2018 Volume 35 Issue 3 Pages 196-199
核医学治療の分野では近年α線放出核種Ra-223が前立腺癌領域で初めて臨床応用され,その高い治療効果(高LET,高RBE)と安全性から幅広い注目を浴びている。その他のα線放出核種としてI-131と同じハロゲン族元素であるアスタチン211(At-211)の医学利用が期待されている。現時点で臨床応用は少ないが,甲状腺腫瘍領域ではI-131 MIBGの代替薬としてのAt-211 MABG,I-131 NaIの代替薬としてのAt-211 NaAtが将来的な核医学治療薬の候補として国内でも前臨床検討されており,近々臨床応用が期待されている。アスタチン211核医学製剤の可能性について考察した。
核医学治療はRI内用療法や標的アイソトープ治療(Targeted Radioisotope Therapy/TRT)ともいい,治療用(主にβ線,α線)の放射線を放出する放射性同位元素(アイソトープ/Radio Isotope/RI)を用いて体内から治療を行う放射線治療である。甲状腺癌の分野では放射性ヨウ素131(I-131)を用いたTRTが戦後より行われてきた。甲状腺癌の増加や内用療法施設のベッド数減少などから,TRT入院施設不足が近年慢性化していたが,「TKI」時代を迎え甲状腺癌の治療大系は変わり,I-131治療の位置づけも変わりつつある[1,2]。従来β線核種のみであったTRTにα線核種であるラジウム223(Ra-223)(商品名ゾーフィゴ)が2016年国内導入され,その強い生物学的効果が注目されている。Ra-223はホルモン不応性前立腺癌骨転移において,作用機序が同じβ線核種Sr-89(商品名メタストロン)がなしえなかった全生存期間延長を示し[3],2017年国内治療件数4,000件以上と甲状腺癌のI-131入院治療(年間約3,000件程度で推移)を上回った(未公表速報値)。Ra-223は現在甲状腺癌骨転移への適応はないが,他のα線核種アクチニウム225(Ac-225)標識PSMA(前立腺特異的膜抗原/Prostate Specific Membrane Antigen)製剤が報告され,前立腺癌多発転移症例で多くのCR症例を示し[4,5],α線TRTはさらに注目されている。本稿では国内で盛んなα線核種アスタチン211(At-211)によるTRT研究を紹介し,甲状腺癌治療応用への将来展望を記す。
α線TRTと従来型のβ線TRT(I-131,Sr-89,イットリウム90/Y-90)との違いを示す。β線TRTではβ崩壊により放出された電子による電離作用をがん治療に用いるのに対し,α線TRTではα崩壊により電子の7,200倍重いヘリウム原子核(陽子2個と中性子2個)が飛び出し,がん細胞のDNA二本鎖を高率に切断する(β線では一本鎖切断のみ)ため,DNA修復機転が働きにくく殺細胞効果が高い。また組織内飛程がマイクロメータ程度と短く(β線ではミリメータ程度),飛程内に高いエネルギーを落とすため(線エネルギー付与/Linear Energy Transfer/LET),生物学的効果比(Relative Biological Effect/RBE)が高いという特徴がある。同じく高LET,高RBEである重粒子線治療(炭素線では電子の21,600倍重い)に似た高い治療効果を有し,通常のX線外照射,β線TRT等で難治性の腫瘍にも治療効果が期待されている。またα線は遮蔽が容易で紙でも遮蔽可能なため,γ線β線の両者放出核種であるI-131ではγ線遮蔽のため専用のRI治療病室が必要だが,α線TRTでは専用病室は不要となる。さらに,α線は飛程が短く腫瘍細胞の数ヶ分程度しか届かないため正常細胞への影響はほとんどなく,β線TRTで問題となる骨髄抑制などは起こらない。(Ra-223は壊変時α線β線の両者を放出するため,骨髄抑制は起こりうる。)
