2016 Volume 33 Issue 2 Pages 78-82
甲状腺低分化癌は,高分化癌と未分化癌の中間的な形質を示す濾胞上皮由来の悪性腫瘍である。病理形態学的には,腫瘍細胞が正常な分化から逸脱し,濾胞状配列ではなく,充実性,索状ないし島状といった特徴的な増殖パターン(低分化成分)を示す。2004年のWHO分類において独立した組織型として定められた。本邦でも2005年の第6版甲状腺癌取扱い規約にて採用されたが,WHO分類の組織診断基準と違いがあり,充実型乳頭癌が含まれていた。取扱い規約第7版の改訂により,低分化癌の組織診断基準に「低分化成分が全体50%以上を占め,乳頭癌に典型的な核所見はみられないことの」が加えられ,WHO分類に一致するものとなった。本稿では,低分化癌の病理診断,類似疾患との鑑別のポイントを解説する。
高分化な甲状腺濾胞上皮由来の悪性腫瘍(高分化癌)である乳頭癌および濾胞癌は,通常良好な予後を示す。これに対して甲状腺未分化癌は極めて予後不良な腫瘍であり,月単位で患者の生命を脅かす。低分化癌(poorly differentiated carcinoma)は,これらの腫瘍の中間的な形態,すなわち充実性(solid)や索状(trabecular)などの増殖パターンを呈する腫瘍であり,予後も高分化癌と未分化癌の中間程度のものとして,1983年にSakamotoら[1]が提唱した疾患概念である。1984年には,Carcangiuらが島状(insular)の増殖パターンを呈し,同様に予後がやや不良である甲状腺癌を報告し,「低分化癌」という組織分類の基礎が築かれた[2]。その後,様々な報告から定義の混乱が続いていたが,2004年のWHO分類において乳頭癌および濾胞癌から独立した組織型として低分化癌が定められた[3]。
本邦の甲状腺癌取扱い規約に関しては,2005年の第6版において低分化癌が独立した組織型に定められた[4]。この際には,坂本らが提唱した診断基準に従って,「低分化成分の比率が全体の10%あるいはそれ以下でも低分化癌にする」と定義され,低分化成分から構成される腫瘍であれば乳頭癌に典型的な核所見がみられる場合も低分化癌に分類され,WHOよりも幅の広いものとなっていた。今回の改訂では,低分化癌の定義をWHOの診断基準に合わせることにより,二重基準の状態を解消している。すなわち,第7版においては「低分化成分が腫瘍の50%以上を占め,乳頭癌に典型的な核所見はみられない」ものが低分化癌と定義された[5]。
本稿では,低分化癌の歴史的変遷を踏まえ,第7版取扱い規約における病理学的特徴・診断基準を概説する。また,類縁ないし類似疾患との鑑別のポイント,背景にある遺伝子異常や今後の展望も併せて解説する。
低分化癌の診断基準は歴史とともに変遷してきた。これにより,頻度と予後の報告は大きくばらついている。診断基準の違いによる影響は伊藤らによって詳細に解析されている。2004年のWHO分類に従うと低分化癌の頻度は全甲状腺乳頭癌の0.8%であるが,第6版甲状腺取扱い規約の基準で診断すると11.1%にのぼる[6]。今回改訂になった第7版取扱い規約の基準は2004年のWHO分類とほぼ同様であるため,今後の再検討が必要であるものの,乳頭癌の1%程度と推測される。つまり,比較的頻度の低い,稀な癌であると言える。地域による頻度の違いも存在する。日本における低分化癌の頻度が0.3%程度であるのに比較して,北米では1.8%,フランスでは4%,トリノなどの北イタリアでは6.7%と頻度が高い傾向がある[3,6]。平均年齢は55~63歳で,女性にやや多い(1.3~2.1倍)。
低分化癌の原因・危険因子に関してはあまり多くが知られていない。環境因子としては,ヨード不足が関連すると考えられている。また,稀にバセドウ病と合併することが報告されている[7]。低分化癌は,de novoに発生するものもあるが,高分化癌を背景に発生することもあると考えられている。
発生部位としては,甲状腺実質が存在する部位であればいずれからでも発生しうる。すなわち,縦隔の異所性甲状腺組織や卵巣の奇形腫の甲状腺組織成分であるstruma ovariiにも発生することがある。
