Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Prophylactic total thyroidectomy in RET gene mutation carriers
Minoru Kihara
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2017 Volume 34 Issue 1 Pages 41-44

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抄録

多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)はRET遺伝子が原因遺伝子であり,家族性スクリーニングにおいて遺伝学的検査により臨床的に未発症の変異保有未発症者を同定することができる。MEN2の甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%であるため,発症前に甲状腺を全摘することで根治が可能となる。欧米のガイドラインではRET変異部位に応じてリスク分類と予防的甲状腺全摘術の推奨時期を提唱しており,以前より欧米を中心に予防的手術が行われてきたが,本邦での報告はほとんどない。2014年までに当院で予防的手術を行ったのは18例あり,全例カルシウム負荷試験で反応がみられた後に施行しているが,術後病理学的検査で判明した微小な髄様癌は11例,C細胞過形成のみは7例であった。術後に再発は認めていない。本邦における予防的手術の時期は欧米より遅くても,カルシウム負荷試験で反応がみられた時点の手術でもよい可能性がある。

はじめに

多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)は家族性甲状腺髄様癌(FMTC)を含むMEN2AとMEN2Bの2つの病型に分けられ,発症する病態がおのおの異なるが,主要病変のひとつである甲状腺髄様癌はいずれにおいてもみられる。MEN2はRET遺伝子が原因遺伝子であり,甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%である。MEN2症例の生命予後に大きく影響するこの甲状腺髄様癌の治療,とくに予防的全摘術について述べる。

1.甲状腺髄様癌の治療

甲状腺髄様癌は散発性と遺伝性いわゆるMEN2の2タイプがあるが,いずれも現時点では手術療法のみが根治を期待できる唯一の治療法である。米国甲状腺学会(ATA)の髄様癌診療ガイドライン[]では散発性や遺伝性に関係なく甲状腺全摘を勧めているが,散発性髄様癌の場合はほとんどが単発性であり必ずしも全摘にこだわる必要はなく,病変の広がりに応じた甲状腺切除でよい[]。一方,遺伝性であれば大部分で甲状腺両葉に髄様癌が多発していることから,手術時にたとえ病変が単発であるようにみえても甲状腺全摘術を行う(片葉切除では将来,残存甲状腺から髄様癌が生じる可能性が高い)。髄様癌の転移形式は主にリンパ行性と血行性である。遺伝性,散発性にかかわらず,高頻度のリンパ節転移を認めることが多い。リンパ節転移陽性の症例では,きちんと郭清を行っても術後カルシトニン値が正常化しない症例が約50%存在し,血行性転移が存在するものと推測される[]。リンパ節郭清については遺伝性の有無に関係なく中央区域(気管周囲)は必須である。ATAガイドライン[]によれば,血中カルシトニン値が高値でない場合で明らかなリンパ節転移がなければ外側区域の予防的頸部リンパ節郭清は勧めてはいない。当院では術前の画像診断などでのリンパ節転移の有無にかかわらず,ルーチンに患側の外側区域の頸部リンパ節郭清を,さらに遺伝性の場合には甲状腺病変の広がりに応じて両側の頸部リンパ節郭清を行ってきたが,当院の治療成績は欧米の報告と比べてかなり良好であり[],上述のわれわれの手術方針は妥当であると考えている。

最近まで甲状腺髄様癌に対する有効な全身治療はなく,再発,とくに遠隔転移をきたした場合の治療は困難をきわめた。しかし,わが国においても進行再発甲状腺髄様癌に対して2015年から2016年にかけて複数の分子標的治療薬が承認された。詳細は本特集の他稿を参照されたいが,完全奏効を狙う治療法ではなく,プラセボと比較しても生存期間には有意差はみられていない。

2.予防的甲状腺全摘術

甲状腺髄様癌は散発性か遺伝性かにより,手術術式,関連疾患へ治療を含めたその治療方針が大きく異なるため,術前での鑑別が非常に重要となる。臨床上は一見,散発性と思われる髄様癌症例でもRET遺伝学的検査を行うと15%程度は遺伝性である[]。現在,欧米ならびに本邦のガイドランではすべての甲状腺髄様癌に対してRET遺伝学的検査を行うことを強く推奨している[,]。遺伝学的検査によりMEN2と判明した場合は,その血縁者にも遺伝学的検査を行う。その結果,MEN2のいずれの病変も発症していないが同じRET変異が認められるRET変異保有未発症者を診断することが可能となる。

欧米ではこのRET変異保有未発症者に予防的甲状腺全摘術が行われてきたが,これには甲状腺髄様癌が未発症の正常甲状腺の全摘と,すでに微小な髄様癌が発症している甲状腺を早期治療目的に全摘する両方が混在している。MEN2の病型やRET変異部位によりその髄様癌の発症時期や悪性度が異なることから,以前よりRET変異部位によっていくつかのリスクグループに分類し,そのリスクグループごとに予防的全摘術の時期が推奨されてきた。最新の2015年のATAのガイドラインでは3つのリスクグループに分類し予防的全摘術を含めた臨床的対応を示しているが,一部は前回よりは緩やかになっている[](表1)。これらガイドラインは欧米のデーターから過去に最も早く発症した年齢をもとにして主に最も早い症例を見逃さないように策定されている。

表1.

