Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
International comparison of surgical treatment for papillary thyroid cancer using clinical guidelines
Yukiko TsushimaHisato Hara
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2019 Volume 36 Issue 4 Pages 213-220

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抄録

欧米においては,甲状腺乳頭癌の初期治療として全摘術後に放射性ヨウ素内用療法(RAI)を行うのが長らく標準治療であった。一方,わが国では,葉切除,亜全摘といった甲状腺温存手術も多く行われていた。日本内分泌外科学会と日本甲状腺外科学会(JAES/JSTS)は,2010年にガイドライン初版を公開し,わが国における背景とエビデンスをもとに,Risk-adapted managementの概念を導入し,症例ごとに術式の選択できる余地を残した。2015年の米国甲状腺学会(ATA)のガイドラインの改訂では,本邦の論文も採用され,甲状腺乳頭癌の治療は世界的にも変化している。昨年の日本のガイドラインの改訂では,新たなリスク分類が提唱され,分かりやすい治療アルゴリズムが作成された。しかし,全摘VS葉切除,予防的中央区域郭清の是非に関しては,術後治療や経過観察方針にも関わる問題であり,課題が残されている。

はじめに

甲状腺乳頭癌に対する手術術式は,甲状腺切除とリンパ節郭清から構成され,甲状腺切除は,葉切除(葉峡部切除を含む),亜全摘,全摘(準全摘を含む)に分類され,リンパ節郭清は,中央区域郭清と外側区域郭清に分類される。海外では,全摘では,残存甲状腺再発がなく,血中のサイログロブリン値(Tg)が再発マーカーとして有用であること,I131シンチグラフィーや放射線内用療法(RAI)が,それぞれ検査,治療として有用であること,などから,甲状腺乳頭癌に対しては全摘が術式として採用されてきた。しかし,日本では,機能温存,合併症の発生の抑制の観点,および放射性ヨードの使用に制限があり全摘の利点が海外より乏しいことから,甲状腺温存手術が多く行われてきた。一方,日本の標準治療である予防的中央区域郭清は,海外では意義が乏しいとされている。社会的背景の違いから,手術治療方針に日本と海外との間に大きな溝があった。

わが国からもエビデンスが発信され,ガイドラインが作成されたことにより,国内でも術式選択に一定のコンセンサスが得られるようになり,海外のガイドラインにも影響を与えている。

1.ガイドラインの変遷

JAES/JSTSは,2010年に初版[]を公開し,日本における背景とエビデンスをもとに,Risk-adapted managementの概念を導入し,術式の選択できる余地を残した。しかし,リスク分類としてのTNM分類と切除範囲が一致しておらず,治療アルゴリズムが分かり難いものであった[]。新たなエビデンスの蓄積,外来RAIや分子標的薬などの治療が可能になったのに伴い,2018年に改訂版が公開された[]。

JAES/JSTS(2018)では,新たなリスク分類と推奨管理方針がフロチャートに示された(図1),(表1)[]。乳頭癌の手術治療は,甲状腺切除範囲,予防的リンパ節郭清,微小乳頭癌の管理方針,に関する3項目に分けられ(図2),予後,合併症,腫瘍の進行,患者視点の健康状態(patient-reported outcomes:PRO),がアウトカムとして設定された。患者視点の健康状態とは,ガイドラインの最大目標である「患者の健康アウトカムを高めること」を達成するために設定されたアウトカムである[]。EBM(evidence-based medicine)において生命延長や合併症などの益,不利益に加え,生活の質(quality of life:QOL)の改善を加味した「価値に基づく医療(value-based medicine:VBM)」の考え方に由来する。

図1.

甲状腺乳頭癌の管理方針のフローチャート(文献より引用)

表1.

甲状腺乳頭癌のリスク分類(文献より引用)

図2.

甲状腺乳頭癌の手術治療方針に関わるCQ(文献より引用)

一方,ATAのガイドラインは1996年が初版であり,リスクを問わず全摘が標準術式とされてきた[]が,2015年版ではRisk-adapted managementの概念や本邦の論文も採用されるようになり,葉切除や微小乳頭癌の非切除・経過観察も選択されるようになった[]。他の海外のガイドラインもATAの改訂に伴って変更がされている(表2)[]。

表2.