低分化癌の遺伝子変異は,形態,マーカーなどと同様に,高分化癌と未分化癌の中間的な変化が検出される[8]。すなわち,高分化癌に頻度が高く,初期の遺伝子異常と考えられるBRAFV600E 変異およびRas変異(NRAS61 ,HRAS61 の変異が多い)は,高分化癌より検出頻度が低い。また,高分化癌に特徴的なRET/PTCおよびPAX8/PPARγ転座に関してはさらに頻度が低い(~5%)と言われている。逆に未分化癌に検出頻度が高く後期の遺伝子異常と考えられるTP53変異,TERT promoter変異(C228T,C250Tなど),STRN/ALK転座,PIK3CA増幅,AKT1変異,PTEN変異・欠失などの変異は,未分化癌よりも検出頻度が低い。染色体の不安定性も認められ,異数体の頻度が高い。全体として,低分化癌における遺伝子異常の特徴としては,どの変異に関しても,各々の頻度は高くないが,複数の変異が混在することである。
臨床的には,甲状腺の比較的大きい単発性腫瘤として発見されることが多く,周囲にリンパ節腫脹を伴っている場合が多い。15%程度の患者では発見時に既に遠隔転移を伴っている。低分化癌は,通常,発見時からサイズが大きく,広範浸潤性で脈管侵襲を伴っていることから,周囲甲状腺外組織への浸潤,領域リンパ節への転移の頻度が高い。また,肺,骨,脳,肝臓などへの遠隔転移の頻度も高い。低分化癌の臨床病期は高分化癌と同様の基準で判断されるため,高分化癌よりも低分化癌で病期が進行している傾向がある。
低分化癌の予後は,一般に乳頭癌ないし濾胞癌より相対的に悪く,特に45歳以上で有意に悪いことが報告されている。ただし,術後5年生存率は47%から72%と地域,施設によるばらつきが多い[9~11]。今後,統一された診断基準,治療法での前向き研究が必要と考えられる。
超音波検査,CT検査,PET-CT検査,ヨードシンチグラフィー検査が用いられているが,特異的な所見は明らかでない。超音波検査では内部不均一な低エコー腫瘤で,FDG-PET陽性,ヨードシンチグラフィー陰性を呈することが多いとされるが,診断の感度,特異度は不明である。
低分化癌の術前診断法として穿刺吸引細胞診検査の有用性が報告されている。細胞の出現量が多い,細胞間の結合性が乏しい,充実性,索状,島状の細胞集塊がみられる,高度の核の重積,細胞分裂像の増加,壊死性背景などが特徴として挙げられている。しかし,限られた専門施設での後ろ向き検討のみであり,今後,前向きの検討が必要である。
低分化癌は,形態学的に,高分化癌と未分化癌の中間的な表現型を示す濾胞上皮由来の悪性腫瘍である[5]。肉眼的には,浸潤性にも増殖するが,しばしば圧排性増殖を示し,線維性被膜を伴うこともある。大きさは4cmを超えることが多く,充実性で黄白色~灰白色を呈し,壊死を伴うことが多い。腺内転移や多発結節性の病変は稀である。
低分化癌の確定診断は,手術検体の組織診断によってなされる。病理診断上,濾胞癌と同様に,被膜浸潤や脈管侵襲あるいは甲状腺外への転移の存在が必要である。腫瘍細胞は正常な濾胞状配列を失い,充実性(solid),索状(trabecular)ないし島状(insular)の増殖パターンを示し,低分化成分(poorly differentiated component)と呼ばれる(図1)。島状パターンでは,境界明瞭な腫瘍胞巣が菲薄な線維血管性間質の隔壁に囲まれる。わずかな量の小型濾胞やコロイド成分は認められることがある。核のクロマチンは濃縮しており,乳頭癌に典型的な核所見である,スリガラス状クロマチンや核内封入体は認められない(乳頭癌の核所見がある場合には充実型乳頭癌と診断する)。不規則な核膜の折りたたみが認められることがあり,脳回状ないし干しぶどう状と表現される核異型を伴うことが多い。分化癌に比べ核分裂像が多い(≧3個/10HPF程度)が,未分化癌ほどではない。腫瘍の凝固壊死をしばしば伴う。
甲状腺低分化癌の病理像
