Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Therapies for recurred thyroid carcinoma: how should we use molecular-target medicines?
Yasuhiro ItoAkira Miyauchi
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2014 Volume 32 Issue 1 Pages 2-7

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抄録

放射性ヨウ素(RAI)治療抵抗性の再発甲状腺分化癌の治療は今まで甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制しかなかったが,最近,分子標的薬剤がこれらの患者のprogression-free survivalを有意に延長するという報告があり,すでにsorafenibが保険収載されている。しかしRAI抵抗性再発分化癌の予後は必ずしも悪くなく,有害事象(AE)が強く出る分子標的薬剤を安易に使うことが患者にとってよいことかどうかは多いに疑問である。再発巣の腫瘍量,短期間での病勢進行,サイログロブリン値の変化などを考慮し,症例を厳しく選択し,使用後も思わぬAEが起きることがあるので,頻回に検査データをチェックしていかなくてはならない。本稿は当院の経験を元に,分子標的薬剤の適応について述べた。

はじめに

甲状腺分化癌は総じて予後良好であるが,時に難治性の再発を繰り返す症例が存在する。局所再発であれば再手術が第1選択となることが多いが,遠隔再発となると大抵の場合,外科的切除は不可能である。通常は放射性ヨウ素(RAI)をもちいたアイソトープ治療が行われる。はじめから転移巣がRAIを取り込まない,はじめのうちは取り込みがあっても治療回数を重ねるうちに取り込みがなくなる,あるいはRAIを取り込んでも再発巣が進行していく症例をRAI抵抗性甲状腺癌と言う。このようなRAI抵抗性の症例も少なくない。今まではこういった症例に対しては積極的な治療法はなく,甲状腺刺激ホルモン(TSH)抑制し,経過をみるよりなかった。最近,分子標的薬剤の開発が進み,現時点でsorefenibとlenvatinibがphase Ⅲ trialでRAI抵抗性分化癌のprogression-free survival(PFS)を有意に延長することがわかっており[,],すでに前者は2014年の7月から保険収載されている。しかしこれらの薬剤は総じて有害事象(AE)がよく出現し,RAI抵抗性の転移再発があっても経過が長い甲状腺分化癌に投与する際には症例を慎重に選ばなくてはならず,また,投与開始以後も頻回なモニタリングが必要である。本稿ではどういった症例に分子標的薬剤を投与すべきか,そしてそれに際して注意すべきことは何かについて述べる。

RAI抵抗性分化癌の予後

RAI抵抗性分化癌に対しては積極的な治療は困難ではあるが,実際にはこのような症例の全てが予後不良というわけではない[]。図1aは最初からRAIの取り込みがなかった74症例の癌関連死をKaplan-Meier curveで示したものであるが,5年および10年死亡率がそれぞれ5%,30%である。60歳以上の高齢者は若年者に比べて有意に予後不良であるが(図1b),それでも他の腺癌に比べればはるかに経過は長い。従ってRAI抵抗性の分化癌であるというだけで分子標的薬剤の投与の対象とするのは適切ではない。

図1.

a)RAI抵抗性再発甲状腺分化癌の疾患関連死亡率

b)RAI抵抗性再発甲状腺分化癌の疾患関連死亡率と年齢との関係

RAI抵抗性分化癌に対する分子標的薬剤投与についてのexpert opinion

2014年,lenvatinibやsorafenibの治験に深く関わったSchlumberger,Brose,Eliseiらが連名で発表したexpert opinionを図2に示す[]。それによると,分子標的薬の適応としては,RAI抵抗性であるのは当然であるが,もっとも重要なポイントは腫瘍量(tumor burden)と病勢進行であるとされている。すなわち腫瘍量の少ない症例は,たとえ1年余りの間にRECISTによる評価に基づいてPD(progressive disease)と判定されたとしても,ただちに分子標的薬剤使用の適応とはなりがたいということである。逆に腫瘍量の多い症例でPDであるものは適応であり,病勢進行がはっきりしないものに対しては個別に検討すべきであるとしている。甲状腺分化癌の性質をよく理解した考え方と思われ,現時点ではこれが究極のexpert opinionであると言える。

図2.

Schlumbergerらによって提唱されたRAI治療抵抗性再発分化型甲状腺癌の治療方針

分子標的薬剤投与の適応

1)医学的な適応

まず基本は患者にとってこういった薬剤の投与によるbenefitがharmを上回っていることである。これはもっとも大切な条件であり,医療側は常にこのことを頭に置いて適応を考えなくてはならない。表1に医学的な適応を示す。

表1.