2010年以降に公表された主な英語表記のガイドライン

2.乳頭癌の手術治療におけるJAES/JSTS(2018)と海外のガイドラインの比較

JAES/JSTS(2018)の手術治療に関する3項目に分けて,海外のガイドラインとの比較と採用された文献を解説する。

2-1.甲状腺切除範囲

各ガイドラインの概要と比較

甲状腺切除範囲は,葉切除VS全摘の構図をとる(表3)。RAIやTKIの導入には全摘が必須であり,亜全摘は,再手術時の補完全摘で副甲状腺機能低下症や反回神経損傷をきたすリスクがあることに加え,葉切除にまさる利点がなく,推奨されない。

表3.

ガイドラインで葉切除が推奨される条件の国際比較

日本では,2cm未満の低リスク症例では葉切除を推奨しているのに対し,海外では,微小乳頭癌で手術が選択された場合のみ,葉切除を推奨していることが多い(表4)。海外では,全摘が基本的に標準術式であり,低リスク症例では,RAIの必要性,乳頭癌の再発リスク,患者の意向,を考慮した全摘の必要性を検討した上,葉切除を選択してもよいとされた(表5)。その要因として,本来適応外である葉切除後のRAI症例が報告されていること,画像検査やTg,TSHに関連する術後管理方針に十分なエビデンスがないこと,が挙げられる[15]。

表4.

ガイドラインで葉切除の検討を推奨される条件の国際比較

表5.

甲状腺乳頭癌における葉切除の長所と短所

各ガイドラインで採用されたエビデンス

治療効果

SEER(the Surveillance, Epidemiology, and End Results)やNCDB(the National Cancer Data Base)の登録データを利用した後向き研究では,甲状腺切除範囲が再発や癌死と関連するかは明確でなく,T:1~4cmにおいて,観察期間中央値8年で全摘群と葉切除群の生存率に有意差なしとする報告[18]が引用された。しかし,ATAは,低リスク症例における再発予防効果についてはやや葉切除が劣る可能性はある[19]が,十分なエビデンスはない,とした。

日本においては,超低リスクから低リスク(T1N0M0)に対する非全摘手術の術後無再発リスク生存率は97%と報告されており[20],葉切除が推奨された。中高リスクを含む葉切除術,非全摘で治療された乳頭癌症例の長期の後ろ向き研究で,25年残存甲状腺,リンパ節,遠隔臓器の無再発率はそれぞれ,93.5%,90.6%,93.6%であり,生存率は10年99%,25年95.2%,であり,年齢,腫瘍径,リンパ節転移の径や節外浸潤が予後関連因子であった[2122]。

逆に,全摘術が良いとするエビデンスは高リスク症例においても示されていないが,高リスク症例は予後不良因子を有し,全摘術後のRAIや薬物療法を行う,あるいはそれらに備えるのが妥当である。

合併症

良性疾患を含めた報告では,high-volume centerでの術後合併症発生率は,全摘で14.5%,葉切除で7.6%,low-volume centerではそれぞれ,24.1%,11.8%と,high-volume centerにおいても全摘は葉切除の2倍の合併症発生率であると報告されている[23]。一方,乳頭癌の手術では,長期の反回神経麻痺,副甲状腺機能低下症の術後発生率は,全摘ではそれぞれ3%,2.6%,葉切除では1.9%,0.2%であるが,葉切除後に補完全摘が必要となる場合には,補完全摘による合併症リスクを考慮する必要があり,葉切除を選択する際には補完全摘の可能性も考慮すべきであると指摘されている[24]。

患者視点の健康状態

エビデンスはない。NCCNやBTAでは,甲状腺ホルモン補充療法を行えない,もしくは好まない症例での葉切除の選択や,再手術のリスク回避のための全摘の選択など,術式選択に患者個別の背景を考慮してもよいとしている。

