2018 Volume 35 Issue 2 Pages 129-133
進行甲状腺癌治薬物療で病勢進行がみられた後に直ちに次の治療ラインやBest supportive careへ移るべきかについて明瞭な指針はない。PD判定法には画像上の病勢進行を示すRECIST PDの他に臨床症状やPS(performance status)などを指標とするclinical PDがあり,われわれは甲状腺分化癌レンバチニブ治療での両指標によるPD後の予後を検討した。PDとなった16例のうち生存例は6例,死亡例は10例。PD診断後の生存期間は,治療継続群が治療終了群に比して(p値0.0002),PSが良好な群はPS≥3の群に比して生存期間が長かった。PS3以上となった後の生存期間は治療の有無に関わらず短かった(p=0.2807)。PDとなった場合,その原因やPSに応じて薬剤変更も考慮の上で治療継続を考えるが,PSが悪い場合にはBSCを積極的に考慮する。
癌薬物療法における病勢進行(Progressive Disease,PD)後は次の治療ラインへの薬剤変更もしくはbest supportive care(BSC)とするのが一般的であり,特にPS(Performance Status)が3以上への低下はBSCへの変更の目安とされている。進行甲状腺癌における分子標的薬治療は治療ラインの選択肢が2剤と限られており,また強く腫瘍を縮める効果がある一方で用量調節に伴い容易に病勢進行像を呈することもあるため,PD後の治療方針には苦慮する。
われわれは,甲状腺分化癌レンバチニブ治療後でのPD16症例のPD判定後の経過を後方視的に検討した。
対象は2015年5月から2017年6月に当院にてレンバチニブ治療を行った甲状腺分化癌31例のうち,PDと判定した16例。患者背景を表1に示す。PD判定方法を,臨床上の判断に基づくclinical PD(C-PD)と画像上の評価に基づくresponse evaluation criteria in solid tumors (RECIST)ガイドライン判定(R-PD)[1]の2指標にて評価した。なおC-PDの判定基準は,わが国で実施中の「分化型甲状腺癌を対象としたレンバチニブの治療効果探索のためのコホート研究(COLLECT)」実施計画書 第1.1版 2016年6月22日(公益財団法人パブリックヘルスリサーチセンター がん臨床研究支援事業)での基準(1)腫瘍の進行による臨床症状の出現,(2)腫瘍の進行によるPSの低下,(3)主要臓器を脅かすもの,(4)複数臓器での明らかな病巣の増悪,の4項目のいずれかに該当するものとした。(5)血清サイログロブリン値の変動も指標とされているが,休薬の影響を鋭敏に受けるため本検討のC-PD基準から除外した。PD理由を分類し,PD後の対応と内服との関係を分析した。またPD判定後の治療継続の有無,Performance Status(PS)が3以上となった時期をもとに生存期間を分析。生存曲線はKaplan-Meier法にて算出した。
患者背景
全16例中C-PDのみは5例,R-PDのみは3例,C-PDかつR-PDは8例であった。R-PDのみの3例はすべて新規病変(脳,肝,癌性リンパ管症が各1例)の出現で,C-PDと併存したR-PDは,癌性リンパ管症・胸水,骨転移,頸部局所病変の悪化・増大であった。C-PDの内訳は表2に示した。PDとなったタイミングは,内服継続中8例で,うち3例は放射線治療(脳,骨,リンパ節)を施行,1例は増量で効果あり,3例はPS低下にてBSCに移行した。休薬中は8例で,うち6例は内服再開にて効果あり,2例は主要臓器を脅かすもの,すなわち動脈性出血が懸念される自潰や出血であり後にBSCに移行した。
Clinical PDのうちわけ
PD判定時の治療継続の有無と予後をみた。治療を継続した症例は13例でPD判定後の生存期間は243(43~399)日,PD判定時に治療を終了した症例は3例でPD判定後の生存期間は40(15~67)日,p=0.0002で有意差を認めた(図1(a))。
(a)Clinical PD 判定後の予後
(b)治療継続の有無別にみたPD判定後カプランマイヤー曲線
PD(†):Progressive Disease
(c)PS別にみたPD判定後カプランマイヤー曲線
PS(† †):Performance Status
両指標のいずれかのPD判定時点でのPS別にPD判定後の生存期間をみた。PS毎の症例数と生存期間は,PS0の症例はなく,PS1は9例で149(43~399)日,PS2は3例で105(62~243)日,PS3は4例で53.5(15~94)日で,PSが悪いほど予後不良であった(図1(b))。PD判定時のPS別の治療継続の有無を図1(c)に示す。PD判定時にPS≤2の12例は全例治療を継続しており,PD判定時に治療継続するかはPSと密接に関わっていた。
レンバチニブの休薬や減量に伴い臨床症状が出現したPDの場合はレンバチニブの容量を調節しながら症状コントロールしつつ長期間治療継続しえる症例もあった(図2)。
PS≥3となった後の治療継続の有無別にみたカプランマイヤー曲線
PS(† †):Performance Status
PS≥3への悪化後の治療継続の有無による予後をみた。現在も治療継続中の6症例は全例が解析時PS1にて,死亡10症例のうちの開始時既にPS3の1例を除く9例で解析した。PS≥3時点で治療継続した症例は6例で生存期間は39(13~79)日,PS≥3時点で治療を終了した症例は3例で生存期間は25(16~40)日。p=0.2807で有意差を認めなかった(図3)。
