2018 Volume 35 Issue 4 Pages 288-293
症例は75歳男性。前医CTで甲状腺左葉に腫瘍を指摘され,精査目的に当科を受診した。頸部超音波検査で左葉下極に最大径1.5cm大の腫瘍を認め,濾胞性腫瘍を疑い施行したFNAでは,慢性甲状腺疑いであった。頸部単純CT検査では腫瘍辺縁はリング状に低吸収,内部は等吸収で均一,頸部MRI検査では脂肪抑制T1強調像でリング状低信号を呈し,腫瘍辺縁は脂肪成分の存在を疑った。腫瘍径は小さかったが診断兼治療目的に左葉部分切除術を行った。病理組織学的検査で脂肪腺腫と最終診断した。甲状腺脂肪腺腫は間質に脂肪組織が混在する腫瘍で,濾胞腺腫の一亜型とされ,非常に稀である。脂肪腺腫は症例により脂肪量は様々だが,本症例では脂肪含有率が5割程度あり,術前画像検査により脂肪成分の存在を疑うことが可能であった。稀な一例であり文献的考察を含めて報告する。
甲状腺脂肪腺腫は成熟脂肪細胞と甲状腺濾胞からなる腫瘍で,濾胞腺腫の一亜型とされ,脂肪腺腫のほか,腺脂肪腫,甲状腺脂肪腫など報告者により様々な名称で呼称されている[1,2]。その頻度は甲状腺専門病院においても0.05%と非常に稀である[3]。今回頸部CT,MRI検査により術前診断することができた甲状腺脂肪腺腫を経験したため,文献的考察を含めて報告する。
症 例:75歳,男性。
主 訴:なし。
現病歴:2016年10月肺炎精査目的に撮影した前医のCT検査で甲状腺左葉に1.3×1.4cm大の腫瘍を指摘され,11月精査目的に当科を紹介受診した。
既往歴:高血圧,高脂血症,慢性閉塞性肺疾患。
血液検査所見:FT3 3.08 pg/ml,FT4 0.82 ng/ml,TSH 3.523μIU/ml,Tg 13.2 ng/dl,TgAb 16 IU/ml,TPOAb 11 IU/ml。
超音波検査所見:甲状腺左葉下極に1.4×1.2×1.5cm大で形状不整,境界不明瞭,内部エコーはやや高エコーだが,中央付近が低エコーで境界部低エコー帯を伴う不均一な腫瘍を認め,濾胞性腫瘍を疑った(図1)。同腫瘍に対して穿刺吸引細胞診(Fine needle aspiration:以下FNA)を施行し出血,コロイド,多数のリンパ球を背景に,好酸性変化を示す濾胞上皮細胞を認め,慢性甲状腺炎を疑った。
頸部超音波検査所見:左葉下極に最大径1.5cm大の形状不整,境界不明瞭で,腫瘍周辺は高エコーだが中央は低エコーな腫瘍を認め,周辺に脂肪成分の存在を疑った。
頸部CT検査所見:単純CTでは腫瘍周辺はリング状に低吸収(-70~-30 Hounsfield unit(以下HU))で,中央はやや等吸収(10~30HU)となり,造影CTでは腫瘍周辺の造影効果はなく,中央のみ造影された(図2)。
頸部CT検査所見:(A)単純CT水平断:周辺は低吸収で,中央は等吸収。(B,C)造影CT水平断,冠状断:周辺の造影効果はなく,中央のみ正常甲状腺と同様に造影された。
頸部MRI検査所見:腫瘍辺縁は(A)T1強調画像でリング状高信号,(B)脂肪抑制T1強調画像で低信号を示し,脂肪成分の存在を疑った(図3)。
頸部MRI検査所見:腫瘍内で(A)T1強調画像でリング状高信号の部位は,(B)脂肪抑制T1強調画像で低信号を呈しており,脂肪成分の存在が疑われた。
経 過:画像所見より脂肪腺腫を疑い,診断兼治療目的に,左葉部分切除術を施行した。手術時間1時間4分,出血量20ml。
摘出標本:腫瘍は1.3×1.0cm大で,腫瘍周辺は肉眼的に黄褐色調で,中央はFNAによる出血による影響のためか,褐色であった(図4)。
摘出標本:腫瘍周辺は肉眼的に黄褐色で,中央は褐色であった。
病理組織学的検査所見:成熟した脂肪織と小型濾胞からなる病変で,脂肪腺腫と最終診断した(図5)。脂肪織は主に腫瘍周辺に存在しており腫瘍全体の約5割を占拠していた。アミロイド沈着は認めなかった。
病理組織学的検査所見(HE染色):成熟した脂肪織と小型濾胞からなる病変で,硝子化,浮腫,出血,石灰化を伴っており,脂肪腺腫と最終診断した。
術後経過:術後合併症なく経過し術後3日目に退院とした。
