2018 Volume 35 Issue 3 Pages 156-161
バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法は,手技が簡単でなおかつ安全な治療と考えられている。このためか,最近では治療手技のさらなる簡素化が進み,治療目標もただhypothyroidにすれば良いということになってしまった様である。しかし,この様な治療手技の簡素化や治療目標の単一化によって治療自身の安全性は本当に担保されるのであろうか。今回,ここに放射性ヨウ素内用療法の復習をするとともに,治療にあたり何を注意するべきか,なぜ手技の簡素化を行うべきでないか,治療にあたり何をするべきではないかについて述べ,解説する。
初めてのバセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法は,国際的には1941年に,我が国においては1955年に実施された。本邦で放射性ヨウ素カプセルが認可されたのは1960年である。どの時点をスタートと考えても放射性ヨウ素内用療法には既に50年以上の歴史があることになる。放射性ヨウ素内用療法の普及にあたり,この長い歴史を安全性の証明の一つとしてきたことは事実である。しかし,長きにわたり入院治療の必要であったなどの管理の面がその普及を阻んできた。
投与量に上限はあるものの,1998年から外来治療が可能となり,さらに2004年からは管理料を頂けるようになると,放射性ヨウ素内用療法は急速に普及した。もちろん,この急速な普及にはバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法の分野を長年牽引してきた諸先輩方の普及に対する絶え間ない努力があってのことである。この努力の中にはバセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法の安全性はもちろんのことであるが,治療法そのものが決して難しいものではないというメッセージを内科医および外科医にご理解頂くことも含まれていた。これらの諸先輩方の努力もあって,現在ではバセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法は,バセドウ病に対する一般的な治療の一つにまでなった。その証拠に腫瘍免疫核医学研究会のホームページに登録されている施設だけでも179施設存在し,登録されていない施設があることも考慮に入れれば少なくとも200程度は施設がバセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法の受け入れ可能であるものと推察できる。また,放射性ヨウ素の使用量が年々増えつづけていることもその証拠になり得るであろう。
この様な放射性ヨウ素内用療法の普及は,治療選択の幅が広がることに他ならず,治療を受ける患者にとっても大変にありがたいことである。しかし,過去20年にみられてきた急激な普及の中で,治療を実施する側が十分な知識を習得してきたかという点に関してはいささか不安を覚えるところである。もし,バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法が本当に難しくない治療法であればこの様な心配など無用の長物になるはずであるが,実はバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法はその概念こそ難しくはないが,治療を安全に実施するにあたってはそれなりに多方面の知識を必要とするのである。今回,バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法について解説し,この治療に対する理解を更に深めるとともに,もう一度バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法の難易度,安全な治療の実施に必要な知識について考えて頂きたく思う。
放射性ヨウ素内用療法を最も簡単に説明すれば,一定期間のヨード制限を実施したのちに必要量の放射性ヨウ素を投与する治療ということになる。これだけの説明を聞けば,治療の実施そのものは単純明快であり,誰にでもできる簡単な治療と考える人も多いのではないかと思われる。しかし,実際にある程度治療経験を積むとそれほど簡単な治療ではないことに気づくことが出来るであろう。それは治療目標や個々の症例の違いによって治療を実施するにあたっての注意点が大きく変わってしまうからである。なぜならば,バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法を実施する場合,固定できるパラメーターが少ないからである。
