2015 Volume 32 Issue 2 Pages 136-140
症例は78歳男性。18年前に上咽頭癌で化学療法+放射線療法施行。5年前びまん性甲状腺腫大を指摘されて当科を受診し,穿刺細胞診で悪性リンパ腫が疑われた。Ann Arbor分類IEの甲状腺悪性リンパ腫の疑いとして,診断目的にて甲状腺峡部部分切除を行った。病理組織結果は甲状腺MALTリンパ腫であり,術後に36Gyの放射線治療を行った。外来経過観察中,突然に汎血球減少を認め,当院血液内科で放射線療法が原因と考えられるAPLと診断された。ATRA,ATOの治療で完全奏効が得られ,加療後1年6カ月の現在再発の兆候はない。限局期における甲状腺原発MALTリンパ腫では,甲状腺全摘単独治療が推奨される。特に放射線療法の既往を持つ患者に対しては治療関連悪性腫瘍の危険性を考慮して外科的治療を優先することが推奨される。また生検診断後に放射線療法や化学療法などの追加治療を行った場合は二次癌発生の可能性を念頭においた経過観察を要する。
悪性リンパ腫治療後の長期生存症例も増加してきている一方で,化学療法や放射線療法後に発生する二次癌が認識されてきている[1]。また低悪性度の甲状腺MALTリンパ腫の限局期では手術単独療法の可能性も指摘されている[2]。今回われわれは甲状腺原発MALTリンパ腫放射線療法後に急性前骨髄球性白血病(APL)を発症した1症例を経験したので,若干の文献的考察を加えて報告する。
症 例:78歳,男性。
主 訴:汎血球減少。
既往歴:18年前当院耳鼻咽喉科において,上咽頭癌に対し化学療法(詳細不明)および放射線療法(頸部48Gy/24fr・原発部62Gy/31fr)を施行していた。
5年前,気管支喘息・甲状腺機能低下症(甲状腺ホルモン剤を75μg/day服用)で当院内科通院中に,甲状腺のびまん性の増大傾向があり内分泌外科へ紹介となった。甲状腺の著明なびまん性腫大を認めたが,側頸部に表在リンパ節を触知しなかった。血液検査所見では貧血はなく肝・腎機能は正常であった。甲状腺機能,抗Tg抗体<0.3U/ml(基準値:<0.3U/ml)で正常であったが,抗TPO抗体が0.5U/ml(基準値:<0.3U/ml)とわずかに上昇しており橋本病が疑われた。Tg>800ng/ml(基準値:<30ng/ml),LDH 233IU/l(基準値:110~230IU/l),IL-2R 769U/ml(基準値:127~582U/ml)はいずれも高値であった。超音波検査では,甲状腺がびまん性に著明に腫大し,内部エコーは低エコーでほぼ均一であった(図1a)。右葉の穿刺細胞診でリンパ球が多数採取され,幼若なリンパ球が主体で悪性リンパ腫が疑われた。頸部~骨盤腔CT検査上では,甲状腺がびまん性に著明に腫大し,内部濃度はほぼ均一で結節はなかった。頸部~縦隔~腹部には有意なリンパ節腫脹はなかった(図1b)。ガリウムシンチグラフィ検査では甲状腺の右葉を主体とした異常集積のみを認めた(図2)。病変は甲状腺に限局したAnn Arbor分類IEの甲状腺悪性リンパ腫の疑いと術前診断し,確定診断目的で甲状腺峡部部分切除を施行した。病理組織所見は,中型で軽度に異型性を有するリンパ球の密な浸潤・増殖像がみられ(図3a),免疫染色ではCD20陽性(図3b),CD3陰性,CD5陰性,CD10陰性cyclinD1陰性で,ケラチンAE1/AE3の染色でLEL(lymphoepithelial lesion)は明瞭であった(図3c)。染色体検査ではt(10;14)(q24;q32)転座のみの染色体異常を示した。以上の結果より,甲状腺のMALTリンパ腫と診断した。上咽頭癌に対する照射野が不明であったため,脊椎を照射野から外れるように工夫して,36Gyの術後放射線療法を行った。放射線療法後は,甲状腺悪性リンパ腫の再発を疑わせる血液検査上・画像上の異常所見は認めなかった。甲状腺の手術後5年が経過した時点で,突然の汎血球減少を認めたため当院血液内科へ紹介し精査を行った。
a)超音波検査:甲状腺がびまん性に著明に腫大し,内部エコーは低エコーでほぼ均一。b)頸部CT:甲状腺がびまん性に著明に腫大し,内部濃度はほぼ均一で結節はない。
ガリウムシンチグラフィ検査:甲状腺の右葉を主体とした異常集積
病理組織所見
a)HE染色:中型で軽度に異型性を有するリンパ球の密な浸潤・増殖像がみられる。
b)CD20免疫染色:陽性
c)ケラチンAE1/AE3免疫染色:LELは明瞭
血液内科検査所見:血液検査では,RBC397×104/μl,Hb12.8g/dl,Ht35.8%で軽度貧血を示し,WBC1,250/μl(Seg 18%,Ly 80%),Plt7.2×104/μlと減少していた。肝・腎機能,PT(91%),APTT(30.3s)は正常であったが,D-dimer4.7μg/ml(基準値:0.0~1.0μg/ml),FDP10.2μg/ml(基準値:0.0~5.0μg/ml),WT1mRNA 2.0×105copy/μgRNAで高値であった。骨髄検査では,前骨髄球が58.4%(基準値:1.5~8.4%)を占めており,顆粒球系にAuer小体と極少数のfaggot小体を認め(図4),ペルオキシダーゼ染色で前骨髄球は強陽性を示した。染色体検査ではt(15;17)(q22;q12)転座を含む複雑な染色体異常を示した。遺伝子検査では,PML-RARA(FISH)で核融合シグナル87%,PML-RARA(定量RT-PCR)で1.2×105copy/μgRNAを示した。以上の結果とWHO分類第4版[3]に基づいて,上咽頭癌の化学療法・放射線療法後および悪性リンパ腫放射線療法後であることより治療関連のAPLと診断された。血液内科入院後,2カ月間はalltrans retinoic acid(ATRA)を投与し,さらに4カ月間はarsenic trioxide(ATO)を投与して完全奏効が得られた。血液内科での加療後1年6カ月が経過した現在,APLの再発は認めていない。
