2015 Volume 32 Issue 4 Pages 267-273
米国甲状腺学会は2015年6月に甲状腺髄様癌の診療に関するガイドラインを改訂して公表した。2009年に公開した内容と比較すると,RET遺伝子変異のリスク分類の変更や疾患分類の変更など,いくつか大きな変更がなされている。また診断や治療についてのアルゴリズムも,基本的な考え方には大きな変化はないものの,より簡潔な形で提示されており,甲状腺髄様癌の診療に標準化に非常に参考になるものである。ただ,米国で推奨される内容は,わが国の医療の現状とは必ずしも合致しないものもある。わが国においても,米国をはじめとした海外のガイドラインの動向を参考にしつつ,わが国の実態に即し,かつエビデンスに基づいた診療の標準化が求められる。
米国甲状腺学会(American Thyroid Association,ATA)は2009年に甲状腺髄様癌(medullary thyroid carcinoma,MTC)の診療ガイドラインを公開しているが[1],2015年6月のThyroid誌にその改訂版がspecial articleとして公開された[2]。改訂されたガイドラインは,全体が[A]Backgroundから[W]Treatment of patients with hormonally active metastasesまでの23の章立てで構成され,それぞれの内容についてのレビューに続いて全部で67の“Recommendation”が示されている。2009年のガイドライン(旧版)では全部で122の“Recommendation”があったのに比べると項目がかなり整理されている。本稿では今回のガイドライン全体を紹介する紙面の余裕はないので,特に多発性内分泌腫瘍症2型(multiple endocrine neoplasia type 2,MEN2)に直接関連する内容を中心に概説し,最後に日本の現状との比較について述べる。なお,本稿で改訂ガイドラインのRecommendationを引用した部分は,文の末尾に(Rxx Y)と示した。“xx”はRecommendationのあとに続く通し番号を示す。“Y”はエビデンスレベルに基づいた推奨のグレード(表1)を示す。
エビデンスレベルに基づいた推奨の強度(文献2を引用,定義文は一部改編)
旧版では,RET遺伝子の変異の位置に基づいて,MTCの悪性度(リスクレベル)をカテゴリーAからDまでの4段階に分類していた。すなわち,M918T変異をはじめとした,MEN2Bの原因となる変異をもっともリスクが高い“D”とし,もっとも頻度の高いC634変異を“C”,悪性度が低いものを“A”あるいは“B”としていた。MTCの診療についてはATA以外によるものも公開されており,それぞれが別個のカテゴリー分類を用いていたため,混乱を伴っていた[3,4]。このため,改訂版では新たに3段階からなるカテゴリーを設定している(R1 C)(表2)。すなわちもっともリスクが高いものは,今回はHST(highest risk)と分類され,これには「MEN2B患者とM918T変異」が該当する。次に悪性度が高いのはH(high risk)と分類され,これはコドン634に生じるすべての変異とA883Fが該当する。A883F変異はMEN2B患者の一部に認められる変異として知られているが,甲状腺髄様癌の悪性度がM918T変異よりも低いことから,今回は一段低い位置づけとなっている。そしてこの3か所以外の変異は旧版ではカテゴリーAとBに分類されていたが,改訂版ではすべてMOD(moderate risk)というカテゴリーにまとめられた。
RET変異とMTCリスクおよび他の併発病変(文献2を引用,一部改編)
新しい分類ではカテゴリーHSTについて遺伝型だけでなくMEN2B患者という表現が加えられており,少々わかりにくい。実際A883F変異はカテゴリーHに分類されているし,V804M/Y806CをはじめとしたいくつかのMEN2Bの原因となる二重シス変異については,旧版ではカテゴリーDとしていたが,改訂版ではカテゴリーを示していない。これらの変異については,後述の予防的甲状腺全摘術の章においても,その実施時期についてはガイドライン上で見解を示すことは困難としている。
