Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Expert comments on 2018 edition of Japanese Clinical Guidelines for Treatment of Thyroid Tumor
Tsuneo Imai
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2019 Volume 36 Issue 1 Pages 19-23

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抄録

甲状腺腫瘍診療ガイドライン2018年版が発行された。初版から8年ぶりの改訂で,作成委員長はじめ委員の考えがよく反映された内容と考えられた。乳頭癌では,リスク分類で1cm以下の腫瘍が超低リスクとして加えられ,非手術経過観察が推奨された。本邦のみのエビデンスを根拠に世界に先駆けてガイドラインに明記されたことは大変意義深い。未分化癌では,初版後に集積された知見からフローチャート・内容が大幅に改訂された。採用されたエビデンスの多くが本邦から発信されたもので,稀少で難治である未分化癌に対するAll Japanの成果をあらわしており,今後もさらに進化する分野であると思う。濾胞癌において微少浸潤型で危険因子がある場合に補完全摘も考慮してよいと改訂されたのは本邦からのエビデンスが根拠になった。髄様癌,放射線治療においても新たなCQや概念が解説され,分子標的薬治療は2018年版から追加された。初版同様,世界から注目される内容のガイドラインになったと思う。

はじめに

甲状腺腫瘍診療ガイドラインが初版発行から8年を経て改訂(2018年)版が発行された。最初に気付く初版との違いは発行形態が大きく異なることである。初版は書店で販売される単行本として金原出版から発行されたが,改訂版は日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌の増刊号として発行された。このことは,日本内分泌外科学会,日本甲状腺外科学会(現在は両学会が統合して一般社団法人日本内分泌外科学会)の会員には自動的に追加料金なしで本ガイドラインが配布されることを意味する。また日本内分泌・甲状腺外科学会雑誌はJ-Stageで公開されるため,学会員でなくても誰でも本ガイドラインをインターネット上で読みPDFファイルとしてダウンロードできる。ガイドラインの普及という点では初版を凌ぐ発行の手法であり,学会が発行するガイドラインのあり方としてより良い公開方法と評価できる。本屋では販売されないため,非会員や図書館が冊子体を手に入れたいときは,少し手間がかかるが学会事務局へ申し込めば購入も可能である。

筆者は初版作成時にはガイドライン作成委員会の委員として分担執筆に参加したが,改訂版では委員会には出席したがガイドライン作成には一切関与せず,評価者として完成後にはじめて詳細を知った。改訂版の発行にあたり少し離れた位置から,また甲状腺腫瘍診療の専門医としての立場から本ガイドラインに対する私見を述べさせていただく。

全体を通して

発行形態として,出版社を通さず学会機関誌の増刊号として発行されたことは学会員にとって悪いことはひとつもない。しかし出版社のサポートなしでガイドラインを完成させるのは大変である。多くの分担執筆者間で表現スタイルも大きく異なったであろうことは容易に想像でき,今回のガイドラインは岡本委員長をはじめとしたコアなメンバーへの負担が非常に大きかったのではないかと推測する。改訂版の発行が予定より年単位で遅れたことはやむを得なかったと思う。それにしても,出版社のサポートなしでこれだけのガイドラインを刊行されたことに敬意を表したい。

改訂版においてアウトカムのひとつとして「患者視点の健康状態」を取り上げられたことは初版にはなかったことで斬新な試みである。本ガイドラインは甲状腺外科・甲状腺内科といった甲状腺専門家のみならず,一般外科,耳鼻咽喉科,一般内科,腫瘍内科,核医学,放射線腫瘍科など非常に多様な幅広い分野の医師に実地臨床において参考にされるものである。その意味においても,「患者視点の健康状態」は治療選択における参考情報として重要である。「患者視点の健康状態」という慣れない語句のためか,[エビデンス]に患者視点の健康状態の内容が書かれていても,それが患者視点の健康状態のことと明記されていないとわかりにくいところもある。[エビデンス]に「患者視点の健康状態についての報告はない」と記載されている場合は明白でわかりやすいが,[文献の要約]まで読んではじめてこの内容は患者視点の健康状態のことだとわかるところもあり,「わかりやすさ」という点で改善の余地はあると思う。今後,臨床医が文献を読むときに患者視点の健康状態という観点から読むきっかけになる試みと評価できる。

管理方針のフローチャート

管理方針のフローチャートは,大きな流れの変更はないが,細かい点で重要な修正が行われている。乳頭癌のフローチャートで超低リスク,非手術経過観察の選択肢が追加された。CQ13「超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)に対して非手術・経過観察は推奨されるか?」は,初版ではコラムとして扱われたテーマだったが,隈病院,癌研病院からの論文により今回はエビデンスとして評価されたものである[]。すでに海外の多くの文献で引用され高く評価されているが,現時点ではエビデンスといえるデータを出せるのは世界でも上記の2施設だけである。2018年まででガイドラインに非手術経過観察の記載があるのは本ガイドラインとATA2015年版のみであるが,本ガイドラインの記述がより明確であり,本邦のみのエビデンスを根拠に世界に先駆けてガイドラインに明記されたことは大変意義深い[]。

