Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of mixed type squamous cell carcinoma of the breast with enlarged squamous component during neoadjuvant chemotherapy
Toshiharu KanaiTakaaki ObaTokiko ItoKazuma MaenoKen-ichi ItoHisashi Tamada
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2018 Volume 35 Issue 4 Pages 282-287

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抄録

乳腺扁平上皮癌は乳癌の特殊型に分類される稀な疾患である。術前化学療法中に急速増大した混合型乳腺扁平上皮癌で,切除検体の免疫組織染色で乳管癌成分の消失と扁平上皮癌成分の増大を認めた1例を経験したので報告する。症例は78歳,女性。左乳房CD領域に6cm大の腫瘍と腋窩リンパ節転移を認め,針生検で乳管癌成分を伴う混合型扁平上皮癌,Stage ⅢBと診断された。術前化学療法としてパクリタキセルを開始し,腫瘍は速やかに縮小したが,その後急速な再増大を生じたため,左乳房切除術と腋窩リンパ節郭清術を施行した。摘出標本の病理組織所見は扁平上皮癌,Triplenegative typeで治療開始前に認められていた乳管癌成分はほぼ消失していた。術後9カ月経過し,現在まで再発は認めていない。乳腺扁平上皮癌は,薬物療法は通常型乳癌より効果に乏しいとされ,効果的な治療法は確立されていない。今後も厳重な経過観察が必要である。

はじめに

乳腺扁平上皮癌は乳癌の特殊型に分類される比較的稀な疾患である。今回我々は,術前化学療法施行中に部分奏効(PR)となったが,短期間で原発巣が再増大し手術を行った混合型乳腺扁平上皮癌で,免疫組織染色の併用により,混在していた乳管癌成分の消失が確認できた1例を経験したので報告する。

症 例

78歳,女性。左乳房腫瘤を主訴に受診した。家族歴に特記すべき事項なし。既往歴では,30代に子宮筋腫手術歴あり。70代からパーキンソン病にて内服治療中であった。月経は13~30代(子宮筋腫手術),未婚,妊娠出産歴なし。生活歴としては介護施設入所中であった。

2カ月前から左乳房の腫瘤を自覚し,近医を受診。左乳房腫瘤および左腋窩リンパ節腫大を認め,局所進行乳癌の診断で当科紹介となった。

初診時現症:155cm,45kg。パーキンソン病による不随意運動著明。移動は車椅子。

左乳房C領域に6×4cm大の硬い腫瘤を触知した。腫瘤直上の皮膚は肥厚し色調変化を認め,腫瘤の一部は表面に露出していた。左腋窩には1cm大に腫大した硬いリンパ節を触知した。

初診時血液検査所見:一般血液生化学検査に明らかな異常所見は認めず,腫瘍マーカーはCEA 28.7 ng/ml(0-3.4), CA15-3 22.1U/ml(0-31.3), BCA225 179 U/ml(0-160),NCC-ST439 19.6 U/ml(0-6.9)とCA15-3以外は高値であった。

マンモグラフィー:左乳房C領域に境界不明瞭な腫瘤陰影を認めた。多形集簇性石灰化を伴いカテゴリー4(図1)。右乳房はカテゴリー1。

図 1 .

マンモグラフィー

左M領域,O領域に多形集簇性石灰化を伴う境界不明瞭な腫瘤陰影を認めた。

乳腺超音波検査:左乳房CD領域に5cmを超える低エコー腫瘤を認めた(図2)。境界部は明瞭粗造だが一部不明瞭,内部は不均一で石灰化と考えられる高エコースポットを伴う。腋窩リンパ節は最大15mmでリンパ門が消失し転移を疑うものを複数認めた。

図 2 .

乳腺超音波所見

左CD領域に5cmを超える低エコー腫瘤を認めた。境界部は一部不明瞭,内部に石灰化と考えられる高エコースポットを伴う。

胸部CT:左乳房CD領域に56×30×36mm大の造影効果を伴う腫瘤を認め,皮膚浸潤および皮膚の浮腫を認めた。内部には壊死成分と考えられる無造影域を伴っていた(図3a)。左腋窩には造影効果を伴う腫大したリンパ節を複数認め,転移と考えられた(図3b)。

図 3 .

