2015 Volume 32 Issue 3 Pages 159-165
「根治切除不能な分化型甲状腺癌」に対して2014年6月ソラフェニブ(ネクサバールⓇ)が,「根治切除不能な甲状腺癌」に対して2015年5月レンバチニブ(レンビマⓇ)が使用可能となった。各々,分子標的薬特有の副作用があり,そのマネジメントをいかに行い,安全・適正に使用していくかが大切である。甲状腺専門病院である当院では,医師,薬剤師,看護師,栄養士,検査室,医事が化学療法ワーキンググループを通じて,分子標的薬の運用方法を検討してきた。国立がん研究センター東病院の見学などを通じてそのマネジメントを学び,当院の実情に則した,外来から入院までのクリニカルパスの作成や,薬剤師によるテレフォンフォローアップの試み,副作用パンフレットの活用などを行っている。多職種が関わるチーム医療の一つがこの分子標的薬導入である。当院での取り組みが,「甲状腺を病む方々のために」参考になれば幸甚である。
国立がん研究センターがん対策情報センターによると,我が国で2015年の甲状腺癌による死亡数は1,800人と予測されている[1]。1位の肺癌77,200人などと比較すると約1/40と少なく,甲状腺癌の生物学的悪性度の低さを物語っているが,少ないながらも進行・再発する症例は存在する。頸部という解剖学的位置から,局所再発による経口摂取困難や呼吸困難,ときに皮膚浸潤による出血をきたすこともある。甲状腺癌の多くは乳頭癌で,進行が緩徐のため,QOL低下をきたしてから亡くなるまでの時間が,他癌腫に比べ長い。また,従来の抗癌剤で効果が期待できるものがなく,再発・進行し,根治切除不能,放射性ヨウ素(RI)抵抗性となると,TSH抑制療法以外に治療手段がなかった。
そのような中で,他癌腫同様に甲状腺癌の遺伝子変異などの解明も進み,様々な分子標的薬の臨床試験が行われてきた。そのうちの一つ,DECISION試験で分子標的薬sorafenibが,放射性ヨウ素(RI)抵抗性の分化癌のprogression-free survival(PFS)を有意に延長した[2]。既に根治切除不能な腎臓癌や肝臓癌に対して使用されてきたが,2014年6月に「根治切除不能な分化型甲状腺癌」に適応追加となった。一つの治療手段が増え期待が膨らむ一方,治験の段階から,手足症候群をはじめとする特有の副作用が高頻度に生じることが知られていた。しかも他癌腫だが,副作用を生じた患者さんの治療効果がより高く,生命予後が良いと報告されており,いかに副作用をマネジメントしていくかが治療の鍵となった。
また,SELECT試験の結果,2015年5月下旬に「根治切除不能な甲状腺癌」(適応に髄様癌と未分化癌が加わった)に対してlenvatinibが薬価収載された。SELECT試験では,RI抵抗性甲状腺癌のPFSを有意に延長し,そのHazard ratio(HR)は0.21と驚くべきものであった[3]。他癌腫での適応はなく,初めて甲状腺癌のみ適応となった分子標的薬であり,その副作用対策はこれから確立していかなければならない。
治療手段が増えたことは非常に喜ばしいことであるが,従来の殺細胞性抗癌剤とは異なった特有の副作用マネジメント,高額の医療費,頻回の通院などの社会的な制約を総合的に勘案し,本当にこの治療が患者さんや家族にとってためになるのかを考え,治療に当たらなければならない。
原稿を書いている時点で,甲状腺専門病院である当院では,sorafenibを2例,lenvatinibを12例に使用した。病状の進行や副作用で治療を断念した症例もあるが,これら薬剤の効果を実感しており,当院での運用の実際をお伝えする。
当院は60床と病院の規模としては小さいが,医師・看護師・薬剤師・医事室をはじめ多職種をメンバーとする化学療法ワーキンググループで,分子標的薬の運用を検討してきた。最近は,化学療法用の採血・採尿検査のセット化で臨床検査室,lenvatinibの食欲低下時対策で臨床栄養士も加え,チーム医療で取り組んでいる。
