Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of anaplastic transformation of follicular thyroid carcinoma with metastasis to left ventricle
Yukari KawasakiKeizo SuginoJunko NambuMasahiro NishiharaToshihiro MisumiFumio Shimamoto
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2019 Volume 36 Issue 3 Pages 182-188

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抄録

症例は64歳女性。X年12月甲状腺左葉4.8cm大の濾胞性腫瘍に対し甲状腺左葉切除術を施行し,病理組織学的に濾胞腺腫と診断された。X+2年11月に頸部皮下腫瘤が出現し濾胞癌の転移と診断され,その後も転移性皮下腫瘍の再発を繰り返すため,甲状腺全摘術およびI-131による放射性ヨウ素内用療法を行った。経過観察中のX+11年8月に心不全症状により緊急入院。左心室内の腫瘍性病変による心不全と診断され,緊急心臓腫瘍摘出術を施行されたが,心臓腫瘍の再増大による不整脈の出現,心不全により心臓手術4週後に永眠された。心臓腫瘍の病理組織学的検査では甲状腺未分化癌の転移と診断された。

はじめに

剖検例において,悪性腫瘍の心臓転移はしばしば認められ,4.7~15.0%にみられると報告されている[]。しかし,生前に診断される症例は少なく,特に甲状腺癌の心臓転移は非常に稀である。今回われわれは皮下転移再発を繰り返した濾胞癌が,初回手術10年後に未分化転化し,心臓転移が致命的となった症例を経験したので報告する。

症 例

症 例:64歳 女性

既往歴:慢性関節リウマチ

家族歴:特記すべきことなし

現病歴:X年12月結節性甲状腺腫の精査依頼で当科紹介受診。甲状腺左葉に4.8cm大の腫瘍を認め(図1),濾胞性腫瘍疑いで甲状腺左葉切除術を施行した(図2a)。病理組織学的に細胞異型は軽度で,被膜・脈管浸潤を認めず濾胞腺腫と診断された(図2b)。

図1.

初回手術時の画像所見

a)頸部超音波検査:甲状腺左葉に境界明瞭で一部囊胞様変性を伴う最大径4.8cm大の腫瘤を認めた。b)頸部造影CT:腫瘍は造影効果を伴っていた。

図2.

初回手術時の摘出標本と病理所見

a)摘出標本:甲状腺左葉に径4.8cm大の充実性腫瘍を認め,囊胞変性を伴っていた。b)HE染色(100倍):腫瘍内には大小種々の濾胞の増生像が目立ち,周囲に線維性の被膜様構造が見られるが被膜への浸潤傾向はない。

X+2年11月,X+3年3月に前頸部皮下に出現した腫瘤を摘出したところ,濾胞構造を示す比較的異型性の少ない細胞が多結節性に増生している像がみられ,いずれも濾胞癌の転移と診断された。初回手術時,腫瘍の術野への露出や暴露はなく,血行性転移と考えられた。

X+3年1月CTで肺転移を疑う腫瘤の出現を認めた。

X+3年9月I-131内用療法のため残存甲状腺全摘および前頸部皮下転移腫瘍を摘出した。

X+3年11月~X+6年4月まで計3回の放射性ヨウ素内用療法(3.7GBq×3回)を行った。

X+10年8月血清サイログロブリン値上昇傾向を認めたため4回目の放射性ヨウ素内用療法(3.7GBq,総量14.8GBq)を行った。経過中の血清サイログロブリン値の推移を示す(図3)。

図3.

血清サイログロブリン値の推移

初回手術前値197ng/mlから,術後正常値に減少し,全経過を通して基準値内であった。

X+11年3月前頸静脈への浸潤を疑う皮下転移腫瘍を摘出した。このとき施行していた術前心臓超音波検査では異常を認めていなかった。

X+11年5月労作時呼吸困難が出現,症状が増悪してきたため,X+11年8月に近医受診し,心電図でⅡ,Ⅲ,aVF,V3-V6にST低下を認め,当院救急搬送された。

検査所見:末梢血液検査,生化学検査,凝固検査に異常を認めず,甲状腺機能は,TSH 0.37µIU/ml,fT3 2.84pg/dl,fT4 1.09ng/dlと正常範囲内であった。抗サイログロブリン抗体は陰性で,サイログロブリンは26.1ng/mlと上昇傾向を認めなかった。抗TPO抗体は600IU/mlと陽性を示した。

心臓超音波検査:左室後壁から心尖部にかけて壁運動は著明に低下し駆出率は40.7%。左室心尖部から流出路にかけて可動性に富む高輝度エコーの構造物を認めた(図4a)。

図4.

緊急入院時の画像所見

a)経胸壁心臓超音波検査:左室から流出路にかけて可動性に富む等輝度エコーの構造物(矢頭)。b)胸部造影CT検査:左室下壁を主体とした造影効果のある腫瘤性病変を認め,この病変から伸びる構造物は大動脈弁に到達(矢頭)。c)胸部CT:転移を疑っていた右肺の小腫瘤影が急激に増大(矢印)。左端よりX+8年9月,X+9年9月,X+10年8月,X+11年8月撮影。

胸部造影CT:左室下壁を主体とした,6cm大の造影効果を伴う腫瘤を認めた。病変は左室内を占拠し,先端は大動脈弁に到達していた(図4b)。また,以前から認めていた右肺S6の小結節は6cm大に急速に増大していた(図4c)。

診 断:以上の画像所見より,心臓悪性腫瘍による左室流出路狭窄と診断された。心不全解除のためには手術以外の治療はないが,リスクは高く合併症は必発であることを説明し,本人および家族は救命手術を希望された。

手術所見:胸骨正中切開にて人工心肺使用下,手術を開始した。腫瘍は心外膜を超えて露出していた。左心室を切開したところ術前検査通り左室腔内は腫瘍で充満していた。流出路に伸びている腫瘍を丁寧に引き出し,腫瘍を左室壁から切除摘出した(図5a)が,心筋内へ浸潤,一部は左室壁を貫き心外膜まで露出していたため腫瘍を完全に切除することは不可能であった。左室容量が確保できたことを確認して手術を終了した。

図5.

