2020 Volume 37 Issue 2 Pages 89-91
転移性甲状腺癌に対する放射性ヨウ素内用療法は現在では一般的な治療となった。しかし,治療自体はよく知られていてもどのような因子が治療の成否に関わっているか考える機会は少ないのではないかと考える。そこで転移発生部位による放射性ヨウ素内用療法の治療効果について論じるとともに,治療に関わる因子について解説し,理論と実態の矛盾点を論じることとする。
そもそも放射線に対する腫瘍の感受性とは,各腫瘍細胞に対して使うものである。もちろん,各細胞の放射線に対する感受性を事前に評価することなど不可能であり,放射線を照射した結果から放射線に対する感受性を評価することが一般的である。内照射治療では,外照射治療と異なり,どの程度の放射線が実際に照射されたかを測定することは困難であり,感受性の評価は更に困難となるため,放射性ヨウ素内用療法における転移部位別の感受性を評価することは極めて難しいといえる。この様に“感受性”を評価することは困難であるため,“感受性”より評価しやすい“治療効果”として話を進めていくこととする。
放射性ヨウ素を用いた転移性分化型甲状腺癌の治療効果を考えるとき,病変への放射性ヨウ素の集積の有無が治療効果の指標として議論されることが一般的である。これは悪性細胞に放射線が照射されることにより悪性細胞に障害を与えることが治療効果に直結するためである。もちろん,より厳密に考えるならば,各悪性細胞の放射線感受性も治療効果に直結する因子ではあるが,前述のとおり放射線感受性の評価は困難であり,基本的にはこの因子を考慮に入れることはない。したがって,病変への放射性ヨウ素の集積のみが治療効果の議論の対象となり得る。
それではどのような因子が病変への放射性ヨウ素の集積に影響を与えているのであろうか。まず,内的因子として最も影響が大きいものはNa+/I- sympoter(NIS)といっても過言ではないであろう。甲状腺の場合,細胞へのヨウ素の取り込みは細胞膜のNISによって行われている。甲状腺の悪性細胞,特にBRAFV600E変異を有している場合,このNISの発現が抑制されることがあり,放射性ヨウ素の集積に負の影響を与える。もちろん,このほかにも内的因子は存在しているが,NISの発現が完全に抑制されてしまうと,ほかの内的因子がどうであれ,治療効果を得ることはできない。外的因子にも複数のものが存在しているが,そのうちで最も影響が大きいものとしては,治療の前処置としてのヨウ素制限の程度であろう。ただし,ヨウ素制限の場合,充分な制限を行わないと放射性ヨウ素の集積には負の影響を与えるものの,充分な制限を行ったからといって放射性ヨウ素の集積に能動的に作用するわけではない。
分化型甲状腺癌の遠隔転移は肺への転移が最も頻度が高く,次いで骨への転移である。これらの転移に対し放射性ヨウ素内用療法が施行されるが,治療効果も頻度と同様に肺転移が最も高く,次いで骨転移であることはよく知られている。また,リンパ節転移に関しては,放射性ヨウ素内用療法による治療効果は,一部の例外を除いて,ほとんどないことがよく知られている。ただ,ここまで解説してきた治療効果に関わる因子だけではそれぞれの転移部位の違いによる治療効果の差異を説明することは困難である。
まず,外的因子については,ヨウ素制限以外にも複数の要因があるのは事実であるが,基本的には全身的に作用するものであることが多く,たとえ個々による違いが生じたとしても母集団が充分に大きければ,その差は相殺されるはずである。このため外的因子によって転移部位による差異は生じ得ない。そうすると,転移部位によって生じる差異は内的因子によるところになる。内的因子については,細胞レベルで生じるNISの発現についてのみ解説したが,これはNISの発現の有無が極めて大きな影響を与えるからである。しかし,転移部位の違いによってNISの発現に著しい差が生じてしまうことは不自然である。それではいったいどのような内的因子が転移部位の違いによる治療効果の差異を生じさせるのであろうか。
