Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
Online ISSN : 2758-8777
Print ISSN : 2186-9545
A case of mediastinal goiter that could retrospectively follow the growth process
Tomoyasu TachibanaYorihisa OritaTakenori HarunaYasutoshi KomatsubaraYuto NaoiHiroyuki TaoHisao MizutaniKazunori Nishizaki
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2019 Volume 36 Issue 4 Pages 250-254

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抄録

今回われわれは縦隔内甲状腺腫症例において,過去の画像所見から腫瘍の増大過程を確認し得たので経過および治療について報告する。症例は72歳,女性。近医内科の胸部単純写真にて縦隔に異常陰影を認めたため,当科を紹介され受診した。同院では胸部単純写真を11年前に,また8年前からは年に1回撮影していた。画像所見上,11年前気管の偏位はわずかであったが,縦隔の腫瘤影は徐々に気管分岐部付近まで下降した後,側方への増大を認めた。CTでは甲状腺右葉から縦隔へと進展する境界明瞭な腫瘤影の下端は気管後方,大動脈弓下端レベルまで及んでいた。術中,腫瘍を縦隔側から頸部側へ脱転することにより頸部アプローチのみで摘出することができた。術後反回神経麻痺は認めなかった。頸部アプローチにおいては腫瘍下方の盲目的剝離を要するため,下方への増大傾向を示す縦隔内甲状腺腫は手術を検討する必要があると考えた。

はじめに

縦隔内甲状腺腫は一定の定義や名称が存在しないが,甲状腺とは完全に独立して胸郭内に存在し,栄養血管が胸腔内の血管由来であるものをprimary intrathoracic goiter,甲状腺と実質的つながりがあり栄養血管が頸部の甲状腺動脈由来であるものをsecondary intrathoracic goiterとする分類が一般的になりつつある[]。

縦隔内甲状腺腫の手術適応に一定の見解はないが,増大傾向により手術の侵襲が高くなると考えられる場合が手術適応のひとつとして挙げられる[]。われわれの渉猟し得た限りでは,これまでに縦隔内甲状腺腫の増大様式に関する詳細な報告はない。今回われわれは過去の画像所見から縦隔内甲状腺腫の進展様式を確認することができたので,本症例の経過および治療について若干の文献的考察を加えて報告する。

症例と方法

患 者:72歳,女性。

主 訴:縦隔異常陰影

既往歴:高血圧,脂質異常症

現病歴:健診の胸部単純写真で縦隔の異常陰影を指摘されたため近医内科より精査を目的に当院内科を紹介され受診した。CTにて甲状腺腫瘍の可能性を指摘されたため,当科を受診となった。

臨床所見:問診したところ,5年以上前より年に数回,食べたものが鳩尾付近につかえる感じを自覚していた。喉頭内視鏡検査にて,声帯麻痺は認めず咽喉頭に明らかな異常は認めなかった。血液検査所見はTSH 1.10µIU/ml(正常範囲0.34~3.88µIU/ml),Free T4 1.20ng/dl(0.95~1.74ng/dl),血中サイログロブリン(Tg)値 343ng/ml(33.7ng/ml以下),抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体 9IU/ml(16IU/ml以下),抗Tg抗体 162IU/ml(28IU/ml以下)であった。

画像検査:近医では胸部単純写真を11年前に,また8年前からは年に1回撮影していた。画像所見上,11年前気管の偏位はわずかで,脊椎の彎曲による変化の可能性を考えられていた。その後,縦隔の腫瘤影は徐々に気管分岐部付近まで下降した後,側方への増大を認めた(図1)。

図1.

近医で施行された胸部単純写真

縦隔の異常陰影は11年前より徐々に下方へ進展し,その後側方へも拡大した。

頸部超音波検査にて,甲状腺右葉に境界明瞭で内部不均一の腫瘤影が存在し,縦隔内に進展しているため腫瘤の下端は描出できなかった。頸部に病的なリンパ節の腫大を認めなかった。甲状腺右葉の病変に関して穿刺吸引細胞診を施行したところ,血液成分やコロイドを背景に,核の大小不同の軽微な異型を伴った濾胞上皮細胞がシート状集塊で少量出現していた。悪性を示唆する所見は認めなかった。

当院内科で施行された上肢挙上位のCTでは,甲状腺右葉から縦隔へと進展する長径7cmを超える腫瘤影を認め,腫瘤の下端は大動脈弓下端レベル,気管後方の後縦隔まで及んでいた。腫瘍に接する気管は左方へ偏位していた。腫瘤の境界は明瞭で,周囲組織への浸潤を疑う所見は認めなかった(図2)。

図2.