治療の前処置であるヨード制限期間だけをみても,ガイドラインなどによると最も短い場合では3日間,最も長い場合では2週間とかなりの幅がある。それでは実際の治療にあたって前処置であるヨード制限期間はどのように決めればよいのか。放射線被曝管理の立場からいえば,しっかりと2週間のヨード制限をしたいところであるが,ヨード制限をすることは本来的には抗甲状腺薬も休止することになり,実際にどの程度の期間のヨード制限を実施するかは個々の症例の甲状腺機能のコントロールの状況などによっても変わることになる。したがって,どの程度の期間のヨード制限をするべきかという問いに対しては,固定された正解があるわけではなく,その都度,個々の症例に対して,最も適切な期間を設定する必要がある。つまり,個々の治療医の経験でヨード制限の期間を設定していかなければならないことになる。この様にヨード制限期間を一つとっても決して簡単な治療といえないことがわかるであろう。
実際にバセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法を実践していく際には更に複雑な一面がみられる。まず,大前提として治療目標のいかんにかかわらず放射性ヨウ素の投与量はMarinerlli-Quimbyの式により計算して求めるものとする。これは放射線被曝管理の面から不必要な被曝を避けるためである。このMarinerlli-Quimbyの式を使用するためには,甲状腺重量,24時間131I摂取率,有効半減期が必要となる。甲状腺重量の測定は超音波検査やCTによりある程度正確な値を得ることが出来る。24時間131I摂取率については,一見それほど大きな問題ではないように思えるのだが,運用上の問題により24時間摂取率ではなく,より簡易的な3時間摂取率や6時間摂取率を用いる施設が見受けられる。やはり,治療をより正確に行うためには24時間摂取率が必要である。細かいことを付け加えるならば,131I摂取率の測定は,131Iのエネルギーが高いため,専用の測定装置が必要となる。専用の測定装置を用いないとカウントの数え落としが多くなり,実際より低い値を示すことになる。また,γカメラで得られた画像から摂取率を求めることは,標準を設けることが難しいため正確な値を得ることが困難であり,本来行うべきではない。さらにいえば,施設によっては99mTcシンチの画像より簡易的に摂取率を求めることもある様だが,131Iと99mTcでは甲状腺への集積の機序や代謝のメカニズムが違っており,この様なメカニズムの異なるものを治療の指標として用いること自体あまり感心出来る手法とはいい難い。有効半減期を正確に求めるには更に難しい問題がある。なぜならば,有効半減期の測定を厳密に行うと少なくとも1週間程度はかかってしまうためである。このため,簡易的に固定値を設けることが一般的である。しかし,実際のところ有効半減期は個々人によってかなりの違いがあることが知られており,有効半減期を簡易的に固定値にすることで治療自体の精度が落ちてしまうことは否めない。だが,たとえ有効半減期を厳密に測定できたとしても,Marinerlli-Quimbyの式には限界がある。なぜならばMarinerlli-Quimbyの式が成立するためは,あくまでも放射性ヨウ素が甲状腺に均一に分布していることが前提となり,実際には放射性ヨウ素が甲状腺に均一に分布しない症例もある程度見受けられるからである。
この様に,実際はMarinerlli-Quimbyの式を用いて放射性ヨウ素の投与量を計算したとしても,必ずしも治療目標に見合った放射性ヨウ素量が正確に計算できるわけではなく,その結果としても思うような治療成果が得られるわけではない。いかに正確に甲状腺重量や24時間131I 摂取率を測定するように努力したとしても,有効半減期の測定を行わなければ片手落ちとなってしまうことがその一因であるが,そればかりが原因とはいい切れない。こうなると放射性ヨウ素の投与量はMarinerlli-Quimbyの式により計算して求めても,手間がかかるばかりで成果が出ないことになり,一見するとわざわざ投与量を計算することの意義は小さいように思える。しかし,全く指標となるものを設けることなく,使えば必ず被曝というデメリットを負う放射性医薬品を使用することに,個人的にはいささか抵抗を憶えるところである。放射性医薬品を使用する限り,投与量の指標は必ず設けるべきであり,必ずしも治療目標に見合った放射性ヨウ素量が正確に計算できるわけではないとしても,放射性ヨウ素の投与量を計算して求めることには意義があるものと考える。