胸部造影CT

a 左CD領域に56×30×36mm大の造影効果を伴う腫瘤を認めた。内部に壊死成分と考えられる無造影域を伴う。

b 左腋窩に造影効果を伴う腫大したリンパ節を複数認めた。

Positron Emission Tomography(PET)-CT:左乳房CD領域にSUVmax:13.7の高集積腫瘤を認めた。腫瘤直上の皮膚は肥厚し皮膚浸潤が疑われる集積を認めた。左腋窩にはFDG集積を伴う複数の腫大リンパ節を認めた。遠隔転移を疑う所見は認めなかった。

針生検病理組織学的検査:悪性,Invasive ductal carcinoma + Squamous cell carcinoma(SCC)(図4a),ER score 1,PgR score 0,HER2 score 0,Ki67 index 30%。免疫組織染色(mammaglobin/p40):Invasive ductal carcinomaの成分ではmammaglobinが陽性であり大部分を占め(図4b),p40陽性のSCCの成分が一部に認められた(図4c)。

図 4 .

針生検標本病理所見

a HE×100:高度な核異型を伴う上皮細胞が浸潤性増殖し,部分的に細胞間橋を認めた。

b mammaglobin免疫組織染色:乳管癌成分で陽性となる。病変の大部分に陽性所見を認めた。

c p40免疫組織染色:扁平上皮癌の核で陽性となる。病変の一部,細胞間橋形成部で陽性所見を認めた。

治療前診断:左乳癌,cT4bN1M0,Stage ⅢB。

治療経過:術前化学療法を行う方針とし,パクリタキセル(Paclitaxel:PTX)週1回療法を開始した。年齢と全身状態を考慮しPTXは70mg/m2で投与した。腫瘍は速やかに縮小傾向を示し,9回施行した時点で腫瘍は2cm大に縮小し皮膚表面は平坦となり,腫瘍の露出も認めなくなった(図5a,b)。しかし12回目の診察時には原発巣の急速な再増大が確認され,再び腫瘍の皮膚表面への露出を生じPDと判断されたため(図5c),化学療法を中止し手術を行う方針とした。

図 5 .

乳房視診所見

a 治療開始前。腫瘍の露出,周囲皮膚の肥厚と発赤を認めた。

b PTX9回施行後。腫瘍は縮小し,皮膚は平坦化し,わずかな発赤を認めるのみとなった。

c PTX12回施行時。腫瘍は再増大し皮膚に露出した。

手 術:左乳房切除術+腋窩リンパ節郭清術(level 2)。

摘出標本肉眼所見:左乳腺内に2.5×2.0cmで中心部が空洞状の腫瘤性病変を認めた。

病理組織学的所見:SCC。浸潤部3.5cm,f+,s+,ly0,v1。腫瘤外乳管内進展は認めず,切除断端陰性。Histological Grade 3(SCCのため参考値)。リンパ節転移あり,level Ⅰ(3/17),Level Ⅱ(0/2),乳房内(0/1)。ER score 0,PgR score 0,HER2 score 0,Ki67 index 81.9%。広範な壊死を伴い,腫大した核を有する異型上皮細胞が胞巣状・索状に浸潤増殖し,細胞間橋や角化を認めた(図6a)。免疫組織染色(mammaglobin/p40):mammaglobin陽性細胞はほとんど認められず(図6b),p40陽性のSCCがほぼ全てを占めていた(図6c)。

図 6 .

摘出標本病理所見

a HE×100:腫大した核を有する異型上皮細胞が胞巣状・索状に浸潤増殖し,細胞間橋や角化を認めた。

b mammaglobin免疫組織染色:CNBで大部分を占めた乳管癌成分が消失していた。

c p40免疫組織染色:病変はほぼ全て,p40陽性の扁平上皮癌の成分で占められていた。

術後経過:周術期には特記すべき合併症なく経過し,術後第13病日退院となった。リンパ節転移を伴うTriple negative type(TNBC)であったが,パーキンソン病に伴う著明な不随意運動のため胸壁への外照射は不可能と判断され施行しなかった。術後9カ月経過したが再発は認めていない。

考 察

乳腺扁平上皮癌は乳癌取扱い規約では特殊型に分類され[],乳腺扁平上皮化生を伴う癌で,癌細胞が単に重層を示すだけでなく角化,あるいは細胞間橋の認められるものと定義されている。その頻度は欧米では全乳癌の約0.5%[,],本邦では0.17~0.4%[]と比較的稀な疾患である。

