2019 Volume 36 Issue 2 Pages 101-106
エストロゲン受容体(ER)陽性進行再発乳癌の治療は,既存の治療である内分泌療法,化学療法に加え,近年分子標的治療薬による抗腫瘍効果が注目され多くの基礎研究や臨床試験が行われている。がん細胞は分裂促進シグナルの過剰な活性化や細胞周期制御に異常を認め無秩序に増殖することから,細胞周期制御因子を阻害することでがん細胞の増殖を抑制する効果を期待し開発された分子標的薬剤がCDK4/6阻害薬である。CDK4/6阻害薬はER陽性進行再発乳癌の治療において大規模臨床試験での有効性が示されたことから,現在ER陽性転移再発乳癌における一次,二次治療の標準治療となっている。今後は術後・術前薬物療法などに適応の拡大が期待されているが,治療効果予測因子や薬剤耐性機序の解明などの課題も残されており,今後も引き続き臨床試験やトランスレーショナルリサーチの継続が重要であると考える。
エストロゲン受容体(ER)陽性乳癌の治療は,エストロゲンシグナル経路を標的とした内分泌療法を中心に行われてきた。しかし内分泌療法に反応しない腫瘍や,治療初期には反応するも薬剤耐性をきたし反応性を失うことも多い。現在ER陽性進行再発乳癌治療は,内分泌療法,化学療法に加え,細胞内シグナル経路などを標的とした分子標的治療薬が注目され,研究・開発が進み多くの臨床試験が行われている。本稿では,分子標的治療薬の1つであるCDK4/6阻害薬について,基礎研究やトランスレーショナルリサーチ(TR),臨床試験の結果を含め概説する。
細胞周期とは1つの母細胞が2つの娘細胞に分裂し増殖する過程のことであり,「G1期(S期とM期の間隙)⇒S期(DNA合成期)⇒G2期(M期とS期の間隙)⇒M期(細胞分裂期)⇒G1期」を繰り返し細胞は増殖する。正常細胞では無秩序な細胞分裂を制御するため,G1からS期へ(restriction point:Rポイント),G2からM期へ,中期―後期への移行において「チェックポイント機構」と呼ばれる監視機構が負の制御を行っている[1,2](図1)。チェックポイントの通過には,細胞周期調節因子の1つ,サイクリン依存性キナーゼ(CDK)が活性化し,まずサイクリン分子と複合体を形成,さらにそれが活性化する必要がある。例えば,Rポイントの進行にはCDK4やCDK6とサイクリンD1,CDK2とサイクリンEが複合体を形成し,活性化することで細胞周期は進行する。一方,CDK4やCDK6を抑制するp16,CDK2を抑制するp21,CDK2やCDK4を抑制するp27など,CDK活性を抑制し細胞周期を制御する分子も存在する。癌抑制遺伝子Rb遺伝子によりコードされるRb蛋白は,転写因子E2Fと結合しその機能を不活性化することでE2Fの標的遺伝子であるS期進行遺伝子の発現を阻害し,細胞増殖を制御している(図2)。

細胞周期とチェックポイント機構

Rポイントの制御機構と細胞周期の進行
がん細胞では,膜型増殖因子シグナルやエストロゲンシグナルなど分裂促進シグナルの過剰な活性化やRポイントの異常により,CDK4/6はサイクリンDと複合体を形成,Rb蛋白がリン酸化されてE2Fから遊離,E2Fが活性化しS期進行遺伝子が誘導され細胞周期は開始し,無秩序に増殖していく[3]。CDK4/6を阻害しRポイントを制御することで,細胞周期を停止させがん細胞の増殖抑制効果を期待し開発された薬剤がCDK4/6阻害薬である。
マイクロアレイでの網羅的遺伝子発現解析の結果,乳癌はERが陽性であるluminalタイプ(増殖活性の低いluminal Aタイプと増殖活性の高いLuminal Bタイプに分類される),HER2タイプ,Basalタイプのように内因性サブタイプに大きく分類され,サブタイプ別の特徴を生かした治療方針が構築されている[4,5]。さらに乳癌において細胞周期調節因子に関わる遺伝子変異については,内因性サブタイプによりその頻度が異なり[6],ERの標的遺伝子であるサイクリンD1の遺伝子増幅は,Luminal Aタイプで29%,Luminal Bタイプで58%とER陽性乳癌で高頻度に生じていた。またER陽性乳癌の内分泌療法に対する耐性機序としてサイクリンD1の過剰発現やリン酸化Rbの高発現が関与するといった報告や[7,8],各種乳癌細胞株を用いた検討において,CDK4/6阻害薬は特にER陽性乳癌に高い細胞増殖抑制を認め,それらの細胞株ではサイクリンD1の発現が高く,p16の発現が低いことが示された[9]。