前述のごとく,たとえMarinerlli-Quimbyの式を用いて放射性ヨウ素の投与量を計算したとしても,必ずしも思うような治療成果が得られるわけではないため,近年では治療目標がeuthyroidからhypothyroidに移行してきている。無論,治療目標をどのように設定して治療を実施するかという点については個々の医師の定めるべき方針であり,どのように設定しなければいけないという決まりはないため,患者の同意を得られるのであれば,それは個々の自由である。治療目標をhypothyroidにしたとき,早期に甲状腺機能を下げることが出来るという利点はあるが,その代わり早い時期から甲状腺ホルモン剤の内服を開始しなければならないという欠点もある。ただ,抗甲状腺剤と比較して甲状腺ホルモン剤は副作用も少なく安全な薬であることを考えるならば,治療目標をhypothyroidにしたとしても大きな問題はない。しかし,ここで問題となる事柄はいかなる手法をもって,もっと詳細にいうならば,どの程度の放射性ヨウ素の投与量をもって治療目標を達成するかである。つまり,治療目標がeuthyroidであれば目標とする甲状腺機能には上限も下限もあり,放射性ヨウ素の投与量にも一定の範囲を定めることが出来るが,治療目標をhypothyroidとすると,目標とする甲状腺機能には上限はあっても下限はなく,理論上は放射性ヨウ素の投与量にも,下限はあっても上限はないことになる。無論,抗甲状腺薬による重篤な副作用などが出現しているときには,迅速かつ確実に甲状腺機能の低下を必要とするため,計算で求められている放射性ヨウ素の投与量より少し多めに放射性ヨウ素を投与することは致し方ないことであるが,治療目標をhypothyroidとした全ての症例に対して同様の手法をとることは本来行うべきことではない。しかし,バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法が普及するに従って放射性ヨウ素の投与量の計算を行わず,確実に甲状腺機能低下となる程度の固定量の放射性ヨウ素を投与する手法が流行しているようである。確かにこの手法であれば,計算に必要となる甲状腺重量,24時間131I摂取率,有効半減期などを測定する手間を省くことも,煩わしい計算をする必要もなくなり,たとえ経験の少ない医師でもより簡便に治療が実施出来るわけである。だが,被曝管理の面からいえば,これは治療を施行する側の一方的な都合であって,被曝を強いられる患者側の立場に立っているとはいいがたい。つまり,治療自体が簡便となる一方で不必要な被曝を患者に強いる可能性が出てくるわけである。この様な意見をすると固定量の放射性ヨウ素投与を肯定する方々からは「不必要な被曝といっても,たいした量ではないし,自分の経験では何も不都合はなかった」とか,「バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は安全性が高いことは既に歴史が証明しているといって普及させてきたのはあなたたちでは…」といったご意見が聞こえてきそうである。普段から放射性医薬品を取り扱っているものとしては,「不必要な被曝」は極力避けなければならないということは常識であり,われわれが負う責務である。確かに「不必要な被曝」による副作用の頻度は決して高くはなく,副作用が生じるとしても10年,20年後となる。しかし,頻度の少ない晩期の副作用であるということは,すなわち一人の医師の臨床経験で結論を出すべき性質のものではないということになる。また,「バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法の安全性」は確かにその「長い歴史」が証明している。しかし,この安全性を実証している治療手法は固定量の投与ではなく,あくまでも投与量を計算して求めた手法である。したがって,厳密にいえば「計算して放射性ヨウ素の投与量を決める手法の場合,バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は安全性が高いことは既に歴史が証明している」ということになる。やはり,放射性医薬品を取り扱う以上,被曝という観点は常に持っておく必要があり,たとえhypothyroidを目的とした治療であっても放射性ヨウ素の投与量は計算で求めていって頂きたいと考える。