■運用開始まで■sorafenib導入の段階で,肝臓癌や腎臓癌での使用経験豊富な施設への見学を検討し,「肝細胞癌に対するソラフェニブ-チームネクサバール」[4]を刊行,その副作用マネジメントに長けている国立がん研究センター東病院への見学の機会を頂いた。頭頸部内科,薬剤部からのミニレクチャーを含め,副作用マネジメントのコツや実際に用いている冊子「副作用で困ったら」などを教えて頂いた。副作用マネジメントとしては,医師の診察前に薬剤師外来で副作用チェックを行っていることや,次回外来までに薬剤師から電話をして,内服状況や副作用の確認するなど,きめ細やかな対策「テレフォンフォローアップ」をしていることを伺った。「副作用で困ったら」という冊子は分子標的薬含めた抗癌剤の主な副作用(①発熱 ②吐き気・嘔吐 ③下痢 ④便秘 ⑤息苦しさ,咳 ⑥皮膚の症状・手足の症状 ⑦口内炎)別にフローチャートになっており,どうなったら病院に連絡すべきか,どの段階であれば対症療法薬で対応して良いのか,などが記載されている。患者さんにも非常に好評で,対応する医療者にとっても,もし病院に連絡があった場合に,そのフローチャートにしたがって問診を行うことができるため有用である。今後出版されるとのことで,是非ご購入をお勧めする。
話を元に戻すが,当院ではsorafenibの運用をまず決め,それを改良する形でlenvatinibの導入を行った。国立がん研究センター東病院は,これら2剤の治験を行っており,再度当院から見学させて頂いた。加えて,治験から実臨床まで多数症例を経験している頭頸部内科田原信医師と,sorafenibの手足症候群などを研究されている防衛医大皮膚科西澤綾先生をお招きしての講演会も行い,当院スタッフの知識向上をはかり,下記運用に至った。
■現在の運用状況■◇sorafenib◇ 原則2週間の入院で導入
レンビマ導入パス;外来~入院(7泊8日)~外来…
レンビマ導入パス
<外来:導入を考慮した時点>
医 師:A.検査 B.症例登録票の記載 C.説明および同意。
A:採血・採尿(項目をセット化),心電図(適宜,心エコー),胸部レントゲン,頭部MRI or 造影CT(脳転移除外目的),頸部~骨盤CT(既に施行していれば省略可)。
B:以下を確認。
根治切除不能な分化型甲状腺癌,RI抵抗性,妊婦ではないこと,重度の肝機能障害・コントロール不能な高血圧症・血栓塞栓症や虚血性心疾患・脳転移の有無。
C:高額医療費,重篤な副作用(パンフレット3冊:ネクサバール錠服用ダイアリー,ネクサバール錠服用ハンドブック,手足症候群の予防と対処),血圧確認,外科的処置の予定確認,手足の状態確認(写真撮影),歯科への紹介状作成,皮膚科への紹介状作成(角質処置など),外用薬処方(尿素製剤),入院予約,同意書。
看護師:生活習慣の聞き取り・記録,高脂肪食の指導,手足症候群予防のケア方法指導(DVD「手足症候群の予防と処置」鑑賞含む)。
薬剤師:処方薬の説明,症例登録票Fax。
医 事:高額療養費制度の説明。
<入院中> 入院当日に手足の状態を確認。入院中は毎日確認(変化があれば写真撮影)。
医 師:投与1・2週目に採血・採尿,副作用の有無(特に手足症候群),投与量調節。
看護師:「ネクサバール錠服用ダイアリー」説明,副作用確認(チェックリスト)。
薬剤師:「テレフォンフォローアップ」の説明・同意,「副作用で困ったら」・「ホットライン*」の説明;主な副作用の緊急連絡の目安も。
*ホットライン:抗甲状腺薬による無顆粒球症対応のための薬剤師専用電話回線。分子標的薬導入患者さんにもinform。
栄養士:食事相談(例:口内炎出現時の食べやすいものの説明など)や栄養指導。
<退院後>
*原則,導入後2カ月までは1週毎,2カ月目以降は2週毎の通院。
医 師:採血・採尿,副作用の有無(ダイアリー確認),投与量調節,適宜皮膚科へ紹介・相談(西澤先生)。
看護師:手足の状態を確認(チェックリスト),写真撮影,ダイアリー確認。
薬剤師:外来通院日の間に,「テレフォンフォローアップ」(フォローアップシート:図1)を使用。気になる点があれば,必ず担当医師に連絡。不在時には,病棟外科当番医,外科常勤医,内科常勤医の順に連絡。「テレフォンフォローアップ」は導入後3カ月までを目安。
フォローアップシート(テレフォンフォローアップ用)
◇lenvatinib◇ 原則1週間の入院で導入(表1a, b)
