2015 Volume 32 Issue 3 Pages 175-178
家族性甲状腺癌の中でもっとも有名なものはRET遺伝子変異を伴う髄様癌である。しかし,日常臨床ではあまり留意されていない甲状腺分化癌も,原因遺伝子は同定されていないものの家族内発症が知られており,その臨床的意義が議論の的になっている。本稿では家族性乳頭癌を中心に,その頻度,臨床病理学的因子,予後について散発性乳頭癌との差異について検討した。その結果,家族性乳頭癌は家族歴のない症例に比べて腫瘍が単発性ではなく,多発性のものが多い以外に大きな特徴がなく,予後についても家族歴の有無は関係しなかった。従って手術術式としては全摘を行うことが望ましい以外,家族歴があるからといって特別に留意すべき点は見いだせなかった。また,low-riskな微小癌の経過観察を行ったシリーズでも家族歴の有無は,経過観察の妨げにならないことも判明した。
遺伝性甲状腺癌はRET遺伝子変異のある髄様癌がもっとも知られているが,分化癌の中にも家族性大腸polyposis,Gardner症候群,Cowden病といった稀な遺伝性疾患に合併するものがある。さらに,そういった疾患とは関係なく,家族性に発症する分化癌をfamilial nonmedullary thyroid carcinoma(FNMTC)と総称する。古くは1955年に一卵性双生児に,1975年に母親と息子に分化癌が発見されたという報告がある[1,2]。さらにその後の大規模なpopulation studyで,甲状腺分化癌患者の罹患率は親子兄弟姉妹といった一等親血縁者(first-degree relative)に同疾患の患者がいれば上昇することがわかった[3,4]。現在では発端患者を含めて2人以上,あるいは3名以上の甲状腺分化癌患者が一親等血縁者にいる場合,それらの患者をFNMTCと呼ぶ[5]。本論文では一親等血縁者に2人以上分化癌患者いる場合をFNMTCと呼ぶことにする。その原因遺伝子に対する研究は盛んに行われているが,残念ながら現在に至るも不明であり[6],臨床的な所見をもってFNMTCという診断がなされている。
現在まで,FNMTCについては相当数の研究報告があるが,その悪性度や予後についての結果はまちまちである[6~13]。日本でも2施設からまとまった数の症例に対する解析が行われているが,少なくとも我が国のFNMTCでは生命予後が悪いという報告はない[14,15]。
FNMTCに関する研究は通常,頻度が高く診断が容易な乳頭癌症例のシリーズを用いて行われる。当院が2009年に行った研究では,乳頭癌と診断された6,015症例のうち4.5%に当たる273症例に乳頭癌,濾胞癌あるいは未分化癌の家族歴があった[15]。これは他施設の研究結果とほぼ矛盾しない。なお,そのうち18症例は3人以上の一親等血縁者の発症があった。もちろん上記のとおり原因遺伝子が同定されていないので,これらが本当にFNMTCなのかたまたま親族間で散発性の腫瘍が発症したのかは不明であるが,定義上FNMTCと診断される。
2)臨床病理学的因子もっとも特徴的なものはRET遺伝子変異陽性の髄様癌と同様に,甲状腺内に癌が多発することである。当院での検討では表1に示すように画像的検討でも病理学的検討でも,家族歴のある症例の方が甲状腺内に複数の病変をもつ確率が有意に高い[15]。しかし性別,年齢,腫瘍径,リンパ節転移,腺外進展など他の因子の頻度は家族歴の有無と関係しなかった。なお,これらの多発性病巣はその分布パターンから腺内転移ではなく,多中心性発生であると思われる。
家族性および散発性乳頭癌の多中心性率の差異
