2014 Volume 31 Issue 4 Pages 253-257
当院では,2005年4月以降,1cm以上の甲状腺乳頭癌に対しては甲状腺全摘術およびD2a郭清を基本術式として原則施行してきた。一方,2010年10月に甲状腺腫瘍診療ガイドラインから甲状腺乳頭癌に対する「診断と治療のアルゴリズム」が作成委員会のコンセンサスに基づいて提示され,当院でのその術式選択について再考するべき時期が来たのではないかと考えている。本稿では2005年4月から2013年12月までに甲状腺全摘術およびD2a郭清を施行したT1bN0M0以上の甲状腺乳頭癌症例249例の手術成績を検証し, ‘gray zoneの甲状腺乳頭癌に対する術式’ を再検討した。現在は外来にて30mCiの放射性ヨードアブレーションが可能となり,gray zone乳頭癌に対し全摘術が選択する施設もあるいは増加してくると思えるが,その一方でその合併症リスクを十分承知して,これを術中回避する努力を絶やさないことが義務づけられる。
甲状腺乳頭癌は生命予後が良好な疾患である一方で,長期的には頸部局所再発の頻度は決して低くない。また甲状腺手術では反回神経麻痺や甲状腺機能低下症などの術後合併症を考慮する必要があり,その至適術式については従来から議論がなされてきた。そのなかで当院では2005年から1cm以上の乳頭癌に対し甲状腺全摘術およびD2a郭清術(total Tx+D2a)を基本術式として選択してきた。一方,2010年10月に甲状腺腫瘍診療ガイドラインが日本内分泌外科学会・日本甲状腺外科学会から発行され,そのなかでT1N0M0は甲状腺葉切除(+郭清)を,T>5cm,高度なリンパ節転移(3cm以上,内頸静脈,頸動脈,反回神経などの主な神経椎前筋膜へ浸潤する,あるいは累々と腫れている),Ex2,M1のいずれかを満たせば甲状腺全摘術(+郭清)を,それら以外は ‘gray zone’ とし,片葉切除か全摘術かを各々が選択するといった診断と治療のアルゴリズムがその作成委員会のコンセンサスに基づいて提示された[1]。本稿では当院にて過去8年間に,1cm以上の甲状腺乳頭癌に対してtotal Tx+D2aを施行した症例の手術成績を検討し,今後gray zone症例への術式をどうするか考察した。
2005年4月から2013年12月までに当院にて甲状乳頭癌に対し初回手術を372例に施行した。そのうち1cm以上の乳頭癌に対しtotal Tx+D2aを施行した249例(観察期間3カ月~8年7カ月:中央値 3.2年)に対し,甲状腺腫瘍診療ガイドラインの診断と治療のアルゴリズムに基づき,「片葉切除推奨群」「gray zone群」「全摘推奨群」に分類し(図1),gray zone症例を中心に手術成績を検討した。術後病理組織診で原発巣あるいは摘出リンパ節に低分化,未分化成分を認めたものは除外した。術後放射性ヨードアブレーションは2011年12月以降,原則的に,全摘推奨群,腫瘍径が3cmを超えるもの,あるいは術後病理組織で転移リンパ節個数が5個以上認め,同意が得られた症例に施行した(23例)。
当院のこれまでの甲状腺乳頭癌に対する手術術式方針とガイドラインとの比較
前述のように初回手術例372例のうち,total Tx+D2aを施行した症例は249例で(うち28例は両側外側領域に転移を認めD3a以上の手術を施行),片葉切除推奨群が64例,gray zone群が99例,全摘推奨群が86例であった。一方,残りの123例のうち73例は片葉に限局,48例は腫瘍サイズ両葉に多発,2例は峡部に限局した1cm未満の症例でそれぞれ片葉切除+D1郭清術,全摘術+D1郭清術,峡部切除術を施行した。
②術後副甲状腺機能低下症の発症頻度術後永続的副甲状腺機能低下症をきたしたのは,total Tx+D2a施行症例全体では3例(1.2%)ですべて全摘推奨群であった(表1)。
術後副甲状腺機能低下症の発症頻度
total Tx+D2aを施行した249例のうち,術中反回神経浸潤を認めた14例を除いた235例中5例(2.1%)に永続的片側反回神経麻痺を認めた。各群ごとでは片葉切除推奨群で1例(1.6%),gray zone群1例(1.0%),全摘推奨群で3例(3.5%)に認めた。
④その他合併症後出血を4例(1.6%),喉頭浮腫を2例(0.8%),乳糜漏を2例(0.8%),ホルネル症候群を1例(0.4%),気管皮膚瘻感染による頸動脈出血を1例(0.4%),気管壊死を1例(0.4%)に認めた。これらはすべて全摘推奨群であった。
⑤術後病理所見⑴ 健側中央領域転移リンパ節個数別の症例数の割合
片葉切除推奨群およびgray zone群では,術前に健側中央領域に転移を疑うリンパ節を認めた症例は存在しなかったが,これらの群での症例に術式を片葉切除+患側中央領域郭清術に留めていた場合,健側中央領域に転移リンパ節がどれだけの症例に残存したのかを術後病理結果から検討した。術後病理組織診断でも健側中央領域に転移リンパ節を認めなかった症例が79.1%で,転移リンパ節を1個認めた症例が6.5%,2個が9.6%,3個が3.2%,4個以上(最高7個)が1.6%であった。gray zone群では転移リンパ節を認めなかった症例が63.9%で,1個が17.1%,2個が7.0%,3個が5.0%,4個以上(最高9個)が7.0%であった(図2)。
健側中央領域の転移リンパ節個数別の症例数割合
⑵ 対側葉に腺内転移を認めた症例数の割合