これらTRの結果により,特にER陽性乳癌においてCDK4/6阻害薬は抗腫瘍効果が期待できる治療法であることが示唆された。
乳癌の治療領域において,現在palbociclib,abemaciclib,ribociclibと3種類のCDK4/6阻害薬が臨床開発され海外では承認・臨床使用されており,うちpalbociclib,abemaciclibの2種類は日本でも承認・臨床使用されている。それぞれはCDK活性の抑制作用,内服用量や内服スケジュール,有害事象において異なる特性をもつ(表1)。特徴的な有害事象としては,palbociclibはグレード3以上の骨髄抑制の頻度が高い,abemaciclibはグレード3以上の下痢の頻度が高い,ribociclibは他の2剤では稀なQTc延長や肝機能障害などがある。

各種CDK4/6阻害薬の特徴
主なCDK4/6阻害薬の臨床試験を表2に示す[10~17]。いずれの試験も既存の治療である内分泌療法単剤群と比較し,内分泌療法にCDK4/6阻害薬を併用した群は無増悪生存期間(PFS)の有意な延長を認めている。これをもとに『乳癌診療ガイドライン2018年版』では,ER陽性転移再発乳癌の一次内分泌治療として「アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用を行うことを強く推奨する」,二次内分泌治療として「フルベストラントとCDK4/6阻害薬の併用療法を行うことを強く推奨する」と記載され,転移再発一次,二次治療におけるCDK4/6阻害薬と内分泌療法の併用は標準治療の1つと考えられるようになった。

CDK4/6阻害薬を用いた主な第Ⅲ相試験
転移再発一次治療として,非ステロイド性アロマターゼ阻害薬(NSAI)投与群と,NSAIにCDK4/6阻害薬を併用した群を比較する臨床試験が行われた。PFS中央値は,NSAI投与群は14.5から16カ月に対し,CDK4/6阻害薬併用群では25.3から28.2カ月と約12カ月延長しており(ハザード比(HR):0.54~0.56),いずれのCDK4/6阻害薬でも内分泌療法との併用で有意な上乗せ効果を示した[10~12,15]。
転移再発二次治療として,選択的エストロゲン受容体抑制薬であるfulvestrant(FUL)投与群と,FULにCDK4/6阻害薬を併用した群を比較する臨床試験が行われた。二次治療のみのPFS中央値は,FUL投与群は4.6から9.3カ月に対し,CDK4/6阻害薬併用群では9.5から16.4カ月と約6カ月の延長を認めた(HR:0.46~0.55)[13,14,16]。
閉経前転移再発乳癌に対する治療でも有効性が示された。閉経前乳癌672症例への一次治療として内分泌療法単剤にRibociclibの上乗せ効果を比較したMONALEESA-7試験では,PFS中央値が内分泌療法群で13.0カ月に対し,ribociclib併用群は23.8カ月と約11カ月延長した(HR 0.55)[13,14,17]。またPALOMA-3試験での閉経前症例(108例)の解析で,PFS中央値はFULにgoserelinを加えた群は5.6カ月に対し,palbociclib併用群は9.5カ月(HR:0.50)と上乗せ効果が[18],MONARCH2試験のサブ解析でも閉経前症例におけるPFSのHRが0.415とabemaciclibの上乗せ効果が示され,3剤ともに閉経前症例でも全体集団での解析結果とほぼ同等の成績を認めた。
