Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of recurrent papillary thyroid carcinoma developing keratoacanthoma by sorafenib at a non-exposed part
Shogo NakamotoMasahiko IkedaShinichirou KuboMari YamamotoTakahiro TukiokiYoko ItanoKunihiro OmonishiKyotaro OhnoFusako Okazaki
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2017 Volume 34 Issue 4 Pages 249-253

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抄録

sorafenibにより本来抑制されるMAPキナーゼ経路がむしろ活性化され,keratoacanthoma(以下KA)や有棘細胞癌(squamous cell carcinoma,以下SCC)をきたす可能性が考えられている。再発甲状腺分化癌を対象とした第Ⅲ相試験において試験群で各々4例(1.9%)にKAまたはSCCが認められている。今回,sorafenib により生じたKAの1例を経験したので報告する。症例は76歳,男性。甲状腺乳頭癌術後再発に対して,2014年9月よりsorafenibを開始した。内服開始後4カ月で左前腕屈側に急速増大する丘疹が生じた。肉眼的にKAが疑われたため直ちにsorafenibを休薬した。皮膚科で腫瘤を摘出生検し,KAと診断された。摘出生検後1カ月よりsorafenibを再開し,その後16カ月間 sorafenibを継続しているが,KAの再燃は認めていない。通常のKAやSCCは露光部が好発であるが,sorafenibによるそれらは非露光部からも発生し,多発することが知られているので,sorafenibを服用させている際には十分な問診と皮膚症状の観察が重要である。

はじめに

sorafenibにより本来抑制されるMAPキナーゼ経路がむしろ活性化され,keratoacanthoma(以下KA)や有棘細胞癌(squamous cell carcinoma,以下SCC)をきたす可能性が考えられている[]。実際,国際共同第Ⅲ相臨床試験(DECISION試験)でKA,SCCが試験群において各々4例(1.9%)に認められている[]。

KAは毛包由来の良性腫瘍で,①急速に増大したのち中央に角栓を入れるドーム状の結節となる,②組織像は有棘細胞癌に類似しているが転移をすることは稀である,③数カ月の経過で自然消退する,という特徴的な臨床像を示す[]。今回,われわれはsorafenib により生じたKAの1例を経験したので報告する。

症 例

患 者:76歳,男性。

既往歴:心房細動,糖尿病。

現病歴:2004年9月,他院で甲状腺乳頭癌に対して甲状腺全摘左D2a郭清を施行され,その後TSH抑制療法継続中であった。術後病理所見は,好酸性細胞型乳頭癌,腫瘍径1.5cm,左気管傍リンパ節(Ⅲ),左下内深頸リンパ節(Ⅵ)に転移を認め,pT1bN1bM0,StageⅣAであった。2010年5月,当院に転院した。2013年5月から血清サイログロブリン(以下Tg)が上昇傾向を示したため(2012年11月:Tg10.6ng/ml→2013年5月:Tg25.7ng/ml),2013年5月,PET/CTを施行したところ右肺下葉S10に最大径1.1cm,上縦隔リンパ節に最大径1.6cm,喉頭前リンパ節(Ⅰ)に0.8cmの転移を疑う結節を各々に認めた(図1)。放射性ヨード内用療法(以下RAI)の可能施設へ紹介したが,転移巣の切除を勧められたため,2013年8月に3カ所の転移巣を切除した。術後病理所見は甲状腺乳頭癌の診断であった。しかし,術後Tgの低下は認めなかった。2014年1月,PET/CTで3カ所全ての近傍に再燃を認めた。RAIについて再度患者に説明したが,治療施設が遠方であること,放射線に対する抵抗感から,患者の同意が得られなかった。そして,術後もTgが低下しなかったことと術後早期にリンパ節や肺に再燃したことから,適応外使用であるがインフォームドコンセントを取得し,2014年9月,800mg/日でsorafenibによる全身治療を開始した。有害事象は便秘Grade1を認めるのみで,手足症候群は発生せず経過した。2014年10月,手関節から約10cm近位の左前腕屈側に急速増大する丘疹を自覚したが担当医には報告せず,2015年1月,初めて担当医に申告し発見された。

図1.