それでは,計算して放射性ヨウ素の投与量を決めればバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は必ず安全といえるかというと,無論,そうとはならない。そもそもここでいう“安全”とはあくまでも放射線による影響が少ないことを指しており,臨床的な内容は含まれていないためである。やはり臨床的にはそれぞれの症例の状況によって最適な治療を選択していくことが重要であり,どのような状況であっても放射性ヨウ素内用療法を行ってよいというわけではない。
放射性ヨウ素内用療法を行うにあたって注意が必要となる代表的なものが巨大な甲状腺腫を有するバセドウ病の症例である。つまり,巨大な甲状腺腫を有する症例にたいして放射性ヨウ素内用療法を実施することは決して安全性が高いとはいえないのである。巨大な甲状腺腫の場合,たとえeuthyroidを目標とした治療を行ったとしても,その体積の大きさからかなりの量の放射性ヨウ素の投与が必要となり,目標がhypothyroidとなると更に多くなる。このため甲状腺腫が大きく,投与する放射性ヨウ素量が増えることで,頚部のより広い範囲に,より多くの放射線が照射される可能性が出てくる。照射された放射線によって甲状腺周囲の組織に浮腫が生じる可能性がある。また,甲状腺自体が更に腫大することも考えられる。巨大甲状腺腫においては,既に気道狭窄の状態である可能性もあり,これらの変化によって気管が更に圧排され,気道閉塞を生じるおそれがある。さらに,体積が大きく,照射される放射線量が多いことは,治療によって破壊される甲状腺細胞が多いということになる。治療によって破壊される甲状腺細胞が多いということは,すなわち放射性ヨウ素投与後に急激な甲状腺機能亢進を生じてしまう可能性があり,時として甲状腺クリーゼをきたすことも考えられる。無論,これらの状況は必ずしも生じてくるものではないが,逆にいえばどの症例がこの様な症状をきたし得るかわからない点では逆に恐ろしいともいえる。また,極めてまれではあるが,これらの副作用はそれほど大きくない甲状腺腫においても生じ得ることは覚えておいて頂きたい。巨大な甲状腺腫の場合,放射性ヨウ素内用療法を行う場合には,放射性ヨウ素の投与量もかなり多くなるため,入院治療を余儀なくされる可能性も高い。分割投与を行うという考え方もなくはないが,その様な場合も基本的には入院治療の方が安全である。以上の様な事柄を考慮すれば,巨大な甲状腺腫の場合,手術療法を第一選択として頂きたいものである。
甲状腺に直接かかわらない事柄としては,高齢者で特に心疾患や糖尿病などの基礎疾患が存在する場合に問題が生じうることが知られている。この様な場合,放射性ヨウ素内用療法を実施することで基礎疾患の悪化の恐れがあるからである。当然のことではあるが,高齢者でなくとも基礎疾患の状況が悪い場合には注意が必要となる。したがって,放射性ヨウ素内用療法も,手術などと同様に,実施前に全身状態を確認しておくことが必要となる。基礎疾患の状況が悪く手術療法に適さないとして放射性ヨウ素内用療法に回ってくる症例もあるが,その様な場合には入院管理とし,治療後に詳細な経過観察を行っていくことも必要である。
バセドウ病に対する放射性ヨウ素内用療法を安全に実施するためには,甲状腺についての知識はもとより,放射線照射後に生じる副作用,問題となり得る基礎疾患についての知識なども持ち合わせていなければならない。
放射性ヨウ素内用療法の治療選択には当然のことであるが禁忌となる状況がある。妊婦や授乳婦は当然の様に絶対禁忌である。妊娠の可能性がある場合も絶対禁忌であるが,妊娠の是非がわかりにくい場合にも遭遇すると思われる。この様な場合には10日規則(受胎のおそれのない月経開始後10日以内に放射線を用いた検査などを行うこと)に沿って判断すべきであろう。幾分わかりにくい部分はあるものの,それでも妊婦等の場合には絶対禁忌である理由などは比較的にわかりやすいものと思われる。
むしろ問題となるのは小児に対する治療である。小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法については,理解しにくい事柄が複数存在し,判断しにくくなっているからである。まず,一般的に小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は“慎重投与”ということになっている。それでは“慎重投与”とはいかなる意味なのであろうか。“慎重投与”を調べると「患者の症状,原疾患,合併症,既往歴,家族歴,体質,併用薬剤等からみて,他の患者よりも次のような危険性が高いため,投与の可否の判断,用法・用量の決定などに特に注意が必要である場合,又は臨床検査の実施や患者に対する細かい観察が必要とされる場合に記載する。」と書かれている。