2016 Volume 33 Issue 1 Pages 17-21
術後合併症は,術前―術中―術後管理の連動した要因により発生する。標準手術から超高難度進行甲状腺癌にいたるまで,根治性を求めつつ安全・確実性を確立するために下記(A)~(C)を3本柱としたstrategyを構築した。その結果,過去8年間の手術関連死亡=在院死亡0,合併症発生率0.33%を達成した。
(A)術中の安全性を担保し術後合併症を予防する手術手技の熟成:リンパ漏,低Ca血症,反回神経損傷は手術テクニックで克服する。内視鏡手術・高度進行症例はオリジナルな低侵襲化手技と術式criteriaを考案した。
(B)術前術後管理・特に高難度手術における周術期チーム:因果関係を分析し致命的な後出血・喉頭浮腫を予防するシステムづくり。多科・多職種横断的「周術期チーム」で全人的医療。
(C)効率的な診療とレジデント教育:クリニカルパスの効用と医師・看護師教育の徹底。
本稿では上記について概説する。
甲状腺分化癌手術おいて,頸部局所再発やリンパ節転移は稀ではないが生命予後は良好である。その反面,後出血や喉頭浮腫,高難度手術での呼吸器関連合併症など致命的リスクがあるため,安全な術式や術後管理が重要である[1]。一方術後合併症に対する検討や対策についての報告は非常に稀である。「安全第一」の管理システムを構築し定型化した2008年以降の合併症対策を後方視的に再検討し妥当性について考察する。
術後合併症は,術前―術中―術後管理の流れの中で連動した要因により発生する[2]。以下の3つの観点からstrategyを披歴・考察する。
(A)安全性を担保し術後合併症を予防する手術手技の熟成
(B)術前術後管理・特に高難度手術における周術期チーム
(C)効率的な診療とレジデント教育
対 象:当科において2008年から2015年までの8年間に実施した内分泌疾患領域手術症例のうち甲状腺手術症例1,216例を対象とする。
方 法:カルテ記録からretrospectiveに合併症中心の経過詳細を臨床的に検討する。特に(*)に焦点を当てる。
過去8年間の手術成績である(表1)。手術関連死亡・在院死亡とも0であった。一過性もしくは他疾患由来反回神経麻痺,嗄声・低カルシウム血症・頸部腫脹・創感染などでは一過性で短期間で軽快した軽微なものを除くと8年間の合併症(顕性)は4例(0.33%)であった。このうち2015年度単年実施症例(236例)では軽微なものを含め合併症0である。8年間の未分化癌・未分化転化を除く長期予後については死亡例0(生存率100%)。再発予後については,初回手術例のうち術後新規再発転移を認めたものは,局所頸部再発1例,リンパ節転移5例,遠隔転移(肺)1例,の合計7例(再発率0.64%)であった。

手術成績(8年間:2008~2015年)
標準手術について:手順は個々の症例に応じて異なるとはいえ流れを定型化しておくとよい。反回神経誤切断を防ぐための最も安全確実な同定・遊離手順を確立する。定型化はレジデントの教育,手術室看護師のサポート,麻酔科医師の理解が潤滑となり効率化と同時に安全性も向上する。術者2名の場合や安全な血管処理のためにVSS(vessel sealing system)の使用も考慮する。
内視鏡手術について:手術適応は悪性が殆どである故,癌の根治性が求められる。縦隔深部の郭清には尾側への十分な視野展開が必要である。良性と異なり頸部小切開(1.5~2.5cm)は必須である。頸部小切開設置は後出血時の即時開創や喉頭浮腫時の気管切開にも十分対応可能と考えられる。即座に小切開延長が可能なのである。以上の安全性・根治性の上に,整容性を高いレベルですべて満足するhybrid-type endoscopic thyroidectomy(HET:Tori method)を開発し良好な成績をあげ標準化している[3]。
高難度手術(気管食道・反回神経・縦隔・喉頭浸潤)について:高度進行例は患者の年齢・全身状態や社会的背景・QOLをもとに手術適応・術式を考慮しなければならない。低侵襲で肉眼的根治(R0)を目指すことが肝要である。著者は独自の術式基準を設けている[4]。環状切除においては術後長期間の頸部固定と丁寧な吻合,気道管理の工夫が必要である[5]。一方耳介軟骨使用DP flapによる二期的再建により周術期合併症フリーの安全性も確立した[6]。術中リスクが高い進行癌は縦隔進展や広範囲縦隔リンパ節転移である。腕頭動脈,鎖骨下動脈,左右腕頭静脈浸潤など浸潤例は十分な視野を確保することが肝要である。muscle-split法[7],さらに胸骨柄切除(部分or全)により対応するとよい。頸部創のみの縦隔操作ではVSSが便利であるが癌浸潤などにより血管が脆弱化し大血管が裂開する可能性がある。