初版において中リスクまで片葉切除を選択できるガイドラインとしたことは当時としては先進的で海外の甲状腺全摘術一辺倒の流れからは一線を画したものであった[][]。改訂版においてもこの方針は引き継がれたが,その間に英国,米国,イタリアなどの海外のガイドラインが日本の初版を参考に大きな方針変更をした[10]。これも伊藤病院などの片葉切除後の長期予後に関する論文がエビデンスとして加わったことが大きく影響したと考えられる[1112]。海外が日本のガイドラインを参考に「de-escalation」したのと対照的に本邦では初版が発行されたあと甲状腺全摘術,アブレーションが増加し「escalation」の方向に進んだ[13]。一方,ドイツやスペインのガイドラインのように,乳頭癌は基本的に甲状腺全摘術を推奨し,1cm以下の微小乳頭癌に対する非手術経過観察にはまったく触れていないものもある[1415]。

濾胞性腫瘍のフローチャートでは濾胞癌(微少浸潤型)で危険因子がある場合に補完全摘も考慮してよいと改訂された。CQ15「片葉切除後に微少浸潤型濾胞癌と判明した症例に補完甲状腺全摘術は推奨されるか?」に詳述されているが,これも伊藤病院,隈病院といった本邦を代表する施設からの論文がエビデンスとして採用された結果である[1618]。

髄様癌のフローチャートでは,RET遺伝学的検査が保険適用となりCQ17に「すべての髄様癌患者にRET遺伝学的検査を行うことを推奨する」と明記された。CQ18「未発症RET変異保有者に対して予防的甲状腺全摘は推奨されるか?」は,本邦の保険制度からは微妙な問題であるが,現時点における間違いのない診療方針が明記されている。「日本の保険制度上,甲状腺髄様癌が未発症の状態の正常甲状腺を切除する予防的甲状腺全摘か,微小な髄様癌が既に発症している甲状腺に対する治療的早期甲状腺全摘かは明確に区別すべきである」と記載されたが,何をもって「微小な髄様癌が既に発症している甲状腺」と判断するかをガイドラインで明記できれば実地臨床に大きな助けとなると思う。CQ6にカルシトニン誘発試験には疑陽性も報告されていると記載されているが,根拠として採用された論文は1997年のものでカルシトニン測定法が一世代前のもので,現在の本邦におけるカルシトニン測定法は10倍近く鋭敏となっている[19]。隈病院からカルシトニン誘発試験の日本人におけるカットオフ値も示されており,カルシトニン誘発試験陽性とRET遺伝学的検査陽性のふたつが揃えば「微小な髄様癌が既に発症している甲状腺」と判断して良いのではないかと筆者は考える[2021]。日本全国で症例を集積・論文化し次期改訂で記載できるようになれば幸いである。予防的全摘例における永久性副甲状腺機能低下症は20%,反回神経麻痺は5%という報告が引用されているが,この数字は成人の甲状腺外科専門家からすると信じられないくらい高い[22]。予防的全摘例というのは正常甲状腺を切除するものでありリンパ節郭清も行わないが,6歳未満の小児では合併症が高頻度になるとのことである。本邦ではこのような手術を多く経験している外科医はほとんどいないと思われるので,6歳未満で手術をするときには留意したほうが良さそうである。CQ19「髄様癌に対して甲状腺全摘は推奨されるか?」は,初版のときと変更なく遺伝性では全摘を推奨,散発性では片葉切除も可である。ATAガイドラインが2015年に改訂され,乳頭癌に対する甲状腺切除術式は本邦のガイドラインの片葉切除が採用されたが[],髄様癌に対する切除範囲は変更なく全摘であった[23]。初版以前に隈病院から散発性では全摘は必要ないという論文が報告されているが,欧米と日本ではこの溝は埋まらないままである[24]。

未分化癌のフローチャートは大幅に改訂された。初版後に未分化癌に対する治療法が進歩したためであるが,本邦の甲状腺未分化癌コンソーシアムを中心とした業績が大きく寄与している。初版ではStage ⅣAのみが根治手術と術後放射線外照射を考慮することになっていたが,改訂版ではこれに加えStage ⅣBでPrognostic index(PI)が0か1の場合は手術±補助療法の適応となった。またStage ⅣBのPI2以上およびStage ⅣCにおいても集学的治療/レンバチニブが選択できる。採用されたエビデンスの多くが本邦から発信されたもので,稀少で難治である未分化癌に対するAll Japanの成果をあらわしており,今後もさらに進化する分野であると思う。[2530]。

