘍で,組織学的にはびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(Diffuse large B cell lymphoma, Non-germinal center B-cell like)の像を示した。甲状腺は慢性甲状腺炎(線維亜型)の像で,リンパ腫細胞の増殖・浸潤像は明らかでなかった。本症例は甲状腺周囲組織に発生した悪性リンパ腫で,巨大な甲状腺腫を呈した稀な例である。
巨大な甲状腺腫と急激な経過を取る疾患として甲状腺原発未分化癌や悪性リンパ腫などが挙げられる。未分化癌は甲状腺癌の中で最も予後が悪く,急速な増大と早期から甲状腺周囲組織に浸潤する。一方,甲状腺悪性リンパ腫はびまん性大細胞型B細胞リンパ腫(Diffuse large B cell lymphoma;DLBCL)40~70%,MALT(mucosa-associated lymphoid tissue)リンパ腫が約10~50%と多く,濾胞性リンパ腫は稀である[1]。甲状腺原発悪性リンパ腫では慢性甲状腺炎の背景を認めることが多く,DLBCLは呼吸困難,嚥下困難,急速な増大を示すことが少なくない。今回,甲状腺周囲リンパ節に発生したDLBCLが巨大甲状腺腫の像を呈し,呼吸困難で死亡した剖検例を報告する。
症例は85歳女性。息切れを主訴に市内某病院一般外科受診。CTにてびまん性甲状腺腫による気管圧排を認めた。外科的手術を勧めるも,患者拒否。慢性甲状腺炎による甲状腺機能低下の診断でレボチロキシンナトリウム100μg/日でフォローアップとなった。しかし,約1年半後,再度呼吸困難が増強し食物の飲み込みも困難となってきたため,手術の可否を含め,当科紹介となった。
触診,超音波検査,CT検査などで甲状腺悪性腫瘍を疑い,穿刺細胞診や針生検を行うも検体採取不良で確定診断はつかなかった。診断については,CTで気管内浸潤が認められ(図1),シンチグラム上甲状腺悪性腫瘍特に未分化癌や悪性リンパ腫が考えられた(図2)。しかし比較的緩慢な経過と可溶性IL-2Rの上昇(表1)と慢性甲状腺炎が背景にあることから悪性リンパ腫の可能性が高いと判断し,リツキシマブを7週間投与した。CTでの縮小効果は認められなかったが自覚症状の改善を認め,患者の強い希望があったため退院となった。呼吸困難あるいは窒息になっても気管内挿管も気管切開もしないというのが患者の希望であった。しかし約2週間後,呼吸困難増強し救急搬送され,窒息となり気管内挿管し人工呼吸器管理としたが(図3),約3カ月後に死亡(腫瘍死)した。

初診時のCT
気管周囲が一塊となった巨大甲状腺腫のように見える。気管内浸潤も著明。

シンチグラム
左上:ヨードシンチ,取り込みなし
左下:タリウムシンチ,wash out不良
右:ガリウムシンチ,強い集積

入院時検査所見

気管内挿管後のCT
リンパ腫の気管内浸潤の中にかろうじて細いチューブが挿管されている。
左舌根部,左頸部リンパ節,気管傍リンパ節,甲状腺,気管,食道を巻き込む15×8cmの充実性腫瘍であった(図4)。右肺上葉には母指頭大の腫瘤が1個,右肺下葉にくるみ大の腫瘤が1個認められた。組織学的には大型リンパ球様細胞のびまん性増殖が認められた。免疫組織化学染色では大型リンパ球様細胞はCD20+,CD79a+,CD3-,CD5-,CD10-,CD30-,CD56-,bcl-2+,bcl-6+,MUM-1+,AE1/3-,LMp-1-を示し,DLBCL, Non-germinal center B cell like;Non-GCBと診断された。MIB-1は52%と高値を示した。甲状腺は小型濾胞の縞状分布,小型リンパ球の集簇と膠原線維ないし硝子化した線維からなる緻密な線維化からなっていた。濾胞上皮の一部は好酸性の細胞質を有し,線維化は甲状腺内に限局しており,慢性甲状腺炎の線維亜型の像を呈していた。甲状腺に近接してリンパ腫細胞の浸潤・増殖が見られたが(図5-7),甲状腺内部には浸潤・増殖は見られなかった。甲状腺原発悪性リンパ腫の証拠はなく,甲状腺周囲のリンパ節に発生した悪性リンパ腫とみなされた。死因はDLBCLの浸潤・増殖の気管狭窄による窒息であった。

