Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Experience of a parathyroid cancer with molecular analysis and treated with Cetuximab, Docetaxel and S-1
Keisuke EnomotoKohki ShimazuMiki NagaiKazuya TakedaShotaro HaradaMasaharu SakagamiShinya UchinoRyoichi ImamuraSeiji YamaguchiHiroaki FushimiYoshiharu Sakata
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2014 Volume 31 Issue 3 Pages 232-237

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抄録

副甲状腺癌は,再発や転移による様々な症状を呈することに加え,高カルシウム血症に伴う臨床症状を引き起こし,致死的な経過をたどる場合がある。われわれは高カルシウム血症をコントロールできずに不幸な転機をたどった副甲状腺癌の一例を経験した。症例は62歳・女性。嗄声を主訴に近医耳鼻科を受診。左反回神経麻痺を指摘され紹介受診となった。6年前に左下副甲状腺腺腫摘出術の既往があった。治療前検査にて副甲状腺癌と診断し,全身麻酔下にen blocな切除手術を施行した。病理組織学的検査で,腫瘍は高度な脈管侵襲と被膜浸潤,隣接臓器浸潤,リンパ節転移を認めた。摘出標本のDNAシークエンスではHRPT2EGFRRASBRAFにいずれも遺伝子変異を認めなかった。免疫染色によるEGFR発現は陰性であった。術直後は血清カルシウム,iPTHは正常化したが,術後1カ月後より徐々に高iPTHが出現し,高カルシウム血症の状態へと移行した。多発肺転移,胸膜転移,縦隔リンパ節転移が出現した為,Cetuximab,Docetaxel,S-1を適時併用した化学療法を施行したがPDとなった。高カルシウム血症に対し,補液とゾレドロン酸の投与に加え,合成カルシトニン誘導体製剤の投与も行ったが,高カルシウム血症からの急性膵炎にて術後8カ月で死亡した。患者同意を得た上で遺伝子解析を行い,化学療法を行った経験について報告する。

はじめに

副甲状腺癌は,原発性副甲状腺機能亢進症の約1~5%で,稀な疾患である。再発や転移により様々な臨床症状を引き起こすのみならず,高カルシウム血症に伴う症状を引き起こし,致死的となる場合がある。今回,われわれは高カルシウム血症をコントロールできずに不幸な転機をたどった副甲状腺癌の一例を経験した。多発する転移病巣に対して,患者同意を得た上で遺伝子解析を行い,CetuximabとDocetaxel,S-1を使用した治療を行った。その診療経験について報告する。

症 例

患 者:62歳・女性。

主 訴:嗄声。

現病歴:嗄声にて近医耳鼻咽喉科を受診。左反回神経麻痺を指摘され,当センターへ紹介となった。

既往歴:6年前に当院他科にて左下副甲状腺腺腫摘出術施行。

家族歴:特記すべきことなし。

血液生化学所見表1):Ca 12.6mg/dl,iPTH 192.9pg/mlと高値を認めた。その他,特記事項は認めなかった。

表1.

血液検査所見(治療前)

画像検査:超音波検査にて甲状腺左葉下極沿いに20×14×27mmの辺縁不明瞭な低エコー腫瘤を認めた(図1a)。造影CTでは鎖骨レベルの左下副甲状腺と思われる部位に軟部影を認めた(図1b)。造影MRIにて気管壁,食道内腔への明らかな浸潤は認めなかった(図1c)。99mTc-MIBIシンチの後期相にて左下副甲状腺と思われる部位に集積を認めた(図1d)。18F-FDG PET/CTでは同部位にSUVmaxが7.2のFDG集積を認めたが(図1e),その他の部位に異常所見を認めなかった。

新規に発生した左反回神経麻痺の存在と高カルシウム血症,画像検査結果より副甲状腺癌の可能性があると考え,全身麻酔下の副甲状腺悪性腫瘍手術を施行した。

図1.

術前画像検査

a:超音波検査にて甲状腺左葉下極沿いに20×14×27mmの辺縁不明瞭な低エコー腫瘤を認める。

b:造影CT。鎖骨レベルの左下副甲状腺と思われる部位に(矢印),筋組織と同程度に造影される腫瘤を認める。

c:造影MRI・T1では気管壁,食道内腔への明らかな浸潤は認めない。

d:99mTc-MIBIシンチの後期相にて左下副甲状腺に相当する部位に集積を認める(矢印)。

e:18F-FDG PET/CTでも左下副甲状腺に相当する部位にFDG集積を認める(矢印)。

f:手術写真。甲状腺左葉と右葉下極から両側総頸部動脈と腕頭動脈に囲まれる部位を胸骨甲状筋・甲状腺左葉・左反回神経・食道筋層・気管壁の一部をつけて副甲状腺腫瘍を一塊に摘出した(*)。食道粘膜は保たれており(矢印),筋層は閉鎖せずに手術を終了した。左総頸動脈は(#),残存甲状腺右葉は(§),気管壁欠損部は(矢頭)に示す。

