Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Surgical decision making of parapharyngeal metastasis by papillary thyroid carcinoma
Sueyoshi Moritani
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2018 Volume 35 Issue 1 Pages 42-46

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抄録

甲状腺癌の副咽頭間隙への転移は稀であるが,副咽頭への転移は頸部転移に比べると切除不能となりやすい。最大の要因は解剖学的な位置にある。副咽頭は頭蓋底に隣接する狭い間隙で,腫瘍による臓器浸潤(特に内頸動・静脈や複数臓器への浸潤)を有する場合,治癒切除できない可能性が高い。また副咽頭腫瘍は臨床症状を呈しにくいこと,下顎骨が障壁となり術野を確保しにくいこと,内分泌外科医にとってなじみの薄い部位であることも切除不能となりやすい(されやすい)要因である。副咽頭転移の手術の決定には,切除の可否の他に,切除による機能障害も考慮すべき点である。副咽頭には,内頸動・静脈の周囲に嚥下に関わる下部脳神経が密集する。このため高齢者など嚥下機能の低下したものでは,術後の嚥下障害が致命的な合併症となる場合がある。甲状腺分化癌の副咽頭転移に対する手術は,切除の可否の他に,術後の機能障害の予測を含め決定すべきである。

はじめに

悪性腫瘍に対する手術の決定には,患者の全身状態や腫瘍の広がり(遠隔転移を含む)を評価することが重要である。局所病変に限れば,重要臓器への浸潤の有無,術野の確保が可能か,また手術に伴う機能障害の程度などが考慮すべき点となる。甲状腺分化癌の副咽頭転移は稀であり,報告の多くは症例報告である。しかし,副咽頭間隙には局所病変の手術の決定で考慮されるべき,内頸・静脈や下部脳神経(CN Ⅸ~Ⅻ:嚥下に関わる神経)など重要臓器が密集していること,術野の確保も困難な部位であること,術後の機能障害も併発しやすいことなど,手術の決定には考慮すべき点が多い。自験例の治療成績を含め,副咽頭転移の特徴や手術方法,また手術を決定するうえで考慮すべき点について考察を行った。

副咽頭間隙の解剖学的な位置とアプローチ

副咽頭間隙は舌骨大角から頭蓋底に至る逆ピラミッド型のスペースである。内側は咽頭収縮筋,外側は内外翼突筋・耳下腺深葉,後方には頸椎や椎前筋で囲まれている(頭蓋底を底辺とした咽頭,頸椎,下顎で囲まれたスペース)。この狭い間隙の後部に,内頸動・静脈,下部脳神経や交感神経幹が密集する。副咽頭間隙に発生する原発腫瘍は頭頸部腫瘍の0.5%と稀で,その80%は良性腫瘍である。唾液腺腫瘍が40%,神経性腫瘍が30%と報告される[,]。唾液性腫瘍は耳下腺深葉より発生したものが大部分を占め,副咽頭間隙の前部にみられる。残る20%に含まれる転移性腫瘍は,下部脳神経や内頸動・静脈が密集する後部に発生する。手術を困難とする最大の要因は,顔面深部という副咽頭の位置にある。また腫瘍が大きくなるまで臨床症状を呈しにくいことも,それを助長する(図1)。もう一つの大きな要因は下顎骨にある。副咽頭の手術では下顎が障壁となり,術野を確保しにくい。副咽頭へのアプローチは大きく2つ,経口腔アプローチと頸部(顔面)アプローチに分類される[]。頸部アプローチでは,腫瘍の状態により下顎骨離断が追加される。経口腔アプローチは,術野が狭く,また主要器官との位置関係の把握も困難であるため,内視鏡や手術用ロボット,超音波やナビゲーションの利用が報告されている[,](図2)。

図1.

副咽頭間隙の解剖

CN Ⅸ: glossopharyngeal nerve, CN Ⅹ: vagal nerve, CN Ⅺ: accessory nerve, CN Ⅻ: hypoglossal nerve, Di: digastric muscle, ICA: internal carotid artery, IJV: internal jugular vein, M: mandible bone, Mas: masseter muscle, Mpt: medial pterygoid muscle, PPS: parapharyngeal space, Scm: sternocleidomastoid muscle, Spc: superior pharyngeal constrictor muscle

図2.

