Official Journal of the Japan Association of Endocrine Surgeons and the Japanese Society of Thyroid Surgery
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Print ISSN : 2186-9545
Precision medicine in breast cancer
Makoto KuboMasafumi Nakamura
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2020 Volume 37 Issue 2 Pages 115-121

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抄録

2019年6月ふたつのがん遺伝子パネル検査が保険適応となり,がんゲノム医療precision oncologyが臨床の現場に導入されて1年が過ぎようとしている。急ピッチで整備してきた検査システムは,がんゲノム外来(相談)の設置,適正な検体・情報管理,エキスパートパネルの整備,二次的所見に対する遺伝カウンセリングなどようやく形が整いつつある。この間にわかってきたことは,いずれのパネルも多数のがん関連遺伝子を包括的に解析するが,特徴は異なっており,目的に応じた使用が必要であるという点,今後は治療へのアクセスと人材の育成が重要であるという点である。特に,乳癌領域においては,今後も遺伝子変異をターゲットとする治療薬が増え,コンパニオン診断としてパネル検査の役割も大きくなると予想されるため,パネル検査のバージョンアップや検査時期・対象の見直しなど,不断の取組みが必要であると思われる。

はじめに

21世紀に入って間もなくヒトゲノム計画が完了し,その後次世代シークエンサー(NGS)を用いたゲノム情報解析は飛躍的な進歩を遂げより速くより安価になり,医療分野への応用が可能となった。2015年1月米国では,オバマ大統領(当時)の一般教書演説においてPrecision Medicine Initiativeへの取り組みが発表され,100万人以上のボランティアからなるコホート設立を含め,より効果の高い治療を目指す個別化医療への加速を印象づけた。英国では,2013年から5カ年計画として約10万人を対象に,がん,希少疾患などについてのゲノム情報の解析・研究を開始している[]。この流れを受け,我が国では2015年ゲノム医療実現推進協議会,ゲノム情報を用いた医療などの実用化推進タスクフォースが設置され,2018年3月がんゲノム医療中核拠点病院を全国11カ所(2020年4月より12カ所)指定し,がんゲノム医療連携病院156カ所が公表されるに至った[]。2019年6月より2つの遺伝子パネル検査が保険収載され,9月には拠点病院34カ所が指定されてがんゲノム医療の均てん化が図られている[]。現在,検査を確実に行う段階から,遺伝子変異解析データを吟味しその情報に基づいた治療,データの蓄積による研究・創薬の実現へ向けた取組みの段階へと進んでおり,遺伝子変異情報の一層の理解が求められている。

1.保険収載された2つの遺伝子パネル検査

2019年6月OncoGuideTM NCCオンコパネルシステム(NCCオンコパネル,理研ジェネシス/シスメックス(株))[]とFoundationOne®CDx(F1CDx,Foudation Medicine, Inc.[FMI]/中外製薬(株))[]の2つの遺伝子パネル検査が保険収載された。同一の保険点数で,同一の目的を担っているが,特徴は細部に渡りかなり異なっている(表1)。解析遺伝子数はNCCオンコパネルが114,F1CDxは324,NCCオンコパネルでは血液からマッチドペアのためのコントロール,また生殖細胞系列(13遺伝子)の解析が可能である。腫瘍遺伝子変異量(TMB)は両者で解析できるが,マイクロサテライト不安定性(MSI)はF1CDxでしか解析できない。最も重要なアノテーション(臨床的意義付け)は,NCCオンコパネルが理研ジェネシス,F1CDxはFMI,同意が得られればがんゲノム情報管理センター(C-CAT)が担っている。F1CDxは米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けたコンパニオン診断薬であり,乳癌に関してはHER2遺伝子増幅に対するトラスツズマブ,NTRK融合遺伝子に対するエヌトレクチニブ,MSI-highに対するペンブロリズマブの適応を診断できる。遺伝子パネル検査で診断がついた際には,エキスパートパネルが推奨するのであれば再度既存のコンパニオン診断薬で確認する必要のないことが示されている[]。

表1.

