2018 Volume 35 Issue 2 Pages 123-128
関連学会役員の立場から,我が国において急増した女性医師の現状,なかでも激務を覚悟し外科を選択した女性外科医師が抱える問題点や期待を,学会役員として骨子を述べる。
そして甲状腺疾患専門病院管理者の立場から,10年前に独自に実施した甲状腺疾患女性患者から見た性差医療分析トライアルの結果,伊藤病院常勤女性外科医師の実際業務などを紹介する。
外科医育成において修練施設の手術数,完成されたクリニカルパスの実施,バリアンスの少なさは極めて重要である。
よって当院に限らず,対象疾患を絞り込んだ専門病院は,日本外科学会認定施設での外科研修を修了し,サブスペシャリティ専門医を志して入職する外科医にとって,豊富な経験を得つつ資格を取得,維持する上で,魅力のある職場であると考えている。
伊藤病院は1937年創業の甲状腺疾患専門病院である[1,2]。その管理業務は,血縁で続く個人病院として,創業者である祖父が20年,父が40年施行し,その後を筆者が継承し21年目となる。
そこで標題である女性医師の勤務は初代時代には皆無,2代目時代には数名の内科医師が勤務していたものの,外科医師については非常勤医師も含め存在しなかった。
そして筆者が院長職を継承し,6年目(2003年)に初めての女性常勤外科医師が入職。その後に急増し,ここ数年は女性外科医師が約4割を占めるようになった(図1)。ちなみに内科常勤医師は,現在,部長を除くメンバー12名,全員が女性医師である。
伊藤病院における外科医数の推移(1997~2017年)
それらの現状を紹介しつつ,本稿では,甲状腺疾患専門病院管理者における女性外科医師の果たす役割,期待を記す。
医師国家試験合格者の男女比を図2に示したが,平成時代に入り,女性の割合が次第に増え始め,近年では医科大学卒業生約3分の1が女性で占められるようになった。
医師国家試験合格者男女比(平成3年~30年)
よって新人医師数が固定され続ける限り,約30万人の医師数は変わらず推移し,20年後の現役医師3人に1人は女性医師となり,我が国の医療提供体制に変化が見られることが予測される。
そのなか危惧されるのは,益々の診療科偏在である。そこで図3に最近の診療科別医師の男女割合を示した。現在,女性医師数の多い診療科目は皮膚科,小児科,眼科,産婦人科である。
診療科の男女別医師の割合
そして外科分野では,想像通り,女性医師は少数派であるが,日本外科学会会員のなかに占める女性外科医数は2005年以降,徐々に増加しており,直近では新入会員のうち約25%までを女性医師が占めるようになってきた。
よって,このまま外科医を志す女性医師が増え続ければ,他の診療科目同様に,将来的には3分の1近くの学会員が女性医師で占める時代到来も容易に想像出来る。
但し,男女を問わず,日本外科学会員の全員が手術を中心とした本来の外科業務に従事しているわけではないのが実際である。
開腹手術から鏡視下手術へ,さらには医療用ロボットの導入など医療技術の進歩により,外科医の寿命は延びていると言われつつも,一方では「体力やスキルの限界を感じた」「意欲や気力が低下した」「将来に不安を覚える」などの理由,特に既婚女性医師では主婦業との両立の難しさから,手術現場を去ることを決意し,外来診療へのシフト,施設や環境を変えて新たな領域に挑戦する外科学会員も少なからず存在する。
そこで手術だけが外科医の仕事とまでは申さないが,始めからメスを置く時期を想定し,外科医を志す者は存在しないはずで,特にハンディキャップの多い女子卒業生は,相当の覚悟を持って外科を選択しているものと考える。
よって若い女性外科医たちが志を変えずに,自身の描くキャリアプランを達成出来なければ,執刀医数確保の面からも,我が国の外科医療に崩壊危機が迫ることは明らかである。
そこで女性外科医師の決意を尊重し,モチベーションを維持し,息の長い外科医人生を実現させるため,既に日本外科学会を中心軸に,日本女性外科医会,日本外科学会女性外科医支援委員会などが立ち上がり,積極的な活動がなされている[3~5]。よって,今後は日本内分泌外科学会においても独自の取り組みがなされるべきであろう。
近年,乳腺疾患や婦人科疾患を中心に女性専門外来が急増し注目を集めているが,そもそも甲状腺疾患患者は圧倒的多数が女性であることより,10年前に当院の女性患者が抱く理想的な医師のイメージ,姿勢を探ることに着眼し,性差医療を意識し,患者から見た担当医師のニーズを,経営コンサルタントに依頼し多角的に調査したので紹介する。
具体的には2008年8月から11月までの3カ月間に当院を訪れた外来再診女性患者をバセドウ病,橋本病,甲状腺腫瘍の3疾患に分け,それぞれ約1,000名ずつの外来患者に対して調査票調査を実施した(有効回収数41%,36%,32%)。
そして調査項目内に医師の性別や年齢,専門的技術,インフォームドコンセントについての質問を含め,コンジョイント分析を試みた(表1)。