副咽頭間隙へのアプローチ法と様々な下顎骨切り

副咽頭転移の機序(リンパ流)

甲状腺乳頭癌は初期治療例でも,20-50%程度にリンパ節転移を認めると報告される。好発部位は気管傍や外側頸部領域であり,副咽頭間隙への転移は稀である。報告されている副咽頭への転移の多くは再発例であるが,初期例でも転移の可能性がある。ルビエールによると,甲状腺上極からの咽頭収縮筋の背側を通り,直接副咽頭と交通するリンパ流が20%程度に存在するとされる[]。再発例では,内深頸転移に対する頸部郭清術によるリンパ流の変化が,副咽頭への転移の原因と考察されている[,]。

自験例の成績

副咽頭転移22名(年齢:平均63歳[15~82歳],男性7名,女性15名)に対して手術加療を行った。初期治療例が2名(9%),再発治療例が20名(91%)と再発例が大部分を占めた。再発例20名のうち,6名は初期治療後の再発であったが,残る14名は複数回の再発を経て副咽頭転移を認めた。組織型は乳頭癌が19名(86.4%),低分化癌が3名(13.6%)であった。また副咽頭転移の切除時点で,遠隔転移を10名(45%,肺転移:8名,肺および骨転移:2名)に認めた。術後の平均観察期間は5.6年であった。

22名のうち副咽頭転移による臨床症状を呈したものは5名(33%,顎下部腫脹:3名,咽頭腫脹1名,眼瞼下垂1名)で,17名(77%)は無症候であった。手術は1名のみ経口腔アプローチで施行したが,21名は頸部(全例とも下顎角を部分切除することで視野を確保,下顎離断は施行せず)アプローチで摘出を行った。22名のうち1名のみが,頭蓋底で内頸動脈と頸長筋への広範な浸潤のため非治癒切除となった。腫瘍径は平均28mm(8~65mm)で,全て充実性腫瘍であった。腫瘍の局在は右側が14名,左側が7名,両側が1名であった。

頸部を含む局所再発を12名(55%,副咽頭での再発は,非治癒切除の1名のみ)に,遠隔再発を6名(27%)に認めた。局所再発の12名のうち7名は救済手術が可能であったが,5名は遠隔転移の進行(4名)や全身状態不良(1名)のため手術を施行できなかった。観察期間中に8名(36%)が死亡し,死因の多くは遠隔転移によるもので,生存中央値は91.7カ月であった。

副咽頭転移による周囲臓器への浸潤を12名(55%)に認めた。浸潤臓器は椎前筋が最も多く7名に,交感神経幹が6名(2名で切断),舌咽神経が5名(1名で切断),迷走神経が2名(1名で切断)であった。また大血管への浸潤は,内頸動脈が2名(1名は腫瘍残存),外頸動脈が2名(2名とも切断),内頸静脈が2名(2名とも切断)であった。周囲臓器浸潤を認めた腫瘍径は平均36mmで,浸潤のないもの(平均18.5mm)と比べ大きかった(p=0.0015, Mann-Whitney U検定)(表1)。

表1.

副咽頭転移による周囲臓器浸潤

術後合併症として,嚥下障害に関係する軟口蓋麻痺を15名(予測可能5名,不能10名,一過性麻痺11名)に,舌可動制限を2名(予測可能1名,不能1名(一過性))に認めた(表2)。

表2.