放射線治療

初版では「アブレーション」と「治療」の2つしかなかった放射性ヨウ素内用療法に「補助療法」が加わり,これが現在の国際的な定義であると紹介された。CQ31「術後放射性ヨウ素内用療法に用いる放射性ヨウ素の投与量は?」で,アブレーションには1.1GBq(30mCi)を,補助療法には3.7~5.6GBq(100~150mCi)を,治療には3.7~7.4GBq(100~200mCi)を用いると定義された。海外と本邦では放射性物質に対する規制が大きく異なるため,この定義に準じた治療,特に補助療法を実地診療で行うことは困難な施設が多いが,総説の「補足」に「現在100mCi外来投与の承認を目指して学会で活動を行っているが,承認まで時間がかかりそうである。そのため承認までの期間は補助療法を30mCiで行うこともやむを得ないと思われる」と明記されているのは実地診療に即した適切な記述と評価できる。

CQ33「放射性ヨウ素を投与する際にTSHを上昇させる手段として遺伝子組換えヒト型甲状腺刺激ホルモン製剤(recombinant human Thyroid Stimulating Hormone, rhTSH)は推奨されるか?」において,アブレーションを行う際に,甲状腺ホルモンの投与を中止する従来法に代わってrhTSHの使用が推奨された。初版発行時にはrhTSHはアブレーションの保険適応がなかったが改訂版では追加された。また保険診療上は,補助療法におけるrhTSHの使用を妨げるものではない,と記載された。

コラム4で「内用療法不応とは」が取り上げられた。放射性ヨウ素「内用療法不応」と「補助療法」は初版時には記載がなかった概念である。甲状腺分化癌に対する分子標的治療の使用に内用療法不応が必須であるが,コラムにも記載されているように内用療法不応イコール分子標的薬治療の適応ではない。内用療法不応の判定は総合的な判断が推奨される。さらに分子標的薬治療の適応についても内用療法不応に加え総合的な判断が必要である。

分化癌進行例

CQ35「反回神経浸潤例に神経合併切除は推奨されるか?」は初版でも類似したCQ(初版CQ45)があったが,初版時には改訂版でも採用された本邦からの1997年の論文以外はエビデンスに乏しく,ガイドライン委員のアンケート集計が記載されていた。改訂版では2013年から2015年にかけ発表された3本の論文が加えられより詳細な解説がなされている[3133]。

分子標的薬治療

初版発行後に甲状腺癌に対して分子標的治療薬の使用が保険診療で可能となったが,これまで甲状腺癌に有効な薬物療法がほとんどなかったことに加え,分子標的薬の使用経験が少ない外科医が多く処方したこともあり導入時には適正使用という観点で混乱もみられた。混乱の要因のひとつとして,本邦における薬剤添付文書の「効能・効果」の記載のあいまいさがあると思う。添付文書の「効能・効果」には,「根治切除不能な甲状腺癌」のような簡単な記載しかされていないことが多い。「効能・効果に関連する使用上の注意」「臨床成績」など他の項目を熟読してはじめて適正使用となる要件が理解できる。「効能・効果」だけを読んで処方してしまう医師はいないことを希望するが,今回改訂されたガイドラインの分子標的薬治療の項はこの添付文書のわかりにくさを補助する意味があると思う。

おわりに

執筆者の構成はガイドライン作成の初期段階で決定されるが,この構成によりガイドラインの方向性や性格が決まってくる。本ガイドラインは初版と同じく外科医が多数を占めたが,初版に比べて放射線治療や薬物療法のページ数が増加した。本邦においても甲状腺腫瘍の診療に甲状腺内科医もかなり関与するようになってきており,次回改訂では執筆者に内科医(甲状腺内科および腫瘍内科)の数を増やすこと,放射線診断医を加えること,外科医の中でも頭頸部外科医の数を増やすこと,など考慮に値すると思う。またガイドラインの評価者も外科医に偏っており,内容として約3分の1を占める放射線(核医学),薬物療法関連の評価者を次の改訂では追加すると良いと思う。

ガイドラインの改訂は時間がかかる。今回の改訂も2014年に開始されたが,そのときは甲状腺内視鏡手術は保険診療では認められていなかった。しかし発行された2018年ではすでに保険診療として行われている。初版では項目としてなかった分子標的治療が改訂版では加わったように,次回改訂では甲状腺内視鏡手術も加えられることになるだろう。

初版が英文に翻訳され単行本として発行され[],また抜粋が論文として発行されたことにより[],全世界で甲状腺分化癌の治療方針に大きな影響を与えた。最近の総説においても「Asian perspectives」として日本について詳しく記載されている[34]。初版が大きな影響を与えたため改訂版についてもどのように改訂されたか注目されるはずである。改訂版も早期に英文で発信していただくことを希望する。

【文 献】
 

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