Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Genetic backgrond of Pheochromocytomas/Paragangliomas
Kazuhiro Takekoshi
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2015 Volume 32 Issue 3 Pages 189-195

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抄録

Pheochromocytoma/paragangliomaは40%と遺伝性の頻度が極めて高く,かつ15種類の原因遺伝子が同定されている。この40%という数字はヒトの全て腫瘍性疾患の中でも際立って高値であり,褐色細胞腫は遺伝性腫瘍と認識される。従って,今後の褐色細胞腫の診断と治療には原因遺伝子同定が必要と考えられる。さらに15~20%の症例に腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症も報告されている。遺伝性の頻度が高い点と変異遺伝子毎に臨床症状が異なる点を勘案すると,本疾患は遺伝情報を用いたオーダーメイド医療を考慮すべき疾患であり,今後そのロールモデル的役割を担うことが期待される。

1.初めに

褐色細胞腫(Pheochromocytoma)は,交感神経節由来の腫瘍で副腎髄質に発生する。特に副腎髄質以外の傍神経節から発生する腫瘍を傍神経節腫(paraganglioma:パラガングリオーマ)と呼ぶ。pheochromocytoma/paragangliomaの分野は内分泌疾患の中で,その進歩において最も著しく,今世紀になって全く概念が変化した疾患である。その理由は遺伝的なバックグランドが急速に解明され,遺伝子解析が診断や治療に不可欠となった点である。今世紀になり新しい原因遺伝子の発見が相次ぎ,現時点では少なくとも15種類の原因遺伝子が同定されている(表1)。それに伴い遺伝性の頻度は全体の40%と見積もられている。この40%という割合はヒトの全て腫瘍性疾患の中でも際立って高値であり,pheochromocytoma/paragangliomaは遺伝性腫瘍と認識されるようになった。同時に腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症も報告され重要性が増している。本稿では,これら最近の本疾患の進歩について紹介したい。

表1.

褐色細胞腫の原因になりうる主要15遺伝子と散発性についての臨床像の概説

(本稿では,最近の欧米の論文に従って,遺伝子変異で引き起こされる褐色細胞腫・パラガングリオーマの全体を指して遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群(Hereditary pheochromocytoma/paraganglioma syndrome,以下「HPPS」と呼ぶこととする。)

2.HPPSの原因:コハク酸脱水素酵素(複合体Ⅱ)の遺伝子異常

コハク酸脱水素酵素(複合体Ⅱ)とは,ミトコンドリア内膜に存在しTCA回路および電子伝達系酵素複合体,両方の構成員として作用しており以下の4つのサブユニット(それぞれコードする遺伝子)からなる。フラボプロテインであるFpサブユニット(SDHA),鉄―硫黄タンパクIpサブユニット(SDHB),これらを内膜につなげるアンカーとして働きヘムを有しているCybL(SDHC)・CybS(SDHD)で構成されている(図1)。

図1.

コハク酸脱水素酵素サブユニットについて

褐色細胞腫の中で,家族性傍神経節腫と呼ばれる,ある家系内でパラガングリオーマと褐色細胞腫が多発する例が以前から知られていた。1990年代初頭から始まった一連の研究で4つの家族性傍神経節腫感受性領域(PGL1PGL2PGL3PGL4)が染色体上にマッピングされていた。近年,上記PGLはコハク酸脱水素酵素のサブユニットをコードする遺伝子(SDHx)の変異に対応することが示された。すなわち,PGL1SDHDの変異と[],PGL3SDHCの変異[],PGL4SDHB変異に[],最後にPGL2SDHAF2にそれぞれに対応することが報告された[]。

HPPSの遺伝形式は常染色体優性遺伝を示すが,浸透率はそれぞれの変異遺伝子により異なる。特にSDHBの場合,当初90%以上と報告されたが[,],未発症保因者まで解析が進んだ結果,その浸透率は30%程度と低く見積もられるようになった[,]。SDHDの変異で発症する場合maternal imprinting現象の存在が挙げられる。すなわち,母親から変異遺伝子を受け継いだ場合は発症しないが,父方から変異を受け継いだ場合は発症する[,,](表2)。

表2.

SDHBSDHD遺伝子変異と臨床症状の関係

腫瘍発生の機序としてSDHxは癌抑制遺伝子として働くと想定される[,]。すなわち,既に一対の遺伝子の片方に胚細胞遺伝子変異(germline mutation)があり,加えてもう一方の同遺伝子の体細胞遺伝子変異(somatic mutation)が生じ複合体Ⅱの機能が消失することで腫瘍形成が起こる(Knudsonの2ヒットセオリー)。

3.SDHxの変異で発症する褐色細胞腫の臨床的特徴(特にSDHB変異による悪性例について)