心臓腫瘍摘出標本と病理所見

a)摘出心臓腫瘍。b)HE染色(400倍):異型性の目立つ紡錘形の増生像と,多核巨細胞様の異型細胞(矢頭)が充実性に増生して認められる。

術後経過:右上肢の運動麻痺あり,CT,MRIで両側頭頂葉皮質領域や小脳半球に新鮮梗塞巣が多発している所見を認めた。術中操作による腫瘍塞栓と思われた。脳転移を疑う病変は認めなかった。リハビリを行うまでに回復していたが,術後1カ月頃に腫瘍の左室心筋内再増殖による心室頻拍が頻発するようになった。本人,家族ともに更なる積極的治療を希望されず,心不全により永眠された。

病理組織検査:異型性の目立つ紡錘形ないしは類円形の異型細胞の増生像と,多核巨細胞様の異型細胞が充実性に増生して認められる(図5b)。免疫染色において,上皮性マーカー並びに筋原生マーカーは陰性を示し,マクロファージ系のマーカーが陽性を示した(図6)。心臓原発の肉腫との鑑別は困難であるが,破骨型巨細胞を伴う紡錘形細胞型の甲状腺未分化癌の心臓転移と診断した。

図6.

免疫組織染色(100倍)

a)Cytokeratin 陰性。b)EMA 陰性。c)Desmin 陰性。d)Myoglobin 陰性。e)Kp-1 陽性。f)PG-M1 陽性。

考 察

転移性心臓腫瘍の頻度は,原発性の心臓腫瘍に比して稀ではないといわれており,悪性腫瘍剖検例の4.7~15.0%に見られる[]。原発巣として頻度が高いのは,肺癌,乳癌,血液腫瘍,悪性黒色腫と報告されている[]が,その多くが無症状であり,症状を呈する時にはすでに病状がかなり進行しているため生前に診断される症例は非常に少ない。Catfordら[]のまとめによると,甲状腺癌の心臓転移例は心囊水貯留を認める心外膜転移例も含めて,1881年から2010年までの130年間に55例が報告されているが,生前に診断された症例はわずか19例のみであった。

今回われわれは,心内膜側への転移を生前に診断し得た症例を検索したところ,表1に示すように自験例を含め22例であった。症例の平均年齢は61歳,男性8例,女性14例であった。症状は心不全症状を反映して息切れの訴えが多く40%にみられたが,症状なく定期の画像検査で心臓転移が発見された症例や,血中サイログロブリン値上昇の原因検索として施行したFDG-PETによって初めて指摘できた症例もあった[121621]。組織型は未分化癌が5例と最も多く,乳頭癌,濾胞癌がそれぞれ4例,髄様癌,低分化癌と続き,心臓転移をきたす頻度としては未分化癌,濾胞癌が高いと考えられた。転移部位は右心室が最も多く68%であり,左心室に転移した症例はFukudaら[14],Yarmohammadiら[15]に続いて本症例が3例目の報告となる。

表1.

甲状腺癌心臓転移報告症例の一覧(文献検索結果より)

心臓への転移経路として,①リンパ行性,②血行性,③直接浸潤,④これらの混合型があげられる[1516]。リンパ行性,血行性いずれにおいても大静脈から心腔内に至る経路が考えられ,そのため右心系への転移をきたしやすいのも妥当と思われる。本症例では,心臓転移診断前に突然急激な増大を示した肺転移巣の存在(図4c)があり,腫瘍細胞がこの転移巣から肺静脈を介して左心系に流入し,心内膜に接着,増殖した可能性が考えられた。

心臓転移診断後1年以上の長期生存症例は6例であり,うち診断時有症状例は3例で全例に腫瘍の切除が施行されている。このことから,有症状例で耐術可能であれば切除が基本と考えるが,無症状例,全身状態が悪く手術に踏み切れない症例においては,外照射やTKIも選択肢に挙げられ,一時的には腫瘍縮小効果も得られたと報告されている[212426]。本症例は術後1カ月で心臓腫瘍は術前と同程度までに急速に再増大した。患者・家族ともにさらなる治療を希望されず不幸な転機を辿ったのちに病理組織学的に甲状腺未分化癌の転移と診断されたが,術前あるいは術後存命中に診断がなされていれば,TKIも考慮されるべき症例と思われた。

結 語

非常に稀な甲状腺癌の左心室転移の1手術例を経験したので,文献的考察を加えて報告した。

本論文の要旨は第51回日本甲状腺外科学会学術集会(2018年10月25日,横浜)において発表した。

謝 辞

稿を終えるにあたり,病理診断にご協力いただきました近畿大学奈良病院病理部 覚道健一先生に深謝いたします。

【文 献】
 

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