組織学的には,純粋に扁平上皮癌成分のみからなるもの(純粋型)は極めて少なく,通常は腺癌と混在する混合型が多く認められる[]。組織学的発生については(1)異所性扁平上皮由来,(2)腺組織の化生性扁平上皮由来,(3)腺癌の扁平上皮化生などが考えられているが[],混合型が多いことや,純粋型の中にER陽性例が存在したり[],純粋型であっても電子顕微鏡では腺癌成分を認めるとする報告もある[]ことから,一般的には(3)の腺癌の扁平上皮化生を起こしたものと考えられている[]。本症例は術前の針生検にて扁平上皮癌が疑われ,検体の免疫染色でmammaglobin陽性の乳管癌成分とp40陽性の扁平上皮癌成分の双方が確認されたため,混合型の乳腺扁平上皮癌と考えられた。

本疾患は臨床的には急速増大を起こしやすい特徴があり,診断時の腫瘍径は5cm以上の比較的大きいものが多いとされている。また約60%の症例で腫瘍内部に出血,壊死巣,囊胞形成,炎症を伴うため,術前に囊胞や壊死が認められる場合は乳腺扁平上皮癌を鑑別に挙げるべきとされる[10]。本症例でも造影CTで,腫瘍内部に壊死成分と考えられる無造影域が認められた。

治療は通常型乳癌と同様,集学的治療が行われるが,腫瘍径が大きいことが多いため手術では乳房切除術が選択されることが多い。また扁平上皮癌は一般的には放射線感受性が高いとされているが,乳腺扁平上皮癌での有効性は確立しておらず放射線治療についての一定の見解はない[1112]。約60%の症例がER陰性,PgR陰性,HER2陰性のTNBCであり,薬物療法は化学療法が主体になる。アンスラサイクリン系やタキサン系といった標準化学療法レジメンの効果は低く,Cisplatinなどの白金製剤の併用[12131415],Eriblin[16],S-1[17]などを含むレジメンの奏効例が散見されるものの確立したものはない。一方,寺沢らは薬剤感受性試験よりCarboplatinを併用したレジメンを施行したが,有効な抗腫瘍効果は得られなかったと報告している[18]。このように乳腺扁平上皮癌に対する薬物療法は通常型乳癌より効果に乏しいとされているため,局所進行例であっても,初期治療として外科手術が選択されることも多い[1119]。本症例は針生検で混合型の扁平上皮癌であったが,乳管癌成分を多く認めていたため,初期治療として通常型の局所進行乳癌同様,化学療法から開始する方針とした。重度のパーキンソン病があり,高齢でもあったため,有害事象を考慮して薬剤はPTXを選択した。PTXにより腫瘍は速やかに縮小したが短期間で急速な再増大が認められたため,化学療法抵抗性と考えて手術を選択した。

手術検体の病理組織学的所見では,腫瘍は広範な壊死を来し,細胞間橋や角化などの典型的な所見に加え,免疫組織染色でp40陽性であることから乳腺扁平上皮癌と診断されたが,興味深いことに針生検検体で認められていたmammaglobin陽性の乳管癌成分はほぼ消失していた。PTXで一旦腫瘍の著明な縮小が認められたことから,PTXが乳管癌成分に著効したと考えられる一方で,PTXに耐性を呈し遺残していた扁平上皮癌成分が急速に増大してきた可能性が推測された。また,化学療法が扁平上皮化を促進するという報告もあり[18],本症例も化学療法剤の投与で扁平上皮化が促進された可能性も推測された。

乳腺扁平上皮癌の予後は,発見時の進行度が高いため通常型乳癌より不良と考えられてきたが[],早期発見により長期無再発生存が得られた報告もある[20]。10年生存率はリンパ節転移陽性例で55%,陰性例で95%という報告もあり[21],病期別にみると通常型乳癌と同等ともいわれている[]。現在術後9カ月で無再発生存中であるが今後も厳重な経過観察が必要と考えられる。

結 語

皮膚浸潤を伴った混合型の乳腺扁平上皮癌で,術前に投与したPTXにより乳管癌成分が消失しPRが得られたが,遺残していた扁平上皮癌成分が急速増大したと考えられる1例を経験したので報告した。組織学的な不均一性が化学療法の効果にも反映された興味深い症例であった。

【文 献】
 

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