2018 Volume 35 Issue 4 Pages 247-250
副腎皮質癌は,極めて予後不良の稀な内分泌癌である。診断時,70%の症例で既に副腎外への遠隔転移を認め,60%の症例は腫瘍から過剰に産生される副腎皮質ホルモンによる随伴症状や合併症を呈する。すなわち,コルチゾール過剰によるクッシング症候群,アルドステロン過剰による原発性アルドステロン症,性ホルモン過剰による副腎性器症候群,男性化・女性化兆候などを呈し,これらに留意した周術期管理のもとに外科的に完全切除を行うことが最重要である。手術は開腹による広範切除が原則である。症例によっては腹腔鏡下手術も選択できるが,熟練した外科医が施行することが条件となる。副腎腫瘍の手術実績を十分に有し,副腎皮質癌の診療体制の整った医療施設での治療が推奨される。
副腎皮質癌の発生頻度は100万人あたり0.72人とされている。好発年齢は二峰性であり,5歳以下の小児と40~50歳台である。また,性別でみると,成人では女性の発生頻度が男性の1.5倍であるのに対して,小児では男児において女児の3~5倍多くみられる[1]。内分泌学的には,成人例の60%程度が機能性であり,クッシング症候群が最も多く,小児例では90%以上が機能性であり,男性化が主たる症状である[1,2]。癌が副腎に限局していれば,手術にて治癒できる可能性があるが,診断時に副腎に限局しているケースは30%程度とされ,副腎外への転移を認めることが多い。5年全生存率は16~38%と予後は非常に不良である[3]。術後再発のリスクも高いため,術後も注意深い経過観察が必要となる。副腎皮質癌は非常に稀な疾患であるため,大規模臨床試験が困難であり,近年の副腎皮質癌の治療成績も明らかな改善傾向はみてとれない。本稿では,副腎皮質癌の手術療法に焦点をしぼり,手術適応および術式の選択,更に周術期管理について現状と今後の展望について述べる。
副腎皮質癌では,手術による切除の完全性が予後規定因子であり,ほかのどの要因よりも患者の予後を左右する。いいかえると,手術以外に副腎皮質癌を根治する有効な治療法はなく,European Network for the Study of Adrenal Tumor(ENSAT)による病期分類のStageⅠ~Ⅲ(表1)[4]に対しては可能な限り手術を考慮するべきである。術前から副腎皮質癌を疑う場合には,原則,開腹手術が望ましいと考えられるが,周囲臓器浸潤およびリンパ節転移がある,腫瘍径が6cm以上などの場合には必ず開腹手術を選択すべきである。そして,浸潤した臓器やリンパ節を合併切除すること,腫瘍細胞の播種と局所再発のリスクを減らすために腫瘍の被膜損傷を避けることが最重要である[5,6]。
European Network for the Study of Adrenal Tumor(ENSAT)による病期分類
早期の副腎皮質癌に対して開放手術と腹腔鏡下手術とのどちらを選択すべきかについてのコンセンサスはない[7]。腫瘍サイズが10cm未満のStageⅠまたはⅡの症例では,熟練した泌尿器科医や内分泌外科医が腹腔鏡下手術を行う場合は,開腹術と比較して無再発期間や生存率に差はなかったとの報告もなされている[8]。しかし筆者らの経験からは10cm未満の症例でも短期間に増大傾向が明らかな腫瘍は,発見時もしくは診断時にT1-2であったとしても手術時にはpT3以上となっている可能性があるため(図1),腹腔鏡下手術にこだわることなくはじめから開腹手術を選択するか,術中に少しでも周囲臓器との剝離が困難と感じれば,躊躇なく開腹手術へ移行して,可能な限り広範な切除を目指すべきと考えている。
腹腔鏡下手術を選択し術後早期に再発した副腎皮質癌(自験例)
58歳,男性。主訴は低カリウム血症。術前CT(左)で腫瘍径は35mmで明らかな浸潤傾向は認めず,腹腔鏡下手術施行。術中,膵尾部との癒着は認めるも摘除完遂。病理学的にはpT3。術後1カ月(中央)では術後変化程度の所見も,3カ月後には横隔膜脚部に急激に増大する腫瘤出現(右)。術後11カ月で癌死。