つまり,小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は「成人よりも危険性が高いため,投与の可否の判断,用法・用量の決定等に特に注意が必要である」ということに他ならない。“慎重投与”という言葉にはある程度強い否定的な響きがあることは万人が承知しているところであろう。ただし,小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法に肯定的な意見が多い昨今の風潮からして,即座に“成人よりも危険性が高い”と判断できる方がどれだけいるかは疑問である。実はこの“慎重投与”という表現であるが,2019年4月より“特定の背景を有する患者に関する注意”という表現に置き換わることになっており,今後はもう少し理解されやすい記載になる可能性が高い。
小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は「成人よりも危険性が高いため,投与の可否の判断,用法・用量の決定等に特に注意が必要である」という内容に対しては異議を唱える方々も少なからずいらっしゃるかもしれない。その多くの場合は,他国,特にアメリカ甲状腺学会のガイドラインに小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法を肯定する記載が存在していることを根拠にされていると思われる。しかし,実はこれらのガイドラインを詳細に検討するとわかることだが,小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法の放射線被曝に対する安全性を担保するエビデンスについては明確な記載はなされていないか,安全性の根拠となっている論文の中に放射線被曝に対する安全性を担保しうるデータの記載がないのが実際のところである。例えばアメリカ甲状腺学会のガイドラインにおいては5歳からバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は可能としている。その根拠としては5歳未満より5歳以上の方が被曝による影響が少ないとしている。無論,これは理屈ではあるが,だからといって5歳以上であれば安全ということにはならない。実は同様の理屈からブラジルのガイドラインではバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は10歳からとなっている。もちろん10歳以上の方が10歳未満より被曝の影響が少ないのは当然であるが,10歳以上であれば安全ということにはなり得ない。これらの他国のガイドラインからもわかるように小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法の放射線被曝に対する安全性については全くもって根拠がないのである。
小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法には「放射線被曝に対する安全性については全くもって根拠がない」から「投与の可否の判断,用法・用量の決定等に特に注意が必要である」わけである。しかし,この表現からもわかるように完全否定をしているわけでなく,他に治療の手段がない場合には,たとえ放射線被曝に対する安全性の根拠がなくとも,放射性ヨウ素内用療法を選択せざるを得ない状況も出てくる。たとえば抗甲状腺剤で重篤な副作用が生じ,何らかの事情により手術療法が不可能な場合などがそれである。この様な状況においては放射性ヨウ素内用療法の実施もやむを得ないのだが,その代わり「患児(者)に対する細かい観察が必要とされる」ことになる。つまり,被曝管理の面から,たとえ成人の場合であっても,放射性ヨウ素を投与されてから3日間は,①水分を多く摂取すること,②排泄後は2度水洗を流すこと,③男性でも便座に座り排尿すること,④他の人と同じベッドや布団で寝ることは避けること,⑤衣類は他の人と別に洗濯すること,⑥お風呂は最後に入ること,などの事柄の実施が求められており,小児においては医療者がこれらの注意事項の実施について確認の義務を負う。やむを得ず帰宅する際には保護者に十分な説明を行い,厳密な管理をお願いしなければならない。ただし,成人の場合においても「小児や妊婦と接する機会のある職業の方は,職場を2週間休職すること」が求められており,小児においては家族内に乳幼児あるいは同年代の兄弟姉妹がいる場合には帰宅は勧められず,同様に学校への登校も避けなければならない。この様にやむを得ず小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法を実施する際には患児(者)に対する細かい観察が必須となる。