剖検肉眼所見
左舌根部,左頸部リンパ節,気管傍リンパ節,甲状腺,気管を巻き込み,気管粘膜,食道粘膜に浸潤する15×8cmの充実性腫瘍。

リンパ腫の病理組織像
左:HE染色,中:CD20免疫染色 右:MIB-1染色(対物40倍)

気管部分の病理組織像
左:リンパ腫の気管粘膜への浸潤(HE,対物2倍)
右:同(HE,対物20倍)

甲状腺および周囲の病理組織像
左:瘢痕組織の中に濾胞が散在(HE,対物2倍)
右:甲状腺および周囲部分(HE,対物2倍)
巨大甲状腺腫を呈する甲状腺原発悪性リンパ腫の報告は散見するが[2~4],甲状腺および周囲組織を巻き込む腫瘤を形成し,あたかも巨大甲状腺腫を呈する甲状腺周囲リンパ組織由来の悪性リンパ腫の文献的報告は渉猟しえた範囲では見つけられなかった。頸部は悪性リンパ腫の好発部位であるので,このような症例が存在しても然るべしと考える。本症例で穿刺吸引細胞診および針生検でも診断がつかなかったのは,剖検で明らかになったように,甲状腺が緻密な線維化に置換され異型のある小型の瀘胞が島状に分布していた橋本病線維亜型であったからと思われる。甲状腺悪性リンパ腫はしばしば慢性甲状腺炎を伴う甲状腺に発生し大きな甲状腺腫を呈するので[5],本症例も当初甲状腺悪性リンパ腫と診断した。治療に関しては,積極的治療を拒否されたので,病理学的確定診断は得られていなかったが予断的に抗ヒトCD20ヒト・マウスキメラ抗体からなるモノクローナル抗体であるリツキシマブ単独治療を施行したが,結果的には剖検所見でCD20陽性のB細胞悪性リンパ腫であった。悪性リンパ腫の治療としては化学療法,分子標的治療の他に放射線治療もあり,その選択には治療前の病理学的確定診断が必要であると考える。本症例ではこの治療前病理学的確定診断が得られなかったことが当然行われるべき治療でなく予断的治療にとどまった原因であると反省する。
DLBCLは遺伝子の発現プロファイリングによってGCBとactivated B-cell likeのふたつの大きなサブタイプに分けられ,免疫組織化学的にHans algorithm[6]などによって大別されるGCB-DLBCLとNon GCB-DLBCLにほぼ一致する。この2つのタイプは遺伝子変化が異なるとともに予後にも大きな差異がある。すなわちスタンダードな治療法であるR-CHOPを施行した時には,GCB-DLBCLの方がNon GCB-DLBCLより長期生存が得られると報告されている[7,8]。本症例はNon GCB-DLBCLであった。また,本症例では細胞増殖の指標としてki-67(MIB-1抗体)も染色して検討したが,その陽性率(labeling index)は52%と高く腫瘍の急激な増大を裏付けるものであると考えられた。
巨大甲状腺腫のために窒息をきたし対処した症例の報告はいくつかあるが[9~15],本症例のようにすでに切除不能で容易に気管切開ができない高齢者の場合,気道狭窄,呼吸困難,窒息にどのように対処したらよいのだろうか。本症例では,細いチューブで気管内挿管ののち気管切開したが,最終的には気管内浸潤のため窒息死をきたした。本来であれば麻薬で徐々にsedationし呼吸停止に至るような緩和医療がよかったと考えているが,自宅で呼吸困難,救急搬送,窒息,患者の意に沿わない緊急気管内挿管となってしまった。緩和医療も含め終末期医療の難しさを考えさせられた症例でもあった。
甲状腺原発悪性リンパ腫が巨大な甲状腺腫を呈する例は少なくないが,甲状腺周囲リンパ節に発生した悪性リンパ腫が巨大な甲状腺腫様の像を呈することは極めて少ない。本症例では甲状腺は慢性甲状腺炎(線維亜型)を呈していたが,DLBCLやMALTリンパ腫の像は認められなかった。本症例のリンパ腫細胞のMIB-1陽性率が高かったことは腫瘍の急激な増大を裏付けるものである。
病理診断については,福島県立医科大学病理学教授 阿部正文先生にご教示を賜りました。深謝申し上げます。