Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Surgical treatment for Gravesʼ disease
Kenichi MatsuzuKiminori SuginoKoichi Ito
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2018 Volume 35 Issue 3 Pages 162-166

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抄録

バセドウ病の外科治療は,まだ他の治療法も補充療法もない時代に始まった。必然的に治療の目標は術後甲状腺機能正常となる寛解に置かれ,亜全摘が標準術式となった。その後,補充療法が確立されると全摘術が治療の選択肢に加わった。そして放射性ヨウ素治療,次いで薬物療法が導入されると外科治療の適応は明確に減少した。今日の外科治療の適応は薬物療法に対する副作用や抵抗性,難治性,早期に機能改善を得たい場合,圧迫症状を伴う大きな甲状腺腫,免疫学的改善を得たい場合など,ほぼ再発が許容できない症例に限定されてきた。これに伴って治療の目標は寛解から再発のない治癒に変わり,結果的に長らく行われてきた亜全摘術に代わって全摘術が標準術式になった。残された課題は外科治療特有の合併症をいかに減らすかに絞られてきており,近年では超音波凝固装置などのデバイスや神経刺激装置(NIM),あるいは内視鏡手術なども保険適応となっている。

はじめに

バセドウ病は甲状腺組織に対する臓器特異的な自己免疫性疾患で,臨床的には自己抗体の刺激によって起こる甲状腺機能亢進症が問題となる。外科治療は甲状腺ホルモンを産生する濾胞細胞数(量)を減らすことによって機能亢進症を改善することを原理としている。本稿ではバセドウ病に対する外科治療における術式と適応の変遷,術前および術後(合併症)管理などについて総説する。

外科治療の歴史と術式の変遷

バセドウ病に対する外科治療が本格的に始まった1880年代は,Kocherが甲状腺全摘術後の甲状腺機能低下症の病態に気付き,一般的に全摘術が控えられていた時代である[]。バセドウ病においても全摘術を避け,甲状腺動脈の結紮や,葉切除術後に二期的に対側葉切除を行うなど様々な工夫が試みられていたが[],無機ヨウ素や抗甲状腺薬などの前処置もなく葉切除術を行ったために,術後に甲状腺クリーゼで死亡する患者が少なくなかった。クリーゼを避けるためには,より多くの甲状腺実質の切除が必要と認識したDunhillは,1912年に亜全摘術によって手術死亡が減少することを報告した[]。さらに当時は補充療法も他の治療法もなく,治療の目標を術後甲状腺機能正常となる寛解に置かざるを得なかったことも合わさり,それ以降,亜全摘術はバセドウ病の外科治療における標準術式となった(図1)。一方,補充療法としては1891年に羊の甲状腺抽出物の有効性が報告され,1920年代にはブタの甲状腺から同定されたthyroxineの合成に成功したが,実臨床においては長らく力価の安定しない甲状腺末が使用されていた[,]。しかし1949年に,より効力の強い異性体であるNa L-thyroxineが合成されたことで甲状腺機能低下症が克服され,全摘術が外科治療の選択肢に加わり,両術式が併用されるようになった(図1)。

図1.

標準的な甲状腺亜全摘術の切除線(点線)と全摘術の切除線(破線)を示す。

両術式には各々の利点と欠点がある。全摘術は生涯に渡る補充療法を要するが体調の変化は起こらず,頻回の通院や検査から解放され,再発の可能性もない。一方,亜全摘術の理想的な目標は術後甲状腺機能正常だが,実際には再発や機能低下症になる割合が少なくないことが分かっており,亜全摘術後の再発率は0~20%と報告されている[]。亜全摘術後の再発リスクとしては20歳以下の発症,TRAbが薬物療法で低下しない場合,大きな残置量などがあるが,このうち残置量は最も強力,かつ唯一外科医が調整できるリスク因子である。表1に当院で亜全摘術を行ったバセドウ病1,897例の残置量と術後の甲状腺機能を示した。残置量を多くすれば機能低下症は減るが再発率が高くなるのは当然のことといえる。問題は,残置量を3g以下に設定すると約8割が機能低下症となるにも関わらず,再発する患者もいることである[]。これが亜全摘術最大の欠点で,再発を許容できない症例には亜全摘術を選択することができないことを意味する。残置量を2g弱とする超亜全摘術であれば再発しないと報告されているが[10],機能低下症の割合はさらに多くなるので,全摘術に対する有意性を見出すことは難しい。

表1.