出血点のリスが広がらないよう指先でpinpointに出血点を押さえつつ迅速に胸骨縦切開し手際良く救命する。腕頭静脈損傷時も同様である。大量出血時の心臓血管外科バックアップ(人工心肺手術)も必要不可欠である。喉頭浸潤においては喉頭全摘が必要なケースが多い。咽喉頭全摘ではリスクの高いマイクロサージェリーによる血管吻合付遊離空腸再建を必要とするため,頸部食道浸潤がなければ単純喉摘のみにとどめたい。反回神経浸潤はしばしば遭遇するが,全摘+術後ablationにより局所制御できる可能性も考慮して完全切除せず,時間をかけて丁寧に可及的shavingをすることも重要である。切除し吻合縫代がない場合は反回神経の甲状軟骨・輪状軟骨流入部を展開して頭側の吻合縫代を露出し,頸神経ワナと顕微鏡下に7-0 prolene 6針で端々吻合再建する[4]。気管浸潤も同様に可及的shavingする。菲薄化した気管壁は短冊状にしたstrap musclesでの筋弁パッチで装填補強する。片側以上の反回神経麻痺の可能性や,気管内との交通の可能性,気管切除(wedge resection以上)の場合は気管切開を尾側に併置することも考慮する。気管切開を置かない場合は無理に直抜管しない方が好ましい。強行すると呼吸不全と連動した喉頭浮腫のリスクを伴う。
手術全般:副甲状腺温存―左右頭側の2腺は血流を温存。下甲状腺動脈の分枝を可及的に温存。或いは甲状腺上極の処理においては,上甲状腺動静脈からの微小血管networkを温存すべく甲状腺被膜ぎりぎりのところで脱転する。尾側副甲状腺は郭清したリンパ節,もしくは上縦隔・胸腺を含めて術中bench workで肉眼的に見つけ出し必ず切片を病理で確認後,細切泥状化し胸鎖乳突筋などに自家移植する。計2腺以上分の最終的な機能を図る。リンパ漏予防(特に左外側領域リンパ節郭清)―#5,6郭清時に血管をtaping。不用意に総頸動脈をtapingすると背側の交感神経幹のダメージにつながる可能性があるため,内頸静脈のみのtapingにて郭清する(Horner症候群予防)。中頸筋膜と深頸筋膜の層別化に留意しつつ剝離面を同定。頭側では副神経の損傷がないように注意。内側―頭側―外側の順番でen blocに郭清massを牽引し尾側へ脱転する。頸横動静脈を確認後尾側まで追求。胸管が静脈角に流入し手前で分枝が合流する。en blocに把持した郭清組織には胸管分枝が透見されるので丁寧に分割集簇結紮し乳び漏を予防する。発生率0.9~2.1%とされる後出血[1]では,術直後から持続的であれば術中の止血確認や操作が不十分である。原因動脈は色々と考えられ[8],結紮をしっかり行い適宜VSSを利用し主要血管は必ずdouble sealingする。反回神経周囲止血はよく拭いて5-0 proleneで丁寧にZ縫合する。喉頭浮腫では手技関連として反回神経の(一時的)麻痺や静脈還流も重要である。前頸静脈や内頸静脈は浸潤がなければ分枝とともに温存し不要な損傷を避ける。(麻酔科サイド)全摘以上症例の手術開始時にステロイド適量投与,術中水分バランス,愛護的な挿管操作,適切な挿管チューブの選択と固定(片側声帯への偏りのある負荷を避ける)。手術終了時には一時的昇圧による止血確認。手術侵襲が高く当座の反回神経麻痺を伴う可能性があるときは,終了時に麻酔導入時の問題(挿管の難易など),術中管理,併存疾患リスクと合わせて総合的リスク判断する[9]。翌日抜管扱いでICU帰室にするか,再挿管スタンバイで抜管トライするか?である。また,術中体位は頸部過伸展を避ける。なお,当科では手術責任者(術者or指導医)は2008年度以降一人(著者)に固定化している。
(B)術後管理・特に高難度手術における周術期チーム術後管理について:術後overnight頸部安静は必要である。全摘以上の手術侵襲症例は原則ICUに入室する。ICUでは常勤麻酔科医が24時間体制でベッドサイド管理を実施する[10]。救命救急医など複数科スタッフも常駐している。血圧は持続的な高血圧を避け必要時降圧剤を使用する[11]。呼吸苦に伴う諸症状や呼吸数,脈拍,酸素飽和度に留意し頸部の聴診も実施する[12~14]。頸部腫脹,ドレーン排液量を厳格にモニターする。これらの理学的所見にsensitiveで異常を早期発見,早期対応することが極めて重要である[12,14]。喉頭浮腫は術後3~6時間に発生しやすいとされる。喉頭浮腫(狭義)は,止血操作に関連した後出血の場合と異なり上半身,特に頭頸部の静脈還流異常を伴う。ドレーンからはほとんど排液がなく毛細血管性の暗黒色の血餅である。ただし,後出血と喉頭浮腫は単独では本来発生メカニズムに違いがあっても,後出血から血腫形成などによる静脈やリンパ流の還流障害で喉頭浮腫を伴ったり,喉頭浮腫により後出血が誘発される可能性もある。