Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Clinical feasibility and problems of the robotic thyroid surgery
Hiroyuki ItoAkira Shimizu
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2014 Volume 31 Issue 2 Pages 91-94

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抄録

da Vinciサージカルシステムによるロボット支援下甲状腺手術は,機器の持つ極めて高い利便性,安定性により内視鏡下甲状腺手術を応用発展させた術式である。内視鏡手術の欠点を克服し,安全性が高く確実な方法である。前頸部に創部を作らず腋窩から手術を行うため,術後の整容面で優位性がある。ロボット支援下手術の概要と利点,問題点を概説する。

はじめに

甲状腺手術は甲状腺癌をはじめとして良性腫瘍,バセドウ病に対し行われている。一般的には前頸部を数cm切開して手術を行うが,しばしば術後創瘢痕やケロイド形成が生じて整容面で問題となることがある。

1997年にHüscherらが内視鏡下甲状腺手術を行って以来多くの臨床例が報告されてきた[]。いずれの方法も前頸部に創部を残さず,高い整容性を得ることが目的であった。しかしながら,従来法と比べると手術時間,術者が習熟するまでの時間(ラーニングカーブ)は短いとは言えず,手術適応にも制限があり,特定の施設と熟練医師による手術である場合が多い。

da Vinciサージカルシステムは1999年に米国Intuitive社で開発販売された。立体視が可能な内視鏡と自由度の高い3本の鉗子を術野の外のコンソールで遠隔操作できるシステムである。da Vinciによるロボット支援下甲状腺手術は,2009年にKangらによって報告された[]。機器の持つ極めて高い利便性,安定性により内視鏡下甲状腺手術を応用発展させた術式である。内視鏡手術の欠点を克服し,安全性が高く容易で確実な方法である。また,内視鏡下手術の適応は腫瘍径が1cm以下であったが[],ロボット支援下甲状腺手術では甲状腺全摘が必要な進行した腫瘍の切除が可能になったことも大きな進歩である。

ロボット支援下甲状腺手術の臨床研究

韓国の4施設で行われた2014例の臨床研究[]を筆頭に欧米[],アジアから報告がみられる。いずれも本術式の優位性を示しており,合併症の確率も従来法と比べて同等あるいは低いとされる。

本邦の臨床研究の報告は自験例と金沢大学からの報告のみである。われわれは2011年からda Vinci Sを使用したものとしては本邦初の臨床研究を開始しており,現在までに7例施行している。本稿ではロボット支援下甲状腺手術の方法と,われわれの臨床研究の経験と過去の報告を参考にした本術式の有用性と問題点を解説する。

ロボット支援下甲状腺手術の方法

Chungらによるロボット支援下甲状腺手術[]は腋窩アプローチによる内視鏡補助下甲状腺手術[]の発展形で,患側腋窩から前頸部に皮下トンネルを作成し,ロボット鉗子により甲状腺を摘出する方法である。また,甲状腺に到達する際に両側腋窩からアプローチする方法(Bilateral axillo breast approach, BABA),耳介後方毛髪線から前頸部に到達する方法(retroauricular approach)など様々なロボット支援下甲状腺手術が開発されている。自験例はいずれもChungらの方法に準じた腋窩から到達する方法で行った。

本法の手術の概要であるが,全身麻酔前に病室で腋窩切開線を決める。術後に切開線が目立たないことを確認するため,鏡を見ながら上肢を動かしてもらいながら最適な位置を決め,マーキングする。腋窩は可動域が大きい部位であり,切開線が前胸部に突出した場合は整容性を重視する本法の意義が問われてしまう。

全身麻酔後に仰臥位で患側上肢を挙上させたのち,腋窩に約6cmの切開線をおく(図1)。従来法と同様の器具を使用して胸部の脂肪組織と筋肉の間に皮下トンネルを作成する。頭頸部外科医はDP皮弁の作成に習熟しているためトンネル作成は比較的容易である。トンネルは鎖骨上を通り胸鎖乳突筋鎖骨頭枝の下を経由して甲状腺に達する。その際,甲状腺の手前を剝離するときに頸動脈鞘内の動静脈や中甲状腺静脈を損傷しないように慎重に剝離する。鎖骨を越えて前頸部を剝離する際,操作部位が深くなるので長い腸用筋鈎を二人の助手にそれぞれ持ってもらい十分に視野を広げることがコツである。筆者らはこの部位の剝離をIntuitive社認定ロボット支援下甲状腺手術トレーニングコースでcadaverにより繰り返し練習して習熟した[]。さらに,Chungらのグループの手術を繰り返し見学しノウハウを習得した。

図1.