がんゲノムパネル検査の比較

ふたつの遺伝子パネル検査の対象遺伝子を示す(表2)。塩基置換,挿入/欠失およびコピー数異常を解析対象としている遺伝子はNCCオンコパネルが114,F1CDxは309,共通は102遺伝子である。融合遺伝子を解析対象としている遺伝子はNCCオンコパネルが12,F1CDxは36,共通は9遺伝子である。NCCオンコパネルでは遺伝性腫瘍の原因遺伝子13(APCBRCA1BRCA2MLH1MSH2PTENRB1RETSMAD4STK11TP53TSC1VHL)の変異情報が得られる。F1CDxでのみ解析される10遺伝子(MEN1MSH6MUTYHNF2PMS2SDHBSDHCSDNDTSC2WT1)と合せ,これら23遺伝子は米国臨床遺伝・ゲノム学会(ACMG)で二次的所見が得られた際に開示が推奨されている[]。その他,NCCNガイドライン[]で遺伝性乳癌に関連のある遺伝子とされるATMBARD1CHECK2PALB2はいずれのパネルでも共通して,CDH1NBNはF1CDxのみで解析される。遺伝子アレル頻度(VAF)は,現在どちらのパネル検査でも得ることができる。

表2.

NCCオンコパネルとF1CDxの対象遺伝子

2.九州大学病院の取組み

当院では,保険診療に先駆けて臨床研究を行った(ヒトゲノム・遺伝子解析研究倫理審査委員会承認:758-00)。F1CDxを用いて乳癌115サンプル(他癌腫96サンプル)を解析した結果,乳癌におけるシークエンス成功率は94.8%(109/115サンプル)と高率であった。これまでのがん遺伝子パネル検査で最も母数の多いメモリアル・スロンケタリングがんセンターのMSK-IMPACTを用いた研究では,シークエンス成功率は86%(10,945/12,670サンプル)で,3%が腫瘍量不足,6%はDNA抽出不適正であったと報告されている[]。したがって,適切なサンプル選びや腫瘍含有率の判断など病理医や検査技師の目利きは極めて重要である。当院でのシークエンスの不成功6例から,「小さい」「古い」はリスクが高いことがわかる(表3)。F1CDxは,25mm2×4μm×10枚以上の腫瘍量で腫瘍含有率30%以上を最適としている。3学会合同ガイダンスでは,再発部位からの再生検が困難な場合,保存された古いホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)サンプルを使用することも許容されるとあり[10],保険上も問題は生じない[]。しかしながら,日本病理学会は,NGSによるパネル検査を適正に行うために,サンプルは切除後速やかに(4度冷却後1時間以内に)固定を行うこと,固定には中性緩衝ホルマリン溶液を使うこと,固定は6~48時間とすること,FFPE作製後3年以内に使用することを推奨している[11]。しかし,こうした一連の作業を同じクオリティで継続して医師だけが担うには限界がある。検査の意義,検体の取扱いに習熟した検査技師,病理技師の育成・配置が急務である。また,検査を前提とした再発病変の生検が増加する可能性もある。例えば複数の脳転移を切除するなど,治療と離れた行為にならないよう慎重な運用を忘れないことも重要であろう。

表3.

シークエンス不成功例(5.2%,6/115サンプル)

