Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
Postoperative bleeding after thyroid and parathyroid surgery
Mitsuhiro Fukushima
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2019 Volume 36 Issue 2 Pages 64-67

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抄録

甲状腺・副甲状腺疾患の手術後に起きる術後出血は,約1~2%に起きると報告されており,初期対応を誤ると深刻な事態を招く術後合併症である。頸部は比較的狭いコンパートメントのため切開創が縫合された後に起きる出血はコンパートメント内の圧力を急激に上昇させ気道閉塞を引き起こす原因となる。医療安全調査機構の警鐘事例に甲状腺の手術後に起きた術後出血により不幸な転帰をたどった事例が報告されている。その報告をもとに甲状腺・副甲状腺疾患の手術後に起きる術後出血の注意点を改めて検証する。事例の概要は以下の通りである。40歳代 男性 バセドウ病と診断され甲状腺亜全摘術を施行。手術約12時間後に術後出血から心肺停止となり,いったん蘇生するが約1カ月後,腎不全,肺炎,心外膜炎を併発し死亡した。(医療安全調査機構の評価結果報告書概要 平成24年度 事例132より抜粋)

はじめに

甲状腺・副甲状腺疾患の手術後に起きる術後出血は,約1~2%に起きると報告されており,初期対応を誤ると深刻な事態を招く術後合併症である。頸部は比較的狭いコンパートメントのため切開創が縫合された後に起きる出血はコンパートメント内の圧力を急激に上昇させ気道閉塞を引き起こす原因となる[]。

ところが,その対応の注意点は甲状腺・副甲状腺を専門としない一般の医療従事者には全く知られていないと言っても過言ではなく,唯々その知識がなかったというだけで対応を誤り,残念ながら深刻な事態を招いてしまった症例が後を絶たない。対策として,術後管理に直接携わるパラメディカルの教育がまず重要であることは議論の余地がない。また,稀ではあるが退院後に出血を起こすこともあり,その対応について現状では全く無策と言わざるを得ない。

医療安全調査機構の警鐘事例に,甲状腺の手術後におきた術後出血により不幸な転帰をたどった事例が報告されている(評価結果報告書概要 平成24年度 事例132  http://www.medsafe.jp/reports.html)(警鐘事例No.5 甲状腺術後の気道閉塞のリスク管理 http://www.medsafe.jp/activ_alarm.html)(図1)。その報告をもとに,実際にどのような経過をたどり深刻な事態になっていくのか,何がピットフォールなのか,その注意点を改めて検証する。

図1.

医療安全調査機構警鐘事例No.5甲状腺術後の気道閉塞のリスク管理

事例の概要(医療安全調査機構の評価結果報告書概要より抜粋)

年齢:40歳代 性別:男性

バセドウ病と診断され甲状腺亜全摘術を施行。手術約12時間後に心肺停止となる。蘇生術で自己心拍再開するも,低酸素脳症を呈する。低体温療法・脳浮腫治療・ラジカットなどの治療を行うが,意識状態,神経学的所見の改善は認められず,約1カ月後,腎不全,肺炎,心外膜炎を併発し死亡した。

1 創部腫脹の出現

手術場から帰室後4時間は約30分間隔で,その後は翌朝7時まで1~2時間ごとに看護師による観察が行われている。頸部の腫脹を観察する目的で経時的に頸周囲が計測されている。手術場から帰室した時点の頸周囲は44cmで,術場での測定値より2cm増加していた。その後,帰室後6時間半後に46.2cm,帰室後7時間半に46.4cm,帰室後9時間半後に47.0cm,帰室後12時間後に48.0cmと,時間の経過とともに頸周囲が増大したと記載されている。

2 ドレーンへの過信

依頼病院の院内調査委員会報告書には,下記のように記載されている。

術後ドレーンからの持続的な血性排液は認められていたが,急速な増加や創部腫脹は認められず,あっても静脈性の出血と判断し,夜間の緊急対応は不要と判断した。ドレーンは急変直前まで機能しており,看護師もドレーンの閉塞がない事は絶えず注意して確認していた。術後の総出血量が400mL以上に達しているが,心肺蘇生時の出血量も45mLと少なかった事もドレーンが十分に機能していた事を裏付けるものと考えられる。

(中略)

この様に十分にドレナージされていたと考えられる状態で,直前まで自覚症状は殆ど認められないにもかかわらず,これほど急速な変化をきたすものかどうかは未だに疑問があり,執刀医,病棟担当医ともにここまで急速に心肺停止に至るとは予見できなかった。

3 呼吸状態の変化

帰室後9時間半後には息苦しさを訴え,ベッド上で座位になっていた

看護カルテには,座位での呼吸窮迫が見られ頸周囲が経時的に増大していたことが記載されているものの,その内容を主治医に報告した記録はない。また主治医から呼吸苦,頸周囲の増大に対する指示は出されていない。この患者は最終的に窒息したと考えられるが,看護師と医師の間で術後に出現した呼吸苦,頸周囲の増大という重要な患者情報が十分に共有できていなかった可能性がある。

