Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Clinical use of tyrosine kinase inhibitors for rapidly growing bone metastasis of thyroid cancer: a case report
Tsuyoshi MorisakiSueyoshi MoritaniMasao TakenobuKana YoshiokaHiroya KitanoHiromi Takeuchi
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2017 Volume 34 Issue 4 Pages 254-257

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抄録

症例は74歳の男性。2007年,低分化成分を伴う甲状腺高細胞型乳頭癌T3(m)N0M0に対し甲状腺全摘術後,アブレーションを行った。2010年,骨盤骨転移を発症しその後左臀部痛が出現した。同部に放射線外照射治療を計60Gy行い疼痛は改善した。その後病巣の増大傾向はなかったが,2015年に骨盤骨転移巣の急な増大と左臀部痛の増強を認めた。デノスマブの投与を開始すると同時に,当時適応が承認されていたソラフェニブの投与を開始した。ソラフェニブ投与中の6カ月間に腫瘍の増大を認めなかったが、自覚症状として疼痛が増強した。このため自覚症状の軽減や腫瘍の縮小を期待して、薬剤をソラフェニブよりレンバチニブに変更した。投与開始3カ月で骨盤骨転移巣は縮小し,疼痛も改善した。従来の治療で制御困難と思われるような急な増大傾向を示す甲状腺癌骨転移巣に,チロシンキナーゼ阻害薬は治療選択肢として患者に提示すべきである。

はじめに

甲状腺癌の骨転移は早期には症状がないが,進行すると疼痛,骨折,脊髄や末梢神経障害などを引き起こしQOL(quality of life)の低下をきたす。甲状腺癌の骨転移にはこれまで放射性ヨウ素治療(RAI)や放射線外照射治療,ビスホスホネート製剤,デノスマブの投与などが行われてきた。近年,RAI抵抗性の転移甲状腺癌に対する第Ⅲ相試験においてチロシンキナーゼ阻害薬(TKI)の有効性が示された。しかし骨転移巣による疼痛や切迫する骨折のリスクのある症例にTKIを投与した症例報告は少なく,実臨床においてTKI投与が疼痛改善などの有益性をもたらすのか,骨転移巣はどの程度縮小するのかといった疑問がある。このたびわれわれは,甲状腺癌骨転移症例に対してTKIの投与が有益であった症例を経験したのでその治療経過を報告する。

症 例

患 者:74歳,男性。

既往歴:前立腺肥大症。

現病歴:2007年8月,甲状腺右葉の長径15cmの巨大な縦隔進展する腫瘍,左葉の3cm径の濾胞性腫瘍(いずれも複数回の穿刺吸引細胞診でClass2)に対して甲状腺全摘術を施行した。術後の病理組織検査では甲状腺右葉腫瘍は典型的な乳頭癌細胞のみならず,丈の高い円柱上皮細胞が乳頭状,濾胞状に増殖する部分や低分化癌と思われる成分,また腺腫様甲状腺腫の部分が混在する多彩な組織像を示していた。左葉に見られた数個の結節も同様の所見で腺内転移と考えられた。周囲臓器への浸潤はなかった。最終的に低分化成分を伴う高細胞型乳頭癌T3(m)N0M0と診断した。また,原発巣に低分化成分が含まれていたこともあり,2008年2月に80mCiのアブレーションを行った。その際の131Iシンチグラフィでは頸部リンパ節,肺に集積を認めなかった。左肋骨に131Iの集積を認めたが,CT検査では病変は視認できず厳重経過観察の方針とした。アブレーション後の血中サイログロブリン値は22.1ng/mL,血中TSHは検出感度以下であった(図1)。2010年8月,PET/CT検査で左仙腸関節にFDG集積と3.8cm径の溶骨性変化を認めた。血中サイログロブリン値はTSH抑制下で432.6ng/mLに上昇していた(図1)。2011年1月,MRI検査で仙腸関節の腫瘤は径5.5cm×5cmに増大しており左臀部痛の訴えがあった。骨パンチ生検で甲状腺癌の骨盤骨転移と診断した。同年3月と5月に骨盤転移巣に対してそれぞれ30Gyの放射線外照射治療を2回行った。疼痛はある程度改善しその後の3年間の経過観察では緩やかな増大傾向を認めるのみであった(図2)。2015年6月のMRI検査で骨盤骨転移巣の約13cm径への急な増大(図3)を認め,同時期より臀部痛が増強したためデノスマブ120mgの4週毎投与を開始した。腫瘍の増大が急速であったため,当時適応が承認されていたソラフェニブによる治療も開始することになった。血中サイログロブリン値はTSH抑制下で59,950ng/mLであった(図1)。

図 1 .

