2019 Volume 36 Issue 3 Pages 131-136
第4版内分泌腫瘍WHO分類(2017年)では甲状腺濾胞上皮腫瘍に良性と悪性の中間intermediate malignancyもしくは境界病変 borderline lesionに相当する新たな疾患概念が提起された。この概念に含まれるのは「乳頭癌様核を有する非浸潤性甲状腺濾胞性腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features (NIFTP)」と悪性度不明uncertain malignant potential (UMP)と総称される分化型濾胞上皮腫瘍の一群である。第7版甲状腺癌取扱い規約にはない用語,疾患定義であるため,本邦における取り扱いについては共通の理解と十分な議論が必要である。本稿ではNIFTPとUMPを含む被包性濾胞性腫瘍と境界病変を概説する。
第4版内分泌腫瘍WHO分類(2017年)では甲状腺濾胞上皮腫瘍に良性と悪性の中間intermediate malignancyもしくは境界病変 borderline lesionに相当する新たな疾患概念が提起された[1]。この概念に含まれるのは「乳頭癌様核を有する非浸潤性甲状腺濾胞性腫瘍noninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)」と悪性度不明uncertain malignant potential(UMP)と総称される分化型濾胞上皮腫瘍の一群である。
これら新規の境界病変を理解するために被包性濾胞型腫瘍encapsulated follicular-patterned tumorのカテゴリーから考えるとよい(図1)。被包性濾胞型腫瘍とは線維性腫瘍被膜を有する境界明瞭な結節で,内部は単調な濾胞構造から構成される分化型濾胞上皮腫瘍である。第3版WHO分類(2004年)において被包性濾胞型腫瘍に含まれるのは濾胞腺腫,微少浸潤型濾胞癌,被包性濾胞型乳頭癌 encapsulated follicular variant of papillary thyroid carcinoma(EFVPTC)の3つである[2]。第4版で新たに提唱された境界病変はいずれもこの被包性濾胞性腫瘍のカテゴリーに加わるものである。
被包性濾胞型腫瘍
線維性被膜を有する境界明瞭な結節で,内部は濾胞構造からなる分化型濾胞上皮腫瘍。第4版WHO分類で新たに提起された境界病変は被包性濾胞型腫瘍に含まれている。
被包性濾胞型腫瘍は2つの組織判定基準によって良悪性の診断が行われてきた。基準の1つは乳頭癌に特徴的な核所見であり,もう1つの基準が被膜浸潤,血管浸潤の有無によって評価される浸潤性増殖である(図2)。浸潤性増殖がなくとも特徴的な核所見が存在すれば濾胞型乳頭癌に分類される。特徴的な核所見がみられない場合には,浸潤性増殖があれば濾胞癌,なければ濾胞腺腫となる。単純な分類ではあるが,病理診断では核所見の有無,浸潤の有無の判断にしばしば悩むことが経験される。このことは病理診断の観察者間変動 observer variation,観察者内変動 interobserver variationの要因になってきた。例を挙げると浸潤性増殖のない被包性濾胞型腫瘍において乳頭癌に特徴的な核所見が弱いか部分的である場合に診断者によって良性(濾胞腺腫)と悪性(濾胞型乳頭癌)の判断が分かれてしまう[3,4]。また被膜浸潤,血管浸潤の判断の差がしばしばあり,良性腫瘍(濾胞腺腫)と悪性腫瘍(濾胞癌)が病理医の間で異なることがある。一方で浸潤性増殖のないEFVPTCは術後の再発,転移,死亡がないことが報告され[5,6],被包性濾胞型腫瘍の良悪性に関しては乳頭癌の核所見の有無よりも,浸潤性増殖の有無に重きが置かれるようになった。
被包性濾胞型腫瘍の診断(第3版WHO分類)
乳頭癌の核所見の有無,浸潤性増殖の有無によって濾胞癌,濾胞腺腫,濾胞型乳頭癌に分類される。
これらの課題を背景として第4版WHO分類では被包性濾胞型腫瘍の病理診断基準に関して大きく改定された点がある。それは核所見と浸潤性増殖の判断に変更が加えられたことである。第3版ではそれぞれの組織所見を“あり”,“なし”の二段階で判定することが前提であったが,第4版では“ありpresent”,“なし absent”に“疑わしい questionable”が加えられて三段階となった。“乳頭癌の核所見が疑わしい”,“浸潤性増殖が疑わしい”という病理学的判断が認められたことによって,“疑わしい”に含まれる甲状腺腫瘍に対して新たな診断名が設けられた(図3)。
被包性濾胞型腫瘍の診断(第4版WHO分類)
乳頭癌の核所見,浸潤性増殖はあり,疑わしい,なしの3段階で判定される。