分子標的薬剤の医学的適応

RAI抵抗性は絶対条件であり,RAI治療でコントロール可能な転移巣に対して使用すべきではない。非全摘症例などでRAIによる治療を飛ばしてこういった薬剤を使おうという動きが一部であるようであるが,これまでのエビデンスの蓄積やAEの少なさから手術不能な転移巣に対するfirst lineはわずかな例外を除き,RAI治療であることを忘れてはならない。そもそも再発を繰り返し,転移巣がコントロール困難となることが予想される症例には,たとえ初回手術が非全摘であってもどこかの段階で補完全摘を行っておくべきであろう。再発症例はその後の再々発のリスクが高いので,われわれは再発部位に対する手術時に同時に原則的に補完的甲状腺全摘を行っている。

腫瘍量という表現はあいまいなものであるが,massiveな転移病変が複数存在するという風に解釈される。病勢進行についてはRECISTに準拠して判断すればよいが,問題はどのくらいの期間でPDとなるかである。現在の日本臨床腫瘍学会との連携プログラムでは2年以内となっているようであるが,宮内らの報告ではサイログロブリンダブリングタイム(Tg-DT)が1年以内の症例はそれより長い症例に比べて生命予後が明らかに不良であり[],それは画像の変化とも相関がみられることから,やはりSchlumbergerらのアルゴリズムにあるように1年余りをカットオフとするのが妥当と考えられる。実際にsorafenibやlenvatinibの治験でも12~14カ月以内での病勢進行がカットオフとされている。

再発腫瘍の増殖性または増殖力(viability)についてであるが,腫瘍量がたとえ少なくともTgの上昇がはなはだしい症例や,腫瘍がPDであることが確認できなくてもTg-DTが短い症例は腫瘍の増殖性が高いと考え,分子標的薬剤の適応たりえると思われる。腫瘍の時間学的には予後は腫瘍量とダブリングタイムで規定される。実際の臨床では腫瘍量の大小よりもダブリングタイムの短長の方が差が大きく,従って予後に関与する度合いも大であることが多い。著者らは現時点ではTg-DTが2年以上の症例は分子標的薬の適応ではないと考えている。

また,前立腺癌など他の癌に化学療法を行う際にも考慮されることであるが,進行が一般的に緩徐である甲状腺分化癌にも,その患者の平均余命との兼ね合いも大切ではないかと思われる。転移巣をTSH抑制のみで経過観察した場合,その患者が残された平均余命をQOLを保ったまま生存できるかどうかということも分子標的薬剤を使用するかどうかを決定する際に考慮すべきである。

実際の症例を示すが,図3aは最大径10mm以下の病変が両肺全体に無数に存在する乳頭癌症例であるが,TSH抑制下でまったくサイズもTg値も変化はない。図3bは同じく乳頭癌の肺転移であるが,最大径10mmを越える病変が複数あるものの腫瘍量が多いとまでは言えず,かつTg値も上昇傾向ではあるが緩徐である。こういった症例には分子標的薬剤をただちに使うべきではないと考えている。図4aは濾胞癌の骨転移であるが,TSH抑制下で転移巣の明らかな増大が認められ,かつTg-DTが0.3年と非常に短い。本症例は分子標的薬剤のよい適応と考え,sorafenibの投与を開始したところ,図4bに示すように転移巣の縮小,そしてTg値の著明な低下を認めた。なお,本症例は小さい肺転移も多発しており,これもsorafenib投与により明らかに縮小した(図4c)。図5は乳頭癌の肺転移である。Tg-DTは1.6年とやや長めではあるが,腫瘍体積のDTを計算すると0.8年であり,かつ腫瘍量も多く,分子標的薬剤の適応と考えられる(図5a)。その結果,まだ使用開始から6週間しか経過していないが,Tg値がやや減少しており,かつ,腫瘍もRECIST判定ではSDながら縮小を認めた(図5b)。

図3.

a)48歳男性乳頭癌肺転移(RAI不応)TSH抑制下で経過観察中

b)76歳女性乳頭癌肺転移(RAI不応)TSH抑制下で経過観察中

図4.

a)53歳男性広汎浸潤型濾胞癌骨転移(RAI不応)sorafenib投与前

b)53歳男性広汎浸潤型濾胞癌骨転移(RAI不応)sorafenib投与前後

c)53歳男性広汎浸潤型濾胞癌肺転移(RAI不応)sorafenib投与前後

図5.

a)67歳男性乳頭癌肺転移(RAI不応)sorafenib投与前

b)67歳男性乳頭癌肺転移(RAI不応)sorafenib投与前後

2)医学的な適応以外に考慮しなくてはいけないこと

医学的な適応は現時点ではおおよそ上記のとおりと思われるが,分子標的薬剤にかかわらず,がん薬物療法を行うにおいていくつか考慮しなくてはならないことがあり,それを表2に示す。分子標的薬剤は全般にAEが強く,かつ多彩で,そのプロファイルも薬剤によってばらばらである。そもそもこういった薬剤に対して忍容性が患者側にあるかどうかを投与前に見極める必要がある。患者がそれだけAEの強い薬剤を服用してまで治療を望んでいるのか,患者が性格的に薬物療法に耐えられるのか,また,最終的にはどういう風にして欲しいのか,ということをまず投与前に読み取らなくてはならない。患者の望まぬ治療をしてしまうと,AEが出現した時に思わぬトラブルを起こしかねない。

表2.