SDHxの変異によるHPPSは,それぞれ変異遺伝子により特徴的な臨床像を呈することが明らかになっている[1011]。SDHBの変異によるHPPSは,腹部のパラガングリオーマを初発部位としその後高率に遠隔転移つまり悪性化を引き起こすことが知られている。一方,SDHDの変異は頭頸部の多発性パラガングリオーマを起しやすいが,悪性化の頻度は0~7%と低い(表2)。

悪性褐色細胞腫診断の最大の問題点は,初診時に良性・悪性の鑑別が不可能な点である。従って遠隔転移によりはじめて悪性と診断されるが,その時点では臨床的に手遅れになっている場合さえ経験される。それゆえ,内分泌領域における難治性疾患として,早期診断法と有効な治療法の確立は焦眉の急である。今後SDHBを分子マーカーとすることで,良性・悪性の鑑別が可能になれば早期の介入も可能になり予後の改善が期待される。

以下,筆者らが筑波大学で2006~2014における遺伝子解析計画(進行中)の結果について述べる(未発表データ)。悪性例34例中13例がSDHB変異陽性であった(38.2%)。SDHB変異陽性患者28例中25例が腹部パラガングリオーマが初発(89.9%)であり,悪性化した例が13例(13/25=46.4%)であった。この結果は,日本においても悪性褐色細胞腫はSDHB変異と密接に関連しており,SDHB変異陽性の場合は腹部パラガングリオーマが初発で悪性化しやすいことを示す。

4.新しいHPPSの原因遺伝子――TMEM127MAXFHについて

TMEM127表3)[12]:TMEM127はmTORの活性を負に制御している膜タンパクをコードしている遺伝子である。ごく最近,その変異が褐色細胞腫において報告された[]実際,TMEM127変異の陽性の褐色細胞腫では変異陰性のそれに比較してmTORの下流のシグナルが活性化されていた。私達は異なる家系の両側性副腎例の2症例にTMEM127の同一変異を同定し腫瘍組織にもLOHを証明した。われわれの検討でのTMEM127の頻度は2.7%(2/76)であり,両側副腎性,発症年齢も40代と先行研究に合致している[13]。

表3.

TMEM127およびMAXの変異で発症するHPPS(遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群)について

MAX表3):次世代シークエンサーを用いたexome sequencingで同定された遺伝子である[14]。MAXはmTORの活性制御に関係しているとされる。私たちも国内で4例のMAX変異を同定している。

FH:HLRCC(遺伝性平滑筋腫症―腎細胞がん症候群):フマラーゼ(フマル酸ヒドラターゼ(FH))はコハク酸脱水素酵素と同様にミトコンドリア内膜に存在しTCA回路を形成する。HLRCCはフマラーゼをコードするFH遺伝子の変異が原因となって発症する常染色体優性遺伝性疾患であり,女性では若年で子宮平滑筋腫症を発症する。最近,FHの変異が褐色細胞腫の原因になることが示された[15]。

5.腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症――HIF2Aも交えて

腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症が,全症例の15~20%に報告された。内訳は,NF-1 VHL RET MAXの体細胞遺伝子変異が多い。特に,NF-1の体細胞遺伝子変異は散発性の褐色細胞腫を呈する例の20~25%に認められると報告された(図2)。これらの体細胞遺伝子変異例は,臨床的には散発性の褐色細胞腫を呈する[1617]。さらに最近HIF2AHRASの腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異が報告された。

図2.

腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症 ([17]を改変して引用)

腫瘍細胞における体細胞遺伝子変異による発症が,全症例の15~20%に報告された。内訳は,NF-1 VHL RET MAXの体細胞遺伝子変異が多い。これらは臨床的には散発性の褐色細胞腫を呈する。特に,NF-1の体細胞遺伝子変異が多い。

HIF2A,多発性の多発性の褐色細胞腫/パラガングリオーマを主徴とするが,多血症やソマトスタチノーマを合併する[18]。ソマトスタチノーマにも褐色細胞腫/パラガングリオーマと同様なHIF2体細胞遺伝子変異が同定されたことから,体細胞レベルでのモザイクの存在が示唆される。従って,遺伝相談や遺伝子検査で常に生殖細胞モザイクの可能性も考慮する必要がある。

6.褐色細胞腫の10%ルールは本当か?

褐色細胞腫は10%病とも呼ばれる。すなわち10%は,遺伝性・両側・副腎外・悪性というものである。ただし最近の研究成果によると,遺伝性の頻度はこの古典的な法則よりも遥かに高頻度であり,全褐色細胞腫の約40%が遺伝性であるとされる[11]。以下,頻度が増した主な2つの理由について述べる。

理由①:臨床的に家族歴を認めずに散発性を呈しても,遺伝性の潜在している症例が10%ある[19](+10%)。

理由②:今世紀になり次々に新しい原因遺伝子が発見されていること(+20%)。以上①+②+元の10%を合算すると,遺伝性の頻度は約40%と上昇する。

事実,最近の米国内分泌学会のガイドラインにおいて200例以上の症例を集めた論文のメタ解析を行い,遺伝性の頻度は33.8%(1250/3694)と報告された[20]。すなわち,遺伝性の頻度に関して既にこの有名な古典的な法則は現在の実情に沿わない。既に遺伝性の頻度は30~40%という知見は国際的なコンセンサスとなっている。

