2017 Volume 34 Issue 4 Pages 218-222
甲状腺癌の骨転移は,われわれの経験した38例では骨盤が最も多く,ついで脊椎,肋骨など体幹骨中心で特徴的な分布を示していた。手術治療は18例20件に施行され広範切除術が最も多く,長期予後を見据えた術式選択がされていた。放射線治療は当院では内照射が行われていないため外照射のみのデータであるが3Gy×10frを中心に照射量分布には幅がみられ,予後に応じた照射量選択がされていた。骨修飾薬や分子標的治療薬の有効性も認められており,病期や骨折,麻痺の切迫の度合いに応じた治療方法選択を,院内院外のCancer boardにて集学的に行うことが重要と考えられた。最後に骨転移症例に対してlenvatinibなどの薬剤投与を行う場合は骨転移巣への有効性についての画像検討を行い報告することを,治療方針決定のエビデンスデータ作りとして推奨したい。
転移性骨腫瘍は脊髄麻痺や病的骨折など患者のQOLを著しく低下させる病態であるが,多発進行性,骨という臓器の特殊性,原発癌の多様性などが複雑に絡み合い,治療方針決定には難渋することが多い。今回は①大阪府立成人病センターにて加療した甲状腺癌の骨転移症例の検討,②骨転移診療ガイドラインと甲状腺癌骨転移,③整形外科的治療方針と集学的治療の重要性,の3点について報告する。
1992年以降 に加療した甲状腺癌の骨転移症例は38例(男性15例,女性23例)であった。年齢は22歳から92歳で中央値は68歳,原発組織型は乳頭癌12例,濾胞癌11例,未分化癌2例,リンパ腫1例,不明12例であった。転移部位は腸骨10例,胸椎9例,頸椎8例,肋骨6例など体幹骨に多くみられた(図1)。最も多かったのは骨盤で,甲状腺からは比較的遠いにも関わらず特徴的な転移部位であった。

骨転移部位の分布
当院で加療した38例の転移部位の分布を示す。骨盤,頸胸椎,肋骨が多発部位であった。
治療内訳(表1)は手術が18例20件,放射線治療が19例23件であった。手術術式は広範切除が最多であった。手術を施行する骨転移症例の原発巣としては肺癌や腎癌などと比較して甲状腺癌は稀といえる。特に手術例のうち長期フォロー例では20年以上の経過を有しており,非常に緩徐な発育をする甲状腺癌の骨転移に対しては,長期予後を見据えた術式選択が必須である。放射線外照射は脊椎と骨盤が多く,照射量は30Gy(3Gy×10回)を照射した症例が最も多かった。図2に照射量の分布を示す。その他の治療としては,分子標的治療薬の投与も行われており,分子標的治療薬,骨修飾薬と放射線治療を施行した症例では骨転移の再骨化が認められ,力学的強度改善がみられた症例もあった。