MEN2はこれまで長らくその臨床像と家族歴に基づいて,MEN2A,MEN2B,および家族性甲状腺髄様癌(familial medullary thyroid carcinoma,FMTC)の3病型に分類されていたが,改訂版ではFMTCを独立の病型として扱うのをやめ,MEN2Aを新たに“classical MEN2A”,“MEN2A and cutaneous lichen amyloidosis”,“MEN2A and Hirschsprungʼs disease”,“FMTC”という4つのバリアントに分類した(R2 C)。したがってFMTCはMEN2Aの一亜型と位置付けられている。FMTCという用語自体は残されているが,これについては,「RET変異を伴い,MTCを認めるが褐色細胞腫(pheochromocytoma,PHEO)も原発性副甲状腺機能亢進症(primary hyperparathyroidism,PHPT)も認めない家系」の他に,「(RET変異を伴い)MTCの家族歴がなくPHEOもPHPTも発症していないMTC孤発例」も含むと解説されており,“familial”という語がついていながら,家系に対してだけでなく個人に対しても用いる点は,混乱を招かないよう注意を要する。
明らかに散発性と思われるMTC患者の数パーセントにRET変異が同定されること,また数パーセントのMEN2Aおよび大多数のMEN2Bでde novoにRET変異を生じている(ほぼ常に父由来のアレルに生じる)ことから[5~8],すべてのMTC患者にRET変異検索を推奨しているのは旧版と変わらない(R6 B)。遺伝カウンセリングとRET遺伝学的検査は,a)遺伝性MTC患者の第一度近親者,b)古典的MEN2Bの表現型を有する乳幼児患者の両親,c)アミロイド苔癬を有する患者,d)Hirschsprung病を伴いRETのエクソン10に変異のある乳幼児や,Hirschsprung病の症状を有しエクソン10に変異のあるMEN2Aの成人,に対しても提供すべきとしている(R7 B)。(筆者注:R-7のd)は文脈が混乱している。これら所見のある患者に対してエクソン10の変異解析を提供すべきという意味かもしれない。)
また,研究目的である場合を除き,散発例の腫瘍においてRAS遺伝子やRET M918T変異を検索することは推奨していない(R8 C)。
この部分は,臨床現場でしばしば悩ましい事例に遭遇するが,国によって対応や考え方が異なるため,米国の対応を単純にわが国に導入するのが適切とは限らない問題である。
改訂版でも旧版と同様,リスクのある血縁者に情報を伝える義務,当事者がそれを拒否した場合の医療者の倫理的義務,子どもの権利の保護などについて,米国における判例などを引用しながら詳細に解説している。さらに挙児を検討する年齢のすべての患者,特にMEN2B患者に対しては出生前診断や着床前診断に関する遺伝カウンセリングを提供すべきであるとしている(R10-12,いずれもA)。これらの推奨グレードは旧版がいずれもCであったのに比べて強化されている。
わが国においては,遺伝関連学会の見解などで出生前診断や着床前診断の対象となる状況が示されている[9,10]。個々の病名についての言及はないが,少なくともMEN2はこうした診断の対象になるとは考えられていない。
改訂版ではMTCと診断されたあとの治療選択について,RET変異の有無と基礎calcitonin(Ctn)値に基づいたアルゴリズムが提示されている(図1)。ただしMEN2か散発性かの鑑別は,MEN2である場合にPHEOとPHPTの検索(さらにPHEOの先行手術やPHPTの同時手術)が必要になるかどうかの問題であり,MEN2であるか否かにかかわらず推奨される術式は甲状腺全摘術である。リンパ節郭清については基礎Ctn値が500pg/mLを超えるか否かで対応が分けられている。これは基礎Ctn値が500pg/mL未満の症例では遠隔転移例が1例もなかったという先行研究を根拠にしている[11]。
MTCの診断と治療方針(文献2より引用改編)。TTX,甲状腺全摘術。
術前の画像診断では頸部超音波検査の他に,遠隔転移が疑われる症例に加えて基礎Ctn値が500pg/mLを超える患者に対して造影CT/MRIや骨シンチグラフィーが推奨されている(R22 C)。FDG-PET/CTやF-DOPA-PET/CTは推奨していない(R23 E)。
リンパ節郭清に関しては,頸部超音波検査でリンパ節転移の所見がなく,遠隔転移がない症例に対しては中心領域郭清のみを推奨しているが,Ctn値に基づいて側頸部郭清を行うことの意義については推奨を提示するに至っていない(R24 B,R25 I)。術前の画像所見で腫瘍側にのみリンパ節転移を認める例については,Ctn値が200pg/mLを超える場合には反対側の側頸部郭清も考慮すべきとしている(R26 C)。