2)術後補助療法・術前内分泌療法としてのCDK4/6阻害薬術後内分泌療法の試験として,標準的術後内分泌療法に対する2年間のPalbociclib上乗せ効果を浸潤性疾患のない生存期間(iDFS)で評価するPALLAS 試験(NCT03078751)や,abemaciclibの2年間の上乗せ効果を確認するmonarchE試験(NCT03155997),また術前化学療法後に浸潤性病変の遺残を認めたホルモンレセプター陽性HER2陰性乳癌に対する1年間のpalbociclib上乗せ効果をiDFSで評価するPENELOPE-B試験(NCT01864746)が行われている。
術前内分泌療法として,ステージⅡ,ⅢAの症例を対象とした第Ⅲ相試験であるSAFIA試験(NCT03447132)が行われている。
臨床試験でCDK4/6阻害薬の有効性は示されたが,CDK4/6阻害薬に対する効果予測因子・耐性機序については十分に解明されておらず,現在も基礎研究やTRが進められている。細胞周期に関連する耐性機序としては,Rb遺伝子の欠失,p16の遺伝子増幅,CDK6の過剰発現,サイクリンE1/E2やCDK2遺伝子の増幅,E2Fの過剰発現など,細胞周期に非特異的な耐性機序としては,PI3K-mTOR経路の活性化,p53を制御するMDM2の過剰発現,p21を制御するHDACの活性化などが考えられている[19]。
臨床試験における解析で効果予測因子の検索が行われているが,サイクリンD1の遺伝子増幅やp16の欠失の有無とCDK4/6阻害薬の効果の関連の有無については明確ではない[20~22]。PALOMA-3試験のTRにてサイクリンE1のmRNAの高発現群はpalbociclibの感受性が低下することからサイクリンE1が治療効果予測因子となりえるとの報告もあるが[23],今後十分な症例の蓄積と検証が必要と考える。
現在日本におけるCDK4/6阻害薬の適応はER陽性HER2陰性転移再発乳癌のみであるが,今後さらに適応拡大していくことが予想される。前述の通り,早期乳癌を対象とした術後補助療法や術前薬物療法の有用性の検証も進められ,ER陽性HER2陽性乳癌に対し,抗HER薬にpalbociclib併用の有効性を確認するPATINA試験(NCT02947685)も行われている。
CDK4/6阻害薬に他の分子標的薬剤を併用する臨床試験として,FULとribociclib2剤併用群に対し,2剤にPI3K阻害薬(buparlisib/alpelisib)を加え3剤併用群を比較した第Ⅰ/Ⅱ相試験(NCT02088684)などPI3K阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用試験,インスリン様増殖因子(IGF)Ⅰ/Ⅱ阻害薬とpalbociclib,内分泌療法を併用した第Ⅰ/Ⅱ相試験(NCT03128619),NSAI耐性症例においてexemestaneにpalbociclib併用した群と,capecitabine投与群を比較する第Ⅲ相試験(PEARL試験)など,多剤併用試験が次々と行われている。さらにCDK4/6阻害薬が腫瘍の抗原性を高める可能性があり,CDK4/6阻害薬と免疫チェックポイント阻害薬の併用が有効とする基礎研究が報告され[24],abemaciclibとpembrolizumabを併用した臨床試験(NCT02779751)も行われている。
CDK4/6阻害薬治療抵抗例に対する効果的な次治療選択について,現時点では一定の見解はない[25]。前向き試験として,CDK4/6耐性症例を対象としたMAINTAIN試験(NCT02632045)などが行われ結果が期待されている。
ER陽性再発乳癌治療におけるCDK4/6阻害薬について概説した。CDK4/6阻害薬の有効性は多くの臨床試験で示されており,今後CDK4/6阻害薬の適応範囲は広がると予想される。しかし治療効果予測因子,薬剤耐性機序,より適切な次治療の選択方法の解明など多くの課題が残されており,今後も症例毎に最適な個別化治療を進める上で必要な臨床研究や基礎研究を結ぶTRの推進が急務であると考える。