2-2.リンパ節郭清範囲

予防的郭清の意義について,中央区域と外側区域に分けて解説する。

2-2-1.予防的中央区域郭清

各ガイドラインの概要と比較

予防的中央区域郭清の意義(表6)については,議論の余地がある。日本では,初回手術時の予防的中央区域郭清は,合併症が少ない,時間やコストの手間は少ない,再手術時の郭清は合併症のリスクが高い,という理由から,甲状腺切除範囲に合わせた中央区域郭清を行うことを推奨している。これに対し,海外では,低リスク症例における再発予防効果については,十分なエビデンスはないとし,予防的郭清は推奨されない(表7)。また,超音波検査で確認できない微小なリンパ節転移を病理学的に診断することについて,正確なStagingを行うことを可能にし,予後予測や術後治療,経過観察に有用となりうるという意見がある。一方,微小転移は再発リスクとは必ずしも直結せず,微小転移によるStagingは過剰なリスク評価をきたしうる[25]とし,術後のRAIの観点からみると,選択的使用の指標ともなり得るが,過剰使用のリスクも指摘されている。

表6.

甲状腺乳頭癌における予防的中央区域郭清の長所と短所

表7.

ガイドラインでの予防的リンパ節郭清に対する見解の国際比較

各ガイドラインで採用されたエビデンス

治療効果

Zhaoらによる17観察研究のレビュー[26]によると,全摘時の予防的中央区域郭清の有無と局所リンパ節再発率との間には関連があり,1人の再発を防ぐのに43人に郭清を行う必要がある(NNT:43)。5年間の経過観察のRCTでは,N0症例に対する有効性は乏しいとしている[27]。T3-4症例においては局所コントロールに予防的中央郭清は有効であり[28],ESMOでは,全摘時には予防的に郭清してもよいとしている。Maらのレビューでは,cN0症例における転移に関連する因子として45歳未満,男性,腫瘍径,脈管浸潤などが挙げられており[29],BTAは,リスク因子を有す症例に対して考慮しうるとしている。

合併症

予防的中央区域郭清は術後副甲状腺機能低下症に関連し,郭清により低カルシウム血症発症は一過性(28.7% vs. 17.5%)が9人に1人発症,永続性(4.1% vs. 2.3%)が50人に1人発症する[26]。反回神経麻痺のリスクについて危惧されているが,中央区域郭清と反回神経麻痺の関連はないと報告されている[2728]。

2-2-2.予防的外側区域郭清

各ガイドラインの概要と比較

海外の多くでは,予防的郭清は推奨されず,外側区域郭清は病理学的な確認をして行うことを推奨している。日本では,低リスク症例では推奨されず,中・高リスク症例におけるその他の予後因子や患者背景,意思を考慮のうえ予防的外側区域郭清を検討することを推奨している。BTAやGAESは,中央区域リンパ節の大きさや節外浸潤,甲状腺上極に局在する乳頭癌をリスク因子とし,予防的外側区域郭清を考慮してもよいとしている(表6)。

各ガイドラインで採用されたエビデンス

治療効果

低リスク症例では,予防的外側区域郭清の有無で,無再発率に有意差はなく,非常に高い(96~97%)[2030]。予防的郭清後のリンパ節再発の予後因子は,55歳以上,男性,高度の甲状腺外浸潤,腫瘍径3cm以上であり,術後10年のリンパ節無再発率は2因子を有すると88.5%,3因子以上では 64.7%であった[31]。予防的外側区域郭清を行わない場合,リンパ節無再発率は術後5年で97%,10年で91%,再発リンパ節はすべて外側区域に認め,リンパ節再発危険因子は,原発巣の腫瘍径が4cm以上,と,遠隔転移あり,であった[32]。予防的外側郭清は,リンパ節再発を低減させる可能性があるが,再発時の手術でサルベージでき,生命予後に影響を与えない可能性もある。

外側区域リンパ節転移との関連因子に関する報告があり,6個以上の中央区域リンパ節転移を有す症例のうち70%以上に,左右両側の外側区域リンパ節に転移を認めた[33],pN1症例の20%は中央区域に転移を有さず,外側区域にリンパ節転移を有し,この傾向は,原発巣が上極の症例に多く見られた[3435]。

