2016 Volume 33 Issue 3 Pages 151-154
甲状腺未分化癌は極めて進行が早く予後不良な疾患である。初診時すでに進行例となっていることも多く,唯一の根治的な手術療法を行うことが不可能な際には,緩和的放射線療法や施設毎の薬物療法が行われてきた。また,薬物療法に関する標準治療は確立しておらず,例え積極的な治療を行っても,その治療成績は満足できるものではなかった。
近年の研究により,甲状腺癌に関連する増殖因子とその受容体,遺伝子の異常によるシグナル経路の活性化などが解明される中,基礎的な研究結果に基づいた新規薬剤の開発も行われ,甲状腺癌に対する薬剤が相次いで保険承認されている。その中でも特筆すべきは,未分化癌に対しても使用可能な薬剤の登場であり,レンバチニブは分化型甲状腺癌のみならず,未分化癌に対してもその有用性が確認されている。
未分化癌に対する分子標的治療薬の開発状況,そしてレンバチニブの有用性に関して述べたい。
甲状腺癌の組織型としては,乳頭癌が最も多く90%前後,ついで濾胞癌(約5%),未分化癌(2~3%),髄様癌(1~2%)と続く。予後に関しては,乳頭癌の10年生存割合が90%以上,濾胞癌が80%以上とされ予後良好であるが,未分化癌に関しては生存期間中央値で6カ月以内とされる[1]。このように,未分化癌は頻度が少なく予後が非常に悪いことから,薬物療法に関する標準治療は確立していない。
分子標的治療薬以外の薬物療法に関しては,パクリタキセルの有用性が報告されているものの,更なる治療成績の向上を目指して新規薬剤の登場が期待されている[2]。近年,新規分子標的治療薬(ソラフェニブ,レンバチニブ,バンデタニブ)の登場により,甲状腺癌の治療成績が大きな変貌を遂げており,一部の薬剤に関しては未分化癌に対する有用性も報告され始めた[3~5]。
本項においては,未分化癌に対する分子標的治療薬の開発状況,そして保険承認に至ったレンバチニブの有用性に関して述べたい。
近年の研究により,甲状腺癌に関連する増殖因子とその受容体,遺伝子の異常によるシグナル経路の活性化などが血管新生,分化,増殖などに深く関わっていることがわかってきたが,未だ全貌は明らかになっていない[6]。
腫瘍組織を形成する甲状腺癌細胞,血管内皮細胞,間質細胞などでは,細胞受容体である血管内皮増殖因子受容体(VEGFR),線維芽細胞増殖因子受容体(FGFR)およびこれらのリガンドである血管内皮増殖因子(VEGF),線維芽細胞増殖因子(FGF)が発現している。VEGFにより惹起されるVEGFRのシグナル,およびFGFにより惹起されるFGFRのシグナルは,共に腫瘍血管新生を起こすが,FGFRのシグナルは更に,VEGFRのシグナルを増強させる働きもある。FGFRのうち,FGFR1,3,4は甲状腺癌での高発現と悪性化への関与が報告されている。また,乳頭癌の一部ではRET融合遺伝子によるRETの恒常的活性化が認められるなど,RETは多くの甲状腺癌の発症と悪性化に関わっている可能性がある[7]。
未分化癌の発生には諸説あるが,高分化な乳頭癌もしくは濾胞癌に遺伝子異常が蓄積されることで低分化癌更には未分化癌に転化していくとの考えもある。乳頭癌ではBRAF遺伝子の点突然変異,濾胞腺腫あるいは濾胞癌ではRAS遺伝子の変異が高い頻度で確認されている。未分化癌では,これらの遺伝子異常に加えてTP53遺伝子の変異が比較的高率にみられ,段階的な遺伝子異常の蓄積が示唆されるが,必ずしもこれら全ての遺伝子変異が確認されるわけではなく,様々な要因が関与していると考えられる[8~10]。
未分化癌のみを対象とした分子標的治療薬に関する臨床試験の報告は限られるものの,甲状腺癌を対象とした幾つかの試験においては未分化癌が含まれている(表1, 2)。数多くの分子標的治療薬が試みられ,十分な効果を得ることができない中,レンバチニブに関しては,非常に有望な結果が確認されており,本邦おいても未分化癌に使用可能な治療薬として承認されている。
主な分子標的治療薬と標的分子
甲状腺未分化癌に対する分子標的治療薬の第2相臨床試験
イマチニブはBCR-ABL融合蛋白のチロシンキナーゼ活性を抑制するだけでなく,血小板由来増殖因子受容体(PDGFR)および幹細胞因子受容体(c-Kit)などの類似チロシンキナーゼ活性も阻害する。
PDGFRの発現が確認された未分化癌11例を対象に,イマチニブの有効性を検証するための第2相臨床試験が報告されている[11]。治療開始から8週時点での奏効率は評価可能な8名中2名にPR,4名にSD,6カ月時点での無増悪生存率は36%,全生存率は45%。主なGrade3以上の毒性は,浮腫(25%),倦怠感(12.5%),低ナトリウム血症(12.5%)と報告された。なお,本試験は種々の問題(早期の試験終了,単施設での試験,症例の追跡)を抱えており,その解釈は難しいが,有望な結果は得られていない。
