2016 Volume 33 Issue 1 Pages 46-49
放射性ヨウ素治療抵抗性甲状腺癌に対し,ソラフェニブ投与が保険適応となった。今回,副作用として,ケラトアカントーマ様の皮膚症状が出現した症例を報告する。73歳,男性。甲状腺乳頭癌の術後に骨転移,局所リンパ節再発を呈した。再発甲状腺癌に対してソラフェニブを導入した。導入後2週間目に高血圧,4週間目に掻痒感,発赤を伴う皮膚症状,6週間目に肝酵素異常を認めた。休薬後2週間で皮膚症状,肝酵素異常は改善した。ソラフェニブを減量して再開。導入後20週目に,顔面に掻痒を伴う淡紅色の結節状が生じた。生検が施行され,病理組織像ではkeratoacanthomatous squamous cell carcinomaであった。分子標的薬の治療に伴う有害事象としての皮膚障害は多彩であり,ソラフェニブは手足症候群をはじめとする皮膚毒性が知られている。ケラトアカントーマ,扁平上皮癌の出現頻度は少ないが,出現時には投与中止し,皮膚専門医による診断と外科的切除などの処置が推奨されている。
低分子キナーゼ阻害薬であるソラフェニブが肝細胞癌,腎細胞癌に次いで,根治切除不能な分化型甲状腺癌に対して保険適応となった。その副作用として,手足症候群を含む多彩な皮膚毒性が生じることが知られている。有害事象の発生頻度は欧米とは異なり,手足症候群,肝障害の頻度が高い。今回,ソラフェニブ投与中,顔面のケラトアカントーマ型皮膚腫瘍を呈した症例を経験したので報告する。国内ではソラフェニブ投与中の皮膚腫瘍は他のがんでの報告例があるが,ソラフェニブ投与中の甲状腺癌に生じた報告はこれまでにはない。
症 例:73歳,男性。
主 訴:皮膚肥厚。
既往歴:甲状腺乳頭癌の診断で甲状腺全摘術,側頸部リンパ節郭清を施行。左鎖骨の一部が合併切除された。肺転移があり,病期はpT1a N1b M1,病理組織診断は濾胞型甲状腺乳頭癌であった。初回手術から10カ月後に放射性ヨウ素内用療法が行われたが,肺転移病巣への放射性ヨウ素の取り込みは認められなかった。
現病歴:放射性ヨウ素内用療法後,骨転移,左側頸部リンパ節の再発を認め,肺転移巣の増大,胸水貯留と病勢が進行したことから,放射性ヨウ素治療抵抗性甲状腺癌の診断で,分子標的薬治療を目的に当院を紹介され受診した。
再発甲状腺癌に対してソラフェニブ 400mg/dayを導入した。導入時,TSH 1.51μU/ml,FT3 2.32 pg/ml,FT4 1.56ng/dl,サイログロブリン値 998ng/mlであった。導入後2週間目にGrade 2の高血圧が出現した。導入後4週間目に掻痒感,発赤を伴う脂漏性皮膚炎様の皮膚症状が前額部から頭頂部がみられた。高血圧に対してアンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬を開始し,皮膚症状に対してはステロイド外用薬を開始した。導入後6週間目にAST 252U/l,ALT 405U/lと肝酵素異常を認めた。ソラフェニブを休薬し,肝保護剤の投与を開始した。休薬後2週間で皮膚症状は発赤,掻痒感ともに軽快,AST 39U/l,ALT 57U/lと肝酵素異常は改善した。ソラフェニブを減量し,200mgで再開した。ソラフェニブ導入後20週目に,皮膚疾患が出現した( 図1 )。皮膚科を受診し,皮膚科医により生検が施行された。

臨床像。顔面に生じた淡紅色,隆起性の単結節。一部表面はクレーター状の隆起を認める。
現 象:顔面に掻痒を伴う淡紅色の結節状をした皮膚肥厚がみられた。
検 査:ソラフェニブ導入後20週の検査値は,TSH 0.40μU/ml,FT3 3.55pg/ml,FT4 2.06ng/dl,サイログロブリン値 202.0ng/mlであった。画像所見では肺転移,骨転移ともにstable diseaseであった。
病理組織学所見:内部に角栓が充満したカップ状の構築を形成( 図2 )。深部でやや凹凸不整な境界を形成し,重層扁平上皮が不規則に進展する像がみられた。扁平上皮癌を疑うには核異形が少なく( 図3 ),病理組織診断はkeratoacanthomatous squamous cell carcinomaであった。

病理組織的像。HE染色(×2倍):内部に角栓が充満したカップ状の構築を形成し,内部に角栓が充満する。

病理組織像。HE染色(×20倍):深部でやや凹凸不整な境界を形成し,重層扁平上皮が不規則に進展する。
経 過:臨床症状よりケラトアカントーマと診断し,ソラフェニブを休薬し経過観察となった。休薬後1カ月目に腫瘍の縮小がみられたが,掻痒感に痛みが伴うようになった。休薬2カ月後に,掻痒感,痛みとも改善,腫瘍は縮小した( 図4 )。