それゆえ単純ではなくむしろ複雑に絡み合う[12]。一過性の軽度~中等度の頸部腫脹に留まるか,緊急気管切開を要する重篤な喉頭浮腫に移行するかは限界点があると思われる。静脈還流の悪化により声門周囲に浮腫がおよぶと換気不良のための呼吸苦で怒責し呼吸や咳嗽時の胸腔内圧が上昇する。直ちに静脈還流圧が上昇しさらに浮腫が進行する。するとさらに呼吸苦が増すという不可逆的な「浮腫のmalignant cycle」になる。ここまでくると一挙に顔貌が激変するほどの顕著な頸部腫脹をきたし気管内挿管は不可能となる。迅速な創の全開放と血腫除去および気管の露出,さらに緊急気管切開で救命する。問題は,軽微な頸部腫脹か喉頭浮腫の前兆かの判断が困難なケースがあることである。腫脹が緩徐でも増悪傾向を認め,モニターがそれを裏付け呼吸苦を伴うものである場合,躊躇せず再挿管した方が安全である。挿管後は呼吸状態が安定するため鎮静を効かせ循環動態もコントロールされれば翌日以降早期に頭頸部の浮腫が軽減し抜管可能となる。「喉頭浮腫=気管切開で対応」が正しい理解ではない。救命できても気管切開自体不利益である故重症化する前に予防的再挿管の実施,もしくは術中判断で翌日までの予防的挿管維持が重要なことを重ねて強調したい。「転ばぬ先の杖」である。当科では2008年以降8年間で予防的再挿管,或いは通常手術(標準・内視鏡)でのovernight挿管維持症例は合計7例であった。いずれも1~2日後に抜管可能で以後短期間で退院した。ただし,もし対策を講じなかった場合に重症喉頭浮腫などの合併症が本当に発生していたかどうかは不明である(杞憂であった可能性もある)。
周術期管理チーム:侵襲度の高い進行甲状腺癌手術を対象として多科・多職種連携チームを作っている。術前外来受診後リハビリや退院後の生活支援も含めたトータルケアがシームレスに提供される。構成メンバーは医師(外科・麻酔科・口腔外科他)・看護師・理学療法士・歯科衛生士・言語聴覚士・管理栄養士・事務職である。例えば気管合併切除術前は,術前周術期管理チーム外来受診後,口腔ケア,禁煙指導,呼吸訓練を実施する。術直後はICUに入室し定期カンファ,必要時ICTを加えた診療上の協議を実施。気道管理に伴って嚥下リハ,摂食訓練,そして各種理学療法を含めた「癌リハビリテーション」を精力的に行う。手術翌日の飲水テスト,嚥下確認に医師とともに立ち会う。緩和ケアチームやNSTチームもケースにより加入する。
(C)効率的な診療とレジデント教育診療の効率化,簡略化を目指してクリニカルパスを導入している。図1は患者用クリニカルパス(甲状腺全摘・亜全摘)であるが,患者は入院中の検査や処置の概略が理解でき安心して入院できる。医師側のメリットとして検査・処置の欠落を予防することができる。レジデントにとっては診療の流れを学習・理解することが容易である。適宜多科連携勉強会を実施し,観察や検査のタイミングと理由について議論する。合併症の内容や予防するための観察項目についての教育的効果もえられる。短所としてはマニュアル志向で自ずから治療計画を考えて進めることが醸成されないといった点が挙げられる。

クリニカルパス(患者用)
手術手技によって合併症を0に近づけることが可能であると考えられるものは,⑴術後難治性リンパ漏(乳び漏),⑵術後恒久的低カルシウム血症,⑶反回神経intact症例での術後恒久的反回神経麻痺,である。⑴ではさらに,術後脂肪制限食を栄養指導とともに実施し退院初回外来まで継続するなど念入りな予防策を考慮する。⑵は病理検査科の協力が必須である。⑶については誤切断を起こさず,no touch(taping含)を心がけることで手術操作での形態および機能温存が可能である。後出血・喉頭浮腫についてrisk factorとして喫煙,循環器・呼吸器疾患併存,反回神経麻痺(一過性含)には留意すべきである。実際2008年以前の過去喉頭浮腫症例ではそれらの要因を満たしていた。risk factor全因子と術前リスク評価が考慮されればより対策が講じやすいため,retrospectiveであっても今後大規模なデータの集積と検討も必要であろう。現状ではそういった問題が残るものの,十分な観察と早めの対応で後出血・喉頭浮腫対策も可能であることが今回の検討で示唆される。
合併症を完全に0にすることは容易ではないが,術前―術中―術後の管理の中で限りなく0に近づけることは可能である。手技の向上のみならずチーム医療としての周術期対策も重要である。後出血・喉頭浮腫を封印する対策を講じることで,施術される患者の安全性が向上するのみならず,内分泌・甲状腺外科医師のストレスの軽減と内分泌・甲状腺外科志望医師の増加につながる可能性もあろう。