術後合併症

症例1(切除不能例)

70代後半・女性,乳頭癌再発

乳頭癌に対して甲状腺全摘,両側気管傍郭清術を15年前に施行され,その後3回の頸部再発に対して手術(左反回神経麻痺あり),放射性ヨウ素治療抵抗性。

副咽頭再発に対する手術目的で紹介された。MRI画像では,左副咽頭腫瘍による内頸動脈と椎前筋への浸潤が疑われた。術中所見として,頭蓋底で頸長筋と内頸動脈への浸潤を認め非治癒切除となった(図3)。病理組織は低分化癌であった。術後3年に左気管傍再発(食道浸潤)を認め,食道筋層を含む再発腫瘍摘出術を施行した。無症候であったが腫瘍の増大のため,術後5年にγナイフ治療を検討した。しかし内頸動脈破裂の危険性から施行せず。術後8年に腫瘍による上咽頭粘膜浸潤からの少量の出血を認め,動脈破裂のリスクを説明したうえで分子標的治療を開始した。腫瘍の縮小と共に出血も消失した。

図3.

副咽頭転移切除不能例(術前画像と術中所見)

a:術前MRI画像:左副咽頭転移による内頸動脈,椎前筋,上咽頭粘膜への浸潤が疑われる

b:術中所見(顕微鏡下):頭蓋底で内頸動脈と椎前筋への浸潤を認めた(腫瘍残存)

症例2(術後機能障害の遷延例)

10代・女性,乳頭癌再発(両側副咽頭)

乳頭癌T4aN1bM0に対して甲状腺全摘,両側頸部郭清術,左反回神経再建術を施行。5年後に両側の副咽頭に再発を認め手術加療した(図4)。

図4.

両側副咽頭転移例(術後嚥下機能障害の遷延)

術前MRI画像:両側副咽頭に転移を認める

術中所見では,右副咽頭腫瘍23mm,左副咽頭腫瘍は40mmで,どちらも周囲臓器への浸潤を認めなかった

術後に咽頭浮腫と両側舌咽神経不全麻痺による呼吸困難を認め,緊急気管切開術を施行。嚥下障害が遷延し,普通食の摂取まで71日間のリハビリを要した。

考 察

甲状腺分化癌の副咽頭転移は稀であるが切除不能となりやすい。切除を困難とする最大の要因は,解剖学的な位置と下顎の存在にある。副咽頭転移に対する手術は,腫瘍の頭蓋底側(頭側)のワーキングスペースの確保が困難であるという点が,頸部の手術と大きく異なる。特に,内頸動・静脈への浸潤を有する転移では,頭蓋底側の安全域を確保できない(手術操作ができない)場合は切除不能となる。このため手術決定には,腫瘍の位置,周囲臓器への浸潤の有無やその程度の評価,また如何にアプローチするのかなど検討すべき点は多い。

副咽頭転移の手術では摘出の可否のみならず,切除による機能障害の予測も重要である。摘出可能な症例であっても,手術による下部脳神経の損傷や合併切除は,術後のQOLを著しく低下させる。高齢者で反回神経麻痺を認めるものや,既に嚥下機能の低下した患者では,予測される術後機能を考慮したうえで手術を決定する必要がある。肺炎は日本人の死因の第3位と増加傾向にあり,年齢と共に嚥下性肺炎の占める割合が増加する。加齢と共に低下する嚥下機能に,手術による下部脳神経障害に起因する嚥下障害が加わることで,嚥下性肺炎を繰り返すなど致死的な合併症となりうる可能性がある。特に高齢者の手術では,術後機能の予測を含め手術を決定する必要がある。また副咽頭は内分泌外科医にとって馴染みの薄い部位であることも,切除不能とされやすい要因と考えられる。副咽頭手術に精通した頭頸部外科医との連携も大切である。

切除不能と判断された場合の治療として,放射性ヨウ素の取り込みのあるものは,放射性ヨウ素治療が第一選択となる。不応例では,放射線外照射(SRS:stereotactic radiosurgeryを含む)や分子標的治療,もしくは症状緩和を中心とした治療を選択する[10]。外照射や分子標的治療は,内頸動脈破裂のなどの重篤な合併症のリスクを伴うため,それらの治療の選択は手術の決定と同様に,治療によるメリットとデメリット,患者背景(全身状態や予測される予後)を十分考慮する必要がある。

おわりに

局所進行(再発)甲状腺癌の切除は,腫瘍の進展状況や全身状態に応じて,個々の症例でごとに決定する必要がある。副咽頭転移症例では,術後の機能障害の予測も重要な手術決定の因子である。

【文 献】
 

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