骨髄塗抹標本(ギムザ染色):顆粒球系にAuer小体と極少数のfaggot小体
悪性リンパ腫の治療成績は,近年向上の一途を辿っており,それに伴い数十年にわたる長期生存ないし治癒と考えられる症例も増加してきている。一方で治療後に数年から数十年を経て発生し,骨髄異形成症候群(MDS)・白血病などを中心とした血液悪性腫瘍とあらゆる腫瘤の固形癌で大別される二次癌が重大な問題として認識されてきている。この問題は,比較的若年性の発症でしかも長期生存が多いホジキンリンパ腫で以前より欧米を中心に報告[4~6]がなされてきたが最近ではすべての種類の悪性リンパ腫において,治療開始前から念頭におくべき問題として捉える必要があるといわれている[1]。WHO分類第4版[3]では,化学療法・放射線療法後に生ずる血液悪性腫瘍をまとめて治療関連骨髄腫瘍としている。細胞毒性を持つ治療によって,個々の症例のDNA損傷修復や薬物代謝に関わる遺伝的素因が治療関連骨髄腫瘍の発生と関連する可能性もあるが,ほとんどの場合詳細な機序は明らかになっていない[7]。
APLは急性骨髄球性白血病(AML)のサブタイプでAML全体の10~15%を占めており,臨床的には播種性血管内凝固症候群(DIC)を合併しやすいことで知られている。APLの確定診断には染色体検査やFISH法,RT-PCR法によりt(15;17)(q22;q12)転座またはPML-RARA融合遺伝子を確認することが必須であり,ATRAによる分化誘導療法が有効とされている[8]。
胃原発以外のMALTリンパ腫の頻度は低いため大規模な臨床試験実施が困難であり,至適治療方針は確立されていないため,患者それぞれに応じて,病変部位・病期・臨床症状を考慮して治療方針が決定されている。治療方法として,放射線療法,外科切除,抗体療法を含めた化学療法などが考慮されるが,どの方法を選択しても,5年全生存割合(OS)は90%,10年OSは80%と良好な予後が報告されており[9,10],限局期の場合には,放射線療法,外科切除による局所治療[9,10]が主体となっている。また友田らの報告[2]によれば,甲状腺MALTリンパ腫Ann Arbor分類IEでは,生検と放射線療法を行った症例,片葉切除あるいは全摘術と放射線療法の併用を行った症例,放射線療法と化学療法の併用を行った症例,甲状腺摘出術のみを行い追加切除を行わなかった症例など,いずれの治療群においても5年生存率は98%と有効で有意差がないとされており,手術単独療法も治療選択肢になりえると考えられている。
当院での甲状腺原発MALTリンパ腫治療後5年以上経過した症例は6例(表1)でいずれの症例も悪性リンパ腫の再発を認めなかった。表1の症例1(本症例)および症例2,症例5は生存中,症例4および症例6はそれぞれ突然死および脳出血の他病死をきたし,症例3はMDSを発症し6カ月後に死亡した。本症例治療当時には,限局期のMALTリンパ腫放射線療法単独での有効性がTsangら[11]により示され,推奨される治療と述べられたこともあり,甲状腺部分切除で診断後放射線療法を行った。しかしそれ以後の当院限局期MALTリンパ腫5症例は,文献2,9,10を踏まえた上での,診断と治療を兼ねた1回限りの治療完結をめざして甲状腺全摘術のみを行った。
当院甲状腺原発MALTリンパ腫治療後5年以上経過6症例
本症例は上咽頭癌の化学療法・放射線療法とさらなる悪性リンパ腫放射線療法を行ったことにより治療関連のAPLが発症したと考えられるが,放射線療法の既往がある患者に対する放射線療法の適応については慎重な判断が必要である。またMDS発症例の症例3は甲状腺全摘単独治療後3年2カ月でMDSを発症したことより術前よりの併存が示唆された。甲状腺原発MALTリンパ腫は低悪性度である血液疾患だけに,限局期のAnn Arbor分類IE,ⅡEでは,甲状腺全摘のみを行うことが最善の治療ではないかと考える。特に放射線療法の既往を持つ患者に対しては,治療関連悪性腫瘍発生の危険性を考慮して放射線療法を避けて甲状腺全摘を行うことが望ましいと考える。また治療効果が高く予後良好な低悪性度の甲状腺原発悪性リンパ腫でも,放射線療法や化学療法などの追加治療を行ったならば治療関連の二次癌発生の可能性があることより,長期フォローアップのシステム化のみならずわれわれ医療者の意識改革は肝要である。
限局期における甲状腺原発MALTリンパ腫では,甲状腺全摘単独治療が推奨される。特に放射線療法の既往を持つ患者に対しては治療関連悪性腫瘍の危険性を考慮して外科的治療を優先することが推奨される。また生検診断後に放射線療法や化学療法などの追加治療を行った場合は二次癌発生の可能性を念頭においた経過観察を要する。