手術所見:腫瘍は上縦隔に伸展していたので,腫瘍尾側の視野確保目的に頸部T字で皮膚切開し,広頸筋直下の創で皮弁作成を行った。胸骨舌骨筋を左右に展開し,右反回神経を確認した。鎖骨間靱帯を切断した上で明視下に甲状腺左葉と右葉下極から両側総頸動脈と腕頭動脈に囲まれる部位を,胸骨甲状筋・甲状腺左葉・中央区域リンパ節・左反回神経・食道筋層・気管壁の一部をつけて副甲状腺腫瘍を一塊に摘出した(図1f)。気管壁と食道に関しては安全領域を確保できずに鋭的にShavingしたが,その他の部位では概ね10mm以上安全領域を確保可能であった。合併切除した左反回神経は左頸神経ワナと8-0ナイロンを用い3点で端々吻合した。手術時間は2時間37分,出血量は90mlであった。

病理組織学的検査と遺伝子検査:腫瘍組織の索状配列,necrosisは認めず,腫瘍細胞の核異型,核分裂は目立たなかった(図2a)。しかし,高度な脈管侵襲の存在に加えて(図2b),断端陰性ではあったが,被膜をこえて周囲脂肪組織や前頸筋に浸潤しており(図2c),副甲状腺癌と診断した。更に近傍のリンパ節への転移も認めた。摘出標本のDNAシークエンス検査ではHRPT2遺伝子exon1-17,EGFR遺伝子exon18-21,RAS遺伝子(H-,K-,N-)exon1/2,BRAF遺伝子exon15にいずれも変異は認めなかった。EGFRの免疫染色(ニチレイバイオサイエンス)も施行したが,発現は陰性であった(図2d)。また,Ki67は26%の細胞で陽性を示し(図2e),p53は少数の核が淡く陽性を示した(図2f)。

図2.

病理組織所見

a:腫瘍に核異型はほぼ認めない(×400)。

b:血管内への腫瘍浸潤を認める(×100,Victoria blue+HE染色)。

c:線維性被膜外への高度な浸潤を認める(×40)。

d:EGFRの発現は陰性である(×400,EGFR染色)。

e:Ki67 indexは26%である(×400,Ki67染色)。

f:p53は少数の細胞のみ陽性である(×400,p53染色)。

6年前の手術病理見直しも併せて行った結果,一部の断端陽性で遺残が疑われる結果となった。しかし,核異型・脈管侵襲・被膜浸潤などは認めず,当時の病理組織の見直しでは副甲状腺癌との診断には至らなかった。

経 過:術直後は血清カルシウム,iPTHは正常化したが,術後1カ月目より徐々に高iPTHが出現し,高カルシウム血症の状態へと移行した。CTにて多発肺転移,胸膜転移,縦隔リンパ節転移が出現した為,多発転移に対しCetuximab(初回投与7日前に400mg/m2,250mg/m2/week;day1,8,15,22)とDocetaxel(20mg/m2/week;day1,8,15)を併用した化学療法を2クール目まで用いたがPDの経過をたどった(図3)。胸水貯留を認めた為,入院の上で排液と胸膜癒着処置を行った後,Cetuximab(250mg/m2/week)とS-1(100mg/day/body)に変更するも,更にPDの経過となった。高カルシウム血症に対し,補液とゾレドロン酸の投与に加え,エルカトニンの投与も行っていたが,高カルシウム血症をコントロールできず急性膵炎にて術後8カ月で死亡した。

図3.

臨床経過

術後2カ月のCT画像では右胸水中に,造影効果のある腫瘤を複数認める。CetuximabとDocetaxelによる化学療法開始2クール目(day8終了後)のCT画像では右胸水の著明な増加と胸膜沿いのリンパ節転移の増大を認めた。化学療法をCetuximabとS1に変更するもCT評価ではPDであった。iPTHは手術後に正常化するも,術後1カ月目には高値となり,化学療法には全く反応せず上昇を続けた。iPTHは(実線),補正Caは(点線)で示す。

考 察

副甲状腺癌は頻度が低く,報告の多くが症例報告に留まる。副甲状腺癌の多くは進行がゆるやかでおとなしい性格を持つが,一部では急激に進行し,再発するものもある。過去の報告ではMunsonらは5年生存率82%[],Busaidyらは10年生存率77%と良いが[],Stojadinovicらは10年生存率42%と悪い[]。一方,本邦では東京女子医大と野口病院より生存率に関して報告がなされているが,それぞれ86%(10年生存率)と83%(15年生存率)であり,生存率は海外の報告より良い[,]。19年経過してから転移が出現する症例から手術直後より遠隔転移が急速に進行する症例まであり,症例によるばらつきが多いことも特徴である[]。

副甲状腺癌の原因遺伝子の一つとしてParafibrominをコードしているHRPT2の遺伝子変異が知られている。副甲状腺機能亢進症顎腫瘍症候群(HPT-JT症候群)に副甲状腺癌が10~15%と高率に合併することから発見され,散発性副甲状腺癌の67%に,体細胞性もしくは生殖細胞性のHRPT2遺伝子変異を認めている[]。本邦からの報告は,唯一筆者らが一例(14%)にその遺伝子変異を報告している[]。しかし,本症例ではHRPT2遺伝子変異は見つからなかった。海外の報告と比較すると本邦における副甲状腺癌のHRPT2遺伝子変異の割合は低い可能性がある。