3.がんゲノムプロファイリング

遺伝子パネル検査は,コンパニオン診断の機能とともに,遺伝子変異をプロファイリングし,有効なバイオマーカーの検索およびその治療薬,臨床試験情報を提供することが主たる目的である。6月の保険収載以来,保険診療における遺伝子パネル検査の実施件数は順調に増加してきている[12](図1)。この実態把握調査では,遺伝子パネル検査が治療に結びついた割合は,10.9%(88/805人)と報告されている。当院でのF1CDxによる進行再発乳癌109例の解析では,MSI-highは1例,TMB-high(>20 mutations/Mb)は3例,TMB-intermediate(6~20 mutations/Mb)は35例という結果であった。乳癌では,MSI-highの頻度は1%前後と比較的稀とされており,遺伝子パネル検査によるコンパニオン診断は,包括的であることから時間やサンプルの浪費を避けるため非常に重要であると思われる。TMBをサブタイプ別に見ると,高い順にLuminal B>トリプルネガティブ>HER2>Luminal Aであった。トリプルネガティブ乳癌のPD-L1陽性例に対してPD-L1抗体による免疫チェックポイント阻害薬の使用が始まったが,将来的にTMBがバイオマーカーになると,別の集団が治療対象になると期待される。Actionableな変異として,約50%の症例にTP53遺伝子変異,約40%にPIK3CA遺伝子変異を認めた。また,ERBB2RAD21MYCには,それぞれ20%以上の頻度で遺伝子増幅を認めた。乳癌においては,FDAがバイオマーカーと適応薬剤をともに承認しているのは,ERBB2遺伝子増幅に対するトラスツズマブなど抗HER2薬,NTRK1/2/3遺伝子融合に対するエヌトレクチニブ,MSI-highに対するペンブロリズマブ,PIK3CA遺伝子変異に対するフルベストラント+アロペリシブ(日本未承認)となり,他の癌腫に比べDrugableな情報が多いと言える。ただし,本邦では「標準治療がないもしくは終わった」状況でのパネル検査が診療報酬算定要件として求められているため,検査時には適応のある薬剤はすでに使用されている可能性が高く,治療選択や治療順序を考慮できないばかりか,検査結果が本人存命のうちに手元へ届かない,治療に役立てられないという事態も起こり得る。米国,豪州,韓国では,StageⅣであれば最初から保険診療で検査を施行することができる[13]。さらに,米国ではStageⅢでも検査が認められ,再発した際には再度検査可能である。治療や創薬のためのデータ収集の観点からも,進行癌の初期治療または再発早期に検査を施行し,時間をかけて治療選択ができるよう方針を転換していく必要がある。

図1.

保険診療における遺伝子パネル検査実施件数の推移

4.アノテーションとキュレーション

遺伝子パネル検査で得られたがんゲノムプロファイリング結果の臨床的意義付け(アノテーション)は,解析担当の企業と同意が得られればC-CATが行うが,エキスパートパネルを経てはじめて臨床上有用な情報となる。そのため,抽出した情報を整理すること(キュレーション)に関してエキスパートパネルが果たす役割は重要である。当院では,事前にレポートの原案を作成して,当日Web会議で連携病院とつないで審議を行う。構成メンバーは,がん薬物療法,病理学,遺伝医学,遺伝カウンセリング,分子遺伝学・がんゲノム,バイオインフォマティックスの各部門から専門家を集めている。密集,多人数の会議が開催しにくい状況であっても,この最小単位は維持するようにしている。

MSK-IMPACTを用いた研究成果は,OncoKBウェブサイトとして一般に公開されている[14]。現在日本でも自費診療として同検査を行うことは可能であるが,その結果を同サイトに登録しアノテーションに関する情報を取得することが可能になる。OncoKBのエビデンスレベルに基づいた遺伝子変異と適応となる薬剤を,乳癌と固形癌に限って示す(表4)。OncoKBのエビデンスレベル1は,FDAがバイオマーカーとして遺伝子変異とその適応となる薬剤をともに承認しているもので,先にも議論したERBB2遺伝子増幅,NTRK1/2/3遺伝子融合,MSI-high,PIK3CA遺伝子変異である。レベル2では,BRCA1/2遺伝子変異がStandard careの対象として上がっているが,BRCA1/2体細胞変異に対するオラパリブ使用に関しては日本では適応がない。当院でのF1CDxによる進行再発乳癌109例の解析では,3例に生殖細胞系列に変異がないものの体細胞にoncogenicな変異が認められた。こうしたケースでオラパリブが使用できる環境を本部でも整えることが重要であろう。レベル3では,ESR1遺伝子変異はアロマターゼ阻害薬抵抗性ということでフルベストラントが上げられている。日本でも臨床的に応用することが可能である。また,ERBB2遺伝子変異に対しネラチニブが上がっているが,FDAはExteNET試験(NCT00878709)に基づき2017年7月17日HER2陽性早期乳癌に延長補助療法として,NALA試験(NCT01808573)に基づき2020年2月25日転移再発乳癌に対しネラチニブをカペシタビンとの併用で承認した。ERBB2遺伝子変異は,HER2陰性に多いとされ,wild typeに比べ予後不良である。当院でのF1CDxによる進行再発乳癌109例の解析では,5症例にERBB2遺伝子変異を認めた。既存のHER2テストでは拾うことができず,包括的な遺伝子解析が威力を発揮する可能性がある。しかし,HER2陽性乳癌に対して,FDAはDESTINY-Breast01 試験(NCT03248492)に基づき2019年12月20日トラスツズマブ-デルクステカン(DS-8201)を承認しており,既存のHER2テストがコンパニオン診断となる。さらに,HER2低発現に対するDESTINY-Breast04試験(NCT03734029)も進行中であり,しばらくは両者を併用することになる。日本におけるエビデンスレベルは,改訂中である3学会の基準とC-CATがレポートに採用している基準とがあり比較を示す(表5)。国内での受け皿試験(BELIEVE trial)には,エビデンスレベルA~Cの一部が適応となる予定である。主体は,FDAで承認さているもしくはガイドラインに記載されているが国内承認のない場合と他癌腫では有用性が示されている場合となるが,最終的にはエキスパートパネルでの判断となる。