以上に述べたように,小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は「放射線被曝に対する安全性については全くもって根拠がなく,投与の可否の判断,用法・用量の決定等に特に注意が必要であり,やむを得ず実施する場合には患児に対する細かい観察が必須となる」ということになる。簡単に言い換えるならば小児に対するバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法は“慎重投与”が重要なのである。
バセドウ病の放射性ヨウ素内用療法を実施する際には,具体的には適量の放射性ヨウ素カプセルを内服して頂くことになる。この場合,放射性ヨウ素の剤形はカプセルのみであり,カプセルを飲めなければ治療は成立しない。しかし,最近はたとえ成人であっても「カプセルが飲めない!」と言い張り,他の形態にならないかとせがむ患者も増えていると聞いている。驚くべき話であるが,治療を施行する側もこの要望に応える形で放射性ヨウ素カプセルを溶解したものを投与していると聞くが,言語道断である。そもそも,食道狭窄等の物理的通過障害でもない限り,放射性ヨウ素カプセルが飲めないなどということはあり得ない。普通に食事が摂取でき,さらには麺類などをすすることが出来るのであれば尚更である。この様な患者の訴えに振り回されて,何の工夫をすることもなく,自身の取り扱っている薬に対する知識も持たず,放射性ヨウ素カプセルを溶解している医師や診療放射線技師が実際にいることも信じがたい。「たかがカプセルを溶解するだけのことに何を大げさな・・・」などという意見もあるかもしれないが,個人的にはこの様な行為をする方々には放射性医薬品は扱って頂きたくないと考えている。なぜならばこの様な行為を行える方は被曝管理の概念がなく,更には放射性ヨウ素内用療法ついても充分に理解しているとは考えにくいからである。
まず,放射性ヨウ素カプセルを溶解する場合,お湯を使用すると思われる。この際,極微量であるが,放射性ヨウ素は空気中に昇華する。つまり,昇華した放射性ヨウ素を吸い込み被曝する恐れが出る。また,放射性ヨウ素カプセルを溶解する時に紙コップなどを使用すると思われるが,そのコップに十分なシールドをも設けることは難しく,放射性ヨウ素カプセルを溶解させている間はもとより,さらには内服中や内服後も全くシールドされない線源として存在することになる。もちろん,ただカプセルを内服する場合に比べ時間がかかることとなり,カプセルを内服する場合に比しより被曝することになる。溶解した放射性ヨウ素の溶液を内服する際には,溶液は口唇に触れ,口腔内・咽頭を通過し,食道を経て胃に至る。バリウムの造影検査を想像して頂くとわかりやすいかもしれないが,溶液は触れた部分や通過した臓器の壁にわずかに残ることになる。つまり,溶液が通過する際に触れた臓器には,少量であるにしても,放射性ヨウ素が付着し,無駄な被曝を生じてしまうことになる。更にいえば使用した紙コップをはじめ,胃に到達するまでに付着した放射性ヨウ素が存在する以上,必ずロスが存在することになり投与量に見合った摂取率を得られない可能性が極めて高い。したがって,被曝管理の面からも,確実な治療を実施する意味においても,放射性ヨウ素内用療法の実施には放射性ヨウ素カプセルの内服が大前提であり,カプセルの内服が困難だからといって,決して溶解したものを投与してはならない。
ここまで述べた内容でバセドウ病の放射性ヨウ素内用療法はその概念こそ難しくはないが,治療を安全に実施するにあたってはそれなりに多方面の知識を必要とすることをご理解頂けたのではないだろうか。一見すると,50年以上の歴史があり,既に治療そのものが確立され,安全に治療が出来ると考えがちであるが,実はそれほど単純なものではない。
そもそも,現状をよく考えてみると未だに治療を実施する側が考えるような結果を常に出せているわけではなく,治療そのものが確立しているどころか,さらなる工夫が出来る可能性を秘めていると考えるべきであろう。しかし,一見確立しているように見える治療法に工夫を凝らすことは難しく,そのためには現行の放射性ヨウ素内用療法に対する理解度を深めていくことが必要となる。現在この治療に携わっておられる方々には,放射性ヨウ素内用療法についての理解を深めていくためにも,より一層の臨床的知識のみならず放射線,特に被曝管理について知識も習得して頂き,より安全で確実な治療を実施して頂くとともに,欲をいえば,さらなる工夫の足がかりを見いだして頂きたいものである。