片葉切除推奨群およびgray zone群を片葉切除に留めた場合,対側葉に腺内転移病変がどれだけの症例に残存したのかを検討した。片葉切除推奨群では6.5%,gray zone群では8.0%の症例で術後病理組織診にて対側葉の腺内転移が判明した。
⑶ 患側外側領域転移リンパ節個数別の症例数の割合
片葉切推奨群およびgray zone群のうちcN1b(-)症例で患側外側領域の予防的リンパ節郭清を省略した場合,どれだけの症例で転移リンパ節が患側外側領域に残存したのかを検討した。片葉切除推奨群では術後病理組織診断で患側外側領域リンパ節転移を認めなかった症例は61.3%で,転移リンパ節を1個認めた症例が16.1%,2個が11.3%,3個が4.8%,4個以上(最高6個)が6.5%であった。一方,gray zone群では転移リンパ節を認めなかったものが50.9%,1個を認めたものが3.4%,2個が10.1%,3個が1.7%,4個以上(最高9個)が33.9%であった(図3)。
患側外側領域の転移リンパ節個数別の症例数割合(cN1b(-)症例のみ)
原病関連死亡例は4例(1.6%)であった。遠隔転移再発は3例に認め,術後1.8年,3.2年および4年にそれぞれ肺転移をきたした。全例放射性ヨードアブレーションは施行されていなかった。このうち1例(Case 42)はgray zone群に,2例(Case 22,Case 150)は全摘推奨群に相当した。遠隔転移による死亡例は1例(Case 22)であった(表2)。
全摘+D2a郭清術施行症例の術後死亡例および遠隔再発生存例
術後頸部再発は13例(5.2%)に認めた。放射性ヨードアブレーションは施行されていなかった。このうちgray zone症例は2例(Case 76,Case 96)で外側領域に頸部再発を認めた(表3)。
全摘+D2a郭清術施行症例の頸部再発例
2007年版のBTAガイドラインや2009年版のATAガイドライン[2]は1cm以上の乳頭癌には原則甲状腺全摘術を推奨している。当院でもgray zone症例のみならず1cm以上の乳頭癌症例に全摘術を施行してきたが,欧米のガイドラインは背景に術後に放射性ヨードによるアブレーション処置が普及しており,合併症回避のための予防的リンパ節郭清の省略も視野にいれたもので,その背景が異なっている。今回の我が国のガイドラインアルゴリズムと照合すると当院でtotal Tx+D2aを施行してきた症例の約1/4が片葉切除を推奨されることになった。今回の検討でも,症例数が少なく観察期間も短期ではあるが,total Tx+D2aを施行してきた結果ではこの群に再発症例は認めなかったので,今後はアルゴリズムに沿って片葉切除+D1郭清術に縮小することを考えている。
gray zone群では経過観察期間中に1%の症例で遠隔転移を,2%の症例で外側領域の頸部再発を認めた。一方,片葉切除推奨群と同様,gray zone群で気管周囲リンパ節再発をきたした症例はなかった。これはリンパ節郭清が有効であったともいえるが,そのエビデンスは乏しい。しかし臨床的に問題となる頻度は少ないとはいえ,一旦気管周囲に再発すると患者のQOLを損ねる結果となりうるし,再手術時の合併症リスクを考えると初回手術で郭清しておくことが望ましいと考えられ,我が国のガイドラインでも中央領域の予防的郭清を推奨グレードBとしている[3]。術式を片葉切除および患側中央領域郭清にした場合,健側に癌が遺残する可能性のある症例は,対側葉に注目するとgray zone群と片葉切除推奨群でいずれも10%未満で大差はなかった。しかし,健側中央領域に注目するとgray zone群では,約1/3の症例(片葉切除推奨群の約1.7倍)でそこに癌が遺残する可能性があるため,甲状腺を全摘し健側中央領域も確実に郭清しておいたほうが良いかと思われた。全摘術後は,終生の甲状腺ホルモン剤の服用が不可欠ではある。しかし一方,放射性ヨードを用いた診断・治療が可能になることに加え,術後フォローアップにサイログロブリンを腫瘍マーカーとして用いることができるため,再発状況を簡便かつ信頼性高く評価することを可能にする。このことは患者の再発に対する不安感を随分軽減していると実感する。施設としてこの群で永続的反回神経麻痺を1例におこしたことを反省したうえで,gray zone群には全摘と両側中央領域郭清を積極的に行うことを検討している。
患側外側領域については,これまで1cm以上の乳頭癌にはcN1b(-)症例でも予防的郭清を施行してきた。その結果,cN1b(-)の症例で片葉切除推奨群では約40%,gray zone群では半数近い症例で病理的転移リンパ節が認められた。しかしながら外側領域の再発は気管周囲リンパ節再発にくらべ,その生体に対する影響は軽微であるため,予防的郭清の意義については,議論が分かれている[4~8]。特に,病理的転移リンパ節は遺残しても将来的に臨床的に問題にならないという報告がなされている。今回の甲状腺腫瘍診療ガイドラインでは内深頸リンパ節郭清の推奨グレードをBとしながらも,その妥当性を治療的郭清に限定している[9]。以上から当院でも,今後gray zone症例では外側領域の郭清を省略する方向で検討している。
当院で施行したtotal Tx+D2aの手術成績を提示した。今後,当院ではgray zone症例に対しては,予防的外側領域郭清を省略し,甲状腺全摘術および中央領域リンパ節郭清術を原則とすることを検討することとした。