経腋窩ロボット支援手術の体位

上肢伸展位をとり腋窩から頸部にトンネルを作製する。

腋窩トンネルに皮膚挙上鈎を挿入する。瑞穂医科機器製の腹腔用の挙上鈎用つり上げ装置に当科で開発した鈎の先端が可動式である東京医大式皮膚挙上鈎を接続し,胸部と前頸部の皮膚をつり上げると腋窩から甲状腺が観察できる(図2)。視野が確保されたら開口部よりda Vinciの内視鏡と2本のアームを挿入する。われわれは前胸部からもう1本アームを挿入し,内視鏡用アームと合わせて4本のアームで手術を行っている(図3)。術者はda Vinciのサージョンコンソールに座って手術を行う。サージョンコンソールは上部に3D立体視ができる接眼部があり,高精細な顕微鏡を覗いているようにみえる。中央にはコントローラーがあり,指を入れて動かすと鉗子が自在に動く。患者側には助手がついて吸引や手術補助操作およびda Vinciの監視を行う。

図2.

腋窩から前頸部にトンネルを作成し,皮膚挙上鉤を挿入する。

腋窩から見たところ。皮下トンネルの最深部に甲状腺(矢印)が確認できる。

図3.

ロボット支援下甲状腺手術を行っているところ。

腋窩から3本のアームと前胸部から1本のアームが前頸部に向かって挿入されている。

助手が手術補助と機器の監視を行う。

甲状腺摘出は基本的に従来法と同様で,ロボットの鉗子で上甲状腺動静脈を露出して上喉頭神経内枝に注意しながら超音波凝固装置で切離する。同様に下甲状腺動静脈を処理し,反回神経を同定,温存しながら甲状腺を摘出する(図4)。従来法の甲状腺半葉切除の場合,甲状腺峡部を切離すると摘出予定部位が動きやすくなるため,早めに行うことがある。ロボット支援下手術でも同様に峡部を切離すると摘出予定部位がロボット鉗子で杷持しやすくなり,手術時間が短縮される。

図4.

da Vinciによるロボット支援手術

反回神経をロボット鉗子で剝離している(矢印は反回神経)。

適 応

韓国の多施設研究[]の適応は2cm以下の癌であること,甲状腺被膜外浸潤や隣接臓器への浸潤がないこと,気管や食道方面に明らかな癌が存在しないことである。東京医科大学病院での適応基準はこの多施設研究に準じているが,初期研究のため甲状腺峡葉切除以下の手術であること,BMI≦25であること,明らかなリンパ節転移がないことを加えている。

ロボット支援下甲状腺手術の有用点と問題点

da Vinciの持つ極めて高い操作感は,直感的に動かすことができるEndowristと称される鉗子の自由度によるものである。7自由度で自由自在に動せるのは人体の手首とほぼ同じであり,ロボット支援手術を行っていると自分の手指が術野に縮小されて入っている感覚に陥る。さらに手ぶれキャンセル機能を持つため,一般の内視鏡に比べ手の震えが伝わらず,鉗子の先を高精度で確実に動かすことができる。