調査概要
それらの分析結果を記すと,医師の性そのものについては「こだわらない」という患者が圧倒的に多く,分析結果でも専門的技術が圧倒的に重視されているものの,どちらかの性別を希望する患者も25%ずつ存在した(図4)。
希望する医師の性別~治療別~
なかでも橋本病の患者は女性医師を希望する割合が多く,甲状腺腫瘍の患者は女性医師を希望する割合が,やや少なく,年代が高まるにつれて男性医師を希望する割合が多くなっていく傾向が見られた。
一方,男性医師を希望する患者は「信頼感」,「経験の豊富さ」,「専門技術が優れている」などを,女性医師を希望する患者は「話しやすい」,「やさしさを感じる」などを担当医選択の主たる理由として挙げた。
それらの結果より,アンケート調査機関中の外来診療118枠のうち,42枠(36%)のなか担当した21名の女性医師が,同性患者に対する女性医師ならではの木目細やかな専門診療を実施されてていたことが把握出来た。
そして女性医師を受診している患者ほど女性医師を好む傾向があり,希望する医師の性別における潜在的なニーズを伺わせた。
特に「更年期症状」,「妊娠・不妊・出産」など細部で女性医師が頼られる項目は多く,その後は,アンケート結果も踏まえ,専門医の取得や診療実績を周知させることで,女性医師の技術や経験に対する誤ったイメージを払拭し,専門病院として,より信頼感が得られるよう診療体制の工夫に心がけている。
日本外科学会のアンケートや学会での討論により明らかになった女性外科医のキャリアデザインの問題点を集約すると,下記の項目となる[6]。
1)妊娠・出産・育児の際の勤務環境の整備
2)育児の際の勤務環境やサポート
3)当直や緊急時などの勤務やバックアップ体制
4)休業支援や休暇や職場復帰の問題
5)妊娠・育児の認定・専門医更新の猶予
6)勤務する上司・同僚・夫の理解
7)女性外科医自身のモチベーション
いずれも深刻で重要な問題点であるが,現実的には,いかなるスタイルの病院であれ,これらの事情を全て解決するのは至難の業である。
とは言え,勤務先病院における柔軟な勤務面での配慮・サポートといった受け入れ体制,実際に働く職場の上司・同僚の理解,さらには,国や地域のワークライフバランスに対する配慮や,学会による支援・改革などは重要であろう。
したがって,今後は,病院,学会,国や自治体,それぞれが出来る限りのことに取り組み,それらの現状を病院管理者が十分に把握し,女性外科医のキャリア継続を支援していかなければならない。
男女を問わず,当院における常勤外科医師の任務は,カンファレンス参加,外来,臨床検査,入院患者マネージメント,手術,放射線治療,化学療法,緩和治療,看取りまでと実に多岐に渡っている。
さらに,それらの激務に加えて多職種で形成される病院組織内において,医師としてのリーダーシップも要求されている。
これらの重責を,既婚女性外科医師が妊娠,出産,子育て,親の介護など,主婦ならではの難関を克服しながら,学術活動までも果たしている事実には,病院長として心より感服,感謝をしている。
そのためには完成されたクリニカルパスを実施し,バリアンスを減らすことが必須である[7,8]。
そして,当然のこととして,外科医育成において修練施設の手術数は極めて重要である。実際に手術数が多い施設の修練医は,少ない施設の修練医より手術成績が有意に良好であることが示されている[9]。
図5に当院における女性外科医師の執刀頻度を示したが,当院に限らず専門病院は日本外科学会認定施設での外科研修を修了し,サブスペシャリティ専門医を志して入職する外科医にとって,豊富な経験を得る上で魅力のある職場であると考えている。
伊藤病院における女性医師執刀手術率の変化(2000~2017年)
よって観血的治療の施設集約化が尊ばれているなか,今後も伊藤病院は,専門病院,民間病院の持つフレキシビリティを最大限に活かしつつ,様々なライフイベントに遭遇する女性医師であっても,スムーズに学会専門医を取得出来,実質的な維持が保てる特異な存在でありたい。
当然のこととして,女性医師が働くうえで,最も肝心なことは,女性ならではの苦労を出来る限り理解し,心から応援する施設管理者の姿勢である。
そこで筆者の私的なキャリアにおいて,家業継承までの修行期間を,女性医師育成のメッカである東京女子医科大学病院で鍛錬したことが,管理者としての大きな強みになったものと自負している。
それは,正に男女雇用機会均等法が制定された1985年5月よりの10年間であり,内分泌外科学教室に女性と共に入局し,女性上司に直接指導を受け,女性部下を叱咤激励したことが,現在,病院管理者として女性医師の心情を理解するうえで,貴重な財産となっている。
そして,益々の女性医師活躍時代も想定し,次世代の病院運営を託す長男も,現在,多くの女性医師に囲まれながら,東京女子医科大学病院で臨床研修に励んでいる。