分子標的薬剤投与に際して考慮すべき事項

医師およびco-medical(看護師)の経験値やセンスも大切である。休薬,再開,減量,投与中止などのタイミングは,ある程度薬剤を使った経験がなくてはできない。たとえばsorafenibのAEとしてもっとも有名なのはHand-foot syndrome(HFS)であるが,筆者の経験ではそれは短期間の休薬や緻密なケアで大抵予防あるいは軽減できる。それよりも問題になるのは薬疹(rash)であり,これは2~3週間の休薬でいったん軽快しても減量して再開したとたんに壊死を伴ってすぐに身体全体に広がることがある。こういう場合は,即刻投薬を中止しなくてはならない。もう一つの問題は薬剤性肝炎による肝酵素の上昇である。突然Grade1-2のトランスアミラーゼ上昇を認め,大事をとって1~2週間休薬した後再検してみると,休薬しているにも拘わらずGrade 3-4まで一気に上昇し,最終的に投薬中止に追い込まれた経験が筆者にはある。患者本人の自覚症状はごく軽い皮膚そう痒感以外にまったくなく,こういった重篤なAEを見逃さないためにも緻密な経過観察が必須である。Sorafenibに関してはそれ以外にも高血圧,下痢,蛋白尿など実に様々なAEがみられ,その都度対策を考えていかなくてはならない。これらは医療側にある程度経験がなければ,なかなか困難なことである。

そしてこういった様々なAEが出現する可能性が高い分子標的薬剤を安全に使うためには,co-medical(とくに看護師)との連携が絶対に必要である。前回の受診から後に何か変わったことがないか,血圧に変動はないか,HFSがきちんとケアされているか,その他細かい愁訴や状況を聞き出すのは医師よりも看護師の方が患者も言いやすく,有利である。従って可能であればこういった薬物療法にたずさわる看護師を決めて,その副作用プロファイルについてきちんと勉強してもらい,患者をみる際のポイントをつかむトレーニングを積んでもらうべきである。

家族のしっかりしたサポートも薬物療法には不可欠である。甲状腺癌は基本的に予後がいいということは医療側のみならず患者側もある程度わかっており,それがゆえにどうしても家族と医療側との連携が希薄になりがちである。本人のみならず同居家族からの情報は重要で,これがなければ,時として重大なAEを見逃す可能性がある。また,先にも示したように,RAI抵抗性の分化癌は高齢者ほど予後不良である。ということは,こういった薬剤を使用する機会は高齢者が多いということになる。高齢者は心疾患や高血圧などの基礎疾患をもっていることが多く,とくにsorafenibは高血圧が重要なAEであるので,投薬による血圧のコントロールや,それ以外にも突然襲ってくる下痢や倦怠感などに対する対策を居住区の開業医の先生方にお願いする必要がある。当院はどうしても遠方に在住している患者が多く,また,そうでなくても基幹病院であればどうしても待ち時間が長くなり,細々とした上記のような問題に迅速に対応するのは難しい。従って,まず分子標的薬剤を投与する前に「かかりつけ医」の確保をきちんとしていただくことが不可欠である。

こういった条件が満たされなければ,たとえ医学的に分子標的薬剤を投薬する適応があったとしても,安易に行ってはならない。

おわりに

今までこれといった治療法がなかったRAI抵抗性甲状腺分化癌の再発に対して分子標的薬剤が保険収載されたことは,確かに喜ばしいことであり,少なからぬ数の患者がその恩恵を被ることは疑いがない。しかしその一方で,一歩誤れば患者を救うどころか,命を奪いかねない恐ろしさを秘めた薬剤であることは忘れてはならない。現在保険収載されているsorafenibは確かに患者のPFSを多いに延長したが,その一方で20%近い症例がAEのため,投薬中止を余儀なくされたこと,そして本邦において一足先に保険収載されている肝癌および腎癌において治療関連死がおよそ3%あるという事実がある。こういった事実をふまえて,われわれは分子標的薬剤投与の適応を考えなくてはならない。あえてもう一度繰り返す。分子標的薬剤投与の究極の適応は患者側の利益が害悪を上回ることである。われわれはこれを決して忘れてはならない。

【文 献】
 

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