実際の医療現場においては,片葉切除を受けたのちに甲状腺髄様癌あるいはMEN2と診断された症例に遭遇することは少なくない。散発例で片葉切除を選択した場合の再発リスクに関するデータは乏しいが,前向き試験では化学的治癒を達成したのは80%という報告がある[12]。改訂版では残存甲状腺に対する摘出術について,RET変異陽性例,Ctn値上昇例,画像上残存腫瘍が疑われる例に対してのみ実施を推奨している。リンパ節腫大が認められてもCtn値上昇がない場合は,再手術の適応としていない(R28 B)。
RET変異陽性者における甲状腺髄様癌の浸透率は100%であり,甲状腺は早期に全摘術を行っても,適切な補充療法を行うことによって患者への影響を最小限にとどめることが可能であるため,遺伝性腫瘍症候群の中でも予防的医療の有用性がもっとも高い疾患のひとつといえる。この点については改訂版で「予防的全摘術を行うか否かは問題ではなく,いつ行うかが問題だ」と明瞭に述べている。
旧版では遺伝型に基づいた遺伝学的検査と予防的全摘術の施行時期を示していたが,改訂版では遺伝学的検査の施行時期は示しておらず,手術に関しては小児と成人で対応を分け,小児では主に遺伝型,成人ではCtn値に基づいた手術時期を提唱している点が特徴といえる(図2)。
RET変異陽性患者の治療方針(文献2より引用改編)。
MEN2Bは75%以上がde novo変異によるもので,家族例は25%に満たない。家族例の小児に関しては,M918T変異を持つ場合には1歳前,できれば生後1カ月以内の実施を推奨している(R34 C)が,本文中で乳児の手術の困難さについても言及しているとともに,MEN2AおよびMEN2Bの小児の診療については三次医療機関の経験豊富な内科医(小児科医)と外科医が責任を持って対応すべきとしている(R33 B)。ATA-Hカテゴリーの小児に対しては3歳から頸部USとCtn測定を開始し,甲状腺全摘術は5歳まで,またはCtn値によりさらに早期の実施を推奨しており(R35 B),Ctn値が40pg/mLを超える場合には中心領域郭清を追加すべきとしている。ATA-MODカテゴリーの小児に対しては,MTCの悪性度がより低く,発症もより年齢を経てからのことが多いため,定期検査は5歳から開始し,Ctn値が上昇した時点での手術を推奨している(R36 B)が,ATA-MOD変異例では成人期までMTCが発症せず,したがってこうした定期検査が長く続く可能性もあるため,両親の希望によって5歳前後に手術を行うという選択肢も示している。
MEN2ではPHEOとPHPTのサーベイランスや治療が問題となるが,PHEOについては,ATA-HSTとATA-Hでは11歳から,ATA-MODでは16歳からの定期検査を勧めている(R37 C)。検査の内容は血中遊離メタネフリン/ノルメタネフリンもしくは24時間尿中メタネフリン/ノルメタネフリンの測定で,画像検査は生化学検査に所見がみられた時に適応となる。
MEN2に伴うPHPTは浸透率が低く,かつ発症しても軽度であることが多いため,甲状腺全摘術時に副甲状腺を予防的に切除することは想定されていない。またPHPTが発症した場合も,MEN1の場合とは異なり,腫大腺のみを切除し,術中迅速PTH測定によって副甲状腺機能が正常化したのを確認し,他腺は温存することを推奨している(R43 C)。また,副甲状腺機能のサーベイランスについては,ATA-HとATA-MODでPHEOのサーベイランス開始と同年齢での開始を勧めている(R42 C)。
MTCの術後評価にはAmerican Joint Committee on Cancer(AJCC)のTNM分類が用いられる,このTNM分類は腫瘍径,甲状腺外への浸潤,リンパ節転移および遠隔転移を指標としているが改訂版ではこうした指標に加え,転移リンパ節の個数が予後に影響することから[13],これを加味した分類についても言及している(ただし具体的な分類などは示していない)。また,術後の経過観察については図3に示すフローが示されている(R46~48いずれもC)。CtnとCEAの測定は術後3カ月の時点で行い(ただしこの時点でもCEAは底値に到達していない可能性がある),基準範囲もしくは検出感度以下の場合には6カ月後と12カ月後,以後は1年毎のフォローを推奨している(R46)。旧版ではCtnが測定可能な症例に全身の画像検査のオプションを示していたが,改訂版ではCtn値が150pg/mL未満の場合には頸部超音波検査以外の画像検査は不要というスタンスである。これは術後Ctn値とその後の再発率との相関,あるいはCtn値が軽度上昇にとどまっている症例での画像検査の感度の低さを反映したものといえる[14,15]。
MTCの術後管理方針(文献2より引用改編)。TKI,チロシンキナーゼ阻害薬。