副甲状腺癌の最も有用な治療方法は外科的切除のみである[10]。転移や再発をきたした副甲状腺癌の治療は非常に難渋する。頸部再発の他,肺・骨・肝臓などに遠隔転移を起こした場合でも可及的切除を行い,高iPTH血症の是正を図る。本症例では治癒切除2カ月後には,胸膜転移,縦隔リンパ節転移,肺の多発転移が急激に進行し,再手術のタイミングを逸し全身状態の悪化をみた。放射線治療は感受性が低く効果が少ないが,術後補助治療としての放射線外照射は,再発率を低下させる可能性が報告されている[,]。しかし,術後治療の選択について患者と相談している間に遠隔転移が出現した為に本患者で外照射は選択されなかった。外科的に非根治な状態となった副甲状腺癌に対する薬物療法の目的は,①『癌の進行を抑える』,②『高カルシウム血症を是正する』に大別される。現在のところ,①『癌の進行を抑える』ことに関して有用性が確立された治療はない。VincristineやAdriamycin,mithramycin,5-fluorouracil,doxorubicinなどが過去に試みられてきたが,いずれも腫瘍コントロールできていない[1112]。唯一,Dacarbazineを用いた治療で,数週間のみ奏効したとの報告がみられるが[13],症例報告に限られる上,本邦ではその使用が悪性リンパ腫,悪性黒色腫,褐色細胞腫に限られる。本邦からはわれわれも投与したDocetaxelとS1も過去に使用されている[14]。初回手術から87カ月間に28コース投与されているが,腫瘍の増大を止めることは出来なかった。しかし,grade 3以上の有害事象は生じず外来投与可能であったことが報告されている。

分子生物学的手法による解析で,副甲状腺癌のバイオマーカーに関する報告が散見されるようになってきた[15]。ErovicらはVEGFの過剰発現を86%に,PDGFR-αとPDGFR-β,mTORはそれぞれ90%,72%,57%の副甲状腺癌の細胞に認めたことを報告している。このことは,近年開発が進んでいるsunitinib,bevacizumab,pazopanib,everolimusなどの分子標的薬に治療効果を認める可能性があることを示唆している。本邦において,EGFR阻害薬であるCetuximabがRas変異のない大腸癌に加え,腺癌を含む頭頸部癌に対して使用可能である。大腸癌では免疫染色のEGFR発現強度は,Cetuximabの治療効果に影響せず,Ras変異がなければEGFR陰性大腸癌にてもCetuximabの有効性が示されている[1617]。更に,CetuximabはEGFRシグナル伝達系でRasの下流に位置するBRAF遺伝子に変異が認められる場合にも薬理効果が期待できない[1819]。われわれはBRAF遺伝子のホットスポットであるBRAF V600Eを含むexon15を調査したが,同様に遺伝子変異は認めなかった。われわれは免疫染色ではEGFR発現がなかったものの,RasBRAFに遺伝子変異がないことを確認した上で,旧来のDocetaxelに加えてCetuximabを今回初めて外来投与したが,結果的には病状の進行を止めることが出来なかった。胸水貯留で化学療法の休薬後はCetuximabとS-1を併用したが,こちらも治療効果を上げることが出来なかった。

②の『高カルシウム血症を是正する』治療として,補液に加えビスホスホネート製剤やカルシトニン製剤の投与が行われている。自験例においてもビスホスホネート製剤であるゾレドロン酸水和物に加え,カルシトニン製剤であるエルカトニンの投与も行った。骨吸収や腸管からのカルシウム吸収抑制の為にエルカトニンの投与がなされるが,効果発現は早いが一過性で,半減期も短く一日2回投与の為,外来治療には不向きである。自験例での投与は終末期の入院中に留まった。抗RANKL抗体も高カルシウム血症を是正することに対して有用であることが期待されるが,本邦ではその使用が転移性骨腫瘍に限られる為,自験例では使用しなかった。

米国のNIHからカルシウム受容体作動薬であるシナカルセトを切除不能な副甲状腺癌に対し用いられ,初めてその有用性が報告された[20]。Silverbergらは29例の患者でiPTHが697pg/mlから635pg/mlの低下であったが,血清カルシウムが14.1mgから12.4mg/dlまで下がったと報告している[21]。本邦では治験第Ⅲ相試験がなされていたが,本患者はすでに治験が終了しており参加することが出来なかった。将来,シナカルセトが保険適応となれば本症例のような患者では生存予後改善の恩恵を受けることが出来るかもしれない。

おわりに

われわれは不幸な転機をたどった稀な副甲状腺癌の治療を経験した。HRPT2EGFRRAS(H-,K-,N-),BRAFの遺伝子検査を行ったが,いずれも体細胞性変異を認めなかった。多発転移病巣に対してEGFR阻害剤であるCetuximabを併用した化学療法を行ったがPDであった。

【文 献】
 

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