術前の頸部CT(A,B.水平断 C.冠状断)

甲状腺右葉から縦隔へと進展する長径7cmを超える境界明瞭な腫瘤影を認め,腫瘤の下端は大動脈弓下端レベル,気管後方まで及んでいた(矢印)。

治療経過:CT,超音波検査および細胞診の所見より縦隔内甲状腺腫を疑った。術前に呼吸器外科と協議し,頸部アプローチで腫瘍の剝離操作が難しい場合には術中仰臥位から左側臥位に体位変換して胸腔鏡操作,また止血困難の場合には胸骨正中切開を追加して縦隔の操作を行う予定とした。追加術式の内容および手技に伴う合併症については,呼吸器外科で患者に説明された。

気管内チューブは術中胸腔鏡操作への移行を考慮して分離肺換気対応のダブルルーメンチューブを用いた。手術は鎖骨上1.5横指,7cmの襟状切開を置き,頸部アプローチを開始した。まず胸鎖乳突筋前縁を剝離し,前頸筋は切断し翻転した。上甲状腺動脈を処理して甲状腺右葉上極を輪状軟骨上方まで遊離した後,腫瘍被膜から離れないように右葉腫瘍の外側を周囲組織から剝離した。この時点では縦隔に進展する腫瘍のため右葉を反対側へ翻転させることができず反回神経は同定できなかった。峡部を切断し,峡部側より甲状腺右葉背面を気管から剝離し可動性が増した状態で,縦隔内の腫瘍を反回神経と大血管に注意して周囲組織より用手的に鈍的剝離したところ,鎖骨間靭帯を切離することなく縦隔から頸部側へと脱転することができた。その後,腫瘍と共に右葉を腹側内方へ牽引することにより反回神経を明視できた。反回神経と交差する下甲状腺動脈を処理し,甲状腺右葉とともに腫瘍を摘出した。手術時間は114分,術中出血量は30mlであった。

摘出標本:腫瘍の長径は72mmであった。腫瘍割面は内部で変性を伴う淡紅色結節が形成されていた(図3)。病理組織所見上,結節は線維性被膜の形成はなく,大小の濾胞の増生や出血,ヘモジデリンの沈着など二次的変化も加わっていた。腺腫様甲状腺腫の所見であった。

図3.

摘出標本

腫瘍の長径は72mmで,腫瘍割面は内部で変性を伴う淡紅色結節が形成されていた。

術後の経過

:術後の経過は良好で,反回神経麻痺,縦隔炎,および気管狭窄などの合併症は認めなかった。術後2週間の血液検査所見はTSH 4.23µIU/ml,Free T4 1.18ng/dlであった。現在外来にて経過観察中である。

考 察

頸部甲状腺と連続性をもつ縦隔内甲状腺腫の多くは機械的懸垂下降説に基づいた発生であり,頸部諸筋の抵抗のため胸腔内の陰圧と重力に影響を受けながら最も抵抗が少ない縦隔内へ下降進展していくと考えられている[]。解剖学的に左側に大動脈弓があるため,右側が多くなるとの報告がみられる[]。縦隔内甲状腺腫の増大過程について,われわれの渉猟し得た限りでは,経時的な画像評価が行われた報告はない。本症例は近医にて定期的に胸部単純写真が施行されていたため,経時的な変化を後ろ向きに観察することができた。本症例の増大過程は,これまで考えられてきた機械的懸垂下降説を支持する変化を呈した。また,下降した後には側方へと拡大していく変化が観察された。

縦隔内甲状腺腫の手術適応は,無症状であっても大血管と接している,もしくは気管・食道の圧排・偏位がみられる場合など,今後病変が増大した際に手術の危険性が現状よりも高くなると考えられる場合は手術適応のひとつと考えられている[,]。良性であっても腫瘤がある程度増大した場合は,上大静脈や腕頭静脈の血管壁は非常に薄く容易に圧排されるため,静脈血栓症の発症も十分にありうる[]。本症例において気管は腫瘍と広く接し左方への偏位がみられた。また年に数回ではあるが,食事の際のつかえ感があり腫瘍による食道圧排に伴う症状の可能性が考えられた。過去の報告では,縦隔内甲状腺腫の手術は早期であれば合併症の頻度も少ないため,無症状であっても積極的な切除が考慮されている[]。頸部アプローチにおいては腫瘍下方の盲目的剝離を要するため,本症例のように下方への増大傾向を示す縦隔内甲状腺腫は手術を検討する必要があると考えた。