合併症,および患者視点の健康状態

予防的外側区域郭清に伴う合併症として,乳糜漏(1%),一過性副神経・横隔神経麻痺(0.2%)が報告されている[31]。エビデンスはないが,癒着を原因とした術後愁訴も起こりうる。一方で,リンパ節再発は,ただちに生命予後には影響しないものの,再発という診断は患者に大きな心理的負担を及ぼす[36]ため,患者の背景,意思を考慮して検討する必要がある。

2-3.微小乳頭癌の管理方針

各ガイドラインの概要と比較

日本では,初版より転移や浸潤の徴候のない超低リスク乳頭癌患者が,十分な説明を受けたうえで非手術・経過観察を希望する場合には,適切な診療体制のもとで行うことを推奨している。ATAでも2015年から,多くの海外のガイドラインもこれに倣い,非切除・経過観察を検討されるようになった。ただし,日本や韓国では,5mmを超える悪性所見を伴う充実性結節に対して細胞診を行うことを推奨している[37]のに対し,欧米では微小癌を疑う結節に対する細胞診は消極的である[]。

各ガイドラインで採用されたエビデンス

本邦の2施設より非手術・経過観察の前向き研究が報告され,非手術・経過観察で進行を認める症例は10%未満であり,経過観察後に手術となっても安全や予後が損なわれることはない。

超低リスク乳頭癌(T1aN0M0)で非切除・経過観察した症例では,腫瘍増大(≥3mm),リンパ節転移出現,臨床的進行(腫瘍径≥12mmまたはリンパ節転移)をきたす患者割合は,10年で8.0%,3.8%,6.8%と推定され,若年者ほど増大しやすく,腫瘍が増大するリスクは,若年者ほど高く(生涯の疾患進行確率は,40歳未満で37%~60%,60歳以上で10%未満),高齢者が最も非手術・経過観察に適していた[3839]。結節単位で見ても同様に10年で7.3%の腫瘍増大(≥3mm)が見られ,平均6.3カ月の経過観察期間内でリンパ節転移が出現した症例は1%であった[40]。

1年以上経過観察を経たのち手術を受けた症例は,1,179例中94例(意思変更54%,腫瘍増大29%,リンパ節転移6%)であり,合併症は,声帯麻痺は一過性7.4%,永続性0%,副甲状腺機能低下症は一過性35%,永続性1%であり,予後としては観察期間中央値47カ月で術後頸部再発を1例に認めた。同時期に即時手術を施行した974例のうち5例で術後頸部再発あるいは残存甲状腺再発を認めた。いずれも癌死はなかった[41]。非手術・経過観察後手術を受けた16例の報告では手術合併症や再発,癌死は認めなかった[42]。

観察研究の除外基準は,明らかな腺外進展/リンパ節転移/遠隔転移,気管や食道,反回神経に近接した腫瘍であり,USやCTを用いて術前評価がされている[43]。

患者視点の健康状態

非手術・経過観察を選択する場合には,進行を疑う所見があれば手術が必要となる可能性や,極めて低い確率であるが遠隔転移の出現や未分化転化などのリスクがあることを十分説明し,患者自身の自由意志による選択を求める必要がある。そのうえで,年1~2回の定期的なUSでの慎重な経過観察が必要である。

おわりに

EBMと治療の標準化を目指し,患者の健康アウトカムを高めることを目的とした,日本のガイドラインは,日本からエビデンスを発信してきた先生方や甲状腺診療ガイドラインを制作,編集された先生方の成果により,日本の診療のみならず,世界の甲状腺診療に影響を与えた。risk-adapted managementの概念により,海外との溝は埋まりつつあると言える。しかし,甲状腺乳頭癌は予後良好な症例が多く,また,背景的な違いによって術式や術後の管理方針が異なり,質の高いエビデンスを発信するために,私たちは長期に多くの症例データを集める必要がある。甲状腺診療に関わる医師全員が,All Japan, One Teamの意識をもって,データベースを作成し,検証することが重要である。

【文 献】
 

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