改訂版では予後評価におけるCtn値の倍加時間についても独立の章を立てて言及している。Ctn値の倍加時間はおおそよ24カ月を超える例では予後は良好であることが知られていることから[16,17],旧版と同様Ctnが測定可能な症例では6カ月毎の測定によって倍加時間を算出することを推奨するとともに(R49 B),たとえ画像検査で転移が確認できても倍加時間が長い(24カ月以上)例には全身化学療法は行うべきでないとしている(R53 C)。
MTCの診療において旧版以降に大きく変わった点として,分子標的薬の実用化があげられる。旧版においても細胞障害性の抗腫瘍薬はfirst lineとして用いるべきではないとされ,それは改訂版においても同様であるが(R63 D),改訂版においてはチロシンキナーゼ阻害薬(バンデタニブ,カボザンチニブ)の投与が進行例に対するfirst lineの治療として強く推奨している(R65 A)。
わが国ではMEN2に伴うMTCの診療に関して「甲状腺腫瘍診療ガイドライン2010年版」(学会GL)と「多発性内分泌腫瘍症診療ガイドブック」(MEN-GB)が上梓されている[18,19]。両者ともすべてのMTC患者に対してRET遺伝学的検査を実施することをもっとも高いレベルで推奨しているのはATAのガイドラインと同様である。治療についても,学会GLとMEN-GBのいずれもMEN2に対しては甲状腺全摘術と中心領域郭清を行い,側頸部郭清は個々に判断することを推奨している。学会GLでは散発性MTCにも言及しているが,全摘術が部分切除に比べて予後を改善するというエビデンスがないことから,散発例に対する推奨すべき術式は示さず,治療アルゴリズムの中では「葉切除+リンパ節郭清」と「全摘+リンパ節郭清」を併記している。
MEN2の診療において,わが国の医療制度のもとで大きな問題となるのは,患者の血縁者(特に子ども)に対する発症前遺伝学的検査と予防的甲状腺全摘術の実施であろう。これらについては学会GLでは触れていない。MEN-GBでは発症前遺伝学的検査について,小児ではRET変異のコドン別に検査を行う年齢を考慮すべきとしているが,具体的な年齢は示していない。また予防的手術に関しても,ATAのガイドラインを紹介する形でその意義について述べているが,実施時期についての独自の見解は提示していない。
予防的手術に関しては,手術が予後を改善するかどうかというエビデンスレベルに関する問題と,わが国の保険医療制度の中でどのように実施可能かという制度の問題がある。エビデンスに関しては,MEN2の発端者における診断時年齢の中央値が40歳代であることからも明らかなように,MTCの進行が緩徐で比較的生命予後の良好な疾患であるため,小児期の予防的手術が生命予後に与える影響を判断するのは現実的には困難であり,実際には将来の発症リスクの軽減,手術自体のリスク,甲状腺ホルモン内服の継続といった事項をどのように評価するかによる。またATAの改訂版では比較的悪性度の低い変異保有児に対して負荷試験を継続することの負担やドロップアウトの可能性についても言及している。
もう一点はわが国の保険医療制度の問題で,未発症者に対する予防的手術は倫理審査を必要とする医療行為とみなされるし,当然ながら保険適用はなく,費用は受益者の負担となる。厳密には未発症変異保有者に対する負荷試験や超音波検査も自費診療で実施されるべきものであるが,後者については疑い病名を弾力的に活用して保険診療で行っている施設が多いと思われる。
こうした限定的なエビデンスやわが国の医療制度の中で,MEN2の診療経験の豊富な甲状腺外科医のほとんどは,厳密な意味での予防的甲状腺全摘術は実施せず,定期的なサーベイランスを行ったうえで,Ctn値上昇や画像所見などで発症を確認できた時期に手術を実施している(したがって予防的ではなく早期手術である)。いずれにしても,こうした治療の時期の決定には医療側の考えだけでなく,当事者(親)の疾患の自然歴や手術の影響に対する正確かつ十分な理解が不可欠であり,必要かつ十分な情報を提供し,その上で親の意思決定を支援する遺伝カウンセリングが極めて重要な意味を持つ。
新しく公開されたATAのMTC診療ガイドラインについて,特にMEN2と関連する部分についてその概要を紹介した。旧版と同様今回の改訂版も非常によく練られた綿密な内容であり,長い論文ではあるが,甲状腺腫瘍を診療する医師は一度目を通しておく必要性と価値がある内容といえる。全部を紹介していないため,重要な部分の脱落や筆者の読み誤りもあるかもしれない。その場合にはぜひご指摘いただければ幸いである。