症例:70歳女性,乳頭癌,胸膜転移,PS2。呼吸苦により仰臥位困難な右胸水貯留に対してレンバチニブを開始。開始後3週で胸水の著明な減少あり。その後有害事象にてレンバチニブを減量すると胸水は増大し仰臥位困難,レンバチニブ増量にて胸水は減少し仰臥位可能,を繰り返した。内服164日目に呼吸苦再燃でclinical PDと判断した後の生存期間は243日。有害事象と呼吸苦のバランスをみながら投薬量調節を行い,PD判定後長期生存を得た。
切除不能な進行甲状腺癌に対して分子標的薬が導入され,進行甲状腺癌の治療strategyは大きく変化した。2015年5月に承認されたレンバチニブは,国際共同第Ⅲ相試験(SELECT試験)において,奏効率64.8%,奏効に至るまでの期間2.0カ月(95%CI 1.9~3.5)[2,3]と,多くの症例での短期間の腫瘍縮小を示している。
一方で,用量調節に伴いPD像を呈することも多く経験される。一般的には癌薬物療法における病勢進行後は,次の治療ラインの薬剤への変更もしくはbest supportive care(BSC)とされており,特にPS≥3は治療を終了しBSCとする目安とされる。
進行甲状腺分化癌における分子標的薬治療は選択可能な薬剤が2剤に限定される上,用量調節で病勢コントロールしえる場合が存在するために,PD後に直ちに次の治療ラインやBSCへ移るべきか判断に苦慮するが,生命予後延長やQOL維持を目的とした,PD判定後の治療継続の有益性は不明である[4]。
これまで病勢進行は腫瘍径の変化や新規病変など形態学的判断によるRECIST判定[1]を主軸に行われてきた。近年病勢進行を表す指標として重要視されているものにclinical PDがあり,わずかな腫瘍径変化でも隣接する重要臓器に浸潤する場合や,画像変化に関わらず急速に全身状態が悪化する場合などを指す。
本検討は当治療におけるPD判定時の治療継続意義と治療終了時期を見極めるべく,PD判定後の生命予後を検討した。
PDの判定理由は症状の出現によるものが多い一方で腫瘍臓器を脅かすものも存在し(表2),臨床症状と画像判定の両者ともに重要であることがうかがえる。またPDとなっても用量調節により長期継続しうる症例も存在する(図3)。実際に16例中8例で休薬中にPDとなっており,うち動脈性出血のリスクのあった2例を除く全例が治療再開による効果を認めている。そのため直ちにsecond lineへ変更せず治療継続した。しかしBSCへの移行の目安とされているPS≥3という指標からみると,PSが良好な症例は治療継続の意義があり,PS≥3となれば治療継続の有無に関わらず予後が非常に短いという結果であった(図1,2)。これは癌薬物療法の基本的概念に即した当然の結果であるものの,本検討ではPS≥3となった9例中6例(67%)が治療中断による急速増大を懸念し治療継続していた。PS≥3,すなわち「日中の50%以上をベッドか椅子で過ごす」への低下はASCOのガイドラインでは治療をすべきではない患者の指標のひとつとして示されている[5]。われわれ治療医は治療継続効果に過度に期待しすぎず,PS≥3を治療終了の目安として改めて認識すべき指標と考える。
休薬を契機に腫瘍が再増大する現象がVEGF阻害剤をはじめとするチロシンキナーゼ阻害剤において知られている[6]が,甲状腺癌分子標的薬治療での詳細な報告はまだない。本検討ではPDとして扱った。この現象については今後のさらなる検討が必要であろう。
病勢が進行しても用量調節によりコントロールしえる症例がある一方で,病勢コントロール不能な際にPS良好ならsecond lineが選択肢となる。有害事象で用量強度が保てずPDとなった場合は支持療法などにより有害事象がマネジメントできれば同じ薬剤の継続で効果が期待しえ,容認しえない有害事象によりPDとなれば直ちに薬剤変更を考慮することとなる。用量強度を保っていてもPDとなれば薬剤変更を考慮することとなる。
当院では5例がソラフェニブへ変更し,変更理由は3例が有害事象,2例が治療継続中のPDであった。うち3例が結果的にPS悪化後の変更となってしまい,後に急速な転帰をたどった。用量調節による病勢コントロールを過信し変更のタイミングが遅すぎたものと考えるが,このタイミングに明瞭な指針はなく,判断には苦慮する。PD後にPSを踏まえて用量調節を試みても無効な場合の薬剤変更は,次期を逸さぬよう個々の症例での判断が必要となるだろう。
本治療は既存の治療法の適応がない進行がんに導入されるもので治癒を期待し難いため,基本的には治療導入時から緩和医療を導入すべきである。本治療を終了しBSCのみとなってからの経過は,これまでわれわれが経験してきた既存の治療後と比べてもきわめて早いことが経験される。よって緩和医療のひとつとして終末期の過ごし方,具体的には在宅を希望するのか,などは予め患者からニーズを聞き取り,急速に進行しうる終末像に備えた医療体制を整える必要がある。
PDとなった場合,その原因やPSに応じて薬剤変更も考慮の上で治療継続を考えるが,PSが悪い場合にはBSCを積極的に考慮する。
進行甲状腺癌治療の新たな選択肢として分子標的薬治療が加わり,終末期の治療介入方法も大きく変わりつつある。病勢進行の判断は,RECISTのみならずclinical PDの概念も考慮して判断すべきである。また,病勢進行でもその原因によってはPSが良好であれば治療継続にて良好な予後が見込める可能性がある。一方でPSが3以上となった後の予後は治療の有無に関わらずおおむね3カ月以下と短く,PS悪化後はBSCを積極的に考慮する。
本論文の要旨は第29回日本内分泌外科学会総会(2017年5月18~19日,神戸市)において示説しデータを更新した。