境界病変としてFT-UMP,WDT-UMP,NIFTPが加わる。
組織所見としての“疑わしい questionable”というのは分かりにくいが,病理医が判断に迷っている,病理医間で意見が異なるという意味ではない。第4版WHO分類では乳頭癌の核所見,被膜浸潤,血管浸潤に対して“疑わしい”の解説が行われている。まず乳頭癌の核所見はスコアリング評価(0から3)が推奨されている。核所見を①大きさと形(核腫大,核の重畳,核の密集,核の伸長),②核膜の不整(核形不整,核溝,核のしわ,核内細胞質封入体),③クロマチンパターン(淡明核,すりガラス状核)の3項目(①~③)で評価(1項目で1点)し,核所見スコア2点を“乳頭癌の核所見が疑わしい”とする。
“被膜浸潤が疑わしい”は1)腫瘍が被膜に侵入するが被膜を貫通していないもの(図4),または2)線維性被膜内に孤立した腫瘍胞巣がみられるものをいう。“血管浸潤が疑わしい”とは1)血管内の腫瘍胞巣で血管内皮の被覆や血栓付着を欠くもの,または2)血管壁に近接する被膜内の腫瘍胞巣を指している。
被膜浸潤が疑わしい
腫瘍性被膜の中に腫瘍胞巣が侵入するが,完全には貫通していない。
第4版WHO分類では被包性濾胞型腫瘍において浸潤性増殖が“ない”もしくは“疑わしい”場合には“がん carcinoma”の診断名を使用しないことが原則である。このルールに従うとこれまでのEFVPTCの一部はNIFTPに,微少浸潤型濾胞癌の一部がUMPに分類されることになる。言い方を変えると“浸潤性増殖が疑わしい”濾胞性腫瘍はすべてUMP,乳頭癌の核所見があっても浸潤性増殖がない濾胞型乳頭癌はNIFTPに分類される。
以下に第4版WHO分類で提起された3つの境界病変の定義を述べる(表1)。
第4版WHO分類で提起された境界病変
悪性度不明な濾胞性腫瘍 follicular tumor of uncertain malignant potential(FT-UMP)は浸潤性増殖が疑わしい被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見がない分化型濾胞上皮腫瘍を指す。被膜浸潤や血管浸潤が疑わしく,濾胞腺腫か微少浸潤型濾胞癌かの鑑別が問題となっていた腫瘍がこのFT-UMPに含まれる。
悪性度不明な高分化腫瘍Well-differentiated tumor of uncertain malignant potential(WDT-UMP)は浸潤性増殖が疑わしい被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見があるかもしくは疑わしい分化型濾胞上皮腫瘍である。被包性濾胞型乳頭癌と診断されていた腫瘍の一部がWDT-UMPに相当する。
NIFTPは浸潤性増殖がない被包性濾胞型腫瘍の中で,乳頭癌の核所見があるかもしくは疑わしい腫瘍である(図5, 6)。NIFTPの診断基準は表2に示す。EFVPTCと診断されていた腫瘍の一部が第4版WHO分類ではNIFTPに含まれることになる。
NIFTP
境界明瞭な線維性被膜を有する結節。内部はコロイドが貯留する濾胞構造の増生からなる。被膜浸潤,血管浸潤はみられない。
NIFTP
濾胞構造を構成する濾胞上皮には核の腫大,核型不整,核溝,核内細胞質封入体,すりガラス状核を認める。
NIFTPの診断基準(第4版WHO分類)
境界病変ではないが浸潤性増殖のある悪性の被包性濾胞型腫瘍で,乳頭癌の核所見が疑わしいものは高分化癌NOS well-differentiated carcinoma, NOS(WDC-NOS)と呼ぶ。核所見の判断によって微少浸潤型濾胞癌と濾胞型乳頭癌が鑑別となる分化型甲状腺癌の一部がWDC-NOSに分類される。
乳頭癌は特徴的な核所見を有する濾胞上皮の悪性腫瘍と定義されている[1,2]。乳頭癌の核所見とは核内細胞質封入体,核溝,すりガラス状核,核型不整,核腫大などである。乳頭癌の名が示すとおり乳頭状構造が基本的な組織構築であるが,濾胞状構造もしばしば混在する。濾胞構造のみからなる乳頭癌は亜型の一つとして濾胞型乳頭癌 follicular variant of papillary thyroid carcinoma(FVPTC)と呼ばれている[7]。この濾胞型乳頭癌は当初,通常の乳頭癌に類似した臨床的態度を示すと考えられていた。しかし濾胞型乳頭癌症例が蓄積するに従い,線維性被膜を伴う例(EFVPTC)があること,EFVPTCは通常型乳頭に比べて予後がよいことがわかってきた。Chanらが調べた6論文では線維性被膜を有する乳頭癌ではリンパ節転移はおよそ25%,血行性の遠隔転移はほぼなく,術後の局所再発,転移再発はみられていない[8]。Liuらは浸潤性増殖の有無で分類し,浸潤を伴うFVPTC(17症例)は乳頭癌,浸潤を伴うEFVPTC(18症例)は濾胞癌に似た臨床的態度を示し,非浸潤性EFVPTC(43症例)ではリンパ節転移,術後再発がないと報告した[9]。またPiataらは浸潤性(21例),非浸潤性(45例)とも平均11.9年の追跡で死亡例がないことを報告している[10]。これらのデータは腫瘍被膜形成を有する濾胞型乳頭癌,特に浸潤性増殖(被膜浸潤,血管浸潤)を伴わない腫瘍ではリンパ節転移,再発,死亡の可能性が極めて少ないということを意味しており,非浸潤性EFVPTCは悪性なのか,乳頭癌と同じ治療方針でよいのかという課題を呈していた。