内視鏡下甲状腺摘出術では鉗子刺入部から遠い上甲状腺動静脈を処理する際に難渋することがあるが,da Vinciの鉗子は深い部位や接線方向の処理でも比較的容易に処理することができるため上甲状腺動静脈も処理しやすい。また,コンソールの画像は20倍の拡大画像のため,反回神経のような繊細な構造物を探すときも神経と結合組織が見分けやすく,安心して操作できる。さらに内視鏡画像は平面のため遠近感がわかりにくいが,da Vinciの画像はコンソールの接眼部から見ると立体的に見えるため,遠近感が把握できるので,無用に周囲臓器を傷つけることが少ない。da Vinciにはほかにスケーリング機能が備わっており繊細な操作が可能である。このような利点のため,da Vinciによるロボット支援手術は術者のストレスが少なく確実で合併症の少ない手術が可能と考えられる。

最も大きな利点は前頸部に全く創部がないため整容性に優れ,患者満足度が高いことである(図5)。われわれの行った7例での術後1年の手術満足度をVASスケールで測定するとすべての症例で満点であった。ただし頸部から鎖骨付近の疼痛と知覚低下が術後約1週間持続した症例があった。皮下トンネル部の知覚低下は多くの症例でみられるとの報告があるが,自験例ではSemmes-Weinsteinモノフィラメント知覚テスターで静的触覚検査を行うと6カ月後には皮膚知覚の左右差は消失することを確認している。

図5.

術後1年の創部

前頸部に創がなく,整容性に優れる。

合併症が少ないのも本法の利点である。多くの報告では合併症は1%前後であった。Leeらは反回神経麻痺の頻度は0.4%であったと報告している[]。

われわれの症例では1例で術後に一過性の反回神経不全麻痺がみられた。術中に助手の鉗子が反回神経をわずかに把持したことによる。da Vinciの鉗子が神経を傷害することよりも視野の悪い助手の操作が合併症につながることが示唆される。コンソールの術者は3D立体視で術野を見ているので視野内での不用意な操作は気づきやすい。逆に内視鏡視野外は患者側の助手しか監視できない。術者と患者側の助手が密に声を掛け合い,互いに不用意な操作を注意しあうことが肝要である。

欠点は本機器が元来腹腔内手術を目的として作られたため,頭頸部手術に対してはやや大柄であることである。狭い入口から数本の鉗子と内視鏡を挿入するため,しばしばアームが干渉して安全停止する。アーム同士が接触しないようにセッティングするためには,繰り返しシミュレーション手術を行い機器に慣れること,腋窩からの皮下トンネルの深部を十分に広げておくことが肝要である。

機器のランニングコストが高価であることも大きな問題点である。現在ロボット支援機器の保険適応はなく,先進医療も認可されていないため,すべての医療費が自費診療となる。手術入院時のコストを比較するとロボット支援手術は従来法と比較して約1.5倍高価であるという試算もある[10]。しかし,この数年で本邦のda Vinciの台数は数倍に増加しており,今後機器の消耗品などのランニングコストは低下するものと思われ,内視鏡下手術のコストに近づくと考えられている。

鉗子からの触覚が術者に伝わらないことは本機器の欠点である。術者が操作するサージョンコンソールは触覚フィードバック機構を持たない。触覚は腫瘍の固さ,癒着の程度など的確に腫瘍を切除するために重要な情報である。したがって,周囲臓器に癒着していて触覚で切除範囲を決める必要がある進行甲状腺癌はロボット支援下甲状腺手術の適応にならない。しかし,手術に慣れてくると視覚情報によりある程度組織の固さがわかるようになる[11]。筆者も甲状腺峡部周囲で気管を同定する際,結合組織と気管の固さの差異が視覚のみでわかることを経験している。

今後のロボット支援甲状腺手術

da Vinciによるロボット支援甲状腺手術は多くの有用性と安全性が証明されているが,まだ発展途上の術式である。アジア諸国での臨床研究では多くの症例において従来法との優位性を証明しているが,米国では本術式が安全でコストに見合った優位性があるか議論されている[12]。欧米人は体格が大きく,腋窩から甲状腺へのトンネル作成が困難であること,白色人種はケロイド形成が少なく手術創瘢痕も残りにくいことから本術式による合併症率が高く,かつ整容面の優位性が低くなると考えられる。しかしながら日本人は体格や人種を考えると優位性は高く,今後本邦でも多くの施設で慎重な多施設臨床研究がなされるべきと考える。

【文 献】
 

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