筆者らが筑波大学で解析を施行した2007年から2014までの過去7年の結果は以下の通りである。現時点で186例解析済みである。発端者156例中変異陽性は60例で,変異陽性率は39.1%(60/156)(内訳:SDHB.28例,SDHD.7例,VHL.14例,RET.3例,TMEM127.4例,MAX.4例)。本邦においても遺伝性はやはり10%を遥かに上回っている(表4)。以上より遺伝的なバックグランドを持つ褐色細胞腫・パラガングリオーマは決して稀な疾患ではない。

表4.

日本におけるHPPS(遺伝性褐色細胞腫・パラガングリオーマ症候群)の頻度(筆者らの解析1996~2014)

最近の米国内分泌学会のガイドラインにおけるメタ解析の結果,遺伝性の頻度は33.8%と報告された[20]。本邦においても褐色細胞腫・パラガングリオーマ全体の4割近くは遺伝性でないかと思われる。

7.褐色細胞腫の遺伝子診断の進め方

現時点では,遺伝子診断を褐色細胞腫の全症例に行うことは,費用対効果を考えると推奨できない。すなわち,問診と理学的所見により予め病因と想定される遺伝子を絞り込み検査することが勧められる(target gene testing)。他方,最近の次世代シークエンサー(NGS)の登場により網羅的に全ての遺伝子を安価に解析可能な時代が到来している[21]。従って,今後は「target genetic testing なし」で当初よりNGSを用いて網羅的に全ての遺伝子解析を施行する場合も考えられる(図3の点線)。筆者らも次世代シークエンサー(NGS)を用いたHPPS関連10遺伝子変異パネルを立ち上げている。

図3.

褐色細胞腫の遺伝子検査の進め方

家族歴と褐色細胞腫を伴う症候群に特徴的な徴候(syndromic presentation:例えばMEN2の甲状腺髄様癌やVHL病の網膜血管腫,神経線維腫症1型の皮膚のカフェオレ斑などを指す)が認められる場合は当該の遺伝子診断を行う。

病歴・家族歴・特徴的な徴候の認められない場合は散発性褐色細胞腫と考えられるが,若年(35歳以下)・両側性・多発性・悪性の症例は一度は遺伝性を疑うべきである。その場合,図3の所見が参考になる。

8.褐色細胞腫の遺伝子診断の利点と問題点

臨床的妥当性と臨床的有用性の視点からHPPS患者における遺伝子解析の意義と課題を発端者と変異陽性の未発症者に分けて表5a,bにまとめた。さらに変異陽性の未発症者に対する臨床的対応法に下記に詳しく述べる(表5c)。Youngらは2006年に変異陽性の未発症者に対する臨床的対応法を表5cのごとくまとめている[22]。解析された症例での具体的な対応を示した意義はあるが,前向き研究のエビデンスに拠るものではなく,あくまで発表された時点での暫定的なものであった。その後の,変異陽性未発症者の前向き研究の進展,知見の蓄積により対応法が変わる可能性があると記載されていた。ただし,現時点においても,米国内分泌学会(2014)[20]や欧州核医学会(EANM)(2012)[23]のガイドラインにも詳しい臨床的対応法の記載はない。

表5.

褐色細胞腫の遺伝子診断の利点と問題点

最近,転移巣の検出感度が低いMIBGの代わりに18F-FDG PETのサーベイランスにおける有用性が報告されつつある(特にSDHx変異症例)[24]。さらに,未発症SDHB変異保有者における浸透率は,当初報告されたよりも遥かに低く約3割程度と見積もられるようになった[,]。3割程度でも依然ハイリスクであることに変わりがないが,遺伝カウンセリングには反映させるべきである。

以上より遺伝子診断を行うことは必ずしも利点ばかりではなく,同診断を行うことでクライントに新たな心配や悩みの種を作ってしまう一面もありえることに十分な注意が必要である。

9.今後の展望

日本の褐色細胞腫においても,遺伝性の頻度は極めて高くかつ悪性例にSDHB変異が関連していることから,今後さらに遺伝子診断(遺伝学的検査)の重要性は増すはずである。治療に関しては,分子標的薬の作用機序がさらに明らかになり,遺伝子診断を用いた症例ごとの個別化が可能になれば,最適な分子標的薬を選択することで,副作用だけでなく適切な投与量や期待される効果も正確に判定できるようになるはずである(個別化医療への発展)。従って,褐色細胞腫における適切な遺伝子診断は患者と家族にとって有用であり,かつ医科学の進展にもさらに貢献するものと思われる。

遺伝学的検査には常に細心の倫理的な配慮が必要であることも常に心に留めておくべきである。

【文 献】
 

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