家族歴のある症例は全摘を基本とする。当院のシリーズでは家族歴ありの症例となしの乳頭癌で片葉切除にとどめた症例を比較すると,家族歴のある症例の残存葉への再発率が5倍高かった(5% vs.1%)[15]。家族歴のある乳頭癌の場合は,散発性のものに比べて多中心性に発症してくることが多いためと思われる。リンパ節の治療的および予防的郭清範囲は通常の乳頭癌と同様でよい。全摘をどうしても避けたいという患者に対しては,もし臨床的なリンパ節転移(N)や遠隔転移(M)がない場合は,残存葉への再発のリスクが5倍高いこと,そしてその際には再手術になる可能性が高いことを説明して,片葉切除にとどめることもある。NやM陽性症例や取り扱い規約にあるEx2に相当する腺外進展のある症例は,もちろん家族歴の有無に拘わらず全摘を行うべきである。
4)予後図1および図2に再発率および死亡率のKaplan-Meier curveを示す。これをみると家族歴の有無は再発予後や生命予後に影響しないことがわかる[15]。ただ,当院のシリーズはすべてが分化癌の家族歴をもつ一親等血縁者が2人までであり,もっと家族内発症の多い症例の予後がこれらと比べて同等かどうかは不明である。また,日本の他の施設からはFNMTCの再発予後が悪いという報告もあるが,これは残存甲状腺内再発に依るところが大きいと思われる[14]。
家族性および散発性乳頭癌の再発率
家族性および散発性乳頭癌の疾患関連死亡率
当院の宮内がNやM,そしてEx2である可能性がない1センチ以下の微小乳頭癌(以下微小癌)の経過観察を1993年に提案した。医局会での承認を得て病院全体のプロジェクトとして20年以上にわたり実施しているが,ほとんどの症例は進行せず,進行しても緩徐であり,サイズの増大や新たなリンパ節転移といったprogression signsが出現してから手術を行っても手遅れにならないことが判明した[16]。現在当院ではこういったlow-riskな微小癌の治療を経過観察と手術を同等に患者に提示するのではなく,まず経過観察を治療のfirst lineとして勧めている。その結果,ほとんどの患者が経過観察を選択しているのが現状である。
この中には分化癌の家族歴をもつ患者も含まれているが,多変量解析でも分化癌の家族歴は微小癌の進行に関係しないことがわかった(表2,3)[16]。従って,分化癌の家族歴があるからといってlow-riskの微小癌にすぐ手術を勧めるのは正しくないと考えられ,まず経過観察を勧めるのが妥当である。ただ,進行してきた症例に対して手術を行う場合は,上記の理由により,全摘を行うことが望ましい。
low-risk微小癌の経過観察において,多変量解析によるサイズ増大(3ミリ以上)の予測因子
low-risk微小癌の経過観察において,多変量解析による新たなリンパ節転移出現の予測因子
まだ原因遺伝子が同定されていないため,FNMTCの正確な診断は不可能であり,便宜上,発端者を含め一親等血縁者に分化癌が2人以上いる症例と定義されている。しかしそれでも当院のデータをみると,家族歴のある症例の方が多中心性に発症する率が有意に高いので,この定義にある程度の妥当性はあると考えられる。実際問題としてそういう症例に対する手術や術後管理は,通常の乳頭癌とほぼ同じでよいというのがわれわれの結論である。ただ,上記のように多中心性の発症が多いことから,low-riskの症例であってもわれわれは甲状腺全摘をお勧めしている。
また,家族歴があるlow-riskな微小癌に対しても,上述の理由により家族歴があるということ自体は経過観察の適応外にはならず,経過観察をfirst choiceとしてよいと考えている。もし,この様な患者が手術を希望する場合には,甲状腺全摘が望ましいが,甲状腺全摘には術後副甲状腺機能低下症,声帯麻痺のリスクがやや高くなることを考慮すべきである。
家族歴があり,かつ近親者が未分化転化などで癌死したりしている場合,患者の立場からすれば自分も同じことになるのではないかというストレスを感じるかも知れないが,当院で本人と一親等血縁者の両方を手術したケースをみていると,必ずしも進行度は一致しない。母娘の甲状腺癌を比較すると,むしろ娘の方が手術時に進行していることもある。もちろん本人がナーバスになるのは仕方がないことであろうが,科学的な根拠に基づいてしっかりと個々の症例に対して治療方針を立てることが大切である。