一方で濾胞型乳頭癌の病理診断においても課題は生じていた。同じ診断基準を用いているはずが,被膜を有する甲状腺結節の診断では病理医間の観察者間変動が大きいのである[3,4]。Hirokawaraらは濾胞構造からなる線維性被膜を有する結節21症例を本邦の病理医4名,北米の病理医4名が各自で再診断した結果,本邦の病理医が良性腫瘍(濾胞腺腫,腺腫様甲状腺腫)と判断する症例を北米の病理医が乳頭癌と診断する症例があることを報告した[3]。本邦の病理医全員が良性結節と判断した21症例の中に北米の病理医が乳頭癌とした6症例が含まれていた。
2.NIFTPの提唱本邦のKakudoらは2011年に非浸潤性EFVPTCを悪性ではなく境界悪性のカテゴリーに分類すべきと提唱した[5]。2014年には米国Pittsburgh大学のNikiforovらが中心になってEFVPTCの諸問題に対するEndocrine Pathology Society ワーキンググループ(各国より24名の病理医,その他に内分泌内科医,外科医,心理学者,分子病理学者,統計学者,患者代表が参加)を結成し,非浸潤性EFVPTC (109症例)と血管浸潤もしくは腫瘍被膜浸潤を伴う浸潤性EFVPTC(101症例)に対して臨床病理学的特徴,遺伝子解析,統計解析を行った[6]。この検討において浸潤性EFVPTC(平均5.6年のフォローアップ)の12%に有害事象(遠隔転移,死亡など)が発生したが,非浸潤性EFVPTC(平均14.4年のフォローアップ)では再発,転移はみられず,死亡例は皆無であった。この結果をもとにワーキンググループは非浸潤性EFVPTCを極めて低リスクの腫瘍と定義し,NIFTPを提唱した。
3.病理所見と遺伝子異常NIFTPは被包化された境界明瞭な結節である(図1)。腫瘍性被膜の厚さは様々で不明瞭な場合もある。肉眼的には濾胞腺腫や腺腫様結節(単結節性の腺腫様甲状腺腫)と区別がつかない。内部は比較的単調な濾胞構造からなるが,濾胞の大きさは症例によって異なる。乳頭状構造(許容範囲は1%未満)や充実状/索状/島状構造(許容範囲は30%未満,いわゆる低分化成分)はみられない。砂粒体はみられない。腫瘍細胞の核には乳頭癌の核所見を認める(図2)。乳頭癌の核所見スコアは2から3。NIFTPには定義上,腫瘍被膜を貫通するような被膜浸潤や血管浸潤はない。壊死や核分裂像の増加(3個以上/10HPF)がないことも基準に含まれている。
NikiforovらはNIFTP27症例中8例(29.6%)にRAS変異を検出している[6]。ZhaoらはNIFTPの54%(27/50症例)にRAS変異があることを報告した[11]。PaulsonらはRAS変異を有する甲状腺癌27症例を再診断したところ,半数以上(59%,16/27症例)がNIFTPであった報告した[12]。これらの報告からNIFTPの主要な遺伝子異常はRAS変異であるといえる。
NIFTPは2016年に提唱され,2017年にWHO分類に採用されたばかりであるが,その診断基準についてはより厳格な基準が提案されている[13]。乳頭状構造が完全に存在しないこと,NIFTPの典型的な核所見スコアは2であること,BRAF変異,TERTプロモーター変異,TP53変異の欠如を確認することが望ましいことなどが追加されている。
4.NIFTPの頻度NIFTPはEFVPTCの中から抽出された経緯があり,乳頭癌の中に占める割合は欧米からの報告では20%前後である。しかしながら,本邦を含むアジアからの報告をみると1%前後とNIFTPの頻度は極めて低くなっている[14,15]。この差の十分な解明はされていないが,乳頭癌の核所見の判定基準が欧米とアジアで異なることが1つの理由と考えられている。
NIFTP,FT-UMP,WDT-UMPの境界病変が第4版WHO分類で提唱された。本邦の甲状腺癌取扱い規約では未だ採用されていない疾患単位であるが,病理診断で使用される頻度は増えていくと予測される。これら境界病変に対する臨床的対応については早急にエビデンスを確立する必要がある。