2019 Volume 36 Issue 3 Pages 141-145
甲状腺低分化癌は高分化癌(乳頭癌ないし濾胞癌)と未分化癌との中間的な形態像および生物学的態度を示す濾胞上皮細胞由来の悪性上皮性腫瘍と定義される。病理形態学的には,低分化癌細胞は濾胞構造やコロイド産生に乏しく,充実性,索状,島状といった特徴的な増殖パターン(STIパターン)を示す。WHO分類の13年ぶりの改訂では,病理組織学診断基準,病因,発生機序,遺伝子変異,臨床的特徴,予後因子など内容が大幅に改定および追加された。これにより,低分化癌の病理診断上の混乱が解消されることが期待される。しかし,不完全な記載や対応も幾つか残されている。本稿では低分化癌の WHO分類第4版の改訂点,問題点を中心に解説する。
甲状腺低分化癌は高分化癌(乳頭癌ないし濾胞癌)と未分化癌との中間的な形態像および生物学的態度を示す濾胞上皮細胞由来の悪性上皮性腫瘍と定義される。本腫瘍は,1983年Sakamotoら[1]により初めて提唱された疾患概念である。翌年にはCarcangiuらにより,島状insularの増殖パターンを呈し,同様に予後がやや不良である甲状腺癌が報告され,「低分化(島状)癌」という組織分類の基礎が築かれた[2]。その後,低分化癌の組織診断基準には修正がなされ,現在に至っている。本稿では低分化癌のWHO分類第4版の組織診断基準,鑑別診断,細胞診断,病因および発生機序,遺伝子変異,臨床的特徴,予後因子などの改訂点,問題点,本邦における低分化癌の組織診断の現状を踏まえて概説する。
2017年のWHO分類第4版では,低分化癌の診断にトリノ提案が導入されている[3]。トリノ提案[4]では,まず先に,充実性(solid),索状(trabecular),島状(insular)の増殖パターン(STIパターン)(図1)が存在することが不可欠であり,それがなければ低分化癌は否定される(図2)。乳頭癌に定型的な核所見がみられず,脳回状核convoluted nuclei(脱分化した乳頭癌の核所見で,乳頭癌の核よりも小さく,クロマチンは濃く,核内細胞質封入体はみられない)(図3),強拡大10視野中3個以上の核分裂像(図4),壊死(図5)のうち少なくとも一つが存在することを確認して,低分化癌と診断する。なお,好酸性腫瘍であっても,低分化癌と同様の診断基準を適用する。この点は,トリノ提案とWHO分類第4版と異なっている。
左上:低分化癌の充実性(solid)パターン。腫瘍細胞は充実性に配列する。左下:低分化癌の索状(trabecular)パターン。腫瘍細胞は索状に直線状,曲線状の列を形成する。右下:低分化癌の島状(insular)パターン。腫瘍細胞は薄い線維血管性隔壁に囲まれた胞巣状に増殖している。
低分化癌の診断アルゴリズム(WHO分類第4版)。
低分化癌の脳回状核。核は小型で,核の変形・陥凹・切れ込み・分葉などが目立つ。
低分化癌の核分裂像(矢印)。
低分化癌の壊死。凝固壊死は,腫瘍胞巣内に観察される。
WHO分類第4版における低分化癌の診断アルゴリズムは,一見極めて単純で把握しやすいようにみえる。しかし,まずありきが,“悪性濾胞性腫瘍”であり,悪性と判断すべき内容が記載されていない。STIパターンを示すも,被包化され,浸潤がみられない腫瘍はどのように診断するのかの説明がない。当院でそのような症例は異型腺腫に分類しているが,低分化癌と診断する考え方も賛同できる。低分化癌と充実型乳頭癌の区別は,乳頭癌に定型的な核所見が腫瘍全体に存在するかどうかであり,定型的の定義,あるいは腫瘍に占める割合は記載されていない。