放射性ヨウ素内用療法では,内服投与された放射性ヨウ素が主に胃から吸収され,血液に移行し,血流に乗って全身へと分布する。つまり,血流量の多い部分には放射性ヨウ素が多く到達し,血流量の少ない部分にはそれほど多く到達しないことになる。細胞そのものにヨウ素を取り込むかどうかはNISの発現の有無あるいはその程度によるところであるが,充分な量の放射性ヨウ素がその細胞までたどり着かなければ,そもそも治療効果を得られることは難しいことになる。当然であるが,細胞に取り込まれなかった薬剤は速やかに体外に排出される。したがって,他の薬物療法と同様に血流動態は内的因子となりうるわけであり,理論上,血流の多い病変の方が放射性ヨウ素内用療法の恩恵を受けやすいことになる。
リンパ節転移の場合,超音波検査では正常のリンパ節より血流が多くなるものの,造影剤を用いたMRIやCTなどの検査ではリンパ節転移が濃染されることは稀であり,決して血流の豊富な病変であるとは言えない。したがって,放射性ヨウ素内用療法がリンパ節転移に対し有効性が低い理由の一つとして血流量が関与していると考えるべきであろう。無論,BRAFV600E変異は乳頭癌にみられ,乳頭癌はリンパ行性の転移が多いことを考えれば,リンパ節転移を構成している細胞のNISの発現が抑制されている可能性は高く,この事実も無視するべきではないと思われる。しかし,乳頭癌でも肺転移とリンパ節転移をともに有する場合,放射性ヨウ素内用療法を施行したときに肺転移にのみ集積がみられ,リンパ節転移に集積がみられないことはしばしば生じる現象であり,やはり血流量という因子は無視できないものであると考えるべきであろう。
血流量が内的因子として大きな役割を果たしていることは,リンパ節転移に対する放射性ヨウ素内用療法の治療効果の解説でおわかりいただけたと思う。しかし,ここで問題となるのは肺転移と骨転移の治療効果である。前述のとおり,遠隔転移において,治療効果は骨転移よりも肺転移の方が高いことが知られていると同時に,数々の転移性甲状腺癌の放射性ヨウ素内用療法の治療効果を評価した研究からも証明されている。その一方で,甲状腺癌の骨転移は他の悪性腫瘍の転移の中でも血流の豊富な転移の代表格であり,肺転移よりも血流量が多いことがよく知られている。もし,転移病巣の血流量が内的因子として極めて大きな役割を果たしているのであれば,得られる結果としての治療効果は骨転移の方が大きくなければならない。しかし,現実的には放射性ヨウ素内用療法で得られる治療効果は肺転移の方が骨転移より高いという結果に直面してしまう。そこで血流量以外のもう一つの内的因子であるNISの発現についても考察してみる。程度の差はあるものの,様々な癌遺伝子によってNISの発現は抑制されるが,その中でも最も大きな影響を与える変異がBRAFV600E変異である。分化型甲状腺癌においては,乳頭癌にBRAFV600E変異はよくみられ,濾胞癌ではRAS変異がよくみられることが知られている。一方で各の癌での遠隔転移の頻度としては乳頭癌では肺転移が多く,濾胞癌では骨転移が多いことが知られている。つまり,NISの発現の抑制と転移病巣の血流量の双方の内的因子から考えても,理論上,放射性ヨウ素内用療法の治療効果は肺転移の方が骨転移よりも低いことになるはずであるが,実際にはその真逆の結果が出ていることになる。