治療内訳

放射線治療症例の照射量分布
当院では内照射は行われていないため,外照射のデータのみを示す。
おそらく進行期が多いため姑息的線量が最も多いと思われるが他の原発巣に比べると照射量は多い傾向である。
骨転移全般の治療指針としては「骨転移診療ガイドライン」[1]が日本臨床腫瘍学会より2015年に上梓されている。その総説には剖検での原発巣別骨転移の頻度で,甲状腺は50.0%と記載があり,決して稀ではない。ただ,上述した当院での症例数や剖検での頻度など疫学的なデータは施設依存性が高くバイアスが大きい。文献的には40歳以上の乳頭癌の10%,濾胞癌の25%で遠隔転移を生じ,骨転移は甲状腺分化癌の2~13%でみられるという報告がある[2]。骨転移部位については13文献をレビューして317例616箇所の甲状腺癌骨転移部位を調べた報告[3]があり,脊椎が34.6%,骨盤が25.5%,胸骨と肋骨が18.3%と体幹への偏在が確認されている。また骨転移を同定する検査として,骨転移診療ガイドラインでは骨シンチ,PET-CT,MRIが推奨されCTは見逃しがありえるとされているが,甲状腺癌でも同様であり,PET-CTや全脊柱MRIの施行が推奨される[2]。
治療については骨転移全体に対する治療として肺癌,乳癌,前立腺癌については高いエビデンスレベルでゾレドロン酸とデノスマブなど骨修飾薬の重要性が推奨されているが,甲状腺癌もその効果は期待出来る。Oritaらはゾレドロン酸を投与した28例と投与していない22例を比較して投与群で有意にskeletal related events(SRE)が少なかったと報告している[4]。また骨転移診療ガイドラインでは明記されてはいないが,化学療法も骨転移治療においては進行を遅らせ骨再生を促す意味では大変重要である。残念ながら化学療法剤の臨床試験において骨転移は評価病変であったことは殆どなく,そのためにエビデンスデータが蓄積されていないのが実情であるが,今後骨転移症例に対してlenvatinibなどの薬剤投与を行う場合には骨転移への有効性についての画像検討を行い報告することが今後の治療方針決定のエビデンスデータ作りとして重要である。
整形外科医は骨の専門家として各種癌の骨転移診療を行う責務があるが,実際には一般整形外科医が悪性疾患を取り扱うことは他の外科系に比べると少ないため施設間格差が非常に大きい。すなわち癌専門病院の整形外科では骨転移も多く扱うが,癌の骨転移は殆ど扱わない整形外科も一般病院には多く,2002年のデータでは骨転移に対する手術治療の75%がわずか15%の専門施設で行われているという偏りが存在した[5]。しかし高齢化と共に癌患者は増加の一途を辿っており,骨転移治療への整形外科医参画を促すことは急務と思われる。当科での骨転移に対する治療指針を図3に示すが,転移性骨腫瘍に対する手術適応は,麻痺や骨折などの緊急を要する状況かどうか,また骨転移患者の病期によって層別化して決定している。単発骨転移の場合は,麻痺や骨折の状況にかかわらず,積極的に手術を行う。多発転移の場合は,麻痺や骨折を認める症例に対しては可能であれば手術を選択し,それ以外の症例には保存的治療や全身治療を第一選択とする。また,貧血,LDHやALPの上昇,pre-DIC conditionを認める骨髄癌症の症例は術後早期の死亡や合併症などのリスクが高く手術は禁忌である。手術を行う際には,これらのリスクを認識したうえで,患者や家族に予後予測や死亡率,合併症の発生率,手術を行わなかった場合の生活,予測されるADLを説明することが重要である。

手術適応表
治療方針の立て方の基本は骨転移の状態と受診時の病状による層別化対応を基本とする。
骨転移のみ単発の状態なのか多発の状態なのかあるいは骨髄癌症の状態なのかという患者の状態と,麻痺や骨折など切迫したQOL低下の状況か否かという点で層別化し,対応を決めるという考え方である。特に網掛け部分の患者に対する対応は原発科連携の上での原発巣別の対応が必要であり,Cancer boardによる検討を要する。
*骨髄癌症(Disseminated carcinomatosis of bone marrow)
貧血,LDH上昇,ALP上昇,Bil上昇,Pre-DIC(血小板減少,FDP高値,D-dimer高値)などがみられる病態で,手術ストレスによる急激な病態悪化が予想される。
手術術式については,最近の集学的治療の成果もあり骨転移患者であっても長期予後が期待出来る時代となっており,長期経過を見据えた術式を選択すべきである。特に甲状腺癌の骨転移症例は10年以上の経過をたどることも多く,局所根治性が要求される場合は多い。文献的にはBERNIERらは甲状腺癌骨転移109例を解析し,骨転移で初発,経過観察中骨以外の転移なし,総放射線投与量,骨転移の完全切除が多変量解析にて独立した予後良好因子と報告している[6]。またOritaら,Qiuらは骨転移切除とその後の放射線ヨード治療の併用が最も期待出来る治療法と報告している[7,8]。体幹部の手術的治療は困難な場合も多いが,予後因子から考えると治療戦略の中に手術を組み入れるべきであろう。さらにNakatsukaらは甲状腺癌骨転移に対するラジオ波治療の有効性と安全性も報告[9]しており,新しい集学的治療として有用と思われる。
骨転移は原発巣や組織型,進行度などが患者個々に異なり,また治療する医療者側も最近の様々な治療法の開発により診療科が多岐にわたる時代となっている(図4)。そのため治療方針の決定には,院内外におけるキャンサーボードの設立により,予後やPS,骨破壊の程度などを考慮し,その時々におけるベストな集学的な治療戦略を構築することが必要である。

転移性骨腫瘍をめぐる多様性と方針決定方法
骨転移は患者自身の多様性と医療者側の多岐にわたる診療科の間で,予後やPS,骨破壊の程度などを考慮し,キャンサーボードでのベストな治療戦略を選択する必要がある。
発表の機会を与えて戴きました第29回日本内分泌外科学会総会会長 宮 章博先生に深謝申し上げます。