甲状腺癌取扱い規約第7版では,甲状腺脂肪腺腫は成熟脂肪細胞と甲状腺濾胞からなる腫瘍で,濾胞腺腫の一亜型とされているが,日常診療で遭遇することは稀な腫瘍とされている[1,2]。これまでの報告例は筆者が渉猟しえた限り,本邦26例,国外24例,合わせて50例のみであった[3~29]。過去の報告をまとめると,頸部腫瘤自覚を機に受診することが多く,平均年齢56.9歳(9~79),女性に多い(78%),左右差なし,平均腫瘍径3.6cm,Tg値は高値が多かった(表1)。術前に脂肪腺腫を疑ったものは本症例を除いて3例しか認められず,2例はFNAで,1例はCTとMRIで脂肪腺腫を疑われていた[3,20,28]。術式は様々であった。脂肪含有率は記載のあったものは10~90%と症例により異なった。
甲状腺脂肪腺腫報告例。
副甲状腺,胸腺,唾液腺,膵,乳腺などは脂肪織を多く含む臓器として挙げられるが,甲状腺に脂肪織が含まれることは稀である。
甲状腺内脂肪織の起源としては,原始前腸の分化,組織虚血や退化による間質線維芽細胞の異形成,甲状腺被膜形成前胚形成時における脂肪と横紋筋の混入などの説がある[5,30,31]。特に脂肪腺腫については,腺細胞と脂肪織の両者への同時性刺激,濾胞腺腫からの脂肪化生,脂肪織が腫瘍性であること(mixed tumor),前胚葉形成時の影響などが原因とされている[6,10,16,23,32]。
超音波検査では高輝度エコーが脂肪沈着を示唆するとされているが,脂肪織浸潤や脂肪性腫瘍で,ときに等エコー像を呈することがあるため正状甲状腺組織と鑑別が難しいこともある[20]。脂肪沈着を示唆する高輝度エコー像を認めた際,鑑別すべき疾患として,脂肪腺腫のほか,アミロイド甲状腺腫,脂肪腫症(lipomatosis),奇形種,脂肪肉腫,甲状腺内胸腺脂肪腫・副甲状腺脂肪腫,濾胞間に少量の成熟脂肪細胞が散在する脂肪化生を伴う橋本病・腺腫様甲状腺腫・バセドウ病,脂肪化生が腫瘍化したlipid rich adenomaなどが挙げられる。アミロイド甲状腺腫や脂肪腫症については,びまん性の脂肪沈着を確認することで鑑別は可能となるが,それ以外は結節性病変であるためFNAを参考にすることになる。
FNAで異形成の乏しい濾胞性腫瘍を疑う細胞と同時に成熟した脂肪細胞が採取されれば脂肪腺腫の可能性が考慮されるが,皮下脂肪識の混在と鑑別することは困難である[3,33]。濾胞上皮集塊の中に脂肪細胞が含まれることが本疾患を診断する上で重要な所見とされている[25]。しかし実際にFNAにより術前診断された報告は少なく,画像所見が重要となってくる。
CTやMRIを併施することで腫瘍内の脂肪織を確認し,術前診断が可能となる。単純CTで低吸収,MRIのT1強調像で高信号,脂肪抑制で低信号が特徴とされる[21]。
本症例ではFNAにより脂肪成分の存在診断には至らず,CTとMRIで腫瘍周辺の脂肪成分の存在を確認したため,脂肪腺腫を鑑別に挙げたが,厳密には脂肪成分を含有した腫瘍という診断に留まった。
超音波,CT,MRI,FNAを用いて脂肪組織の存在と分布を確認することが術前診断に有用と報告されている[21]。本症例では脂肪含有率が約5割でありCTやMRIで脂肪成分であることが確認できたが,過去には1割という報告例もあるためCTやMRIが常に有用であると断言することは難しい。最終病理診断の後,FNA標本を再検したが,脂肪細胞は確認できなかった。これはFNA施行時に意識的に辺縁を穿刺しておらず,中央の非脂肪織部位の細胞を採取したためと考えられる。画像所見で脂肪成分の存在部位を確認し,標的部位を穿刺することが脂肪細胞確認のために重要である。しかし脂肪含有率が少ない脂肪腺腫の場合は,脂肪細胞の採取は困難かもしれない。
治療は,腫瘍径が最大径1.5cmと小さく,臨床症状がなく,悪性腫瘍を強く示唆するエコー所見を認めなかったことより経過観察も考慮したが,最終的に診断兼治療目的に手術を選択した。これまでの国内外の報告を参考にすれば,脂肪腺腫を疑った場合,頸部腫瘤自覚・嚥下困難などの自覚症状を有する症例,気管偏位を認める症例,整容性の問題のある症例,高Tg異常高値症例などが手術適応と考えられる[9,11,16,20,21,26,28]。また,脂肪腺腫による気道狭窄症例も報告されているため,増大傾向のある腫瘍に対しては適切な時期に手術が必要となる[28]。
甲状腺脂肪腺腫は稀な腫瘍であるが,脂肪含有率が高ければFNA,CT,MRIにより疑うことができ,状況によってはフォローアップ可能な病変であることが示唆された。しかし,脂肪腺腫という疾患を鑑別に挙げなければその診断は困難である。本症例ではCTとMRIによる画像診断が有効であった。
本論文の要旨は第29回日本内分泌外科学会総会(2017年5月,神戸)において発表した。