転移性甲状腺癌の放射性ヨウ素内用療法の治療効果の評価については多くの後向き研究がなされている。癌治療の場合,どのような治療であっても,治療効果を論じるときの一つの手法として生存率を評価することが多く,転移病巣に対する放射性ヨウ素内用療法の場合もその例外ではない。その結果として放射性ヨウ素内用療法の治療効果は骨転移よりも肺転移の方が高いことが証明されており,科学的なエビデンスとして出ているわけであるから異議を唱えようがないと考える方も多いと思われる。しかし,前述のとおりその結果に理論上大きな矛盾をはらんでいるとするならば,いささか気がかりである。そこで再度外的因子の影響について考える必要が出てくる。基本的に治療評価の比較を行う場合,比較する対照となる集団は年齢や性別,治療時期,治療の事前準備などがほぼ同じ条件のものが比較されるため外的因子の差はほぼ無視できる状態であることが多く,各群間で何らかの差が生じている場合には,その差についての考察がなされていることが一般的である。肺転移と骨転移の放射性ヨウ素内用療法の治療効果の評価の場合には,各群間の条件に差が出ることはほとんどない。したがって外的因子が肺転移と骨転移の放射性ヨウ素内用療法の治療効果を評価する上で問題となることは考えにくい。一方でここまで論じてきた内容以外の内的因子があるにしても転移部位によって治療効果に差を生じさせるものがあるとは考えにくい。それではいったい何がこのような治療効果の差を生じさせうるのであろうか。
転移性甲状腺癌の放射性ヨウ素内用療法の治療効果の評価は多くの場合,治療後シンチグラムで転移病巣に放射性ヨウ素の集積がどの割合でみられたか,また転移病巣に放射性ヨウ素の集積があった症例となかった症例での治療効果について論じられているものがほとんどである。無論この場合,転移病巣の大きさや体積については言及されていない場合が多い。これはある意味仕方のないことである。なぜならば転移病巣は多発病巣としてみられることが多く,また,現実的に大きさや体積を測定することが難しいからである。しかし,病巣自体の大きさや体積が治療効果に影響することは明らかであり,本来であればそれらの評価を行うべきである。
形態診断学の面から考えると肺転移はかなり微細なものまで同定可能である。これは診断機器の進歩によるところであるが,肺の転移であれば例え数mm台の結節であったとしてもCT上で診断可能である。その一方で早期の骨転移の診断はかなり難しく,骨皮質が破壊されてはじめて病変の存在に気づくことも少なくない。無論,このような骨皮質を破壊するまでの大きさとなれば,扁平な骨でもないかぎり,その径は1cmほどであることがほとんどである。つまり,肺転移と骨転移では転移発見された時点での病巣の大きさに差が生じているわけである。また,本来であれば母集団が増えることで差が縮まり徐々に均一化されるはずであるが,肺転移と骨転移では検査の手法の違いなどの理由により転移病巣が指摘される時期が違うため,逆に明らかな差を生じてしまう可能性が高い。以上の事柄を考慮して推察するならば,転移性甲状腺癌の放射性ヨウ素内用療法の治療効果を評価するに当たって,肺転移よりも骨転移の方がより病態が進んでいることの方が多い可能性がある。したがって,この病態の違いが影響して治療効果の差が生じていると考えても良いと思われる。現に転移病巣の径が1cm以上の肺転移は径が1cm以下のものよりも放射性ヨウ素内用療法の治療効果を得られにくいという報告も存在している。無論,これらの事柄だけでは肺転移よりも骨転移の方が放射性ヨウ素内用療法の治療効果が高いことになり得ないが,われわれが持っている臨床的経験や揺るぎようがないと信じているエビデンスも必ずしも実態を捉えていない可能性があることがわかる。
以上,述べてきた内容をまとめると,放射性ヨウ素内用療法の治療効果は,理論上,骨転移が最も高く,次いで肺転移であり,リンパ節転移は血流量がよほど多くない限りほとんど治療効果はないことになる。しかし実臨床においては,骨転移はある程度の大きさになるまで発見されにくいことがしばしばであるのに対して,肺転移は転移病巣が早期に指摘されやすいため,治療効果が高くなるということになる。