1989~1998年に亜全摘術を受けた手術例(1,897例)における残置量別の再発(再燃)例の頻度

手術合併症については,両術式ともに反回神経麻痺,術後出血,副甲状腺機能低下症の可能性がある。最近のRCTによれば,一過性および永続性反回神経麻痺,術後出血の発生率に関しては,全摘術と亜全摘術で有意差がなかった。また,一過性副甲状腺機能低下症は全摘術で有意に多かったが,永続性副甲状腺機能低下症の頻度に有意差はなかった[1114]。すなわち,長期的に見れば手術合併症に関しては両術式間に有意差がなかった。

外科治療の適応

1880年代以降しばらくの間,外科治療はバセドウ病における唯一の治療法であったが,1940年代に放射性ヨウ素治療と薬物療法が確立されたことで,バセドウ病治療に現在と同じ3つの選択肢が揃った。1955年から近年までの当院におけるバセドウ病治療の割合を図2に示した。簡便で外来で直ちに開始できる薬物療法は導入されて以来増加が続き,放射性ヨウ素治療は一時的に薬物療法を上回ったものの近年はやや減少傾向にある。1950~1960年代にかけて治療の大半を占めていた外科治療の割合は年々減少し,近年では5%以下となった。現在,わが国におけるバセドウ病治療の第一選択は薬物療法であり,放射性ヨウ素治療と外科治療は何らかの理由で薬物療法からの変更が必要な場合に選択されている。外科治療の放射性ヨウ素治療に対するアドバンテージは手術日をもって確実に治療が完了することと,自己抗体の低下が期待できることである。欠点は入院が必要なこと,頸部に手術痕が残ること,手術合併症の可能性があることである。

図2.

1950年代には患者の大半は外科治療を受けていたが,近年では薬物療法が主流となっている。

今日の外科治療の適応としてまず挙げられるのは,抗甲状腺薬が副作用のために使用できない場合と薬物療法に対する抵抗性,難治性の場合である。薬物療法で機能コントロールができない症例は,効果発現に時間を要する放射性ヨウ素治療では,治療後も甲状腺機能のコントロールに難渋する可能性があり,再発のない全摘術は短期的に病勢がコントロールできる点でよい適応である。社会的背景から早期,かつ安定した機能改善を要する患者,例えば早期に妊娠を考えたい女性,学業や登校への影響を避けたい小児や学生,出張での海外赴任前や,専門医がいない離島の居住者なども再発を許容できないので全摘術の適応となる。大きな甲状腺腫による圧迫症状がある場合や整容性の改善を希望する場合も外科治療の適応となるが,こうした症例は薬物療法の抵抗性や難治性であることが多く,やはり全摘術の適応となる。次に免疫学的改善を得たい場合だが,TRAb強陽性で近い将来妊娠を予定している女性は,新生児バセドウ病回避のため,早期にTRAb低下が期待できる外科治療の適応となる。またTRAbやTSAb値との相関が指摘されているバセドウ病眼症は放射性ヨウ素治療によって悪化する可能性があるので,活動性や重症度の高い眼症も外科治療の適応である。最近のRCTでは眼症に関して両術式間に有意差がないことが報告されているが,甲状腺機能が確実にコントロールされる点で全摘術がよいとされている[1114]。

甲状腺癌を合併している場合だが,癌治療として全摘術の適応であれば,結果的にバセドウ病の治療も兼ねられる。一方,癌治療としては葉峡部切除術の適応である場合は,①バセドウ病の治療を兼ねて全摘術を行う,②手術は葉峡部切除術とし,術後機能亢進症が残る場合には薬物療法か放射性ヨウ素治療を行う,という二つの選択肢があり,十分な説明と同意を得たうえで方針を決定する。注意すべきは,甲状腺癌において推奨されない亜全摘術は避けることである。