遺伝スクリーニングにより判明したRET変異コドンに基づく小児への対応(ATA2015年改訂版から一部抜粋)

本邦では2016年4月から甲状腺髄様癌に対するRET遺伝学的検査が保険適応になり,検査がしやすくなった。現在はすでに甲状腺髄様癌と診断されている症例のみが保険適応であり,甲状腺髄様癌がみられない血縁者は保険適応になってはいないが,発端者が遺伝性髄様癌と判明した場合の家族性スクリーニングとしての血縁者の遺伝子診断は以前と比べて増加するものと思われる。したがって本邦でも今後はRET変異保有未発症者,そして予防的甲状腺全摘のケースが増えてくるものと想像される。さきほどのガイドラインは欧米のデーターをもとにしており,日本人のデーターをもとにしたガイドラインやコンセンサスはいまだに存在しておらず,日本人のすべてのRET変異保有未発症者に対して,そのまま欧米のガイドラインの推奨年齢どおりに手術を勧める,あるいは施行することが妥当であるかは不明である。

3.当院での予防的甲状腺全摘術

1997年から2014年の間に当院での予防的甲状腺全摘術を行った症例について述べる。対象としたのはMEN2症例の家族性スクリーニングでRET変異が認められた症例のうち,①超音波検査で髄様癌を疑う腫瘤がない。②5mm以上の甲状腺腫瘤がある場合は細胞診を行い髄様癌が否定された。③各種画像検査でリンパ節転移がみられない。④血中カルシトニンやCEAが正常値である,これらをすべて満たした症例のうちカルシウム負荷試験を行い,反応がみられた場合には予防的甲状腺全摘術を勧め,承諾を得て手術を施行したのは18例であった。すなわち術前にすでに微小な髄様癌,少なくともC細胞過形成が生じていると判断された症例を手術適応とした。年齢は8~58歳(中央値14歳)。臨床病型はFMTC 7例,MEN2A 10例,MEN2B 1例であった。2015年のATAガイドラインに基づくリスクはhighest risk 1例,high risk 9例,moderate risk 8例であった。術式は甲状腺全摘術2例,甲状腺全摘術+D1郭清16例であった。術後病理診断は11例で微小な髄様癌,7例でC細胞過形成のみが認められ(表2),全例で病変は多発していた。郭清を施行した16例全例でリンパ節転移は認めなかった。術後のカルシトニン値は術前よりは低下した。術後のカルシウム負荷試験は全例で反応がなく生化学的治癒が得られた。また全例において手術合併症はみられなかった。術後観察期間は中央値63カ月(平均112カ月)で,全例で再発は認めておらず,その後のカルシトニン値も正常である。なお,このシリーズにおいてはカルシトニン値の測定は旧法の2抗体法で施行した。

表2.

当院の手術例におけるリスク別手術時年齢と病理組織

4.本邦における予防的甲状腺全摘術の時期

MEN2Aにおいて5歳以下で手術をした場合は6から20歳で手術した場合と比べて,転移がある症例は明らかに低頻度である[]。また散発性症例ではあるが,腫瘍径1cm以下の微小髄様癌の10年生存率は1cmよりも大きい髄様癌と比較して良好であり,術後のカルシトニン値が正常化する割合も高かった[]。しかし成人と比べて小児での予防的甲状腺全摘術は手術合併症のリスクが高く,しかもその年齢が低いほど手術合併症の頻度は高い[]。MEN2において甲状腺髄様癌の浸透率はほぼ100%ときわめて高く,しかも早期発症の可能性も高いことから,発症前の小児期での予防的甲状腺全摘術には意義があることには疑いの余地はない。しかしながら小児,とくに幼少期での手術は手術合併症のリスクが高くなるというジレンマがある。

欧米と異なり,本邦ではRET検査をいつから行うか,変異のタイプに応じて何歳から予防的甲状腺全摘術を行うかのコンセンサスはない。前述した当院の予防的甲状腺全摘術の成績は日本人のみのデーターであるが,欧米のガイドラインに沿って手術時期を決めているわけではなく,カルシウム負荷試験で反応がみられた時点で手術適応とした。そのため欧米の報告と比べ,当院では手術時年齢は比較的高かった。欧米のガイドラインで推奨している様な早期の手術ではなくても治療成績は良好であったことから,本邦における予防的手術の時期は欧米より遅くても良好な結果が得られる可能性がある。

おわりに

RET遺伝学的検査が普及するにつれRET変異保有未発症者も増加するものと思われる。本邦での症例を蓄積し,わが国での予防的全摘術のタイミングを検討する必要がある。当院のデーターではカルシウム負荷試験が陽性になった時点では6割の症例ですでに微小髄様癌が発症していたが,成績が良好なことから本邦においてはこの時点での手術施行でも妥当かもしれない。ただ2015年4月からカルシトニン測定法が変更になったため,今後の負荷試験に対しての解釈には時間を要するものと思われる。

【文 献】
 

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