臨床像。顔面に生じた腫瘍は縮小し,軽度の皮膚発赤を残す。
ケラトアカントーマは毛胞由来の良性腫瘍である。高齢者に好発し,硬い球形の結節で多くの場合周囲の皮膚と同じ色を呈する。中央部はクレーターのようにへこみ,噴火口型のドーム状結節を呈する。表面はうろこ状にかさつくか,硬い皮膚で覆われる。結節は急速に増大後,自然消退することが多い。好発部位は顔面や手背などの露光部であるが,露光部以外にも報告される。単発性に発生することがほとんどであるが,多発性に発生することも存在する。病理組織像では中央に角栓を伴うcup-shaped像を呈する。核異型を示すことから皮膚有棘細胞癌(皮膚扁平上皮癌)の亜型とする見解がある。転移することは稀で,数カ月の経過で自然消褪する。ケラトアカントーマの治療は小さな病変であれば,生検をかねて全摘する。また,全摘せず,腫瘍の一部生検し,病理組織診断でケラトアカントーマの診断がつけば経過観察をおこない,自然消退を待つこともある。皮膚有棘細胞癌との鑑別が困難な症例や再発例については皮膚有棘細胞癌に準じた扱いを行う。本症例で生じた皮膚腫瘍は,全摘を行うには切除範囲が広く,さらに顔面という露出部であることを考慮し,腫瘍の全摘は行わず,診断を行うために一部生検し,経過観察を行う方針にした。
ソラフェニブはマルチキナーゼ阻害薬で,経口の分子標的薬である。抗腫瘍作用として,腫瘍細胞において増殖因子および増殖を惹起すMAP(mitogen-activated protein)シグナル伝達経路のチロシンキナーゼ活性を阻害し,細胞増殖を阻害する。血管内皮細胞においてはVEGFR(vascular endothelial growth factor receptor),PDGFR(platelet-derived growth factor receptor)およびMAPK(MAP kinase)のRafを阻害し,血管新生を抑制する。甲状腺癌の他,腎癌および肝細胞癌に対して適応が承認されている。添付文書に記載のあるソラフェニブによる副作用としては手足症候群,脱毛,下痢,高血圧,肝機能障害などがある。有害事象は欧米とは異なり,手足皮膚反応や肝障害の頻度が高い。分子標的薬の治療に伴う皮膚障害は多彩であり,ソラフェニブは手足症候群をはじめとする皮膚毒性が知られている[1]。
ソラフェニブ使用に関連するケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌などの皮膚腫瘍性病変の有害事象は本邦では腎細胞癌,肝細胞癌に報告されている[2,3]。皮膚腫瘍は単発の出現だけではなく,多発例も報告されている[2,4,5]。ケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌の発生時期はソラフェニブ投与開始後の2~4カ月で発生するとの報告例がみられる[1,4]。また,ソラフェニブ投与中の皮膚腫瘍は投薬中止後2カ月で完全消褪したとの報告がある[2]。甲状腺癌患者を対象とした国際共同第Ⅲ相臨床試験(DECISION試験)で,ソラフェニブ投与における副作用として,ケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌の出現頻度は1.9%と報告されている。出現時には投与中止し,皮膚専門医により診断と外科的切除などの処置が推奨されている。本症例で皮膚腫瘍が生じたのは5カ月目であり,これまでの皮膚腫瘍の報告例よりは少し遅れて発症している。
皮膚腫瘍の発現機序についてはケラチノサイトのRAS変異との関連が考えられている。RAF阻害剤は抗腫瘍作用を有するが,野生型RAFを発現している細胞においてRAFを阻害するとMAPキナーゼ経路が強く活性化される。さらにRASに活性型変異を有する症例ではケラトアカントーマおよび皮膚有棘細胞癌の発現率が高いという報告から,ケラチノサイトにRAS変異を有する患者にソラフェニブを投与した場合,ケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌が発現する可能性が考えられている[6]。
分子標的薬投与に伴うケラトアカントーマ型の皮膚有棘細胞癌の出現はソラフェニブの他にも報告されており,ベムラフェニブを投与された悪性黒色腫患者での出現頻度は投与患者の25%にもおよぶ。これらの皮膚腫瘍は浸潤性ではあるが,転移の出現はないと報告されている[7]。
ソラフェニブ投与中はケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌の出現を留意し,皮膚症状出現の観察を十分に行うことが重要である。露出部に好発することから症状出現時には発見することは容易であると思われる。受診時の医師による皮膚の診察で皮膚異常の有無を確認することに加え,患者本人による皮膚の観察,自己触診を含む皮膚異常の有無を確認することが重要である。皮膚の異常が認められれば皮膚科との連携を求められる。皮膚腫瘍出現時にはソラフェニブ投与を中止するのがよいと考える。しかし,甲状腺癌の病勢を考慮すると,ソラフェニブ投与中止は医療者の判断と,患者との十分な説明が要される。
放射性ヨウ素治療抵抗性の分化型甲状腺癌再発に対するソラフェニブ投与で,導入後5カ月目にケラトアカントーマ型の皮膚腫瘍を生じた症例を報告した。本邦では肝細胞癌,腎細胞癌を含め,ソラフェニブ投与中のケラトアカントーマ,皮膚有棘細胞癌発生の報告例は少ないが,今後ソラフェニブ治療例が増えることが予測され,それに伴い皮膚腫瘍の出現は増加していくとも考えられる。