4 心肺停止

手術翌日(帰室後約12時間後)に心肺停止をきたした。2名の看護師が,アンビューバックによる呼吸蘇生を開始しハリーコールを要請した。10分後には外科当直医,内科当直医を含む4人の医師が病棟に到着し,救命処置が開始された。時間外に一般病棟で発生した急変時の初期対応としては妥当と考えられる。しかしながら,本患者は気道閉塞が原因で窒息し心肺停止をきたしたと考えられ,早急に気道を確保することが重要であったが,その後の気道確保は容易ではなかった。外科当直医により喉頭鏡を用いて気管内挿管が試みられたが,開口制限がある上に口腔内浮腫が著明で挿管不能,エアウェイスコープによる気道確保も不成功であった。さらに緊急用気管切開セットを用いて気管切開を試みるも頸部の腫脹が強く気道の確保はできなかった。その後に到着した麻酔科医がラリンゲアルマスクを挿入し,送気は可能となり自己心拍は再開したが排気の回復はなかった。その後に外科的気管切開を行い気管切開チューブを挿入できたが心肺停止後約30分が経過していた。甲状腺の周囲は解剖学的に狭い空間しかなく,手術後に出血をきたすと気道狭窄および閉塞を起こす危険が高い。実際に声帯浮腫に伴って声門が狭窄・閉塞し,急速に気道が閉塞されて窒息する緊急事態が起こり得る。

執刀医の事前指示(医療安全調査機構の評価結果報告書概要より抜粋)

依頼病院では,執刀医により次の文書が本事例の4年前に作成され,緊急時の対処法が記載されていた。

<当直の先生方(主として外科系)へのお願い>

後出血をきたす(約1%)と気道閉塞をきたして,緊急事態になります。そこで,以下の要領で安全な処置をしていただければ幸いです。気道狭窄を生じる前に外科処置を開始するのが鉄則ですが,動脈性出血の場合,急に症状があらわれることがあります。そこで,頸部腫大があり,症状がない場合,担当医(執刀医を含む)に連絡をとる。経口あるいは経鼻挿管は絶対にしてはなりません。ベッド上で頸部が腫れた状態では麻酔科医が行っても困難です。何度か挿管を試みることにより,気道浮腫が生じ最終的には窒息します。これだけは絶対に守ってください。

以下の処置をしながら早めに手術場に運んでいただきたいと思います。

1.ステロイドの静脈注射(ソルメドロール 125-250mg),

2.創部を開放して血腫除去,

3.正中の糸をはずして出血の起きているのが左右どちらかを判断,出血側にガーゼをつめて圧迫,

4.気管切開(セットを病棟に準備しています)

医療事故調査委員会の総括(医療安全調査機構の評価結果報告書概要より抜粋)

初期対応に当たった医師らは本患者に対して最初に経口挿管を試みている。「当直の先生方(主として外科系)へのお願い」という文書に記載されていた緊急時の対処方法が遵守されておらず,執刀医と術後管理を行う医師,看護師の間で情報交換が十分にできていなかったと考えられる。また,気管内挿管に引き続き気管切開が試みられているが,頸部腫脹が強く気管切開を完遂出来なかった。非専門領域の外科医師による気管切開が困難であった程の頸部腫脹は平均的な医師の技術を越えた状況であった可能性がある。甲状腺術後に気道狭窄・閉塞が起こった場合の適切な対処方法について,執刀医と術後管理を行う医師の間で十分に検討する必要がある。

考 察

熟練した外科医がどんなに注意深く手術を行っても術後出血が完全になくなることはない。切開創が縫合された後に起きる出血はコンパートメント内の圧力を急激に上昇させ気道閉塞を引き起こすことから,甲状腺・副甲状腺術後は創部の状態を注意深く観察し早期に必要な対応がとれるように万全の注意を払わなければならない。本事例の病棟看護師は頸部径が徐々に増大してきたことを把握していた。特に高度な診断が要求されているわけではない。術後に頸部が腫脹してきたことが緊急性のある重要な所見であることさえ知っていれば,その時点で担当医に連絡して準備を始め,ある程度の余裕を持って手術室へ搬送し,準緊急に再開創を行うことが可能であったと推測される。

術後にドレーンを留置し少量の出血はコントロールできるようにしておいても,ある程度以上の出血があればどんなドレーンであれ完全にはカバーできない。ところが院内調査委員会報告では「この様に十分にドレナージされていたと考えられる状態で,直前まで自覚症状は殆ど認められないにもかかわらず,これほど急速な変化をきたすものかどうかは未だに疑問があり,執刀医,病棟担当医ともにここまで急速に心肺停止に至るとは予見できなかった」と論じている。改めてドレーンを過信できないことを周知させる必要がある。