<外来:導入を考慮した時点>
医 師:A.検査 B.症例登録票の記載 C.説明および同意。
A:採血・採尿(項目をセット化),心電図(適宜,心エコー),胸部レントゲン,頭部MRI or 造影CT(脳転移除外目的),頸部~骨盤CT(既に施行していれば省略可)。
B:以下を確認。
根治切除不能な甲状腺癌,分化型のみRI抵抗性,妊婦ではないこと,高血圧症・重度の肝機能障害・脳転移・血栓塞栓症又はその既往歴・外科的処置後,創傷が治癒しているか否か。
C:高額医療費,重篤な副作用(パンフレット2冊:Hand book,ダイアリー),血圧確認(家庭用血圧計の購入指示),外科的処置の予定確認,歯科への紹介状作成,入院予約,同意書。
看護師:家庭血圧測定方法の指導,入院時に家庭用血圧計持参指示,生活習慣の聞き取り・記録,手足症候群予防のケア方法指導(日常,手足を非常に良く使う場合のみ,DVD鑑賞)。
薬剤師:入院時に家庭用血圧計持参指示,症例登録票Fax。
医 事:高額療養費制度の説明。
<入院中> *入院当日;血圧,手足の状態を確認。
入院中は3回/日の血圧測定(持参して頂いた家庭用血圧計で)。
医 師:投与1週目に採血・採尿,副作用(主に,高血圧・蛋白尿・下痢・倦怠感・食欲低下・手足症候群,血栓塞栓症,血小板減少,創傷治癒遅延)の有無,退院時に投与量調節(少しでも副作用の兆候があれば減量考慮)。
看護師:レンビマ服用ダイアリー記入・説明,副作用確認(チェックリスト)。
薬剤師:sorafenibと共通。
栄養士:sorafenibと共通+減塩などの栄養指導。
<退院後>*原則,導入後2カ月までは1週毎,2カ月目以降は2週毎の通院。
医 師:採血・採尿,副作用の有無(ダイアリー確認),投与量調節,2カ月目までは2週毎の病変評価(CT),必要時に皮膚科・腎臓内科紹介・相談。
看護師:主な副作用を確認(チェックリスト),適宜写真撮影,ダイアリー確認。
薬剤師:sorafenibと同様。
上記,院内での情報を共有するために,院内ランで閲覧できる「分子標的薬」フォルダを作成した。内容は,「sorafenibやlenvatinibの運用マニュアル」,「患者さんの手足等の写真」,「分子標的薬導入予定患者,導入中の患者一覧」などである。
また,導入を予定した場合には,担当医は常勤医師全員にinformすることにしている。他,夜間・休日の当直医には,患者さんからの問い合わせに適切に対応頂くために,「副作用で困ったら」や,適正使用するためのガイドブックを一読して頂くように依頼している。
■他科・他施設との連携■分子標的薬を有効に使いこなすために,日本甲状腺外科学会,日本内分泌外科学会,日本甲状腺学会,日本頭頸部外科学会,日本臨床腫瘍学会が共同で「甲状腺癌診療連携プログラム」を作成している。その主な内容は1)分子標的薬の適正使用に関係する診療連携の促進と2)地域における甲状腺癌治療に関する連携医師相互の教育事業の推進であるとされている[5]。
当院は甲状腺専門病院に特化しているため,上記1)に準じ,次のような診療連携をはかっている。
・分子標的薬全般やマネジメント;国立がん研究センター東病院頭頸部内科,同院薬剤部
・分子標的薬などの皮膚障害;防衛医科大学校病院皮膚科(西澤先生)
また,診療連携の了承を頂いているものとして,
・sorafenib導入前の角質ケアなど;久岡皮膚科クリニック(久岡先生:当院非常勤医師)。
・lenvatinibによる蛋白尿など;慶應義塾大学病院腎臓内分泌代謝内科(小林先生:当院非常勤医師)。
2015年7月上旬から,上述した内容を盛り込んだ,外来から入院までのクリニカルパス(表1)の運用を開始した。パスを用いることにより,関わるスタッフの意思統一がはかられ,より適切に安全に分子標的薬を導入できるようになった。さらにより良い導入のため,日々,化学療法ワーキンググループを中心にチーム医療で運用の改善をはかっている。
当院での分子標的薬導入の取り組みが,少しでも「甲状腺を病む方々のために」お役にたてれば幸いである。
日頃から相談にのって頂いている国立がん研究センター東病院頭頸部内科,同院薬剤部,防衛医科大学校病院皮膚科西澤綾先生,当院スタッフの皆さんに深謝します。