手術前管理

周術期の甲状腺クリーゼを避けるため,原則として甲状腺機能は正常化しておく。抗甲状腺薬でコントロールがつかない場合は無機ヨウ素を併用するが,長期使用(2週間以上)で効果が消失する「エスケープ現象」に注意が必要である。無機ヨウ素には術中出血量を減少するという報告もあり[15],ATAガイドラインでは術前10日間の投与をStrong recommendationとしているが[16],効果を否定する報告もあり[17],エビデンスレベルは高くない。抗甲状腺薬と無機ヨウ素で甲状腺機能が正常化しない場合,軽度の機能亢進症であればβブロッカーで脈拍をコントロールすれば手術が可能となることもある。さらにコントロール困難な場合には,ステロイド(プレドニゾロン30mg/日,デキサメタゾン5mg/日など)の併用で機能コントロールがつくことが多い。手術が許容される甲状腺機能の上限値に明確なエビデンスはないが,当院では上記の前処置で甲状腺機能が改善傾向にあり,かつFT3 10pg/ml程度までであれば手術を行っており,今のところクリーゼを発症した経験はない。

術後合併症の管理

前述の通り主な手術合併症には反回神経麻痺,術後出血,副甲状腺機能低下症の可能性がある。術直後に,まず注意すべきことは両側反回神経麻痺がないことである。術中明らかな神経損傷がない場合でも牽引操作などで反回神経麻痺をきたす可能性があるので,抜管後には呼吸状態を注意深く観察し,吸気時の狭窄音があれば積極的に内視鏡で声帯を確認する。そして両側声帯麻痺があれば直ちに気管皮膚瘻を造設する。術後出血も発見が遅れると重篤な事態になりうる合併症である。ドレーン留置によって再手術が減少するというエビデンスはなく,また甲状腺手術後に挿入される10Fr程度のドレーンは,術後出血が起これば容易に閉塞してしまうので,術後はドレーン量だけでなく,頸部腫脹の有無や呼吸状態にも注意して観察する。

副甲状腺機能低下症は生命を脅かす合併症ではないが,永続性となれば患者に生涯に渡る服薬を強いることになるので,最低でも2腺以上の副甲状腺を血流とともにin situに温存するか,細切して移植することを心掛ける。バセドウ病患者は骨turn overの亢進によって骨飢餓の状態にあるので,手術を契機として骨吸収が亢進して血中カルシウム値の低下を招き,テタニーを発症しやすい。テタニーは患者にとっては大きな苦痛となるので,当院では予防的に術後5~8時間に8.5%グルコン酸カルシウム水和物注射液20mL(カルシウムとして157mg)を投与している[18]。そして術翌日のi-PTHが施設基準値下限の15.0pg/mlを下回っている場合にはカルシウム剤とビタミンD3製剤の経口投与を開始し,外来でi-PTHやカルシウム値をモニターしながら,副甲状腺機能が回復するのに合わせて漸減,中止している。

手術デバイスや内視鏡手術の保険収載

2016年4月の診療報酬改訂によってバセドウ病手術においても超音波凝固装置などの加算が認められるようになった。出血量や手術時間,合併症発生率などの点で明確な改善を示すエビデンスはないが,術者および助手の負担軽減には一定の効果が期待できる。また2018年4月からは神経刺激装置(NIM)も保険収載された。NIMの使用によって神経損傷のリスクが減るというエビデンスもないが,反回神経はもちろん,上喉頭神経外枝同定の参考にはなり,さらに手術中に術後の反回神経麻痺を予測できる利点もある。また,従来は先進医療に指定されていた内視鏡手術についても,2016年4月より保険適応となった。バセドウ病は女性に多いことから,整容性を考慮して鏡視下手術を希望する患者も少なくない。現状では鏡視下手術を行う施設は限られているが,自施設で行うことができない場合でも,選択肢のひとつとしては提示すべきかもしれない。

おわりに

バセドウ病治療における外科治療の役割は時代とともに変わってきた。すべてのバセドウ病が外科治療の適応となり,寛解を目標に亜全摘術を標準術式としていた時代と異なり,今日では外科治療の適応は再発が許容できない限られた患者だけに限定されるようになった。これに伴い,再発の可能性がない治癒が得られる全摘術が外科治療の標準術式になった。

【文 献】
 

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