低分化癌は充実性(solid, S[左上]),索状(trabecular, T[右上]),島状(insular, I[左下])の増殖パターンを呈する。核に乳頭癌の異型はなく,脳回状から“salt and pepper”状に近い。矢頭は核分裂像。
低分化癌では高分化癌の成分を伴うことがあるが,低分化成分が腫瘍50%以上を占めた場合に低分化癌と診断する。高分化成分が優勢である場合には,高分化癌を主診断として低分化成分の存在を付記する。また,低分化癌の一部に未分化癌を伴う場合もあるが,この際には未分化癌と診断する。著明な核多形・細胞異型を示す低分化癌は未分化癌への転化の恐れがあり,診断に付記することが望まれる。
高分化癌と低分化癌の鑑別が困難な際などに,免疫組織学的検討は助けとなる場合がある(表1)[12,13]。甲状腺濾胞上皮はCK7(+)/CK20(−)のパターンを示す。CK19は高分化癌の際にマーカーとして利用されるが,低分化癌では陰性のことが多い[14]。低分化癌では高分子量ケラチン(high molecular weight cytokeratins,CK5/6など)が陽性である場合が多い。低分化癌では,Thyroglobulinの発現は低下し,濾胞上皮の分化マーカーであるTTF-1,PAX8はおおむね陽性であるが,発現が低下する傾向を認める。HBME-1の発現も陽性であるが低下傾向を示す。細胞増殖に関わるCyclin D1の発現は陽性であることが多く,p53の核内集積も認める場合がある。Ki-67標識率は高分化癌と未分化癌の中間で,10~30%程度を示す。
甲状腺癌における免疫組織学的マーカーの発現
充実型乳頭癌(papillary carcinoma,solid variant)との鑑別が臨床上,最も重要となる。この鑑別には,2007年にトリノ会議で提案されたアルゴリズムが役に立つ(図2)[15~17]。すなわち,甲状腺癌においてまず未分化成分の量を判断し,乳頭癌特異的な核異型の有無を確認することにより充実型乳頭癌を鑑別することが可能である。トリノ会議ではさらに壊死,脳回状核,細胞分裂像の程度が少ないものを充実性増殖の目立つ濾胞癌に分類することを提言している。
甲状腺低分化癌診断のアルゴリズム
低分化癌の頻度は,第6版規約に従うと約11%,WHOならびに第7版規約に従うと約0.8%である。今後,トリノの基準が採用されると0.3%程度になる。(S.T.I.成分=低分化成分)
充実型乳頭癌に加えて,髄様癌,副甲状腺癌,他臓器癌の甲状腺転移との鑑別も必要である。髄様癌は充実性ないし索状に増生するが,核クロマチンは顆粒状であり,calcitoninや神経内分泌マーカー(N-CAM,Synaptophysin,Chromogranin A)の発現により鑑別できる。転移性腫瘍に関しては,TTF-1やPAX8の発現がないことを確認するが,TTF-1は肺癌,PAX8は腎癌などでも発現していることから注意が必要である。
低分化癌の組織診断基準の統一を目的として,2007年に北イタリア,トリノにおいて会議が開催された(vollante)。この会議では,2004年のWHO診断基準に加えて,1)脳回状などの高度な多形核,2)核分裂像の増加,3)腫瘍壊死像がみられることという条件が加えられた[15]。これにより,低分化癌の診断基準はさらに厳しいものになり,この基準に従うと低分化癌は乳頭癌の0.3%程度になると報告されている。今回の第7版取扱い規約ではこのトリノ会議で加えられた基準は含まれていないが,WHOの改訂分類には採用される見通しであり,日本における診断基準もさらに厳しく変更される可能性が高い。
第6版取扱い規約では,低分化癌が定義されたものの,WHO分類における定義と相違があり,国内外のデータを比較することが難しい状況であった。第7版の改訂により,両者が一致し,低分化癌の定義がより明確に,統一的に理解されることとなった。充実型乳頭癌との鑑別が明確になったことはその端的な例である。今後,低分化癌に関して国内のデータが再整理,蓄積されることにより,日本から低分化癌に関する多くのエビデンスが発信されることが期待される。