表4.

OncoKBのエビデンスレベルに基づいた遺伝子変異と適応となる薬剤(乳癌・固形癌に限る)

表5.

日本におけるエビデンスレベル

5.二次的所見

多遺伝子パネル検査によって遺伝性腫瘍の原因遺伝子にgermlineに病的変異が疑われるケースがあり,「二次的所見Secondary findings」と呼ばれる。しかしながら,遺伝性に腫瘍を発症する原因遺伝子の変異はoncogenicであることが多く,パネル検査ではそれらの遺伝子を意図して解析していることから正確には「二次的」とは言えない。最近では,「Germline findings」と表現されることもあり,今後は被験者の理解のためにも用語の工夫が必要である。したがって,遺伝子パネル検査を実施する際には,転移・再発癌を抱えているという特殊な事情に配慮しつつ,検査前に被験者への十分な説明が欠かせない。できれば家族に同席してもらい,共通の理解と家族での話合いが必要である。

二次的所見として開示対象となる遺伝子については,前出のACMGによる59遺伝子[]が参考となるが,遺伝性腫瘍に関連するのは17疾患25遺伝子で,そのうち23遺伝子はふたつの遺伝子パネル検査に搭載されている。中には,病的意義不明(VUS)として報告されるケースがあり,再評価を要することがある。BRCA1/2遺伝子の生殖細胞系列での変異情報は治療に直接結びつくため,特に注意が必要である。さらに,開示対象遺伝子に病的変異を認めたとき,生殖細胞系列ではどの程度の頻度で病的変異を認めるか,知っておく必要がある。欧州臨床腫瘍学会Precision Medicine Working Group(ESMO-PMWG)は,MSK-IMPACTを用いて解析したMSK databaseを用いて,腫瘍細胞のみを対象とした遺伝子パネル検査における二次的所見が生殖細胞系列検査で見出される頻度について示している[15]。例えば,BRCA1/2ではがん細胞での病的変異を生殖細胞系列で認める確率は約80%であるが,TP53では約1%である。しかし,TP53でも30歳未満で関連腫瘍に限ると約12%(7/59)と頻度が増加する。ESMO-PMWGは二次的所見の確認として生殖細胞系列の遺伝学的検査を推奨する遺伝子を発症年齢と癌腫に注目して示している(表6)。日本でも研究が進み,開示すべき二次的所見を推奨度別に提示し[16],その推奨度に応じた生殖細胞系列の確認検査に関する運用指針アルゴリズムも作成されている[17]。それらを利用しながら,がん遺伝子パネル検査の結果を大切に余すことなく享受することが重要であると考える。

表6.

がん遺伝子パネル検査における二次的所見の確認として生殖細胞系列の遺伝学的検査を推奨する遺伝子

おわりに

遺伝子パネル検査を用いたがんゲノム医療は,がんゲノム医療中核拠点病院とその連携病院を中心に検査実施体制が整備され,2019年6月保険収載されたことで,我が国はようやくスタート地点に立った。検査実績も着実に伸びているが,オーダー・登録の負担,エキスパートパネルの負担,コーディネーター,遺伝カウンセラー,バイオインフォマティクス専門家の不足は深刻である。今後の課題は,人材育成,検査結果による治療へのアクセス率向上を目指した医療改革とデータの蓄積・活用による研究プロジェクトの立ち上げは急務である。医療における国家プロジェクトのひとつとして,被検者とその家族へ検査のベネフィットを最大限に提供する工夫が必要である。

【文 献】
 

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