われわれは日常業務で乳頭癌に定型的な核かどうか迷い,Ki-67標識率が高かったことから,低分化癌と診断した症例がある。壊死や核分裂像に関する判断は病理医ならそれほど難しくないが,脳回状核の判断には主観が入り,壊死も核分裂像もない場合には,濾胞癌か,低分化癌かで躊躇することになる。また,低分化癌におけるSTIパターンの割合に言及していないことから,一部にでもあれば低分化癌と診断することができ,WHO分類第3版の低分化成分が優位なものを低分化癌とする基準とは異なる。腫瘍の一部のみに低分化癌がある場合,その存在と割合を報告書に記載すべきであるとしているが,その症例をどのような診断名にすべきかの記載はなく,依然として論議がある。
低分化癌の主な鑑別診断は,充実型乳頭癌,充実性増殖パターンを示す濾胞癌,甲状腺内胸腺癌,未分化癌である。充実型乳頭癌の増殖パターンは低分化癌と同様に充実性胞巣状・索状である。乳頭癌に定型的な核所見(すりガラス状核,核の溝,核内細胞質封入体,核の重畳など)がみられれば充実型乳頭癌にする。一般的には,充実型乳頭癌のKi-67標識率(5%以下)は低分化癌(10~30%)と比べて低い。STIパターンは確認できるが,脳回状核,強拡大10視野中3個以上の核分裂像,壊死の所見のいずれも確認できない場合は,充実性増殖パターンを示す濾胞癌とする。甲状腺内胸腺癌はCD5陽性で,TTF-1・PAX8陰性であることから,CD5陰性,TTF-1弱陽性から陽性,PAX8陽性の低分化癌と鑑別する[5]。低分化癌と未分化癌はいずれも細胞異型があり,しばしば混在することから,最も鑑別が難しい。より異型性が強い,高度の構造異型,結合性が乏しい,好中球浸潤が目立つ,凝固壊死の範囲が広い,サイトケラチン AE1/AE3の染色性が乏しい,サイログロブリンとTTF-1陰性などの場合は未分化癌を示唆する。
低分化癌には高分化癌が混在することが多いため,術前に細胞診で低分化癌を推定することはしばしば困難である。高分化癌成分が混在していると,判りやすい高分化癌の診断に至りやすく,濾胞性腫瘍あるいは乳頭癌を推定することになる。また,腫瘍細胞の特徴ではなく,組織診断の条件であるSTIパターンを細胞診標本から判読する能力が必要である。頻度の低さも,正確な診断の支障となる。低分化癌を示唆する所見は,索状集塊,大型充実性集塊,重積性集塊,孤立散在性出現,島状集塊辺縁に付着する内皮細胞,高いN/C比,壊死,核分裂像などである[6,7]。
病因については,環境因子として,長年のヨード欠乏に関連していること,放射線被曝との関連がないことが,新たに追加されている。発生機序については,直接発生するものもあるが,既存の腺腫様結節や濾胞癌,乳頭癌を先行病変として発生するものもある[8]。
低分化癌の診断基準は報告者により異なり,その臨床的特徴も多彩な症例を含んだものである。本邦における低分化癌の頻度は,WHO分類第3版や甲状腺癌取扱い規約第7版に従えば0.8%である[9,10]。WHO分類第4版(トリノ提案)だと,北米では1.8%,北イタリアでは4.0~6.7%と高く,本邦では0.3%と極めて稀である[3]。こうした頻度の差異は組織診断基準の変遷のほか,ヨード摂取量などの地域差も関与している可能性がある。発症年齢は50歳代から60歳代で,やや女性に多いが,高分化癌と比べると男性に多いことになる[11]。予後は高分化癌(乳頭癌ないし濾胞癌)よりも不良で,術後5年生存率の点推定値は44~72%とかなり幅があり,再発は通常3年以内に出現する[12]。予後不良因子は,45歳以上,大きさ5cm以上,甲状腺外浸潤,pT4a,遠隔転移,腫瘍壊死,IMP3陽性,好酸性細胞質,染色体1q獲得,RAS遺伝子変異などが報告されている。また,WHO分類第4版では低分化成分が10%以上あれば予後不良と記載している[3]。一方,脳回状核は予後良好因子とされている[3,11]。