<パゾパニブ>パゾパニブはVEGFR1-3,PDGFR,c-KITを標的キナーゼとし,血管新生阻害作用を中心に抗腫瘍効果を発揮する。主な毒性は高血圧,下痢,疲労,食欲不振などである。
様々な治療歴を有する未分化癌15例を対象に,パゾパニブの有効性を検証するための第2相臨床試験が行われたが,ほぼ全ての登録症例でその有効性が確認できず試験が早期中止となっており,有望な結果は得られていない[12]。
<ソラフェニブ>ソラフェニブはVEGFR1-3,PDGFR,c-KIT,FLT-3,Rearranged During Transfectionがん原遺伝子(RET),RAFを標的キナーゼとし,血管新生阻害作用を中心に抗腫瘍効果を発揮する。主な毒性は手足症候群,食欲不振,下痢などであり,本邦においては分化型甲状腺癌に対して保険承認されている。
手術療法もしくは放射線療法の適応とならず,殺細胞薬に不応となった未分化癌20例を対象に,ソラフェニブの有効性を検証するための第2相臨床試験が報告されている[13]。重篤な有害事象は少ないものの,20名中2例のPR,5名のSD,無増悪生存期間中央値は1.9カ月,全生存期間中央値は3.9カ月と短く有望な結果は得られていない。
国内においても根治切除不能な未分化癌または髄様癌患者を対象に,安全性評価を主目的とした第Ⅱ相臨床試験が実施されている。有効性評価対象となった未分化癌10例の奏効率は0%,無増悪生存期間中央値は85日,全生存期間中央値は151日であり,Grade3以上の有害事象も40%程度に認められたことから,その有効性および安全性は確立されていない。
<その他>前述のイマチニブ,パゾパニブ,ソラフェニブ以外にも様々な分子標的治療薬の臨床試験が行われている。甲状腺癌を対象としたアクシチニブ[14],ゲフチニブ[15],スニチニブ[16]などの臨床試験において,未分化癌が一つの組織型として試験に組み込まれているが,いずれの試験においても有望な結果は得られていない[17]。
<レンバチニブ>レンバチニブはVEGFR1-3,FGFR1-4,PDGFR,c-KIT,RETを標的キナーゼとし血管新生阻害作用を中心に抗腫瘍効果を発揮する薬剤であり,本邦においては未分化癌を含めた甲状腺癌に対して保険承認されている。
国内において,進行性甲状腺癌患者(放射性ヨード難治性の分化型甲状腺癌並びに切除不能の髄様癌および未分化癌)51例(分化型甲状腺癌:25例,髄様癌:9例,未分化癌:17例)を対象に,安全性,有効性を検証する第2相臨床試験が行われた[18](図1)。
各被験者における標的病変径和のベースラインからの最大変化率(最小値)
Grade3以上の有害事象は,分化型甲状腺癌の18/25例(72%),髄様癌の9/9例(100%),未分化癌の15/17例(88%)に発現した。レンバチニブの減量に至った有害事象は49例(分化型甲状腺癌25例,髄様癌9例,未分化癌15例),休薬に至った有害事象は34例(分化型甲状腺癌17例,髄様癌6例,未分化癌11例)に発現した。
有効性については,分化型甲状腺癌において17/25例(68.0%)がPR,8/25例(32%)がSDであった。髄様癌においては,2/9例(22.2%)がPR,7/9例(77.8%)がSD,未分化癌においては,4/17例(23.5%)がPR,12/17例(70.6%)がSD,1/17例(5.9%)がPDであった。
本試験は未分化癌のみを対象とした試験ではないが,過去の報告にはない未分化癌に対する有効性と安全性を確認することができる唯一の試験である。
現在,国内において根治切除不能な未分化癌のみを対象とした,レンバチニブの有効性および安全性に関する第2相臨床試験(NCT02726503)が進行中である。未分化癌を含む甲状腺癌に対する適応を有する唯一の薬剤であるレンバチニブの未分化癌に対する真の有効性および安全性を検証することで,その社会的意義は大きい。
海外においては,未分化癌を対象としてmTORC1/2阻害薬(NCT02244463),PPAR-γアゴニスト(NCT02152137),ALK阻害薬(NCT02289144)といった分子標的治療薬の臨床試験が進行中であり,その結果が待たれる。
また,他のがん種において,免疫チェックポイント阻害剤の臨床導入が進む中,未分化癌に対する免疫療法を用いた臨床試験(NCT02688608)も行われており,分子標的治療薬のみならず,更なる新規薬剤の登場が期待される。