2017 Volume 34 Issue 3 Pages 200-203
症例は70歳台,女性。幼少期より完全内臓逆位を指摘されていた。超音波検査で30mm大の甲状腺腫瘍を指摘され,悪性も否定できず手術方針となった。
術前の画像評価では,血管分岐形態に異常は認めず,非反回下喉頭神経の存在も否定的であった。
甲状腺左葉峡切除術が施行された。左反回神経は傍食道やや外側にて確認され,温存した。術後,反回神経麻痺はなかった。病理では腺腫様結節(腺腫様甲状腺腫)であった。
頭頸部領域で完全内臓逆位が問題になることはあまりないが,反回神経の走行の特徴が左右逆になることと,血管分岐形態の異常がある際には非反回下喉頭神経の存在を念頭に置き慎重に手術操作を行うべきである。
耳鼻咽喉・頭頸部領域では臓器が左右対称であることが多く,内臓逆位はあまり着目されていない。今回,完全内臓逆位を伴った甲状腺腫瘍の1例を経験したので文献的考察を加え報告する。
症 例:70歳台,女性。
主 訴:頸部腫瘤。
現病歴:2015年近医にて頸部超音波検査の際に甲状腺・耳下腺腫瘍を指摘され,当院へ紹介された。穿刺吸引細胞診では悪性腫瘍との鑑別が困難であり,耳下腺手術を行った後,甲状腺手術を行う方針となった。
既往歴:糖尿病,高血圧,不整脈,もやもや病。若年時より内臓逆位を指摘されている。副鼻腔疾患なし。
家族歴:特記すべき事項なし。
現 症:身長147.0cm,体重53.6kg。前頸部に腫瘍は触知されず,圧痛もなし。
初診時血液検査所見:FT3 2.98pg/ml(1.71~3.71pg/ml),FT4 1.07ng/dl(0.70~1.48ng/dl),TSH 2.99μIU/ml(0.35~4.94μIU/ml),Tg 39.2ng/mL(33.7ng/mL以下)であり,甲状腺機能は安定していた。
胸部レントゲン検査(図1):右胸心を認めた。胃泡を右側に認めた。

胸部レントゲン:右胸心。胃泡を右側に認める。
心電図検査:内臓逆位に伴う右軸偏位あり。
心エコー検査:EF63%,壁運動異常なし,心奇形なし。
頸部超音波検査(図2):甲状腺左葉に21×15×31mm,境界明瞭,内部不均一な充実性成分を認める。石灰化は伴わず,充実性成分部分に血流の亢進は認めなかった。有意なリンパ節腫脹は認めなかった。

頸部超音波検査
甲状腺左葉に21×15×31mm,境界明瞭,内部不均一な充実性結節を認める。石灰化は伴わず。
頸部造影CT検査:甲状腺左葉に低吸収腫瘤を認め,不均一な造影効果を伴っていた。周囲組織への浸潤の可能性は否定的であった。転移を疑うリンパ節は認めず。右側大動脈弓を認めた。三次元CTでは血管分岐形態に異常は認めなかった(図3a, b)。

a:頸部造影CT検査(冠状断):腫瘍(矢印)は造影効果を示さない。
b:三次元CT:右大動脈弓。血管分岐形態の異常は認めず。
細胞診:classⅢ 濾胞性腫瘍疑い。
手術所見(図4 ):甲状腺左葉峡切除術を施行した。左反回神経は傍食道やや外側にて確認し温存した。右反回神経は確認していない。(手術時間2時間19分,出血量18ml)

術中所見:反回神経(矢頭)は傍食道(点線)やや外側にて確認された。
病理組織検査:腺腫様結節(腺腫様甲状腺腫)。
術後経過:術後,反回神経麻痺や喉頭浮腫もなく,術後5日目で退院となった。
内臓逆位は3,000~5,000人に1人の割合で出現する。性差はない。本症例のように全ての臓器が逆転する全内臓逆位に対し,一部の内臓のみ逆位をきたす部分内臓逆位があるが,前者が約5倍の頻度とされる[1]。
内臓逆位そのものに病的意味はないものの,高確率で心血管系や消化器系の奇形を合併し,正常人の約10倍と言われる[2]。勝木らによればその頻度は64%で,心奇形,無脾・多脾,肝臓の形態異常,腸回転異常などが高率と報告されている[1]。本症例ではもやもや病,不整脈などの疾患を合併していたが,内臓逆位との関連性は指摘されておらず,明らかな心奇形や大血管の走行異常は認めなかった。また20~25%にKartagener症候群(慢性副鼻腔炎,気管支拡張症,内臓逆位の3主徴)を伴うことが知られている[3]が,本例ではこれらの合併は認めなかった。
甲状腺手術の際には反回神経温存が重要である。反回神経は迷走神経から分岐後,左側では大動脈弓を,右側では右鎖骨下動脈をそれぞれ反回し,甲状腺背側を走行している。そのため一般的に左側では気管に近いところ(気管食道溝)を走行しているのに対し,右側ではやや外側を走行している。内臓逆位がある場合には,本症例でも左反回神経は気管食道溝ではなく,やや外側を走行していた。反回神経同定の際にはその特徴が左右逆になるため注意が必要である。
また,鎖骨下動脈起始異常などの血管走行奇形を伴う場合,非反回下喉頭神経(nonrecurrent inferior laryngeal nerve,以下NRILN)が合併することがあり,手術の際には注意が必要である。NRILNは1823年にStedmanによって初めて報告され[4],その後は右NRILNに関して海外および本邦から多数の報告がされている(発生頻度0.26~0.99%[5~7])。とくに右鎖骨下動脈起始異常の場合には高率に右NRILNを伴うとされる[8]。右鎖骨下動脈起始異常の発生頻度は0.2~1.2%と報告されている[8~10]。Kawaiらは右鎖骨下動脈起始異常を認めた5症例全例に正常走行の反回神経は認めなかったと報告している[8]。また,寺尾らはNRILNを認めた7症例全例で右鎖骨下動脈起始異常を認めたと報告している[11]。これらを考慮すると,右鎖骨下動脈起始異常にはNRILNが伴う可能性は極めて高いと推測される。
一方で左NRILNの報告は極めて少ない。左NRILNには①右側大動脈弓があること②左鎖骨下動脈が食道後面を通ること③動脈管が右側に存在すること,以上3つをみたすことが求められるため非常に稀と考えられている[11]。Henryらの2例の報告[7]以降はFellmerらの1例報告しかない(発生頻度0.04%[12])。Henryらの報告ではいずれも内臓逆位症(右側大動脈弓)と左鎖骨下動脈動脈起始異常を合併した,右鎖骨下動脈起始異常の鏡像と言える症例であった。内臓逆位症例での血管奇形の合併のリスクの高さを踏まえ,術前の画像検査(エコー検査,CT検査など)にて大血管の走行異常の有無を確認しておくことは重要であると考える。本症例でも術前にCT検査で血管走行奇形がないことを確認し,また三次元CTはその確認に非常に有用であった。
内臓逆位を伴った甲状腺腫瘍の手術を経験した。高確率で心血管系や消化器系の奇形を合併することを念頭に,術前に十分な画像評価を行った上で手術操作を行うことが重要であると考えられた。
本論文の要旨は,第49回日本甲状腺外科学会学術集会(2016年10月,甲府)において発表した。