PET/CT画像検査

右肺下葉S10に最大径1.1cm(a),喉頭前リンパ節(Ⅰ)に0.8cm(b),上縦隔リンパ節に最大径1.6cm(c)の転移を疑う結節を各々に認め,同部位に集積を認めた(d)。

肉眼的所見:左前腕に中央に角栓を伴う,12×11mm,高さ8mmのドーム状腫瘤を認めた。

経 過:肉眼的にKAが疑われたため直ちにsorafenibを休薬した。後日,皮膚科で腫瘤を摘出生検した。

摘出生検病理所見(図2:病変全体はcup-shapeをなす病変で,表面には高度の角化亢進を認めた。辺縁に表皮が口唇上に持ち上がるoverhanging lipping所見を認めた。上皮の異型は乏しく,ケラトヒアリン顆粒の増加を認めるが封入体は認めなかった。以上よりKAと診断された。

図2.

全摘生検病理所見

病変全体はcup-shapeをなす病変で,表面には高度の角化亢進を認めた。辺縁に表皮が口唇上に持ち上がるoverhanging lipping所見を認めた。上皮の異型は乏しく,ケラトヒアリン顆粒の増加を認めるが封入体は認めなかった。(a:ルーペ像 b:100倍率)

摘出生検後の経過:KAと確定診断したため,摘出生検後1カ月目よりsorafenibを再開した。摘出生検後16カ月間 sorafenibを継続しているが,KAの新規発生は認めていない。また,甲状腺癌はStable diseaseを維持している。転移巣のCT画像所見とTgの推移を図34に示す。

図3.

CT所見の推移

肺転移,縦隔リンパ節転移共に2014年1月(a),2015年3月(b),2016年3月(c),2017年2月(d)と増大を認めず,Stable diseaseを維持している。

図4.

血清サイログロブリン値の推移

2012年から徐々にTg上昇を認め,転移巣切除後も低下を認めなかった。sorafenib開始により低下を認めた。認知症併発によるコンプライアンス低下で上昇を認めたが,現在コンプライアンスは安定している。

考 察

sorafenib によるKAおよびSCCの発生機序として,sorafenibにより本来MAPキナーゼ経路は抑制されるが,野生型BRAFを発現している細胞においてRAFを阻害すると,CRAFを介してむしろMAPキナーゼ経路が強く活性化されることがあり,そのためkeratoacanthoma(以下KA)や有棘細胞癌(以下SCC)をきたす可能性が考えられている[]。DECISION試験では,sorafenib群における副作用として,KA,SCCが各々1.9%に認められている[]。適性使用ガイドではsorafenib投与中の皮膚症状の十分な観察と適切な処置を推奨している[]。腎細胞癌や肝細胞癌など他の固形癌に対するsorafenibによるKA,SCCの発生例はすでに報告されており[],発生頻度は6~7%とされる[]。sorafenibは2014年9月の再発甲状腺分化癌への承認後,市販後臨床調査のため,製造元への全例登録が義務付けられている。KAおよびSCCは重篤な有害事象であるため,自験例では直ちに製造元へ届け出をしたが,再発甲状腺癌に対する使用例ではじめてKAを生じた1例であった。今後もsorafenib使用症例増加に伴い皮膚腫瘍を経験する可能性は増加することが予想され,専門医として周知すべき有害事象と考えられる。

一般的にKAは主に顔面や手背などの日光曝露部に皮疹として認められるため発見は比較的容易とされている[]。また,ほとんどが単発性といわれている。しかし,sorafenibによるKAは背中や大腿部など露光部以外にも発生し,しかも,多発することが報告されている[]。自験例は本人が自覚していたにもかかわらず担当医に報告していなかったほか,発生時期が秋であったこともあり,長袖の着衣でしかも露光部ではない前腕屈側に発生したために発見が遅れてしまった。手足症候群もなく経過していたため露光部以外の皮膚の診察,問診を怠っていたことは反省すべきである。sorafenibなどの分子標的薬使用時には,十分な問診と身体診察が非常に重要であると再認識させられた症例であった。

今後様々な癌領域において分子標的薬が適応になることが予想される。化学療法とは違った特有の副作用が発生するため,使用する上で担当医は薬剤特有の有害事象を十分に学習し,診療においては十分な問診と注意深い身体診察が重要と考えられた。

おわりに

sorafenib使用時には頻度は数%と稀ではあるがKAやSCCが生じることがある。その場合,通常の発症時と異なり露光部などの好発部位以外からも発生し,かつ多発することがある。sorafenib使用時にはそのことに十分留意して診察しなければならない。

謝 辞

本論文の内容は第48回日本甲状腺外科学会学術集会で発表したものである。

【文 献】
 

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