アスタチンは原子番号85のハロゲン族元素で,周期表ではヨウ素の下に位置する(図1)。そのためヨウ素に似た化学的特徴を持つ一方,ポロニウム(原子番号84)などの金属にも近い性質を持つとされる。安定同位体は存在しないため(ギリシア語のastatos/不安定が由来である),全元素のなかで地殻含有量が最も少ない元素とされる[6]。アスタチン211(At-211)は半減期7.2時間のRIで,α線を1回放出して壊変する100%α線放出核種である(図1)。At-211はビスマス209へのアルファ粒子照射により製造されるが,その際ポロニウム210(Po-210)(半減期138日,100%α放出核種,平均エネルギー5.4MeV,極めて高い比放射能を持ち,某暗殺事件での使用が疑われる放射毒性の高い元素)や,同位体のアスタチン210(At-210)(半減期9.1時間で,減衰途中Po-210となり,Pb-206で安定)なども生じうるため,At-211のサイクロトロン製造時には,Po-210やAt-210が生じないように照射する粒子エネルギーを安定制御する技術が必須である[6,7]。2018年現在,国内でAt-211を安定的に製造可能な施設は量研機構,理化学研究所,大阪大学,福島県立医大のみである。
アルファ線核種 アスタチン211
At-211製剤の医学利用の試みは1980年代から散見されるが,核種製造の難しさもあり一般化しなかった[8]。近年照射技術の進歩によりAt-211核種製造が国内のサイクロトロン施設で可能となり[9],多くの疾患を対象としてAt-211製剤の研究が進められている。甲状腺腫瘍領域では,At-211標識のMABG(meta-211At-astato-benzylguanidine)製剤が第一に挙げられる[10]。At-211 MABGは,I-131標識のMIBG(meta-131I-iodo-benzylguanidine)のI-131部分をAt-211に置換した薬剤で(図2),対象疾患候補としてMIBGと同様に転移性の甲状腺髄様癌が挙げられる。At-211 MABGの甲状腺髄様癌における報告はまだないが,褐色細胞腫モデル動物に対するMABG治療報告では高い治療効果が示された[11]。α線は飛程が短いため骨髄抑制などは起こらない。I-131 MIBG治療では投与量・回数の不足により限定された治療効果しか達成しえず多くの不応症例が見られたが[12],これらにAt-211 MABGが治療適応となる可能性がある。現在,量研機構ではAt-211 MABGの臨床研究に向け準備中である。
アルファ線製剤 211At-MABG
At-211製剤の分化型甲状腺癌治療研究も国内で進んでいる。アスタチンはヨウ素に似た化学的特徴を持つため,At-211 NaAtの分子形で投与されると,ナトリウムヨウ素シンポータを介して甲状腺細胞などに取り込まれ,分化型甲状腺癌治療に応用可能と期待されている[13,14]。I-131による分化型甲状腺癌治療でのヨウ素治療不応症例のうち,I-131集積は画像上認められるものの治療効果がないタイプの不応症例に対し,At-211 NaAtでは治療効果が見込めるのではないかと期待される。なぜなら高LET, 高RBEであるAt-211 NaAt α線治療では,At-211が集積しさえすればがん細胞のDNA二本鎖切断を高率に起こすと考えられるからである。現在I-131不応症例では分子標的薬が適応となるが,分子標的薬でも不応例,副作用や経済的問題による継続困難例もあるため,I-131不応,分子標的薬中止例のうち一定数がAt-211 NaAtの治療対象になると推測される。高い治療効果を示す前臨床データが大阪大学から学会などで報告されているが,2018年6月現在文献としての報告はなく,今後の展開が待たれる。
At-211製剤の医学利用は国内では前臨床段階であるが,米国では転移性脳腫瘍を対象としたAt-211標識モノクローナル抗体による臨床治験が行われ[15],今後国内外で承認薬剤の登場が期待されている。早期に国内でも,At-211製剤(At-211 MABGやAt-211 NaAt)の医学利用が可能となることを期待して筆を置く。