一方,腫瘍を完全切除できない症例でも,内科的治療でホルモン過剰症状が改善できない場合には,腫瘍容積(原発巣と転移巣の両方)の減少(腫瘍減量手術)が有用であるとの報告がある[7]。原発巣の切除が困難な症例でも,ミトタン単独療法や化学療法により腫瘍縮小の効果がみられた場合には再度摘出術を検討する。ただ注意すべきは下大静脈腫瘍塞栓や大血管浸潤の症例については,血管外科などとの複合診療科でチーム手術が可能な施設では初期治療でen blockに切除できる可能性があり,このような施設にコンサルトせずに安易に切除不能と判断しないことが肝要である。
また術後再発症例について,術後12カ月以降に再発がみられた場合は手術で完全切除が期待できる場合は再手術を行う。術後6カ月以内に再発がみられた場合は再手術による改善が期待しにくく,根治切除不能例に準じた治療を検討する。術後6~12カ月以内に再発がみられた場合は個々の症例に応じて治療方針を決定する。症例によりラジオ波焼灼療法,化学塞栓療法などの局所療法なども選択肢となる[9]。
副腎皮質癌はその高悪性度の故,早急な手術が望まれるわけであるが,術前に十分な病期診断とともに,副腎ホルモンの過剰産生についても十分に評価しておく必要がある。最も重要なのは褐色細胞腫の除外であることは当然であるが,術前のコルチゾル過剰状態の程度は予後予測因子となることも報告されており,コルチゾル,性ホルモン(アンドロゲン,エストロゲン)およびアルドステロンの過剰状態の程度を詳細に評価しておく。また術前に必要に応じて,しばしば随伴する低カリウム血症に対する補正を行い,術後の副腎不全の可能性を予測し,これに備えておくことがガイドラインでも強く推奨されている[10]。さらに,成人例でも小児例でも性ホルモンの過剰による女性の男性化あるいは男性の女性化は患者本人はもとより,家族に対しても精神的,社会的あるいは遺伝的カウンセリングが必要となるケースがあることにも留意する。
2)術 後術後,循環動態や意識状態が安定しない際は,副腎不全を念頭においた内分泌学的検査を施行し,電解質の補正やステロイドの補充が必要となる。
副腎皮質癌では,外科的切除断端がすべて陰性であったとしても,50%以上に再発転移が生じる。病理検査でKi-67が10%以上の際には再発リスクが高いと考えられ,ENSATの診療ガイドラインではミトタンによる補助化学量療法を推奨している。また,血管浸潤・被膜浸潤を認め,かつKi-67 indexが20%以上の症例では,局所再発のリスクがさらに高く,補助療法としてミトタンに加えて腫瘍床への放射線治療(腫瘍床に1.8~2Gy/日,計40~60Gy)が推奨されている[11]。詳細は他項に譲るが,ミトタン1.5g/日より開始し,比較的短期間に5~6g/日まで増量する。血中濃度をモニタリングすることが望ましく,14~20mg/dLに維持するよう適宜投与量を増減することにより,良好な予後が得られる。腫瘍の進行が早い場合(3カ月以内に症状が進行する,術後3カ月以内に再発DHEA-Sが1000U/L以上など)や,ミトタンで効果不十分な場合に併用する化学療法としては,EDP(エトポシド+ドキソルビシン+シスプラチン)療法やストレプトゾシンが用いられる[9]。
副腎皮質癌の予後規定因子は切除の完全性,病期,病理学的悪性度などだが,後方視研究ではStageⅠ,Ⅱ,ⅢおよびⅣの5年癌特異的生存率は,それぞれ82%,61%,50%,13%と報告されている。経過観察中に転移がよくみられる部位としては肺,肝臓,腹膜,リンパ節,骨がある。術後少なくとも2年は3カ月ごとの定期的な画像検査の実施が推奨され,またホルモン産生腫瘍では3カ月ごとの血中ホルモン測定が再発評価に有用である。その後は段階的に間隔をあけて観察を行い,術後10年までは再発の評価を継続することが推奨される[6]。
副腎皮質癌は悪性度の高い希少癌であり,治療の最大の要は熟練した外科医による初回手術時の腫瘍の完全切除であるが,切除不能例においては,集学的加療が可能な施設での治療が望ましい。特に手術について欧州内分泌外科学会のコンセンサスステートメントでは,良性・悪性を含めて,年間15例以上の副腎手術実績のある医療施設での副腎皮質癌治療が強く推奨されていることに留意すべきである。