縦隔内甲状腺腫の術式については,頸部アプローチのみで摘出を試みるべきとの報告が多い[11]。腫瘍径が5cmを超える場合や腫瘍下端が第3胸椎を超え,大動脈弓や奇静脈弓にまで達する場合は胸腔内操作が盲目的となる[12]。しかし,孤立性に腫瘍が縦隔に存在する異所性甲状腺腫を除いて,甲状腺と連続性をもつ縦隔内甲状腺腫は頸部から血管が流入・流出するため,頸部で血管を処理すれば縦隔内は用手的に剝離しても血管損傷はなく,その深さ・大きさに関わらず腫瘍を頸部に引き出すことは可能とされている[10]。最深部が気管分岐部に達している症例でも頸部からの操作のみで切除可能であったとの報告もみられる[11]。一方で,縦隔領域の処理に胸骨切開や胸腔鏡操作を要した症例も散見される[,1315]。縦隔は一般的に気管より前方を前縦隔,気管より後方を後縦隔,気管分岐部より上方が上縦隔,下方が下縦隔と区分されている[16]。縦隔内甲状腺において,後縦隔への進展は胸骨切開を必要とする要因の一つとして挙げられている[17]。後縦隔へ進展した縦隔甲状腺腫に対して頸部アプローチで摘出を試みたが,甲状腺腫を頸部へ引き上げてくることができなかったため,胸骨正中切開を施行した報告もみられる[13]。本症例では腫瘍は気管後方の後縦隔にまで及んでいたが,縦隔以外の操作を先行し腫瘍の可動性を増すことによって縦隔側に入り込んだ腫瘍を頸部側に脱転し,頸部アプローチのみで摘出し得た。なお,今回上肢挙上位のCTでは腫瘤の下端は大動脈弓下端レベルまで及んでいるが,上肢を体側に下げて頸部進展位をとることで甲状腺の位置は上方に移動するため,下方進展の画像評価については留意すべきと考えた。過去の報告[]にもあるように,手術アプローチに関しては,特に基準は設けず胸骨切開の準備の上で頸部からのアプローチで手術を開始し,術中所見で処置を追加し対処することが適切と考えられた。また,解剖学的な要因以外に,高度肥満症例では皮下脂肪が厚く,頸部襟状切開のみの切開創では縦隔内の観察,用手剝離に関して非常に安全性がとりにくいため注意が必要である[14]。

頸部アプローチで摘出が可能と判断しても,縦隔内での出血や止血が困難であった場合,縦隔内での剝離・摘出が困難であった場合を考え,腫瘍が左葉に存在し大動脈弓に接するような症例で大血管の操作が必要になる可能性がある場合は心臓血管外科へ,それ以外は呼吸器外科へ術中バックアップの依頼の必要性が報告されている[]。本症例においても,頸部アプローチのみで摘出できない場合を考慮し,呼吸器外科と術式および術中の対応を協議した。具体的には,頸部アプローチのみで縦隔の剝離操作が難しい場合には胸腔鏡操作,止血困難の場合には胸骨正中切開を追加することを計画した。また胸腔鏡操作に移行する可能性を念頭に置いて,分離肺換気対応のダブルルーメンチューブの使用,術中の体位変換の必要性を確認した。胸腔鏡下手術は胸骨正中切開と比較して出血に対する処置に難点はあるが,明瞭な被膜をもつ縦隔腫瘤に対しては栄養血管を十分に評価した上で,低侵襲である胸腔鏡下手術が優先されるアプローチと報告されている[15]。胸骨正中切開の付加により手術創が大きくなるという美容上の欠点も指摘されている[]。本症例においては頸部アプローチのみで腫瘍を摘出することができたが,縦隔内甲状腺腫の切除においては,予期せぬ縦隔操作時の剝離困難や出血に備えて,呼吸器外科もしくは心血管外科との連携は不可欠と思われた。また術前には,追加し得る術式およびそれによる合併症に関して患者への説明も必要と考えた。

おわりに

本症例は術前に呼吸器外科と協議し,胸腔鏡もしくは胸骨切開による縦隔操作の追加を想定した上で,縦隔内甲状腺腫の手術を試み頸部アプローチのみで摘出し得た。縦隔内甲状腺腫の明確な手術適応はないが,頸部アプローチにおいては腫瘍下方の盲目的剝離を要するため,下方への増大傾向を示す縦隔内甲状腺腫は手術を検討する必要があると考えた。

謝 辞

本症例報告は,第52回日本内分泌外科学会学術大会にて発表を行った。

【文 献】
 

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