術後の血中サイログロブリン値の経時的な推移。経過中,血中TSH値は検出感度以下,抗サイログロブリン抗体は間欠的な複数回の測定で陰性であった。

図 2 .

放射線外照射治療後の骨盤部MRI検査(2014年6月)。腫瘍は緩徐な増大を認めているが自覚症状はなかった。

図 3 .

TKI開始前の骨盤部MRI検査(2015年5月)。転移巣は急速に増大し,12.7cm×9.1cm大の骨破壊を伴う腫瘤を形成していた。

現症および検査所見:基本的な日常生活動作は行えたが,外出時は車椅子での移動であった。意識は清明で,心機能,呼吸機能に異常はなかった。頸部に腫瘤を触知せず,CT検査では甲状腺床,頸部リンパ節や肺野に再発を認めなかった。また,左肋骨転移巣はCT上視認できなかった。自覚症状として左臀部のピリピリとする自発痛があった。骨盤部MRI検査では左仙腸関節に骨破壊・軟部腫瘤形成を伴い脊柱管内まで進展する12.8cm×8.9cm大の骨転移巣を認めた。

臨床経過:2015年6月ソラフェニブの投与を800mg/日で開始した。手足症候群の出現により開始2週間で400mg/日に減量し,その後は3日ほど内服しては食欲不振などで3日ほどの休薬を繰り返しながら400mg/日で継続した。2015年12月,骨盤MRI検査で骨盤骨転移巣の増大は認めなかったが,左臀部痛が改善しないので,ソラフェニブの投与を中止し,レンバチニブの投与を行うこととした。デノスマブの投与は継続した。2016年1月,レンバチニブの投与を24mg/日より開始した。数日後,有害事象の高血圧が出現し降圧薬投与を開始,またその後食欲低下が出現し,開始2週間で20mg/日に減量し継続した。2016年3月の骨盤MRI検査では骨転移巣が10.7cm×8.3cmへと明らかに縮小していた(図4)。2017年1月より有害事象の食欲低下の出現もありレンバチニブの減量を行い,2017年3月現在10mg/日でレンバチニブの投与を継続中である。2016年3月以降に腫瘍径の変化はなく,疼痛の程度も変化はなく経過している。

図 4 .

レンバチニブ投与開始3カ月後の骨盤部MRI検査(2016年3月)。腫瘍径は10.8cm×8.5cmに縮小した。

考 察

分化型甲状腺癌の骨転移巣は早期には症状を起こさないが,進行すると疼痛,骨折,脊髄損傷や末梢神経障害などを引き起こしQOLの低下をきたす。甲状腺癌骨転移の切除不能例では根本治癒は現時点では望めず,治療の目的は骨転移巣の進行に続発する疼痛の制御や骨折,神経障害の予防となる。甲状腺癌の切除不能骨転移巣に対して,これまでRAIや放射線外照射治療,ビスホスホネート製剤の投与が行われてきた。2012年からはデノスマブの投与も承認された。RAIは骨転移巣に131Iの取り込みがある症例のうち,一部で骨転移巣の進行を制御できる[,]。しかし131Iの取り込みのない症例では効果が期待できない。放射線外照射治療は骨転移による疼痛の制御に非常に有効であるが,同一部位に対する許容照射線量は限られており,病巣の増大とともに再度疼痛が出現する場合には他の治療を選択せざるを得ない。また,多発性骨転移巣に対しては不向きである。2015年に発表されたATA(American Thyroid Association)の分化型甲状腺癌診療ガイドライン[]では,ビスホスホネート製剤やデノスマブは固形癌骨転移巣を制御し,続発する骨折や疼痛,神経障害が起こるまでの期間を延長する[,]として緊急な対応を要する甲状腺癌骨転移例にまず検討すべきものとして位置づけている。ただし,対象を甲状腺癌に絞った比較対照試験はこれまで行われておらず,強い根拠とはなっていない。