注意しなければならない点のひとつに急激な症状の変化がある。名古屋大学医学部付属病院・医療の質安全管理部が2007年に出した頸部術後管理ガイドラインにも,出血により気道狭窄が進行しても窒息寸前になるまで換気が保たれていることが多く,わずかなきっかけで窒息に至ることが注意喚起されている。今まで普通に会話していた患者が,咳をした瞬間に突然呼吸困難に陥り窒息する。つまり改めて再認識しておかねばならないことは,患者が無症状であり笑顔で「大丈夫。」と言っていたとしてもそれは全くと言っていいほど状況を看過できる理由にはならないのである。また,酸素飽和度モニターが十分な値を示していることで緊急性はないと安心している場面をたまに目にする。術後頸部腫脹を認めた患者に酸素飽和度モニターを装着し急変に備えることは間違っていない。しかし,酸素飽和度モニターが十分な値を示していることが,次の瞬間に呼吸停止に陥らない保証にはならないのである。術後頸部腫脹を認めた患者はいつ急変するかわからないことを認識し,次の瞬間にベッドサイドで再開創処置が始まるかもしれないという危機感を持って観察を継続する必要がある。当然のことながらベッドサイドに緊急再開創に必要な物品を準備して置くことは言うまでもない。本事例においては呼吸困難症状が出現してもさほど急激な進行を見せていない。患者が息苦しさを訴えベッド上で座位になっていた時点で担当医に連絡していれば最悪の事態は免れた可能性がある。「看護カルテには座位での呼吸窮迫が見られ頸周囲が経時的に増大していたことが記載されているものの,その内容を主治医に報告した記録はない。また主治医から呼吸苦,頸周囲の増大に対する指示は出されていない。」と記載されている。残念ながら看護師には術後頸部腫脹と呼吸苦の意味が理解されていなかったと考えざるを得ない。

どんなに注意していたとしても非常に急激に進行する症例は存在する。特にある程度太い動脈からの出血の場合にはみるみるうちに頸部が腫脹しあっという間に呼吸停止が起きてしまう場合もある。もしくはすでに呼吸困難症状が出現してから救命処置を依頼される場合も考えられる。その場合に声を大にして言いたいのは,挿管を試みることは賢明でないということである。呼吸困難症状が出現してからの気管内挿管は挿管に慣れた麻酔科医や救命医であっても困難で,繰り返し挿管行為を行うことにより喉頭内粘膜を刺激し益々状況を悪化させ,唯々時間を浪費することになりかねない。呼吸困難症状を認める場合は迷うことなくその場で緊急に縫合創を開創し徐圧したうえで手術室へ搬送する方が安全である。手術翌日(帰室後約12時間後)に心肺停止をきたした本事例では,2名の看護師がアンビューバックによる呼吸蘇生を開始しハリーコールを要請し,10分後には救命処置が開始されている。時間外に一般病棟で発生した急変時の初期対応としては妥当と評価されている。しかし,外科当直医は喉頭鏡を用いて気管内挿管を試みている。開口制限がある上に口腔内浮腫が著明で挿管不能であり,その後も様々な方法で気道確保が試みられているが,最終的に外科的気管切開により呼吸を再開できたのは心肺停止から30分が経過した後だった。

本事例の執刀医に術後出血の対応に関する知識がなかったとは考えにくい。その証拠に本事例の4年前に執刀医により当直の先生方(主として外科系)へのお願いという緊急時の対処法が記載された文書が作成されている。主治医から呼吸苦,頸周囲の増大に対する指示は出されていないとの記載を読むほどに残念でならない。アセスメントのない記録は意味がないことはその通りなのだが,果たして現状で一般外科病棟の看護師にこの所見の意味する緊急性を自分で理解してすぐに報告するように要求できるのだろうか。ハリーコールに応答した当直医が甲状腺手術後出血の対応について知らなかったことを責められるのだろうか。甲状腺外科を専門にするものにとってはこの知識は至極当たり前で学会発表などにおいても頻繁に耳にしているのだが,ここで改めて考えなければならないのは,それが初期対応に当たる一般医療従事者にまで周知されているのかという点である。さらに言えば,患者からの問い合わせに対応する一般事務職員に至るまですべてのスタッフが,その仕事の初日から知っていることが求められている。しかしながら多くの疾患を扱う総合病院では他にも学ばなければならない所見は山ほどあり,スタッフも常時入れ替わっていく。常にスタッフ全員を十分に教育された状態で維持していくのは予想以上に大変な労力である。ただ,その責任が手術を担当する外科医にあるのは自明であろう。

最後に,不幸な結果となった事例についての調査報告の多くが,呼吸困難が認められてからの救命処置がいかに困難であったかを強調していることに若干の違和感を覚える。着目すべきはそこに至るまでの間にもっと早く対処することはできなかったのかという点なのではないか。願わくは,甲状腺・副甲状腺疾患の術後出血に関する教育が医師,看護師の養成課程において必須となり,さらに可能であれば一般社会でも一般常識として知られるようになって欲しい。そのように導く責務は,他でもないわれわれ手術を行う外科医が負っている。

おわりに

不幸な結果となった本事例の患者に心から哀悼の意を表するとともに,突然予想もしていなかった状況で大切な人を失ったご家族,ご関係の方々にお悔やみを申し上げる。さらに,本事例の執刀医,急変に関わった病棟看護師,当直医にも生涯忘れることのできない暗い影を残すことになったはずである。この特集がもう二度と不幸な事例が繰り返されることのないよう万全の対策を講じる一助となることを願ってやまない。

【文 献】
 

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