低分化癌には,形態学的に,乳頭癌の核所見を有する,あるいは一部に乳頭癌が混在する乳頭癌型,濾胞性腫瘍が混在する濾胞癌型,高分化癌成分も乳頭癌の核所見もみられないNot otherwise specified(NOS)がある。それぞれ,乳頭癌からの低分化転化,濾胞癌からの低分化転化,de novo癌とすれば低分化癌の発生を理解しやすい。前二者は,大腸癌で一般的に認められている腺腫-癌連関(adenoma-carcinoma sequence)の概念に相当し,多段階的に遺伝子変異が蓄積され,低分化癌が発生したと考えることができる。
遺伝子異常の見解からみてみると,濾胞上皮細胞由来の腫瘍は,BRAF,RET/PTC系の腫瘍とRAS,PPARγ/PAX8系の腫瘍の2経路に大きく類別できる(図6)。BRAF腫瘍の高分化型は乳頭癌のみであり,この変異が認められる低分化癌(5~15%)は,乳頭癌からの低分化転化を考えさせる。一方,RET/PTC腫瘍には高分化な乳頭癌のみで,低分化癌で検出されることはほとんどない。RAS腫瘍は大部分が濾胞腺腫や濾胞癌であり,さらに濾胞型乳頭癌やNoninvasive follicular thyroid neoplasm with papillary-like nuclear features(NIFTP)などでも認められる。したがって,RAS変異を示す低分化癌(20~50%)は,濾胞性腫瘍,濾胞型乳頭癌からの低分化転化と考えることができる。低分化癌では,TP53やβカテニン(CTNNB1)遺伝子の変異がみられやすく,高分化癌にこれらの変異が加算されて低分化癌が発生すると考えられている。
低分化癌の発生と遺伝子異常(仮説)。
このように遺伝子異常から腫瘍をみれば,その発生を容易に理解することができる。実際の日常診断業務では,遺伝子検査は通常行われていないが,近い将来遺伝子検査が普及し,今後は,形態と遺伝子異常の両方を取り入れた分類がなされていくと考えられる。
甲状腺癌取扱い規約第7版[10]では,被膜浸潤,脈管浸潤あるいは甲状腺外への転移があり,STIパターンは50%以上存在するものを低分化癌とした。また,STIパターンを有し,かつ,定型的な乳頭癌の核所見が全体に存在する腫瘍は低分化癌から除外し,充実型乳頭癌と診断することにした。この規約では,高分化成分が低分化成分よりも優位である場合は低分化癌とせず,高分化癌を主診断として低分化成分の存在を付記する。なお,低分化癌の一部に未分化癌を伴うものは,その割合に関係なく未分化癌と診断する。甲状腺癌取扱い規約第8版は2019年末を目標に改訂作業中である。
WHO分類の13年ぶりの改訂では,低分化癌にトリノ提案が採用されており,病因,発生機序,組織診断,遺伝子変異,予後因子など内容が大幅に修正および追加された。これにより,低分化癌の病理診断上の混乱が解消されることが期待される。しかし,不完全な記載や対応も幾つか残されている。次回改訂でのさらなるupdateが期待される。更に注意しなければならないのは,WHO分類第4版と甲状腺癌取扱い規約では診断基準が異なるため,当然その頻度や予後に違いがある。また,診断は病理医による差が大きく,更に古い論文では定義も統一されておらず,異なった論文の結果を比較することは適切ではない。低分化癌の報告,研究や発表は,そのことに十分配慮して行われるべきである。