近年,RAI抵抗性の転移甲状腺癌に対して国際共同第Ⅲ相試験(DICISION試験:ソラフェニブ[],SELECT試験:レンバチニブ[])においてTKIの無増悪生存率における有効性が示され,治療の選択肢が広がった。前述のATAのガイドライン[]では,TKIでの骨転移巣への効果は他の転移部位に比べて効果が少なく,甲状腺癌骨転移の制御は困難であるとしている。一方でTKIが骨転移巣に対して著効した症例の報告が会議録レベルで散見され,患者にとって有益となる症例も存在する。2016年にSELECT試験のサブグループ解析によって転移臓器ごとの腫瘍縮小率を解析した論文が発表され[],コントロール群と比較してレンバチニブに骨転移巣の縮小効果があることが示され,骨転移巣に対するある程度の効果が見込まれている。しかし実臨床においてTKIが疼痛改善などの有益性をもたらすのか,腫瘍はどの程度縮小するのかといった疑問が残る。

本来ならば本症例でRAI抵抗性であることを確認するためには再度RAIが必要であるが,2度目のRAIを選択しなかった。アブレーション時の131Iシンチグラフィで肋骨に集積を認めながらもその後には肋骨にCT検査で視認できる病変が全く出現していないことから,肋骨の病変は治癒していたと考えられる。しかし,アブレーション後の血中サイログロブリンはTSH抑制下でもわずかではあるが陽性であり,この時点で肋骨以外の部位(骨盤骨)にCTで視認できない大きさの131I取り込みがない病巣が存在したと考えられた。よって骨盤骨の転移病巣はRAI抵抗性である可能性が高いと思われた。また骨転移巣が急速な増大傾向を示し疼痛も増強する状況でRAIの治療開始を待つことの有益性が乏しいことや原発巣の組織型が高細胞型乳頭癌であり通常の乳頭癌と比べて増殖能が高く未分化転化もしやすい特徴があり[]RAIでの病勢コントロールが期待できなかったことも,RAI以外の治療を模索する理由となった。放射線外照射治療は積算で60Gyになっており,更なる放射線外照射治療は難しかった。そのため,ガイドラインで推奨されている治療であるデノスマブを骨折予防の目的で投与しながら,病勢の急速な進行を抑えることを目的としてTKIを投与することとした。デノスマブとソラフェニブの投与後,6カ月間腫瘍径の画像的な増大を認めず,急速な病勢の進行を制御することができた。しかし,疼痛の漸増を認めたことから,患者にとっての有益性は高いとはいえなかった.そこでソラフェニブをレンバチニブに切り替えたところ,骨転移巣が明らかに縮小し,疼痛が改善した。この縮小効果は従来治療では得ることが難しく,疼痛を制御できる期間を大きく延長することが期待できると思われた。

一般的にTKIは軟部組織転移巣に比べて骨転移巣に効果が少ないとされる。しかし,急速な増大を示すRAI抵抗性甲状腺分化癌で有症状または切迫するリスク(骨折や神経障害)を伴う場合には,骨転移巣の治療選択肢として患者に提示すべきであると考えられた。ただし,TKIは有害事象が高率に起こり,QOLを却って低下させる可能性がある。また,骨転移巣への治療効果は他の転移部位に比べて弱いことが知られており,効果の程度も患者個々で異なると思われる。そのため,TKIは他の治療で骨転移巣が制御できない場合の治療として検討するべきである。

おわりに

急な増大傾向のあるRAI抵抗性甲状腺癌骨転移巣に対してTKIを投与した症例を報告した。従来の治療で制御が困難と思われる骨転移巣にはTKIの投与は治療選択肢となりうる。

【文 献】
 

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https://creativecommons.org/licenses/by-nc/4.0/deed.ja
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